7-1
月日の経過というのは流れ星のように速く、そしてかけがえのないものである。夜が更けて眼下には魔石街灯の規則的な灯りを収めながらも物思いに耽る。
アロディアさんとの女子寄宿舎2人生活は、最初こそ見知らぬ相手と2人暮らしでどうなることと思ったが、実際に始めてみれば先輩3人方と変わらないくらい楽しく、そして気負わずに過ごすことができた。
何よりあのサッカー観戦の折で、アロディアさんの素の一面――模範的なアプランツァイト学園生然とした姿やアウトドア派ではあることで、性質が違うタイプなのかなと思っていたが、推しのチームが居て、推しの選手が居て……と、どことなく親近感を覚える姿を垣間見た、というのも要因の1つだろう。
土曜日午前の特別教育の後や、日曜日には彼女と一緒に出回ることもそこそこあった。……よく考えてみれば、先輩3人とは森の民西方のラルゴフィーラへ旅行こそ行ったけれども、普段一緒に学外で遊ぶということはあまりしなかったような気がする。
まあ、オーディリア先輩は毎週末何かしら用事あったし。ビルギット先輩は外泊届を貰って従士家系の実家に帰ってたし。まあ私も私で両親に会ったり、勉強会同級生メンバーのところへ行ったりしていたけれど。
唯一ラウラ先輩は寄宿舎によく残っていたので、休日に顔を合わせる機会が一番多かったかもしれない。たまに先輩の地元である皮革産業の街・ハウトクヴェレに付いていくこともあったりした。けれど、それも数回程度だ。
と考えると、アロディアさんとよく遊んだというのは中々のレアケースだったのかもしれない。……まあ身も蓋も無い話をすれば、2年次の段階で既に進級に必要な卒業研究を終えて提出していること、そして本来なら高校受験でてんやわんやとなるはずの中学課程の最高学年も、ここ魔法青少年学院においては卒業研究さえ出してしまえばほぼ自動的に魔法爵育成学院への進学が決定する、魔法使い育成用の教育機関であることも作用しているだろう。……ようするに意外と暇であった、というわけである。
まあ、この学院の特別教育のハードの教練を踏まえてなお、暇で遊びに行っていたことを思えば随分と体力が付いたという事実と表裏一体だが。
そりゃあロープ登攀や渡過、野戦陣地の設営教練などを繰り返していれば嫌でも体力は付くか。おかげで、アロディアさんと出かける場所の多くはスポーツ観戦を除けばほとんど身体を動かすことばかりであった。インドア派だと自負してならない精神面を有する私が、それを苦にせずついていけたのはやっぱり今の私の体力が女子の平均を大幅に上回っているからなのだろう。
まあアウトドアな機会が多かったのも、多分アロディアさん的に考えれば、私の意見ばかりに追従していれば、食事に関することばかりになってしまい身体を動かさないと太るから、という理由もある気がする。一応特別教育で身体を動かしているから大丈夫だとは思うけれども。先に挙げた教練以外にも、乗馬や護身術もあったわけだし。
そんなわけで意外と不安に思っていた体力面は、着々と魔法使いとして適応してきている。体力が大丈夫なら、では学力はどうなのかって話にはなると思うのだけれども。こっちは中々に説明が難しい。
魔法青少年学院という仰々しい名前が付いていても中学校課程相当だ。そういう意味であれば、最も違和感が少ないのは算術。前世世界の数学の授業とそう大して変わらない。……まあ今はまだ何とか思い出せる範疇だが、将来的には不安しかない。魔法使いは文系と理系どちらに区分されるかによって明暗が分かれるね。まあこの世界では理系とは呼ばずに魔錬系とでも呼んだ方が良さそうだけれども。
という理科の流れをある程度魔錬学が継承しているという面を踏まえれば魔錬学もまだ比較的馴染みがあると言える。ただこいつには博物学があり、魔物や魔石についてもここで学ぶため、既知の知識でいけるものと全く未知の知識が混合している。
と、今は完全に理系分野の学問に特化し始めているが、そのブーストは間違いなく高校水準になれば現在ほどのアドバンテージを発揮しなくなるので、今後勉強面で苦境に陥るのは必定である。というか、今の時点でもクラス内成績だと半分よりちょっと下くらいだ。
まあ魔法青少年学院の入試倍率が20倍程で、同級生に王子やら居る環境下では良くやっているとは思いたい。中学校課程で限ればほとんど国内最高水準の教育を受けているはずだ。
成績を下げている主要因を挙げればそもそもハイレベルなことなどキリはないが、宗教・魔法学・社会科などゼロから知識を構築する科目らが足を引っ張っているからだろう。
特に、魔法学。魔力制御の理論であったり魔力回路設計・魔力増幅の基礎などもう物理法則を無視したワードが飛び交うため、科学技術文明に一度浸かった人間としては困惑することも多い。
