098 時間制限
昏倒した男を縛り上げて、カインは息を吐いた。
周囲を見渡せば、ダンジョンの入り口で待ち構えていた冒険者は全て拘束が完了している。
カインたちの猛攻により、五十名の冒険たちは鐘半分の時間も掛からずに倒されていたのであった。
そして、倒れた冒険者たちを一人残らず拘束し終わったことを、改めて視線を這わせて確認するとバッカーが声を上げた。
「意外と楽勝だったぜ!」
「バッカー、調子に乗り過ぎるなよ。コイツらは、魔族と対峙できないと判断された余り者だろう。指揮もとれていなかった」
「わかってるぜ! もっと強え奴らがいんだろ? 楽しみだぜ!」
この男には、普通に言ってもダメだ。
そう思いカインは頭を振って切り替える。
「ローレン。予定通りこいつらはお前たちに任せるぞ」
カインが声を上げるとローレンが頷いた。
「任せろ! ガナックたちには悪いが、事が終わるまでは大人しくしていて貰う」
「手に負えないような援軍が来るようなら、迷わず逃げろよ!」
「わかっている。身の程はわきまえているつもりだ。聖騎士が到着するまではなんとか死守したいがな」
「無理だけはするな!」
「お前もな!」
そう言って二人は拳を合わせる。
そして、ダンジョンの入り口を容易く制圧したカインたちは、間を置かずにダンジョンへと足を踏み入れていった。
入り口にローレンたちを残している。敵の援軍があった場合には、『伝意』によって連絡があるはずだ。
実力が伴わない事もあり、魔族救出には連れていけないが、外の状況がわかるだけでも随分と有り難い。エラー教の聖騎士が到着するまで入り口を死守してくれれば、それこそカインたちにとっては有利となる。
無茶はして欲しくはないが、最悪の事態でもローレンならば何か手を打ってくれる。そう信じてカインは前だけに目を向ける。
三階層までは何事もなく進む事が出来た。討伐隊が魔物を排除しているのか、既に攻略済みのダンジョンとはいえ一度として魔物に遭遇していない。
相手が罠を張っていることも警戒しつつ進行しているが、今のところそれらしい小細工も見当たらなかった。
そして、三階層の広間へ続く分かれ道に辿り着いた時、先頭を歩いていたファライヤが足を止めた。
「カイン。ちょっと野暮用が出来たわ」
突然の言葉にカインが眉を顰めた。
「バン・ドルイドか?」
「ええ。討伐隊に紛れていたのでしょうね。不意打ちでも狙ってるのかしら? どちらにせよ、片付けて来るからそっちはそっちで頑張って頂戴」
「言う必要はないかもしれんが、気を付けろよ」
「ふふ、あなたもね」
それだけ言うと、ファライヤはニヤリと笑って広間とは逆の道を歩いて行ってしまった。
「カイン。ここからは、私が探知を行いましょう」
ファライヤに代わり、ミズシゲが先陣を切って歩き出す。一同は無言のままミズシゲの後へと続いた。
そうしてやって来た五階層の半ばにて、ミズシゲは一度足を止める。
「敵がいますね」
瞳を閉じたまま、眉を顰めてミズシゲは言った。
「どっちだ?」
「広間で大人数が待ち構えています。それとは別の場所に広間よりも多い人数が控えてますね」
「挟み討ちにしようとしてるのか? やはり、入り口を制圧したことは伝わってるか……」
「入り口を制圧した際、注視していたのですけどね。襲撃があった時は、既に『伝意』で伝えていたのでしょう。どうしますか?」
「全部倒している余裕はないだろうからな。広間を突破しよう」
「突破しきれなければ、後ろから挟撃されてお仕舞いですよ?」
「挟撃される前に突破すればいいだけだ」
カインはそう言って眼光を強めて前を向いた。
広間の前には幾人かの兵士が、見張りとして立っていた。
室内には少なくとも五十名。挟撃しようと待機しているのが百名ほど。
カインたちが広間へと攻め込めば、『伝意』によって百名の兵士が挟撃する為に動き出すだろう。
