prologue-4
「ちょ、ちょっと先輩買い込み過ぎですって……」
鴨葱串に、焼きチーズのスティック。そして、ケチャップとカレー粉が掛けられ強烈な食欲を誘うブラートヴルストソーセージとフライドポテトのセット。クレープのように薄くしたオートケーキ。
そして縦のストライプが入った大きめの紙コップに並々と注がれるライチで風味付けされた炭酸水。
私一人では持ちきれないので、若干余裕のあったアロディアさんに紙コップを持たせることで事なきを得る。後輩に荷物を持たせる極悪非道な振る舞いをしているわけだけれども。
でも、私ばかりが悪いわけでもないはずだ。何故ならアロディアさん素知らぬ顔して、首掛け式の自前のジュースボトルを持ってきており、その自前のボトルに飲み物を入れて貰っていた。それ許されるのか、と思ったが、アロディアさんのジュースボトルはオレンジと青緑のストライプ。あれか、多分アロディアさんの推しチームの色のはずだから、多分公式販売アイテムか何かなのだろう。サッカー観戦ガチ勢の様相が垣間見える。
そしてアロディアさんの手持ちの食べ物はジュースを除けばたった一つ。
そんな私の視線に気が付いたかのように、彼女は口を開く。
「……あや、これですか?
『レンズ豆の香味和え』ですよ。普段観戦に来るときは、あまり落ち着いて食べることが無いので、たまにはこうしてゆっくり食べられるものを、と思いまして」
聞けば、レンズ豆を水気が無くなるまで煮込み、そこに刻んだ焦がしベーコンと玉ねぎ、ニンニク、パセリ他香味野菜を入れて煮込んだ代物らしい。
味の想像は全くつかないけれど、美味しそう。
「……ヴェレナ先輩。せめて自分で買ったものは全部食べてから欲しがってくださいね。残しても私は食べませんからね」
――完全に余談で、今までの話とは全く関係の無い話と前置きするが。この後、アロディアさんの豆料理をお裾分けして貰った上に、自分で買ったものは試合終盤まで食べ終わらず、結局アロディアさんにも手伝ってもらって完食することになるが、割愛させていただく。
*
「そもそも陸上競技場と兼用のスタジアムは、ピッチから客席までが陸上トラックを挟むせいで遠い上に、観客席の勾配があまりなくて後ろの席だとさらに遠くなるし、そもそも敷地面積が大きくて歓声が反響しづらいのですよ。
何より、土のグラウンド! 我がガルフィンガングSCがいくら財源に乏しいとはいえ、アプランツァイト学園の校庭ですら一部は天然芝でしたのに。仮にもクラブチームが学校の校庭に負けるって何事ですか。土は足腰に悪く怪我率を高めるのですよ。
――って聞いてます、ヴェレナ先輩?」
「いや、聞いていないし。そもそも突然語りだしたでしょアロディアさん」
スタンド席に着くや否や、推しチームの不満ポイントを突然語りだすアロディアさん。ああ、鴨葱串うまー。
「……というかプロのサッカーチームなのに、そのガルフィンガングSCはお金無いの? ってことはもしかしてあまり強くない、とか?」
断片的に聞いていた話を拾う限りだと、あまり裕福そうに思えないチームだ。まあ、王都のチームだからスタジアムみたいな巨大な施設を独力で建設するのには土地代がかかったりするのかもね。そういう意味であれば、王都の南端であるこのプティドルフの地は確かに若干地価は安そうではある。周囲に飛行場もあって騒音とかもありそうだしね。
「プロチームの中では大分強い方ですよ! ……でも、そうですね。プロ、だからこそ資金源に乏しいという面はありますね」
……んんっ?
プロだからこそ、資金が無い?
