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096 躊躇わない決断

「ねえ。やっぱり無理なんじゃないかな?」


 ケルナドの街にある宿で、椅子をギコギコしながらマリアンがそう呟いた。


「何故そう思う?」


「何故って、カインのその状態を見たら誰でもそう言うとおもうけど」


 マリアンの視線の先には、先日よりも多く包帯に巻かれたカインがベッドに腰掛けていた。


 ポーションの回復が追い付かず、二日間の安静をヴィレイナとミーアにキツく言い渡され、泣く泣く大人しくしているのである。


 というのも、三日前にマリアンが魔族と言葉を交わした際、『認めさせられることが出来たならば、もう一度人間を信じる努力をしてやる』、そう言質を取ったカインは魔族と戦闘を行った。


 しかし、カインは激しい魔族の攻撃を掻い潜りながらも、一度として攻撃に転じることはしなかったのだ。


 それどころか、仕舞いにはカインが魔族へ抱き着こうとして、それを嫌がる魔族の反撃により吹き飛ばされて昏倒するという場面もあった。しかも、五回もの回数をしつこく挑み、全てその結末だったという情け無い結果を残しているのである。


 ある程度手加減をしていた魔族であったのだが、最後にはキレて全力の攻撃でカインを瀕死の状態まで追い込んだのであった。


「あのさあ。魔族大好きなのはわかったけど、犬や猫じゃないんだからさあ。あの行動は変質者以外の何者でもないんですけど」


「どこが変質者だっていうんだよ!」


「えー。自覚してないとか病気なんですけど! せっかくわたしが、機会を作ってあげたのに台無しなんですけど!」


「……いや、まあ、それはなんというか、すまん。つか、俺はやましい気持ちがあって抱き着いていたわけじゃねえ!」


「えー。他に理由なんてないとおもうけど」


「あいつは、あまり動き回ろうとしなかっただろう? 前もそうだったんだが、座ったままだったり、尾で攻撃をしていた。それで気が付いたんだよ。二年前に負った足の怪我がまだ治ってないんじゃないかってな」


「それと抱き着くのとどんな関係があるのよ?」


「魔力を与えていたんだ。魔族は人間と違って外部から魔力を取り込むことができる。それによって、体の傷を自然治癒よりもはやく癒すことが出来るんだ」


「あー。そういえばそんな感じだったね。取り込んだ時しか治癒に使用できないんだっけ?」


「そうだ。どういう仕組みかは知らんが、完全に取り込んだ魔力では治癒に当てられないらしい。だから、俺はあいつの傷を癒すことで渋々認めさせようとしたんだよ」


「えー。そうだとしてもいきなり抱き着かれたら、女の子は嫌がるでしょ」


「そうか? ヴィレイナとか猫みたいに嬉しそうにするぞ?」


「カイン! どうして急にそんな馬鹿になっちゃうの!」


 カインの発言に、ガタッと椅子から立ち上がってマリアンが言った。


「冗談だ。ともかく、あいつが嫌がったのは抱き着かれたことじゃなく、施しを受けたことに対してだろうな。意地の張り合いなら負ける気がしなかったんだが、物理的にのされるとそうもいかん」


 珍しくカインではなくマリアンが溜め息を吐いた。


「今まで魔族が関わることなかったからわからなかったけど、カインは魔族が関わるとおかしな病気になるみたいだね」


「ちゃんと冷静に対処してるつもりだが?」


「傷の治療なんて認めさせてから幾らでもしてあげればいいじゃない? なんで先に命懸けで治療しようとしてるのよ」


「……確かに、言われてみればそうだな」


「ほら、病気になってる」


 マリアンの言葉に反論出来ず、カインが腕を組んで唸っていると部屋の扉が強く叩かれた。


 マリアンがどうぞと言って、扉を叩いた人物を招き入れる。


 すると、顔を覗かせたのはローレンだった。その後ろにはカデナの姿もある。


「カイン! まずいことになった。領主が魔族討伐に動き出したぞ」


 そう言われて、カインはマリアンと顔を見合わせると表情を引き締めた。




 宿の一室を借り受け、そこにはマリアンズ一同が顔を揃えていた。


 マリアンズ以外からは、ローレンとカデナ。そして、エラー教からネイロフがこの場に集まっている。


「ローレン。改めて状況を説明してくれ」


 カインが言うとローレンは頷いて口を開いた。


「うちの連中が、勝手に魔族討伐の為に人を集めていたらしい。クランの大半が関わっているお陰で、俺に情報が回って来るのが遅れた。すまない」


「それはいい。状況は?」


「領主の騎士団から四百名。冒険者ギルド百名からなる討伐隊だ」


「随分と集まったな」


「ああ。Sクラスの冒険者が四名、討伐に志願したらしく、それを皮切りに参加者が急激に集まったそうだ。Aクラスの冒険者は約四十名。半数はBクラスの冒険者だ」


「随分と質がたけえな! Sクラスの冒険者なんてそうそう掴まるもんでもねえだろう?」


 そう言ったのはルクス。


「そこに疑問を抱いたところで仕方あるまい。で? 騎士団の戦力は?」


 それに対してゲンゴウが声を上げ、問いを向ける。


「半数近くが前回の討伐に参加した者たちらしい。その中に、闘千クラスの男が一人いる。それ以外も冒険者でいうところのAクラスやBクラスに匹敵する実力者たちだ」


「ふーん。で? そいつらは、今どの辺りにいるわけ?」


 ウルスナが肘をついたまま言った。


「……それが、既に一部はキリエ村に到着している」


「はあ! ちょっと、そんな大所帯が移動してるのに気がつかなかったわけ?」


「……すまん。目立たないように、少数に別れて移動してきたらしく、今日の昼過ぎに先行隊が到着した」


「あんたクランの連中に嫌われてるんじゃない?」


「ウルスナ、言い過ぎですよ。恐らく相手方は、こちらが妨害してくることも視野に入れて行動しているのでしょう。網を張ってるファライヤですら気が付いていなかったのですよ」


