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094 選び取る運命

今年最後の惰眠を貪っていたらこの時間になりました。

 ダンジョンの十二階層。


 その最奥にある広間の前にカインたちは来ていた。当然魔族との対話をするためである。


 今回は今までと違い、最奥地までマリアンを連れて来ている為、到着するまでに丸二日の時間を要した。


 各階層の魔物は既に数が少なく襲われる頻度も少なかったが、マリアンを守りながら行動するのに、それなりの労力がかかった。


 常にアーマードがピタリと張り付き警戒をしていた為、マリアンが怪我をすることはなかったが、なにぶん体力のない彼女は歩くのが遅く、ぜいぜいと息を切らして死にそうな顔になっていた。


 見兼ねたアーマードが途中からマリアンを抱えて移動しなければ、最奥地に辿り着くまでもっと時間がかかっただろう。


 最奥の広間へと続く入り口と、その横に開けられた大穴を皆が見つめる。


「カイン。前回のような無茶はしないでください」


「カインさんが図々しいのは知ってますけど、相手を怒らせちゃ駄目だと思いますよ」


 ヴィレイナとミーアが心配そうにカインに言った。


「無茶はする。だが、今回はマリアンがいる。かかっているのは俺の命だけじゃ無いからな。自重はするつもりだ」


「自分の心配もしてください!」


「そうです! カインさんが死んじゃったら、私はどう責任を取って貰えば良いんですか!」


 なんだか、的を得ないミーアの発言に、カインだけでなくヴィレイナもが「え?」と声を上げた。


 二人の反応を見て、ミーアは自分の失言に気が付き、みるみる顔を赤くして慌てた。


「な、なんでもありません! 言葉の綾です」


 動揺するミーアを見て二人は首を傾げていたが、マリアンだけはアーマードの陰からニヤニヤと笑いを漏らしていた。


「まあ、とにかく行くぞ。ミズシゲ、アーマード。危ないと思ったら、マリアンを連れて撤退しろよ。マリアン、お前も無茶だけはしてくれるな」


「その言葉はカインにこそ必要だと思いますよ」


「……わかってる」


 ミズシゲに言われてカインは苦い顔をした。



 広間の中へ『光陣』の魔晶石を掲げて、一足先にカインが足を踏み入れた。


 光りに当てられて蠢く蛇の魔物たち。その向こう側に、相変わらず片膝を立てて瞑目する魔族の姿があった。


 だが、今までと違い、カインが足を踏み入れると直ぐに顔を上げ、苛立たしげな表情を浮かべた。


 金色の瞳でカインを睨みつけながら魔族がパチリと指を弾くと、その合図を受けて蛇たちが横穴へと戻って行く。


 そして、魔族はゆっくりと立ち上がり、カインに向かって歩き出した。


「ちょっと待て」


 歩み寄る魔族を手で制して、カインは巨大ヘビが潜む横穴へと歩き出す。その行動に魔族はいぶかしんだように目を細める。


 そして、横穴の入り口へと向かったカインは、腰袋から三つのリンゴパイを取り出し、中へと放った。


 よし。と頷き、カインは魔族の下へと戻る。


「待たせたな」


「貴様は馬鹿なのか? 貴様の行動は理解不能だ」


「ん? いや、あいつパイが気に入ったみたいだったからな。ただの餌付けだ」


「そのことじゃない。死に掛けた分際で何故再び此処へやって来た」


「前にも言った通りだが? 俺はお前とわかり合えると信じているからだ」


「貴様の幻想を押し付けるな。私は言った。人間は敵だと。それ以外の答えは無い」


「いや、あるだろ」


「無い!」


 カインは困り顔で頭をいた。頑なで取り付く島も無いこの危険な頑固者を、果たしてどうやって説得したものか。


 そう思っていると、カインの後ろから声がした。


「ねえ、そろそろ良い?」


 そう言ったマリアンは、カインが答える間も無く広間へと足を踏み入れていた。予想外の行動だったのか、アーマードとミズシゲが慌ててマリアンを守るようにして前に立つ。


「うわー、カッコ良いね! その子がメドゥちゃん? わたしはマリアンって言うの。ヨロシクね」


 花が咲くような笑顔を向けてマリアンが言った。


 その姿を目にした魔族は、意外にも驚きの表情を浮かべていた。


「……マリア様」


 魔族が小さく声を漏らした。その言葉をマリアンは聞き逃さない。


「あ、やっぱりそう見える? よく言われるんだよね。アルストレイ初代皇帝、マリア・ルイ・アルストレイの若い頃に似てるって。でも陛下はもっと目付きが鋭いから、わたしは似てないとおもうんだけど」


