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prologue-3


 魔法青少年学院入学当時から私の監視役であった魔法省整備局保安調査部のオートバガール魔法準男爵。

 その彼が、私の素行調査をしている近衛兵の目をかいくぐって伝えたかったことが、魔法大臣の交代により魔法使い上層部からの監視が無くなるということ。


 その理由よりも、それを私に伝えてきた意味を考えねばならない。そうして導き出した答えが、オートバガール魔法準男爵は監視役ではなく、その実は護衛であったのではないかということ。


「……正確には、両方だな。護衛という面もあったが、ヴェレナさんの監視もしていた。これは事実だよ」


 まあ、そりゃそうか。監視されていなかったと楽観的な考えを持つのも駄目だけれども、別に監視一辺倒であった訳でも無いと。

 となると、護衛されていた意味を考えないといけないけれども。だが、この場で優先して魔法準男爵へ聞かねばならないことは違う。


「それを近衛の目を盗んで私に話すということは、今後万が一近衛兵側の監視役からは自分で身を守らなければならないということですね?」


 そしてその事実を近衛側には極力漏らさないようにすることで、一定期間はブラフで私の身の安全を確保してくれる、と。

 うーん、見えてくる事実だけを考えると私にとって都合が良いように動いていてくれているように思えるのが若干不安だ。それだけのことを施してくれる程、有益な情報が私の監視で手に入った? それとも、近衛兵の監視はそこまで用心しなければまずい程と魔法準男爵が考える程の何かがあるのか。


「――とは言っても、そこまで心配することでもないですよ。

 向こうも、貴方の存在そのものが奇札であることは理解しているでしょうし」


 奇札? 魔法準男爵側の立場で言えば、私というか私の友人網がちょっとおかしいことは把握しているはずだから、その繋がりのことを言っているのだろうか。いや、でも近衛の立場だとそこまで把握していないのかもしれない。

 となると。多分、女性魔法使いの方か。教会勢力が主導する女性解放運動の機運に、遅ればせながら乗っかった魔法使いの女子2期生。この立場は、近衛をとってしても抑止力になり得るほどに、私の想像以上に重たいのかもしれない。


 魔法準男爵はそのまま言葉を続ける。


「ただし。あなたが王子殿下との関わりを私的あるいは政治的に利用しようとした場合には、その限りでは無い。

 近衛の中には、殿下の影響力を他勢力に利用されるのを嫌がる者も居れば、そもそも殿下に政治的な後ろ盾が付くことを嫌う者も居ます。

 特にヴェレナさんは革新主義者として警戒されているようなので。如何に貴方の述べることが正しく、多くの人救うことが出来る手段を提示したとしても。王家の守護者たる近衛の逆鱗に触れることは間違いないでしょう」


 オートバガール魔法準男爵がここまでして伝えたかったこととは、今のことかな。

 私自身が政治的影響力を行使したことなんて無かったはずだけど……あ。


 吟遊詩人との面会のときにソーディスさんをねじ込んだ件のことを言っているのか、これ。

 あれは完全にオーディリア先輩の策であったとはいえ、それを是として私も動いている。私のお父さんとルシアのバックにあるリベオール総合商会を使って、魔法使い上層部への陳情を通した。そして決裁のスムーズ化のためにエルフワイン王子にも話を通している。


 このときの要求ルートを転用すれば、成程確かに政治的に動くこともできるかもしれない。オートバガール魔法準男爵は私を長らく監視していたことから、私自身がそのような影響力を行使する、ということはあまり考えていないかもしれない。むしろ必要であればオーディリア先輩やソーディスさん辺りが私のことを説得して彼女らが『私を』政治的に利用しようとすることに釘を指しているように思える。

 というか、あの2人なら状況次第では私を通さずに王子にダイレクトで要求を通しにいきそうな感じすらある。それも私が押さえろってことなのか。


 いや、無理なんだけど。それ。


「私自身はそのように動くことはないとは思うけど、私の友人や先輩がどう動くかまでは確約できかねますよ……?」


「……うん、まあ、そうなるよな。

 でも、万が一そうなった場合に、今までのように魔法使い上層部の庇護が受けられるとは思わないで頂きたい。貴方がたの行動に目を光らせる者はいなくなるのだから」


 ここまで言わせていると思うとかなり心配かけてますね。ラルゴフィーラの旅行中に公使不審死事件を知らせたときの出会いを考えると、ここまで踏み込んでくる関係になるとは思いもしなかった。