そういう意味では私のような前世知識とお父さんの勉強会といった下駄を履かずに、独力で入学を果たしたアロディアさんの異才さが際立つ。私は知識の貯金を切り崩しながらで、段々とボロが露呈し始めてきているから尚更彼女の才覚を羨むばかりだ。
「あ、こんなところに居ましたか。ヴェレナ先輩。全く外出するなら言ってもらわないと困りますよ。今日の食事当番は私なのですから」
そう言っていたら、アロディアさんが上がってきて私に声を掛ける。
「あはは、ごめんごめん。でもちょっと外の空気が吸いたくなって、ね?」
「――だからといって利用申請と外出届まで出して、『櫓』ごと借りることはないじゃないですか。なにやっているんですか」
入学した当時に特別教育の階段昇降や梯子登攀などで使った建築現場のような足場で組み立てられた見た目の構造物のことをこの学院では櫓と呼んでいたが、その櫓の利用申請を出していた。
「まあ、この学院で一番で高い建物は櫓だからね。ほら、見てよこの景色」
櫓は建物換算すればおよそ8階建て相当と聞いている。そして、コンクリート建築手法がまだまだ最新の工法であるこの世界ではそうそうこの櫓の高さを超える建物は無い。
――つまり、王都が一望できる。
「あや……、王城もここから見えたのですね」
東の方角には、夜だから見えにくいが堀や城壁や円形の側防塔に囲われいくつもの郭を有する城郭があり、ライトアップこそされていないもののその中央部に鎮座する城がある。
森の民国家統一前の王都人口爆発前は、この都市全体を城壁で囲んだ城郭都市であったため、現存する王城周辺の防御機構は当時の最終防衛ラインともいえる。
外周の城壁は王都の発展に伴い街が形成され有名無実なものとなったがために一部の歴史的遺構を除いて撤去されているが。
……まあ砲や航空機の発達により城で果たしてどこまで守れるか、という問題は付きまとうものの、一応相手は魔物になるわけだし、魔物側は戦術的な発展はあるが、種族としての基礎スペックまでは早々変化しないので新戦術に対応さえすれば対魔物に対してならばまだまだ現役で有効なのだろう。そういえば『空』の研究をしていたときに出てきた王都郊外の北部・西部・東部に航空基地を設置し早期警戒網を構築する『王都防空構想』。これも飛行型魔物の襲撃――新戦術に備えたものであった。
そう――空。
「ねえ、アロディアさん。空も見てみて」
「空、ですか――? 星空しか広がっておりませんが何か……」
「まあ、見てて」
私がそう言って数分だろうか。夜の灯りが少ないから澄み渡る星空をしばらく眺めていたら、眼前の景色に微細な変化が加わった。
「うわっ、流れ星。ヴェレナ先輩? まさかとは思いますが今日櫓を貸し切ったのって……」
「――うん。今日の夜に流星群が来るってルシアに教えてもらったから」
持っててよかった魔力通信装置。結構頻繁に流れ星が見られるからわざわざ櫓の利用申請を出しておいて良かった、とは思う。
そうしてしばらく2人で無言で空を見渡し、時折流れる星をただ見つめていた。
「ねえ、ヴェレナ先輩? 先輩は、魔法爵育成学院では兵部を選択しますよね?」
不意にアロディアさんから声を掛けられて、若干レスポンスが遅れる。
「……あっ、えっと。うん、そうだけれども」
高校課程である魔法爵育成学院では、卒業後魔法爵位が与えられる。その魔法爵位の種別によって、国家公務員としての仕事とは別に『役職』が与えられる。その役職の内訳で魔法爵育成学院の進学コースが決まっている。
兵部であったり衛生部であったり。この辺りはクレインエーベネ魔法病院院長のルーデザインド魔法子爵に航空基地を案内してもらっていた際に聞いて居たり、学院の募集要項などにも書いてあった。
そして兵部は最も一般的なコースと言えよう。王都のガルフィンガング魔法爵育成学院であればこの兵部の魔法爵位を有していれば、歩兵も飛竜兵も航空部隊もその他ほとんどの部隊が指揮可能となる。言わば全科共通資格。
そうした汎用性の高さから魔法使いキャリアはこの兵部の魔法爵位を有する者にほぼ独占されている。
お父さんも、かつて私の監視役であったオードバガール魔法準男爵も、その上司であったクロドルフ元魔法大臣も、全員兵部の魔法爵位叙爵者だ。
そうした関係もあり、そして募集定員も多いので余程他の役職に興味がない限りは基本的には兵部へと進む。現に先輩3人衆も兵部である。
何故、そのことを今になってアロディアさんが確認したのか、と言えば。
「――ヴェレナ先輩。貴方の卒業研究である『二段階制空論』の論文、読ませていただきました」
一応、提出された卒業論文は照会さえすれば魔法使い関係者ならば、既に卒業した人の論文も含めて読むことは出来るみたいだけれども、それにしても読むのか……。
若干困惑してお礼を返すと、アロディアさんはそのまま言葉を続ける。
「……正直に言いますと、軍事的に有用かどうかは私もまだ学び始めたばかりですし、技術的な面など知見もありませんので、ヴェレナ先輩の言う『二段階制空』や『ガソリン航空機』なるものがどれ程の実現性があるのかは分かりません。
