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prologue-5


 45分が経過し、試合の前半が終了した。


「一番最初に取られた1点の後は、ほぼ完璧に抑え込まれたって感じなのかな? これ……」


「そうですね。リベオール・フロイデの中盤5人の戦術は鮮やかで、印象強いのもありますが。個々の選手の水準も高いので、戦術の巧拙よりかは、ガルフィンガングSCの力量不足な感は否めません」


 自らの応援するチームを敵チームと比較して、レベルの差を語るアロディアさん。

 確かに、リベオールの戦術は洗練されているように見受けられる。サッカーのことはあまり詳しく分からないが、囲んで守る、数的有利を作るというのは、軍事的にも基本中の基本だ。魔法青少年学院の教本にも書いてある。

 その基本に則り動くことができる、という意味ではこのリベオールの強さが垣間見えるけれども。


「でもどちらのチームも所詮11人であることは一緒なのに、どうして数的有利の状況をここまで上手く作れるの?」


 ピッチの上に居る選手の数は同じなのに、1対3のような状況を作り上げられるのは何故なのだろう。アロディアさんは答える。


「そこが戦術の妙なのですけれども。まあ、簡単に言えば。

 リベオールの選手の守備範囲が広い……つまりこちらよりも多く動き回って常にボール周りにかける人数が多くなるように動いているからなのです」


 例えば、通常の選手の倍の距離を動き回れる選手が居れば、その選手の守備面積は単純に計算すれば4倍だ。

 勿論普通の選手の2倍も動ける選手なんて化け物も良いところであるが。リベオールの選手が1割、1分でも動き回れれば、それが積み重なって11人でも13人、14人分の守備範囲を創造することができる、ということなのだろう。


 ……それを活かす戦術を組み立てるということは非凡ではないけれども、そこまで考えると結局力量差があるからこそ初めて成り立つやり方なのかも、とアロディアさんが最初に話した結論に至る。


「――ということで。

 如何にリベオール・フロイデの選手といえども体力は無尽蔵、というわけではないのです。


 ここからですよ。ガルフィンガングSCのサッカーは」



 ――後半が始まる。




 *


 後半開始時点では両チームともに選手交代はしなかった。

 この選択は体力勝負に持ち込みたいガルフィンガングSCとしては、選手の温存をして後半の遅い時間に決戦を仕掛けるための布石と理解できるが、逆にリベオール・フロイデとしては、負担も体力消費も大きい中盤の選手を入れ替えた方が良いかもしれないと思ったけれども。


「中盤5人を有機的に連携させ、芸術作品のような守備をするのには、お互いの意思疎通と卓越した技巧が必要不可欠なのです。

 ……そこまで出来る選手は強豪チームでも流石に限られてきますよ」


 つまり、あまりにも完成度の高い守備システムをリベオール側は構築しているが故に、それが圧倒的な強さを発揮する一方で、替えが効かないという柔軟性の低さが弱みとして析出するのである。



 しかし、後半が始まって10分、20分経っても試合はほとんど動かない。

 リベオールの守備機能は完全に生きており、左右にボールを振っても、あるいは時折フォワードの選手に浮き球のロングパスでもしようものなら即座に奪われる。


「あの、アロディアさん。何も変わっていないように見えるけれども……」


 私がそう心配の声を上げるが、アロディアさんは焦りも無く淡々と事実を告げるように話す。


「まあ、まだ仕掛けておりませんから。

 ――いや、来ました」


 慌てて目線をコート上に向けると、黄色いスパイクのウイングフォワード――ジークマール・ビョルン選手が前半と同じように中盤のサイドの底まで下がってきてボールを要求する。


 あれ? これ、前半で失点したパターンでは……?


