097 蹂躙開始
巨大な木の上で器用に立ち上がる者の姿があった。
長い黒髪を後ろで一つに編み、袖の無い和装に身を包んだ背の高い女―――ファライヤである。
ファライヤは大木の上から、目を細めて遠方を伺う。その視線の先に在るものは、カインたちが数日に渡り通い詰めているダンジョンであった。
閑散とした岩場の間に位置するその場には、数日前とは違い武装した者たちで溢れている。数はざっと五十といったところか。
武装した者たちの様子を細かく確認すると、ファライヤはストンと大木から飛び降り、重力を感じさせないほど静かに着地をした。
「どうだった?」
空から舞い降りたファライヤに対して、地上で待機していたカインが声を掛けた。
「ざっと五十といったところかしら? どうやら、入り口の護りには主力を配置していないようね」
カインたちがダンジョンへ出発したのは、討伐隊の報告を受けた翌日の朝方であった。作戦を練り、事前準備を終えた時には既に夜になっていた。それでも随分と急ぎで行動したのだが、討伐隊の動きは予想以上に早い。
カインたちがキリエ村に到着した時には、既にダンジョンへ向かって移動をした後であった。今現在ダンジョンの入り口に五十名しかいないということは、残りは既にダンジョン内部へと入り込んでいることが考えられるのだ。
「敵の配置は既に済んでいるようだけれど、どうするのかしら?」
「Sクラスの冒険者はいないんだな?」
「ええ。魔族討伐に向かったか、内部で私たちを待ち受けているのでしょうね」
そう言われて、カインは暫し考えを巡らせると口を開いた。
「なら、正面突破……いや、全員倒すか」
「あら、随分と大胆なことを考えるようになったわね」
「冷静に考えるとそれが一番効率が良い。多分奴らは俺たちの戦力を把握していない」
「でしょうね。でなければ、入り口に一人も主力を残さないなんてことはないでしょうし。まあ、残しても結局はねじ伏せるのだけれどね」
「よし、なら一度みんなのところに戻って、襲撃の準備をするぞ!」
カインの言葉にファライヤは楽しそうにニマニマと笑みを浮かべた。
それから鐘一つ分の時間が経過したあと、カインはダンジョンの入り口付近の岩陰に忍び、様子を伺っていた。
カインの後方にはマリアンズ一同と、ローレンとカデナを含むデバイスレインのメンバーが数名、腰を屈めて待機している。
カインたちの人数は二十名。この二十名で、五百名にも届く討伐隊を相手にするのである。
緊張に息を呑む音が聞こえてくる。
「作戦は伝えた通りだ。ファライヤが掻き乱すから、お前らは落ち着いて一人ずつ確実に行動不能にしろ。全員縛り上げるまで油断するなよ」
カインの言葉に一同は、しっかりと頷いた。
「マリアン。お前は戦闘に参加せずに大人しくしてろよ」
「任せて! わたしこうみえても結構やるのよ」
「話を聞け! 冗談を言ってる場合じゃない!」
「えー、わたしお荷物になるの嫌なんですけど」
カインは頭を掻いて、腰袋から取り出した物をマリアンへと渡す。
マリアンに手渡された物はスリングショットと、それ用の球だった。
「敵が近付いて来たら使え。刺激物が含まれている球もあるから、味方に当てるなよ」
「任せて!」
マリアンが嬉しそうに頷くと、ダンジョンの入り口が騒々しくなり始めた。
「そろそろか。全員気を引き締めていくぞ!」
カインの言葉に一同は静かに頷くと、それぞれが動き始めた。
ダンジョンの入り口にて、冒険者の一人が警戒に目を走らせていると、岩場の陰から一人の女が現れた。
背が高く美しい容姿のその女は、手や足に装備した甲冑のような手甲やブーツから、冒険者なのであろうと予想ができる。
急ぐ様子もなく、ゆっくりとこちらへ歩く様子から、最初は敵であるとは思えなかった。