何だか私とアロディアさんで言っていることが微妙に噛み合っていないような? 普通アマチュアのチームよりもプロチームの方が財力あるイメージだけど……
「プロのがアマチュアよりもお金稼げそうなイメージあるけれど、違うの?」
「あや、プロチームよりも実業団や公務員チームの方が財源も設備も整っていますし、強い選手は実業団に札束で強奪されるのは常識じゃないですか」
――さらっと言われたが、実業団。そして公務員チーム。
実業団は駅伝とかで聞いたことあるような、と思い質問を重ねてみると、その違いが明らかになる。
私はそのスポーツを専門でやる上手な人がプロ、みたいに考えていたが、実際のところプロというのは年俸や契約金のような基本給をそのスポーツ活動で支給される人のことを指すみたい。それで、プロチームというのはチームに所属する全て、あるいは多くの選手が一試合ごとの出来高などではなくそのスポーツの成績のみで通年の給与が定められるようだ。
それに反して実業団や公務員チームは、全ての選手がその母体となる企業や団体の社員・公務員だ。言わばスポーツ特待制度の大人版といったところか。
あくまで基本は会社員や公務員として雇用され勤務する。まあ、勤務と言ってもそのスポーツで成績を収める意図で雇用されているから、殆どの業務時間は練習に充てられたりするみたいだけれども。
チームを抱える企業は表向きは福利厚生の一種やらメセナ事業の一環として運営しているが、特に強豪になると全社員誰でも参加できる開かれた場ではなく、あくまでチームとして勝利に貢献し大会で好成績を収めるための事業組織であったりする。
そして、社員として抱えることになるので選手引退後は会社員として雇用も保障され、大手商会がバックについていることがほとんどなので企業経営の片手間とはいえ捻出される資金は、並みのプロチームを遥かに凌駕する。
となると、若手の有望選手や、他プロチームの活躍選手を資金と将来の雇用、そして企業ネームなどを背景としてかき集め、万年強豪チームとして君臨する。
ただでさえ若い頃から才覚の秀でている選手を、ずっと同じチームで育成するのだから単純な力量に加えて連携や互いの意思疎通といったメンタル面もしっかりと固められているのだ。これでは弱いわけがない。
「……あれ? これプロチームに利点あまり無いのでは?」
「選手とファンの距離感が段違いですし、チームの興行収入が選手へ還元されやすいのはプロですからね。実業団チームのホーム戦などでは観客はほぼ満員ですが、その実従業員やその家族を動員して観客席を無理やり埋めているってこともありますし。
後は、一つの試合で地域社会の還元度合いもプロの方が基盤が薄いが故に大きいですね。このプティドルフ運動公園の競技場もリース契約ですし。……まあだから土のグラウンドなのですが。
あるいは、今ヴェレナさんが食べている鴨葱串。それを売っていた屋台の出資先を辿れば全国鴨猟会などの公益団体が絡んでいたりしますしね。これが実業団だと一企業で全部完結してしまいますから」
成程、大手商会なら全部自己完結で試合を運営できるが、ある種専業のプロチームはそれを地場企業などにお願いしなければいけない。それは弱みであると同時に地域振興という強みにも変わるのか。
また会社員・公務員という形で安定した将来が約束される実業団、公務員選手とは異なり不安定だが、チームの戦績や個人成績が好調なときは逆にダイレクトに一選手に還元される。
ふと、眼下のピッチ上を見れば両チームの選手が最終調整をしている傍ら、私達の座るメインスタンド前の陸上トラックを使って着ぐるみのキャラクター? みたいなのが、魔道具の演出道具を用いて中々アクロバティックなパフォーマンスをしている。
「じゃあ、あのマスコットもプロチームならではのパフォーマンスということ?」
「……あー、あれは。
今回の相手チームのリベオール・フロイデのマスコットですね。
本職の曲芸師を中に入れて、演出はリベオール総合商会で抱える演劇団を総力を挙げて行っているようですよ」
なんだ、実業団のマスコットか……、ってリベオール!?
ルシアのお父さんが勤めているところじゃん! しかも、その演劇団ってアプランツァイト学園初等科時代に勉強会メンバーで演劇やったときに機材とかで協力してくれた人たちだよね……? まさか、こんなところで繋がりがあったとは。
*
「それで注目して見た方が良い選手って居るの? いや、言われても見分け付かないか……」
「あや、いやいや。確かにこの距離ですと顔を覚えるのは難しいかもしれないですが、背番号やスパイクの色で覚えると良いですよ。
ほら、あそこの9番の背番号を付けた黄色のスパイクの人。あれがガルフィンガングSC、期待のルーキー、ジークマール・ビョルンさんです!