 私の心配をよそに、ガルフィンガングSCのサイドバックはどこか既視感のあるパスをビョルン選手に渡す。


 直後、紅色のユニフォームの守備陣3人が詰め寄る。ほら、言わんこっちゃない。



 ――その瞬間。ビョルン選手はボールを高く遠くへ蹴り飛ばす。その意表を突いたロングパスには詰め寄ったリベオールの3選手も届かない。


 そして山なりのボールが飛んで行った先は、反対の左サイドの敵陣最終ラインの少し手前に構えていた逆サイドのウイングフォワード。

 彼もまた、少し引き気味の位置に居たことで、リベオールのディフェンスの守備範囲からは外れていて、かつ中盤の選手はビョルン選手に引き寄せられている。


 その僅かな間隙にパスが通された。


 スタジアムは一番の盛り上がりに包まれる。そういえばガルフィンガングSCのホームだったね、ここ。


 そのまま左サイドを奥深くまでドリブルを続ける……かと思いきや、リベオール側の守備の立て直しが早い。

 センターバックの1人が前から、そして中盤の1人が後ろから詰め寄る。挟撃の形となったが、速力を活かせばそのまま抜き去ることも出来そうである。


 すると、再びボールが高く舞い上がる。

 そして、滑空時間の後に、ボールは黄色いスパイクの下にすとん、と収まった。再び右サイドに戻ってきて、いつの間にか敵陣深くまで攻め入っていたビョルン選手の足元へと帰ってきた。


 そして、守備に対応される前に素早くゴール前にボールを返すと、そこにセンターフォワードが待ち構えていた。素早いボール回しに対応が若干遅れたのか、彼の足元へボールが渡る。



 ――ビョルン選手の動き出しから、絶好の好機が生まれた瞬間であった。




 *


「おかしいですよ! あの完璧な攻撃が、オフサイド判定になるなんて。

 ビョルン選手はオフサイドラインギリギリだったじゃないですか! 何ですかあの副審!? ちゃんと見ていたんですか!」


 ……試合が終わってみれば2対0で、リベオール・フロイデの勝利。

 あの、リベオールの堅守を崩した瞬間はオフサイドで無効。しかも、その後に危機感を募らせたリベオールは守備システムを捨て、完全に個の力でゴリ押して、もう1点取っていった。やっぱり力量差があるから手段を選ばなくなると単純に力負けしてしまうようだ。



 その後、負けたものの極めて重要な決定機を作り上げたビョルン選手を一目近くで見ておきたいと言い出したアロディアさんに付いていく形で、選手の控室へと至る通路が見える場所へと移動する。目立つ場所には人だかりが出来ていたが、ガチファンらしきアロディアさんは何故か穴場スポットを知っているようで、そこまで人が居ないけれども、選手が通る場所へと連れて行かれた。ガチ勢ってすごい。


「……でも、やっぱり。

 リベオールの守備システムはすごい強く感じたけれど、サイドに弱点があるし。

 そのサイドの弱点を突いたガルフィンガングSCも守備システムを捨てて力押ししてきたリベオールには対応できなかったし。

 相性の問題、なのかな? 最強の戦術なんて無いものなんだね」


 ガルフィンガングSCの主力としてアロディアさんから教えてもらったビョルン選手がサイドの選手だからきっと、このチームはサイドを多用するのだろうけれども、おそらく今日の試合に関しては明確に、対リベオールの守備システムを破るために、サイド攻撃を取ったと考えられる。


 そういう意味では、まるでジャンケンのような相性勝負だった。中盤を固め複数人でボールを奪いに行くと逆サイドが弱点となり、かといってサイド攻撃に注力しようと思えば、個々の力でごり押しすれば力負けする。


「そうは言いますけれどね、ヴェレナ先輩。

 今日の試合を見てしまうと、そう思わないかもしれませんが、あのリベオール・フロイデの守備の堅牢さはリーグでも群を抜いて高いものなのですよ。それをそう簡単に抜けると言われるのは少々心外です。

 今日のガルフィンガングSCの攻撃の噛み合い方は最高と言っても良い状態でしたのに……」


 ……少々認識が誤っていたか。実際のところはリベオールの守備システムは、サイドに弱点はあるが今までそれを崩されたことがなくほぼ完璧なシステムであった。

 それを今日ガルフィンガングSCが一度完全に崩し切った。そう考えると意味は全然変わるし、アロディアさんの感情の振れ幅の大きさにも納得がいく。

 そんな凄い試合を偶然見てしまったのか、私。


「大体、最強の戦術って何ですか。

 そんなのリベオール・フロイデの守備システム以上のものがあるのですか?」


 ヤバい。めちゃくちゃアロディアさんが拗ねてる。この子、一応アプランツァイト学園卒業生だよね。あの学園の教育方針的にここまで感情むき出しにするのは悪手なのでは、と思ったがもしかしてそれだけ今動揺しているってことなのかな。それともここまで計算でやってる?