「おいっ! そこで止まれ! 討伐隊は既に編成されて募集は打ち切られているぞ!」
男がそう声を上げるが、女はニマニマと笑みを浮かべたまま、男の言葉を無視するように歩を進める。
そこで、ようやく男はおかしいと気が付き始めた。周りの者たちもざわざわとし始め、警戒の色を強める。
「そこで止まれっ! 止まらなければ攻撃するぞ!」
再度男が声を上げて注意を促すが、女は歩みを止めない。武装した者達が男の声で一斉に身構える。
「あの女は、マークレウスの仲間だ! 警告したなら容赦するな!」
そう声を上げたのは、ガナックだった。その周りにはデバイスレインの面々も顔を揃えている。
そして、ガナックの言葉に、警戒を強めていた者たちが一斉に動き出した。
腰袋から取り出した魔晶石を、全員が歩み寄る女―――ファライヤへと投げつける。
視界を妨げないようにと事前に打ち合わせされていたのか、五十にも及ぶ魔晶石は全て『風斬』であった。
風の刃がファライヤへと襲いかかる。
だが、ファライヤは変わらずニマニマと笑みを浮かべたまま、投げつけられた大量の『風斬』を踊るようにして躱してみせた。
「なっ! なんだあいつは!」
「怯むなっ! あいつは敵の主力だ!」
ガナックが声を上げ、二つ目の魔晶石を投げ付けようとした時、目の前にいた筈のファライヤの姿が消えた。
「どこにっ!」
そう言った瞬間、周囲から悲鳴が上がるのが聞こえた。遠方にいたファライヤは既に討伐隊の懐に潜り込んでおり、蹴り一つで大の大人が軽々しく吹き飛ばされたところだった。
「出鱈目なっ!」
悪態をついて、向き直ったガナックに別の叫び声が聞こえる。
「向こうからも来たぞ!」
慌ててそちらに目を向けると、カインたちが駆けてくるのが見えた。
「魔晶石を投げろ! 近付けるなっ!」
ガナックの指示に冒険者たちは従う。
そして、ファライヤに投げ付けた物と同様に、カインたちにも『風斬』の魔晶石が数十個投げ付けられたのだ。
すると、先陣を切っていたカインの前に、小さな影が躍り出た。
薄い灰色の髪をした東国の装備を纏った小柄な女性。
その女―――ミズシゲが、腰に挿した刀を抜き放つ。
『流し千面』。
一振りで繰り出された斬撃は千にも及び、無数の斬撃が『風斬』の刃を打ち払う。
驚きに目を剥く討伐隊の面々。
そして、動揺している僅かな間に、カインは討伐隊との間を詰めて来たのだ。
カインが腰に佩いた刀を抜き放ち、対面した者へと振るう。咄嗟に剣で受けたのはいいのだが、その者は力強い一撃に受けた剣ごと吹き飛ばされて、仲間を巻き込んで転がった。
「どおおおりゃああああ!」
雄叫びを上げて突っ込んで来たバッカーの拳が、一人の男の顔面を殴りつけて吹き飛ばす。
ゲンゴウが大きく刀を振って二人同時に蹴散らすと、ルクスとリンドーがその陰から飛び出し頭部を剣の柄で殴打する。
ミズシゲが敵の攻撃を捌き、後方からヴィレイナ、トリティ、ウルスナの弓による魔晶石の攻撃が討伐隊の中心部に着弾した。
討伐隊も反撃に転じて、後方の敵に魔晶石を投げつけるが、その全ては獅子を模した兜を被った全身甲冑の男―――アーマードの槌によって防がれる。
次々と攻め立てられる攻撃に、討伐隊の隊列は乱れ、混乱の波が広がっていった。
「落ち着け! 数はこちらの方が有利だ!」
そう怒鳴り付けたものの、ガナックの表情にも焦りの色が浮かんでいた。
ガナックは天秤の塔で、カインたちのパーティーと事を構えたことがあった。その時のカインたちの実力はよくてAクラスに留まる程度の実力だったと理解していた。
先日のキリエ村襲撃の話も耳にしてはいるものの、それでも護りに徹した場合、BクラスとAクラスの冒険者が入り混じった討伐隊なら、容易く退けられると考えていたのだ。