ですが一点。……魔法使いの航空機は魔力航空機が主流なのに、貴方はそこから外れる発想をした。
魔法使いが魔法を効率化して使う術を考えるのは一般的でしょう。あるいは魔法を節約して使うという発想もあるでしょう。
ですが、貴方はそのどちらでも無く。航空機の主戦に『魔法を使わない』という考え方を示した。実現性はさておき、それがどれだけ革新的なことでしょうか」
アロディアさんは私の考えの斜め上の視点から私の論文を読んでいた。
「え……そこまで考えてない……」
私がぽろっとこぼした本音をアロディアさんは拾う。
「この際、意識的にやっていたか無意識なのかは問題ではないのですよ、ヴェレナ先輩。
先輩は、既存の価値観に全く捉われない発想をすることができる。そりゃあ、あの勉強会の面々がヴェレナ先輩のことを寵愛するわけですよ。
例えばこの航空機の一件だけでも、もし実現すれば既存の魔力航空機一強の体制を打破することができる。体内包括魔力や魔石を運用する機構を盛り込まないことから、より多くの民間企業がこの航空機製造に参画するかもしれない。そこに商圏が生まれ、新たな利権が生じる。そして、それをヴェレナ先輩の周囲に居る人間は先駆者として享受することができるのです。
アプランツァイト学園生に対して、それだけの夢を与えてくれる存在はそう多くないでしょうね。
――それまでオーディリア先輩の庇護にヴェレナ先輩があるだけだとずっと考えていましたが、この論文を読んでようやく確信に至りました」
そこにあったのは徹頭徹尾、アプランツァイト学園卒業生としての視点。そして、この考えに至るまでアロディアさんは私のことをオーディリア先輩の腰巾着か何かかと思っていたのか。つまり元々初等科時代には私に反感を抱いていた可能性すらもあるな。
そしてこの話の前提となる『既存の価値観に捉われない』という部分。確かに、アロディアさんに対して一度見せている。……サッカーのフォーメーションの件だ。
私の話した内容が、トッププレイヤーであるビョルン選手とフォルカー選手の両名が一考する程のものであったことは私も全く考えていなかったし、アロディアさんも同様であっただろう。
だからこそ、あの瞬間からおそらく彼女が考えていた腰巾着の私の想像が崩壊したのではないか。当時の表面上の付き合いからは全く窺い知ることができなかったが、まああの学園の卒業生だしなアロディアさんも。そうした社交での仮面の被り方も心得ているのかもしれない。
「――ヴェレナ先輩」
アロディアさんの真剣な声が、櫓の床で空を見上げ2人で寝そべるこの場に響く。
私はその呼びかけに対して、いつの間にか握られていた手を強く握り返すことで返答とする。
「先輩が魔法爵育成学院に行けば、また2年間は今のように同じ寄宿舎で生活することは無くなります。
――ですがこの僅か1年間で、私の後輩としての忠義と忠誠を尽くすのに足りる存在であると確信いたしました。どうか末永くよろしくお願いいたします」
まあ、大分距離を詰めてきているけれども、これ私に利用価値があるからその間は上位者として見てやるよ、って宣言なのよね。野心があまりにも駄々洩れである。
「……ビョルン選手の前で感極まって泣いていた癖に」
意表返しのために悪態をつくと、即座に返事が返ってくる。
「あやっ!? 今では、座り込まなくても精神統一すれば話せるようになりましたから!」
あの後、ちょくちょく2人でサッカー観戦に行くこともあるが、まあ最初の頃よりかは推しとの対面に慣れてきている。まあ、ビョルン選手側もそんな反応を面白がって、私達が選手通路まで会いにくると必ず話す間柄にはなった。ファンと選手の距離感が近い。
「それならずっと黙っていましたけれども!
――流れ星は、普通災厄や天変地異の予兆として忌避される存在なのですよ。きっとラグニフラス先輩がお伝えしたのだって、伝承に従えば流星群の折には家に閉じこもり空を見ないようにするためですからね!」
えっ……。
まさか流れ星の解釈で異世界カルチャーギャップ!?
それは全く想定していなかった。願い事が叶うとかいうフレーズはこの世界では通用しないのか、言わなくて良かった。
となると、わざわざ櫓の利用申請まで出して凶事の象徴見物をしている私の今の言動って相当狂人に見えるのか? うわあ、やってしまった。
「――でも。
先輩のように既存の価値観に全く捉われないでいれば。私にも流れ星や流星群といった忌むべきものすらも綺麗に見えたのかもしれないですね。
少なくとも私が今見ている光景は、ヴェレナ先輩が居なければ決して見ることの無かった景色ですから」
この流星群から程なくして。
私は3年間通い詰め、寝食を共にしたガルフィンガング魔法青少年学院を卒業するのであった。