 うーん、全く読めない。読めない以上、とりあえず言葉尻通りで返答を試みる。けれど、今日見たリベオールの守備システム以上に洗練されたサッカーの戦術か。

 こうなると真っ先に手を付けたくなるのが前世知識なのだけれども、でも流石にサッカーの戦術を真面目に学んだことなんてない……というか、サッカーそのものが乙女ゲーム知識レベルなのですが。


 そういうゲームだから個々人の選手にスポットがどうしても充てられるから、とても戦術なんて……あ、1個あった。

 サッカー恋愛ゲームでヒロインが校内のイケメンを集めてサッカーチーム作る逆ハー物。あれ、個々人のポジション適性が決まっているのに、何故かゲーム進めていくと偏るんだよな。


 まあサッカー知識が無いことはアロディアさんも分かっているし、ここでの今から話すことはまず間違いなく素人の戯言と処理してもらえると判断して、気軽に答えようと口を開けた。その瞬間。


「ちょっと待った! その話に俺たちも混ぜてくれないかな?」


「――いやいやいや! お嬢さん方にその話しかけ方は無いだろ、ナンパじゃねえか」



 黄色のスパイクを履いたオレンジと青緑のストライプのユニフォームを着た男の人と、紅色の7番のユニフォームを着た男性の2人組が私達に話しかけてきた。


 ……あれ、ちょっと待って? この2人ってもしかして……


 いや、まさかそんな馬鹿な、と考えていると、アロディアさんが泣き崩れた。

 あーやっぱり。そりゃ推しが目の前に来たら、そうなりますわな。


 で、頼みのアロディアさんがちょっとコミュニケーション不可な状態になってしまったので、仕方なしに私が返答を返す。


「……あー、えっと。

 アンスガー・フォルカー選手と、ジークマール・ビョルン選手は別チームですけれども、友人だったのですか?」


 アロディアさんがガルフィンガングSCのグッズを身に付けているので、申し訳程度の配慮だが、バランスを取るため私は一応リベオールのフォルカー選手の名前を先に言ってみる。まあ私はどっちのチーム推しとか、そういうのは無いしね。


 すると黄色いスパイクのビョルン選手が先に答える。


「まあな! アンスガーとは、小学校からの腐れ縁だからな!」


「――そこじゃないだろ、ジークマール。

 確かに実業団の中には、他チームの選手と交流を禁じている所もあるけれど、リベオールは、結果に好影響があるのであればその辺は自由だからね。まあ勿論それで成績を落としたりすると色々と罰則があるのだけど、ね」


 そうフォルカー選手が告げると、「お前が成績落とす訳ねえだろ」とビョルン選手が茶化す。本当に旧来の友人のようだ。


「まあ、はい。それは納得しました。

 ちなみに私達に話しかけたのは何故ですか? 別に素通りしても……」


 ただ1ファンに過ぎない私達に話しかけたのも疑問ではある。その質問をしたら未だに泣き崩れているアロディアさんが私のワンピーススカートの裾を引っ張ってくる。


 すると目の前2人の選手も困り顔になっている。……あれ?


「いや、だって……ねえ?」

「その、黒いワンピースって魔法使いの軍服だよね? 写真でしか見たことないけれども。

 えっとね、フィールドからでもしっかり分かるくらいには……目立ってたよ、その恰好」


 あー気付かれてたのか……ってアロディアさん足殴らないで! 地味に脛狙わないで!

 確かに制服で行こうって言ったのは私だけれども!