しかし、実際はどうだ。
次々に昏倒させられていく者たちをみて、その考えが誤りであったと気付かされる。
これほど実力を隠していたとは……。カインたちの実力は一人一人がAクラスの冒険者を凌駕している。少なくともガナックにはそう見えた。
苦々しげに奥歯を噛み締めていると、ガナックの前にミーアとジェドが立ちはだかった。
「ガナック! 降参してください!」
強気に声を発するミーア。
その姿に、ガナックは苛立った。
「ミーア。魔術士は前に出るな! 俺は何度もそう教えた筈だが?」
「それはわかってます。けど、後衛の魔術士は実戦で役に立たないと言われてしまったので、最近は近接型魔術士をやってます!」
「ふざけんなっ! そんなことができてたまるか!」
ガナックがそう言うと、ミーアはムッとした顔を見せる。
「鬼教官がいたので出来ますよ! 今ならガナックにも負けないと思います!」
「調子に乗るなよ。俺が剣を向ける前に下がれ!」
ミーアは首を振って答えた。
忌々しげにミーアを睨みつけ、ガナックは仕方なく剣を構える。
「……ガナック。魔術は私が思っているよりも奥が深かった。私が教わった実戦向きの超近接魔術をお見せしましょう」
そう言ってミーアは手に持った杖を上段に構えた。
「チッ、馬鹿が!」
ガナックが動き出した。
同時に側にいたジーダ、ベルガム、シトセイもジェドに向かって動き出す。
ガナックが潜るような動きでミーアに接近し、下段から剣を振り上げる。狙いはミーアの持つ杖。その杖を叩き斬り、蹴りの一つでも見舞えば大人しくなるだろう。
ガナックはそう考えていた。
しかし。
ガナックの切り上げた剣を、ミーアは一歩下がってやり過ごす。
「いきますよ! 超近接魔術『落雷』!」
ミーアの身のこなしには驚いたものの、その言葉には呆れて鼻から笑いが漏れる。
『落雷』とはA級魔術だ。威力は高いが詠唱の時間も長く隠蔽もできない為、何の術式も編んでないミーアが放てるわけもない。それどころか、今まで使用することすらできなかった魔術だ。
それをこの接近戦の中で放てるわけもない。
ガナックは構わず、ミーアに向かって蹴りを放とうとした瞬間―――頭上に星が舞った。
雷に打たれたかのような衝撃が頭部を襲い、わけもわからないままぐらりと体が倒れる。
目の端でミーアの姿を追うと、杖を振り下ろした格好が目に映った。
……魔術じゃねえ……じゃねえかよ。
最後にそう思い、ガナックの意識は暗闇に沈んだ。
ガナックがミーアに敗れる姿を目にして、ジェドに向かっていたシトセイたちの動きが止まった。
驚きに目を剥くシトセイたち。
だが、次の瞬間。脳がぐらりと揺れて、膝が折れる。
ジェドが短剣の柄で、シトセイたち三人の顎を打ち抜いたのだ。
「戦場で動きを止めるな」
ジェドに言われてシトセイは驚いた。僅かに隙を見せたのは確かだが、ジェドはその隙に三人の顎を打てるだけの実力があっただろうか?
ミーアに関してもそうだ。冗談のような一撃ではあったが、ローレンに次ぐ実力のガナックが容易く昏倒させられるわけもない。
強くなっている。このふた月の間に。
いったい二人に何が起きたというのだ?
シトセイに浮かんだ疑問が晴れる前に、目の前へやって来たミーアが杖を振り上げる姿が目に入った。
そして、落雷のような衝撃がシトセイたちを昏倒させる。
「私たちも結構強くなったと思いますけど、みなさんが揃ってると普通ですね」
ミーアが暴れ回るマリアンズに目をやって言った。
「……そうだな」
相槌を打ってジェドも視線を向ける。
マリアンズに蹂躙された五十名の冒険者たちは、戦闘を開始してからほんの僅かな時間で、既に半数以上の者が地に伏しているのであった。
読んで頂きありがとう御座います!