その百名を足止めする為に、いくつかの罠を仕掛けて来ている。時間稼ぎにしかならないだろうが、その僅かな時間を稼いでいる間に、カインたちは広間を突破し、次の階層へと向かわなくてはならないのだ。
「作戦は伝えた通りだ。いくぞ!」
カインが静かに言うと、マリアンズ一同は力強く頷いた。
決まってしまえば、カインたちマリアンズの行動は恐ろしく早い。マリアンを除く全員が人並み以上のスキルを獲得しステータスを上昇させている他、ファライヤ特製の身体強化の魔術を行なっているのだ。
ヴィレイナだけは戦闘経験が乏しい故に、他の面々に劣るものの、ファライヤの英才教育は着実に彼女を育てている。
カインたちより訓練を始めるのが遅かった面子も、元からそれなりの経験値を積んでいた為に、ここ最近では著しい成長を見せていた。
カインはそんな仲間たちの状態も全て把握している。
英雄を目指し、伴わない自身の実力を少しでも補う為、出来ることといえば戦術を立てることだけだった。手駒を正確に把握し、敵の実力を図ることで相手より一枚上の行動をとる。そうやって考え続けてきたからこそ、カインの指揮能力は驚くほどに高いのだ。
普段は文句の一つも垂れる仲間たちも、戦闘となるとそれを口にする者はいない。理屈でも、本能でも理解しているのだ。
カインの判断こそが、相手に勝つ為の最善手であると。
それを証明するかのように、カインは天秤の塔を攻略する以前から結果を残して来た。
ミズシゲが、ゲンゴウが、バッカー、ルクス、ウルスナが、自分よりもクラスの低いカインに協力して来たのは、そういった理由もある。
故に、当然ながらこの男は疑いを持たない。カインの打つ手が最善であると知っているから。
見張り役の騎士に向かって、問答無用で駆けたのはバッカー。騎士はバッカーの姿を視界に捉えると、直ぐさま伝令を走らせ、魔晶石を投げつけて来た。
投げつけられた魔晶石に対して、バッカーは足を止めることなくさらに勢いを加速させる。投げられた魔晶石から魔術が発動するかどうかというところで、バッカーの拳が魔晶石に届いた。
鋭い音を鳴らして振り抜かれた拳は発動直前の魔晶石を叩き割り、その衝撃を続けて投げられた魔晶石にまで伝染させる。
激しい衝撃が後続の魔晶石を巻き込み、誘発されるように魔術が弾けた。
『風斬』の魔術が込められた魔晶石は、バッカーの拳一つで周囲に旋風を巻き起こして霧散する。
騎士たちは慌てながら広間の中へと後退していく。その騎士の一人に猛追するバッカーの拳が届いた。
大の大人が仲間を巻き込んで吹き飛ばされるほどの一撃。その一撃を受けた騎士が、ゴロゴロと転がって広間の中へと押し込まれた。
バッカーは勢いに乗ったまま広間へと突っ込む。そして、広間へと足を踏み入れると、そこにはこの字型の隊列を組んだ騎士たちが待ち構えていたのだった。
手には弓。それと魔晶石を握って一斉に攻撃を仕掛けようと構えている。
そんな騎士たちへバッカーはチラリと視線を這わせると、殴り飛ばして転がっていった騎士の襟首を掴んで持ち上げた。
仲間を盾にされて攻撃を躊躇う騎士たち。
だが、騎士たちの後ろから声が鳴った。
「戦闘中に躊躇するなっ!」
その声にハッとした騎士たちが一斉に攻撃に転じる。
バッカーは直ぐさま盾にしようとした騎士を投げ飛ばし、再び正面に向かって駆ける。そのバッカーに弓と魔晶石の攻撃が殺到した。
だが、相手が攻撃を放った瞬間に、バッカーはさらに加速して進んだ。
大きな緩急に的を絞れなかった攻撃が、バッカーの直ぐ後ろに集中した。
そして、攻撃を潜るように抜けたバッカーは、もう一段階速度を上げる。
突っ込んで来るバッカーを待ち構えていた騎士は、ここでもタイミングを外されてしまう。
強烈な一撃が隊列の中央に放たれた。
正面から受けた騎士が一人二人と吹き飛ばされて、倒れ伏す。
このまま道を開ける!