 *


 思えば、オートバガール魔法準男爵が監視から外れたということで、先輩ら3人に引き続いて別れ(・・)があった。

 まあ、先輩らに関しては来年魔法爵育成学院に進学すればまた気軽に会えるようになるけれども。それにオートバガール魔法準男爵だって、実際のところ私のことを監視していたとはいえ、私視点だと別に毎日顔を合わせていたわけでもない。


 けれど、こうして人との別れが重なるとどうも感傷的になってしまう。

 ……というわけで。


「ねえ、アロディアさん? 初等科時代にテニスをやっていたって言っていたけれど、他にスポーツは何かやってたの」


 新しい出会いを大切にしよう。まだ彼女がどういう人物なのか私自身よく分かっていないけれども、それでアロディアさんを遠ざける理由にはならない。


「あや? 突然ですね。

 しっかりやっていたのは、テニスくらいですが。習い事などでは水泳やバドミントン、弓道、軍楽辺りはひととおり。

 観戦などは何でも好きですよ……あっ、そうでした。父上に連れられて鴨猟かもりょうも嗜む程度にはやっておりました」


 ……想像以上にアウトドア派であった。未だにメンタル面はバリバリのインドア派なので、こうしてアクティブな人だと分かると若干気圧されてしまう。


「……鴨猟?」


 そして、鴨猟。ビルギット先輩と北方の飛竜育成施設を見学しに行ったときに水上機を使って行ったが、王都唯一の民間飛行場のあるプティドルフ――の周辺にあった運動公園に確か鴨猟場と銘打った池があった。

 でも鴨猟ということは、その名の通り鴨を銃で撃って仕留めるわけだよね。一応魔法銃の取り扱いを学んでいるとはいえ、若干後ろめたさが。


「ええ、生憎そこまで本格的なのではなく、鴨猟場を利用する程度ですが。

 でも自分の放った弾が当たるのは楽しいですし、仕留めた鴨を調理してその場で供してくれますよ。やっぱり自分で捕まえたのは美味しく感じますね。以前に鴨鍋で頂いたのですが絶品でしたよ」


 何だか話を聞いていると、釣り堀みたいなイメージが想起される。釣った魚を塩焼きにするような要領で鴨料理にありつけるとなれば、ちょっと興味が湧いてくる。

 よく考えてみれば釣りもハンティングも同じ生き物の命を頂いているわけだし、一方にだけ忌避感を抱くのも変な話か。


「私は今までやったことが無いけれど、楽しそうね」


「ええ。……ですが、慣れた経験者が居ないと少々難しいのと、結構場所を借りるのにもゼニーがかかりますので、私も何回かしかやったことは無いのです。父の友人が熟練者なのでそのおこぼれにあずかっているだけですよ」


 あー、なるほどなあ。これは流石に考え無しに行きたいとは言えんわ。相当手間がかかるのね。

 まあ、考えてみれば当たり前な話か。そんなことを考えていると、アロディアさんから私に対して1つ質問を投げかけられる。


「逆に、ヴェレナ先輩は、スポーツやったり、よく見ることってあるのですか?」


 まあ私から聞いたからにはその返しは来るよね。それは流石に想定済みだ。


「クレティの避暑地でテニスを少しやったことが。そのほかのスポーツはこの学院で習ったもの以外はあまり詳しくないですが、サッカーとかはルールが分かるよ」


 嘘は付いてない。サッカー知識はそういう乙女ゲームで身に付けたレベルの知識しかないけど。でも、これで私もアクティブな人物偽装ができたね、しめしめ。


「あや。ヴェレナ先輩、サッカー分かるのですね!

