エルリック第一王子・2
国王との謁見した2日後の夜、王族と縁のある伯爵家でパーティーがあり、エルリックはそこでミーナをエスコートしながら参加した。
ここ数ヶ月程パーティーでも何度かサシェーナを伴わずミーナをエスコートして参加していた為、人々のどよめきは少ない。
視線は冷たいものが多かったが。
エルリックは自分達が周りからどういう視線をもらっていたか、今回初めて気付いた。
散々元婚約者をないがしろにし、婚約破棄した上堂々と男爵の娘を連れるのだ。
そういう目でみられてもおかしくないだろう。
自分に対して苦笑するしかなかった。
パーティーの挨拶からダンスの流れを一通りし、落ち着いた頃にエルリックはミーナへ厚いショールを羽織らせた後、バルコニーへと連れ出した。
外は冬で日に日に寒くなり、今日も空気が冷たかった。別室で話してもよかったのだが、エルリックはどうしても外で話をしたかったのだ。
「エルリック…会いたかった」
そっとミーナがエルリックに寄り添う。
「学園では毎日会えるのに、冬休みに入ってからはいっきに少なくなってしまったわね。昨日も会えなかったし…とても寂しかった。」
潤んだ瞳でミーナは手を重ね、よりエルリックに密着した。
「なぁ、ミーナ。大事な話があるんだ。」
「…!なぁに?」
何かを期待した目でミーナはエルリックを見つめる。
「ミーナとの結婚だが…やはり男爵家という身分でこの婚姻は父から反対されている。婚姻するならば王子の位を返上しろと。」
「え…!!」
エルリックは身体を離し向かい合う形をとり、瞳を覗きこむ。
「それがある程度の身分をもらえた上での婚姻か、もしくは君のうちへと婿養子としての形になるのかもわからない。財産だってそれほど手元にはないかもしれない。しかし…!ミーナさえよければ俺はそれでもかまわない…!それでも…!!」
両腕それぞれを手でつかみエルリックは想いを伝えた。
ミーナはいつでも自分が欲しい言葉をくれた。
今回だって今一番欲しい言葉をきっとくれるはず…!!
ミーナは困惑顔の後…
すっと顔を横に向けた。
「エルリック…それはダメよ。あなたが私のために犠牲にならないで…」
「?ミーナ?」
「あなたは王子でこれからこの国の王になるのでしょう!?本当は私があなたの隣にたって二人で仲良く暮らせればと思った。でも出来ないのならば!…どうぞ王子妃をどなたか隣に置いて。私は側室でも愛妾でもいい!あなたの隣にいれれば…!」
「ミーナ…」
「どうか私のために無理をしないで…王子であることを捨ててなんていけないわ。あぁ…愛してるわ、エルリック。」
エルリックにミーナが抱きつく。
しばしそうした後、エルリックはミーナを中へと促した。
「エルリックも中に入りましょう。」
「いや、私はもう少し外の空気を吸ってから中に入るよ。」
「…わかったわ。」
ミーナが中に入り人の中に埋もれていくのを見届けた。
「…カイル。もう出てきてもいいぞ。すまない、外は寒かっただろう。」
「いえ、大丈夫です。それに、冬の星空を見ているのも好きなので。」
「お前にそんな趣味があるとはな…」
カイルがバルコニーの影からすっと出てきた。
この8年付き合いのある側近候補として一緒にいた友人の意外な面をみて驚く。
「…決心は着きましたか?」
カイルは見届け人として選ばれてこの場にいたのだ。
胸に手を当ててみる。
残っていた恋の熱を確かめるように。
彼女は初めて、自分が欲しい言葉をくれなかった…。
「…あぁ。着いた。ミーナが」
一呼吸置いて
「ミーナが言ったのだ。"あなたと結婚するならあなたの一番がいい"と"私だけを愛してほしい"そう言ったから、だから私はサシェーナと婚約破棄したのだ。それがどうだ。私のためと言っているのは聞こえがいいが、王子ではなくなると聞いたら2番目でもいいと言った。」
前の自分なら言葉のままを聞いて素直に感動していただろうがある程度の頭の中が冷静になった今はしっかり、その裏の意味が聞こえてくる。
「…彼女は私の王族としての肩書きと財産が目当てだったということだ。王の伴侶となれば一生楽に暮らせると思っているらしい。…惨めなものだな…」