そう思い、バッカーは強烈な一撃を放つ。だが、予想外なことにその一撃を受け止める者がいた。
バッカーの拳を掴むように受け止めたのは、女だった。騎士ではない。頑丈そうな皮鎧を纏い、長い髪を後ろでラフに纏めている姿から、冒険者なのだろうと予想が出来る。
そして、鍛えられているとはいえ、女の細腕でバッカーの強烈な一撃を涼しい顔をして受け止めたということは、高いステータスをもっているのだと思われた。
つまり、この女が四名参加していると聞いた、Sクラスの冒険者の一人。
そう考えた時には、女の蹴りがバッカーに向かって放たれていた。
咄嗟に腕で守りを固めるが、その蹴りは恐ろしく重い。
バッカーは咄嗟に後ろに飛んで、その威力を最小限にいなした。しかし、予想よりも強いその一撃は、バッカーを大きく後退させて膝を着かせる。
「くっ! やるな!」
そう言ったバッカーには、既に騎士たちが殺到していた。
だが、当然ながらマリアンズはバッカー一人ではない。
バッカーの開けた道をカインたちも、追従するように駆けていたのだ。
バッカーに殺到しかけた騎士が、高められたカインの剛剣によって吹き飛ばされる。
その反対側ではゲンゴウが長刀を振るい、騎士たちをなぎ倒した。
ルクスがバッカーの腕を掴んで立ち上がらせ、戦闘に参加する。
その後ろから、マリアンを守るようにしてアーマードたちが広間へと侵入した。
「カイン! 手強いのがいるぜ! 騎士の後ろからフォローしてるから崩せねえ!」
「俺がやる! お前らは道を作れ!」
カインがそう言った直後、通常ではあり得ないほどの速度で放たれた矢が、カインへ向かって飛来した。
探知と予想を身に付けていなければ、カインはその矢を躱すことは出来なかっただろう。
だが、幸いにも幾度となく挑んだ魔族との戦闘で、カインは探知と予測をモノにしつつあった。
集中力を高めて、迫り来る矢の軌道を刀の腹で受けて変える。狙いを外れた矢は、勢いを失わずに硬質な岩壁へと突き立った。
「これを躱しますか? 普通」
そんな呟きが、騎士たちの奥から漏れた。
カインは舌打ちをする。今矢を放った相手は相当な手練れだ。乱戦に近い形の戦場で、的確に敵を狙って矢を放ってみせる芸当。そしてその威力。バッカーの攻撃を受けた奴といい、ここにはSクラスの冒険者、もしくはそれに近い実力者が二人はいるのだろう。
「ミズシゲ! 一人任せる!」
「お任せを!」
カインの指示に直ぐに反応してミズシゲは駆けた。殺到する騎士の攻撃を刀の鞘に手を置いたままでいなし、小柄な体躯をスルスルと潜り込ませて、騎士たちをすり抜けていく。
ミズシゲはあっという間に、目的の相手の下まで辿り着く。
そして、騎士たちの合間をすり抜けた先には、金色の長髪をなびかせた青年が弓を構えて待ち構えていた。
「この距離で躱せますか?」
青年がニヤリと笑うと、強く引き絞った弓を弾いた。
眼前で放たれた高速の矢。
その矢の一撃を、ミズシゲは瞑目したまま叩き斬ってみせた。
目にも止まらぬ速度の抜刀。
ミズシゲの抜き放った刀が妖しい光を放つ。
「残念。私の剣は世界で一番速いのですよ」
自称ですけどね。そう付け加えると、ミズシゲは刀を構えてニコリと笑う。
予想以上の実力を見せ付けられて、青年の顔付きも真剣なものへと変わった。
剛剣を唸らせて、カインの一太刀がまた一人、騎士を吹き飛ばした。
そして、遂にその姿を現した先程バッカーの一撃を受け止めた女冒険者。
カインは真剣な眼差しで相手に向かって刀を構える。
「あんたがリーダー? なかなか男前じゃない」
どこか余裕のあるその女は、緩い構えで腰を落とす。
手甲と脛当てを装備した女は、武器を持たずに構えている。余裕のある表情とその装備から何処かファライヤと似ているモノを感じさせる。
なんといっても隙がない。
そして、魔力の流れでわかる。
この女は強いと。
手出し無用と牽制された騎士たちに取り囲まれて、カインと女冒険者との戦闘が始まった。
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