 ミズシゲは言って、瞑目したままチラリとファライヤへ顔を向ける。


「残念だけれど、羽虫が数匹飛んでいるだけでは気が付きようがないわ」


 言ってファライヤは肩を竦めてみせた。


「つーか、ってことはダンジョンはもう押さえられてるってことか?」


「我々しか正確な場所を把握していないのですから、探索には時間を要すると思いますが」


「いや、リンドー。俺たちがここ数日で何度も行き来している。足跡を辿れば直ぐに見つかってしまうだろう。むしろバッカーの言う通り、抑えられていると考えるのが妥当だな」


「ならばどうするカインよ」


 ゲンゴウの言葉で一同の視線がカインへと集まった。


 その視線を受けて、カインの瞳がギラリと光る。


「それを聞く必要があるか?」


「当然だ。戦うのであれば、それはもう戦争だぞ」


 そう言われてカインは確かにと頷く。そして、大きく息を吐いて言った。


「俺は連中からあの魔族を守る。邪魔する奴は全て敵だ!」


 ハッキリと述べられた言葉に一同は息を飲んだ。


 討伐隊に手を上げるということは、領主を、ひいては国に楯突(たてつ)くことを意味するのだ。


 人々から忌み嫌われる魔族の為に、僅か十四名という人数で。


 その重大な決断を前に、躊躇う者は―――マリアンズにはいなかった。


「はーい。じゃあ、作戦どうしよっか?」


 マリアンが呑気な声で言った。


「立てる必要あるかしら? 皆殺しで良いんじゃない?」


 ファライヤが悪意のあるニマニマを浮かべて言った。


「……マリアンちゃんに楯突く者は全員潰す」


 アーマードが静かに言った。


「やっぱりそうなっちゃいますよね」


 ミーアが諦め顔で苦笑いを浮かべ、ジェドが無言で頷いた。


「どこまでもお伴します」


 ヴィレイナは優しい笑みを浮かべる。


「俺には他に頼るとこがねえしな」


 ルクスが肩を竦めてみせた。


「誰が一番多く倒すか競争しようぜ!」


 バッカーは馬鹿だった。


「マリアンちゃんがいなかったら付き合ってないかもね」


 ウルスナは渋々了承する。


「アルストレイが相手でないのでしたら、何も問題ありませんね」


 ミズシゲの言葉にゲンゴウも頷く。


「ここで逃げたら怒られてしまいますよ」


 リンドーは生真面目に言う。


「ヴィレイナ様のあるところが私の居場所です」


 トリティが瞳に決意を宿した。


 当然のように決断するマリアンズの面々に、ローレン、カデナ、ネイロフの三名は驚きの表情を浮かべた。


 しかし、ローレンは驚きながらも、直ぐに自身の方針を決める。


「……カイン。俺も力になろう」


「良いのか? クランの仲間とも争うことになるんだぞ? ミーアとジェドもだ」


「良くはない。だが、俺はお前に借りを作ってばかりだ。だから、少しでもお前の役に立つことをしたい!」


「まあ、最初に約束しちゃいましたし、私はカインさんが間違ってるとは思えませんから。殺し合いは出来ないと思いますけど、守る為の戦いなら頑張れます」


「……同意だ」


「あのっ! 私にも力になれることがあるでしょうか?」


 戸惑いながらもカデナが言った。


「人数は多い方がいい。だが、後々のことも考えて決めた方がいいぞ。俺たちは領主に楯突くことになるんだ」


「私には命を救ってもらった恩があります。今行動しなければ、この恩は一生返せない!」


「覚悟があるならいい。だが、命を粗末に扱うなよ。ミーアやジェドが悲しむ」


 カインがそう言うとカデナは力強く頷いた。


「説得力のない言葉ですね」


「カインももう少し、慎重に動いてください」


 ミーアとヴィレイナがカインへジト目を向ける。


 カインが目を逸らし苦笑いを浮かべていると、ネイロフが助け船を出した。いや、本人が意図したわけではないが、カインにとっては助けとなったのだ。


「マークレウス様。エラー教はどのように動きましょう」


「お前らは良いのか? 俺たちに協力をして」


「我々は国に仕えているわけでは御座いません。マークレウス様、そしてマリアンたんこそが我々の指標であり、神エラーの代弁者となると信じております」


「そうか。後々やり辛くならなければ良いがな。聖騎士は動かせるのか?」


「ご要望とあれば。しかし、動かせるにしてもこちらへ到着するのに数日の時間を要してしまいます」


「なら、領主に対して圧をかけてもらうとするか。お前たちの英雄である俺が目を付けている魔族を、横から掻っ攫おうとしているとな」


「なるほど。それならば、争ったとしても、便宜上正当防衛を主張できますな」


「シュヴァイツが領主と既知の関係だと言っていたな。アイツにも動いて貰おう」


「畏まりました。お任せください」


「よし、騎士四百と冒険者百人。蹴散らすぞ!」


 カインの掛け声に、一同が力強く声を上げた。

読んで頂きありがとう御座います。

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