「…」
「お前は私を滑稽だと思うか?」
「…いいえ。思いません。」
優しい眼差しをカイルはエルリックに向ける。
「お前は、別れを告げなくていいのか?」
「いりません。彼女に未練はもうないです。」
「…そうか。」
しばし無言でふたりで冬の空を見上げる。
少し雲の多い夜空だった。
空を見上げるなんていつぶりだろう。
エルリックも空を見上げるのは嫌いではない。でもここ最近は目先にばかり目を奪われていて、遠くを見ることも忘れてしまっていた。
「周りの反応をみたか?…私はいつの間にここまで盲目になっていたのだ。皆の信用を取り戻すには随分時間がかかりそうだな…。カイル、明日から私の友人たちの説得に回る。皆にはそこで自分の身の振りを決めてもらおう。」
「はい。」
「私は王に自分の気持ちを申し上げてくる。」
「はい。」
「クロージュ家とミーナについては私が采配できるようにお願いしよう。詳細と証拠をより集めねば…。この婚約破棄の騒動の後始末をするぞ、カイル。」
瞳に王族としての強い意志が灯る。
「殿下…。」
カイルはエルリックの隣にくるとすっと折り畳んだ紙を内ポケットから差し出した。
「これは…?」
「今回の騒動の証拠品の一覧です。後日改めてお渡しします。姉の部屋にあった書類は全部ではなかったのです。それが不思議でした。私が父へ謝罪に行った日、重要な証言、証拠は殿下が決意した時に渡すようにと受けとりました。」
「!?」
外で暗いため一覧は見えないが恐らく相手が逃げられないほどのものが用意されているのだろう。
「私たちが証拠隠滅しないため見せたのは動揺させるのに充分な内容程度だと。」
例え身内でも、裏切る可能性のあるものには全てを見せない。
自分の親たちの思考に冬のせいだけではない寒さが身体を走った。
彼らは身内だろうが国にとって負になる因子を罰するだけの覚悟を持っているのだと思い知った。
それを自分の内ポケットに入れる。
「…なぁ、カイル。お前はサシェーナのことで私を恨むか?」
カイルは目を見開いたあとふっと悲しそうに微笑んだ。
「いいえ…殿下。私も同罪です。そしてこの罪を一生背負い、国に尽くすことを誓いました。」
カイルは空を見上げる。
「姉が父に言っていたそうです。私たちならこの国をより豊かにさせることができる、と。ならば私はその言葉の通り国のために働こう。それが姉に対しての償いだと思っております。」
エルリックも空を見上げる。
サシェーナと話していた。
『エルリック様。国王になると国一番の子沢山になるのですね。え?…だって国民は国王と王妃の子どもになるのですから。国民たちがよりよい生活が出来るように私たち親で何が出来るか一緒に考えましょう。一人ではありません。あなたを支えるために私や臣下たちがいるのですから…』
そう微笑んだ彼女が脳裏によぎる。
「…私も今誓おう。この国の為に尽力する。…まずは信頼の回復という難題からだがな。」
お互いに顔を見合せニヤリと笑い合った。
エルリックはカイルに背中を向け手すりにもたれ空を見上げた。
「お前は中に入っていいぞ。私はもう少し、夜風に当たらせてくれ。あぁ、すまないがミーナの帰りは送れそうにない。マナーが悪いが…誰か他の人にお願いしてくれ。…明日から忙しくなるが…頼むぞ」
「わかりました。失礼します。」
カイルが中に入ろうとする。が、そこで一度立ち止まった。
「…殿下。差し出がましいことを申し上げるかもしれませんが、私は男が泣いてはいけないなんて思っておりません。男でも悔しいときや苦しいときは泣いてもいいのです。そう、思います。…失礼致します。」
ーカイルの気配がなくなる。
エルリックはもう一度胸に手を当てた。
この胸の痛みの余韻に浸っていたかった。
次に大衆の前に戻ってからはこんな時間を取っていることなど出来ないだろうから。
自分にはやらなければいけないことがこれからたくさんある。
夜風が吹く。
雲の切れ目から月が覗いた。
彼の濡れた顔を月の光が照らした。
お読みいただきありがとうございました。
※エルリック王子一部文章修正致しました