 丁度今週末、プティドルフ運動公園で、ガルフィンガングSCのホーム試合がありますので観戦しに行きません?」


 ……あれ? この流れは想定外だぞ。

 アロディアさんがサッカーにここまで食いつくとは思わなかった。




 *


「スタジアムで観戦なんて初めてなんだけど、必要なものとか何も無いよね……?」


「ヴェレナ先輩、もう何度も説明したじゃないですか。

 鉄道乗る時のようにちょっと荷物を確認するくらいだし、観戦券さえ購入できるゼニーさえあれば他に何も要りませんってば」


 スタジアムでスポーツを観戦する経験は前世含めて皆無であったので、こうした場に来るだけで気後れする。前の世界では、テレビ中継で良く流れているといった程度の印象しかない。だってさ、45分を2回もやるんでしょ? そんなの見てるだけで眠くならないのかな。


「それに何ですか、先輩。幾ら何でも制服で来ることは無かったでしょう。

 折角の休みの日ですし完全に場違いで浮いていますって、私達」


 そう言われて周囲を見渡してみれば、殆ど私服で来ている人ばかりだ。稀にチームのユニフォームの色? だろうか、オレンジと青緑の2色を基調としたアイテムで揃えている人と、紅色一色の人らが居る。


「でも……私服で来たら、危ない人から声掛けられたりしない? その点、制服なら一応これ軍服でもあるから抑止力になるでしょ?」


「あや、でも先輩の私服って完全に上流階級の人って雰囲気ですから、普通声掛けてこないと思うのですけれど……、どれだけスポーツ観戦に偏見あるのですか」


 だって今までは元の世界と今の世界の対比が出来たけれども、今回ばかりは前の世界にあったのにも関わらず体験したことの無いことだし。それでもこの世界では色々と異世界カルチャーギャップにぶつかることが多かったから、そりゃあ慎重にもなる。

 流石に映画の見方だけで転生者バレしかけているのだから、そりゃ警戒もするわ。


 そんな風に私が自分でもちょっと過剰かな、と思うほどの自己防衛に思いを馳せていると、アロディアさんが突如思い出したように話す。


「……あ。でも、敵チームのチームカラーの服とかを着ていると、ちょっと気になりはしますね。ホームの試合で敵サポーターでも無いのに、何故そんな色着てくるのかと……いや、なんでもないです」


 やっぱりあるじゃん、ローカルルール! 危ない、制服着てきて良かったじゃないか……。

 制服は黒に近い赤紫だから、オレンジでも青緑でも紅色でもない。セーフ。




 *


「へえ、スタジアムの外にこんなに出店あるんだ。前に来た時とは全然雰囲気が違うね。……というか、ここ陸上トラックだった気がするけど」


 正門突き当りの陸上トラック。そこの中央部の土のコートの両端にサッカーゴールが立てられていた。陸上競技場ってサッカーも出来るんだね、知らなかった。


「……というかヴェレナ先輩、前に来たことあるんですね。ホーム戦があるときは普段からこんな感じですよ。席まで持ち込んで食べたり飲んだりできます。まあ観戦しているとあっという間ですが、3時間くらいは居ますから」


「あれ、サッカーって45分の前後半だから1時間半で終わるんじゃ」


「ハーフタイムもありますし。試合前と試合後に色々と催し物や見世物をやりますので」


 へえ、そういうものなのか。確かにそうなるといくら屋根があり日陰になっているとはいえ、屋外で3時間も飲まず食わずではやってられない。ということで、屋台の物色を開始。あ、焼いた鴨肉とネギを交互に串に刺した鴨葱串がある。200ゼニー、うーん観光地価格っぽいけれども、この匂いには勝てないなあ。


 多分、この鴨って運動公園の敷地内にある鴨猟場の鴨だよね。そういう融通が出来るのか……賢いな。



「あっ、ヴェレナ先輩待ってください、って! ……初等科の食堂で勉強会派専用席を作っていた頃から思っていたけど、ヴェレナ先輩って意外と食べ物に目が無い……あや! ちょっと本当にどこまで行くんですかー!」



 ……聞こえてますし、アプランツァイト学園の初等科で専用席は私達が何か言ったわけでもなく、勝手に空けられるようになっただけだって。

 というか、なんでアロディアさん、そんな昔のこと覚えているんだ……。



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