右サイドのウイングフォワードで、ロングパスの精度と、長時間走り続けても疲れない体力と持久力に定評がありますね」
確かに、スパイクの色で言われると何となく分かるかも。他に黄色のスパイク履いている選手はオレンジと青緑のストライプのユニフォームを着たチームには居ないし。って、このストライプのチームがアロディアさんの応援するガルフィンガングSCだったのね。
「じゃあ、相手のリベオール・フロイデの選手は?」
「……まあ、試合見ていれば分かると思いますよ。そのとき教えますね」
相手チームの話になると露骨にテンション下がるなあ、アロディアさん! ただ、もう両チーム所定の場所につき、キックオフを待つ状態なので、確かに試合見ながらで良いか、と切り替える。
「あれ、ガルフィンガングSCはフォワードが3人なんだ。攻撃的、で良いのかな?」
「ええ、ディフェンスはスイーパー型、ボランチが2枚で両サイドにウイングフォワードという4-3-3の布陣ですね。ただ、必ずしも攻撃的というわけでもないですよ。守備のときにはウイングの1人は自陣に下がりますし、ボランチの2人は、基点ですがほとんど攻撃参加しないので」
単純にフォワードが沢山いるから攻撃的って訳でも無いのか、何か面倒……いや、奥が深いね!
すると試合開始の笛が鳴る。
最初にボールを回すのは、オレンジと青緑のガルフィンガングSC。中央のサークル部分からどんどん後ろの選手に向かって回す。それに応じるように、紅色のユニフォームを着たリベオール・フロイデはボールを奪おうとして前線の選手を押し上げていく。
あれよあれよ、という内にガルフィンガングSCはセンターバックのところまでボールを下げざるを得なくなる。すると、今度は紅色のユニフォームの選手らは、その最終ラインまで1人だけ踏み入ってボールを奪取しようとする。そうすると横か後ろにパスを回さざるを得ない。
「……あれ? ガルフィンガングSCの選手、ずっと守りの選手のところでしかパスしていない?」
「ディフェンスで回しているのではなく、リベオール・フロイデの選手らによってそうさせられているのですよ。
ほらよく見てください。パスコースが潰されているのです」
そう言われてみると、センターバックの選手がボールを持っているときは近いサイドバックかもう一人のディフェンス以外には、極端に近い、という印象は受けないが、どこか付かず離れずといった様相でマークが付いている。
その様子を見かねたガルフィンガングSCの例の黄色いスパイクのウィングフォワードが中盤のサイド底まで下がってきて、サイドバックから縦パスを要求する。
ようやく突破口が掴めたか、と停滞していた試合が動く予感を感じたのも束の間。
「……焦れましたか。ビョルンさん。流石にリベオール戦でその失態は見逃されない……ですよねえ」
アロディアさんが何気なく呟く。
すると、そのジークマール・ビョルン選手を紅色のリベオールの選手3人がいつの間にか囲んでいる。そして、ボールの出し先もドリブルで突破する心理的余裕も失って相手の7番の背番号にボールを奪われるや否や、そこから前線へ精密なパスが出され、そのままリベオールのフォワードはディフェンス陣を抜き去りあっさりシュートを決め、ゴール。一瞬の出来事であった。
「なに、これ……?」
「これがリベオール・フロイデのサッカーですよ。中盤に5人も割き、その全員が有機的に連動し、相手の攻撃を挫き自らの好機とする戦術。
その5人ともに深い戦術理解に優れた選手でありながら、他4人の守備位置を完全に統率している選手が1人。彼は自らも脅威のスタミナと献身性で走り回り、戦術に綻びが生じつつあっても自力で修復できる守備の天才でありかつ、攻撃への嗅覚も有するのです。
――リベオール・フロイデの7番、アンスガー・フォルカーその人です」
……今までに出会ってきた人物とは、また違ったタイプの天才肌がピッチの上に君臨していた。