 ただでさえ女子2人だけで来ているのに、軍服なんてものを着ているから目立っていた。しかもそんな2人が通りかかった通路で話し合っている……サッカー戦術について。

 そりゃあ、興味本位で話しかけられるのも納得だわ。


 そして、そのまま流れで私が話そうとしていた素人戦術について聞こうとそのまま居座る。何で素人意見をそこまでキラキラした感じで聞こうとしているんだこの2人は……。

 私は私で、アロディアさんに向かってなら別に良いかと思って口を開こうとしていたし、その現場をしっかり見られている。何も考えていなかったと今更翻せる場面でもない。

 まあ、どうせ本当に素人意見のゲーム知識だしと半ば諦めて口を開く。まあ、最低限の迷彩はするけど。


「選手のお2人に素人考えをお伝えするのは心苦しい限りなのですが。

 ガルフィンガングSCの方の戦術ですけれど……。今回の試合のように強豪を相手にするのであれば、攻撃陣を無暗に上げる必要は無いのではないでしょうか?」


 そう言うと、気持ち表情の引き締まったビョルン選手が私の質問に答える。


「……えっと、今日の試合のことか?

 それなら、既にやっていたけど違うの。ほら、ウイングフォワードはかなり下がり気味で殆どサイドハーフみたいに動いていたけど、君が言いたいのってそういうことだよね」


「あの後半のサイドチェンジは肝を冷やしたな。まさか連続でやってくるとは思わなかった」


 フォルカー選手が褒めると素直に照れながらも自慢するような表情を見せるビョルン選手。ちょっと伝えたいことが全部伝わっていない感じなので割り込みにくいけれど、もう一句続ける。


「……えーっと、まあそういうではあるのですけれど。

 真ん中のフォワードももっと下げられたりしませんか?」


 私が話しているのは、乙女ゲーム知識だけれども。そのゲームでは異様にフォワードの選手が集めにくかった。でも、とりあえず試合が出来る11人集めてフォワードなしで組ませても、何故かそこそこ勝てた記憶がある。


 若干落ち着いてきたアロディアさんが私の素人意見に反論しようと声を挙げる……座り込みながら。まあ推しの顔は直視できないもんね。


「あのですね、ヴェレナ先輩。カウンター狙いだとしても。

 フォワードを1枚は前線に残さないと素早く反撃に移れませんよ。全員守備位置を下げたら攻められる一方で、ボールを取っても好機が活かせないのでは……」


 おそらくサッカー戦術の基本的な部分を私に説こうとしているアロディアさん。しかし、その言葉をフォルカー選手が止める。


「――いや。攻め手を減らせば、より中盤に注力が出来る。

 しかもウイングフォワードも下げているからサイドのフォローも出来ている。さらに前線そのものが無くなることで、中盤が同時に最前線となり小さくまとまったサッカーが出来る。

 むしろ、これうちの守備戦術の発展型か?」


「結局前に選手を置いても、相手の最終ラインが上がればオフサイド警戒で下がらざるを得ないからな。カウンターがオフサイドの統率で止められるのであれば最初から諦めるってのは確かに有り、なのかもしれん」



 ……あれ? 思ったよりも好感触だぞ?

 あのゲームやっていたときは、ポジション全部埋まって無いのに何故か勝てるクソゲーくらいにしか思っていなかったのに、実は結構有効な戦術なのフォワードなしって。もしかしてあの乙女ゲー思っていたよりもサッカー方面で作りこまれていたのか。


 そして踏み込んでしまった以上、後々私の言ったフォワードなしパターンを試すかもしれない、ということで私の名前と所属を聞かれたので、そこは素直に答えておいた。アロディアさんも泣きながら答えていた。


 後、リベオールのフォルカー選手には、私の友人にリベオール総合商会関係者が居るからとルシアの名とラグニフラスの家名を伝えておいた。これで、一応万が一のときは私からもルシア経由でフォルカー選手への伝手が出来ることになる。……何に使うのか分からんけれど。


 そして両選手と別れるときに、彼らが旧来の友人であることはあまり公言しないで欲しいと言われた。

 言われた瞬間に事情を察した私とアロディアさんは即座に頷いた。

 ……まあ、そうだよね。


 アプランツァイト学園でも派閥があったし。魔法使いの学閥が割拠して、貴族の内部も爵位などで派閥関係が生じていて。挙句には王家に仕える近衛兵にも様々な勢力が居るのだから。



 ――実業団とプロチームに割れているサッカー界隈も、当然派閥抗争がありますよね。


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