「……どういうことだ? お前は何者だ!」


「わたしはマリアンよ。この名前はそこのカインが名付けてくれたの」


「……マークレウスに、マリアだと? ふざけた連中だな!」


「そうね。でも、あと一人。そのふざけた連中に魔族の女の子が加わってくれたら、三百年前の英雄譚がもう一度始まりそうじゃない?」


「遊びで語って良い名では無いぞ!」


「えー。めちゃんこ本気なんですけど」


 魔族の眉間に皺が刻まれる。しかし、魔族は直ぐに行動を起こそうとはしなかった。


 その瞳に映る躊躇ためらいの色。


 魔族たちは、当然ながら三百年前の英雄譚を知っている。それこそ、人間よりも詳細に。


 魔国を統治する魔王を筆頭に、それに仕える二十七名の魔人たちの多くが、その物語に関わっているのだ。


 そして、魔族の故郷にある一枚の絵画。


 大英雄カール・マークレウス。アルストレイ初代皇帝マリア・ルイ・アルストレイ。そして、現存し今は魔国で二十六名の魔人を纏め上げている魔族、アイドゥール。


 三名の姿を丁寧に描かれた、胸を打つその一枚を魔族は忘れたことがなかった。


 そして、その絵に描かれたマリア・ルイ・アルストレイの姿に、マリアンと名乗った少女は良く似ているのだ。


 髪の色が違う。鋭い瞳も。だが、全身から滲み出る面影のようなものが、マリアンをマリアではないかと錯覚させる。


「初代皇帝マリア・ルイ・アルストレイに想いを寄せたエラー。彼が陛下の名を付けて贈った世界でただ一つだった花。種子を残し人伝てに広がったその花は、巡り巡ってわたしの元へとやって来た。私はマリアン。魔族を愛し共にあることを願った彼、大英雄と同じ志しを持つ男。カインが名付けたのよ」


「……ただの、偶然だ」


「そう。ただの偶然だとわたしもおもうの。運命なんてものはわたしも信じてない。未来は誰かの手によって切り開かれていくのだから。でもね。この偶然を運命に変えるのはわたしたちなの。もし、わたしたちが三百年前の英雄譚をつむぐことができたなら、その偶然はとても素敵なことだと思わない? 運命って言葉で言い表したくなるくらいに」


「……………」


「わたしが陛下で、カインがマークレウス。物語をつむぐにはあと一人、二人を繋いだ魔族、アイドゥールがいなくちゃいけないの」


「……私にアイドゥール様になれと?」


「違うわ。選ぶのはあなたよ。わたしたちが最初に出会った魔族であるあなたが、この偶然を運命に変えるかどうかを選ぶのよ」


「あの方々には、幼少の頃からつちかってきた信頼関係がある!」


「え? 信頼関係なんてなかったけど?」


「……何を言っている?」


「幼少期に三人は仲が良かったけど、それは子供だったからに過ぎないわ。三人が一緒に過ごせる場所を作ろうなんて約束、何も知らない子供が言ったたわごとだったのよ? それから十年。子供の頃の約束なんて普通は忘れてしまうような月日を、三人は別々に過ごしたの」


「それは知っている!」


「なら、わかるとおもうけど。あの英雄譚が美しく人々の胸を打つのは、大人になれば忘れてしまうような約束を、それぞれがいつまでも夢見たからよ。そこにあったのは信頼関係じゃない。それぞれが自分の気持ちを信じようとした結果よ」


「………………」


「信頼関係は、結果的についてくるものじゃない? だから先ずは、わたしがあなたを信じるわ」


「……お前も、その男と同様に愚かだな。なら、お前の信頼とやらを早速裏切るとしようか」


 そう告げると魔族は瞳を見開き、魔眼を発動させた。


 だが、周囲を侵食する魔力の流れが遅い。その動きはまるで、マリアンが逃げ出すのを待っているかのようでもあった。


 じわじわと広がる魔力が、ゆっくりとマリアンへと浸食する。だが、誰もマリアンを庇い立てようとも逃げ出そうともしない。


 魔族は舌打ちをしながら、躊躇いを振り切るようにマリアンへと魔力を届かせた。


 そして。


 マリアンに触れた魔力は霧散し跡形もなく消え去った。


「馬鹿なっ!」


 驚きに大きく目を見開く魔族。その魔族に向かって、マリアンはニコリと笑った。


「あーあ。裏切られちゃった。これでわたしもあなたと同じね」


「……同じなものか」


「なら、何度、人間に裏切られたの? その数だけ私の信頼を裏切って良いよ。そうしたら、私はその後もう一度だけあなたを信頼するわ」


「……何も知らないくせに、勝手に私のことを決めつけるな!」


「知ってるよ。わたしは世界を見渡して来たから、魔族のことも知ってるよ。魔王は、魔族が魔国から出ることを許可してないってことも知ってる」


 その言葉に魔族は何度目かの驚きを見せた。


「……何故、そんなことまで」


「だから、見て来たんだって。世界も歴史も人も魔族も。神界で幽閉されていたわたしには、世界を見渡すことしかできなかったのよ」


「……幽閉? そして、魔力を打ち消す力……まさかっ!」


 魔族が何か言い掛けたところで、マリアンは口元に指を立てて、それ以上口にするなと合図した。


 それを見て、魔族は咄嗟に口を閉じた。


「まあ、そういうことだから、わたしは知ってるの。魔国からわざわざ出てくる子は、大英雄の物語に感化されて飛び出て来てしまった子たちだってことをね。女の子に多いみたいだし、間違ってないとおもうけど」


 魔族は何も言わずに黙ったまま険しい顔を見せた。


「英雄譚に憧れて、期待を胸に魔国から出てきた子たちは、みんな現実に打ちのめされて擦れちゃうんじゃないのかな? たぶん、あなたも―――」


「もういい! それ以上言うな!」


 魔族が突然大声を上げる。


「お前の話はわかった。お前の言葉もそうなのだろうと納得した。私の負けを認めよう」


「えっ! それじゃあ」


 マリアンが言い掛けたところで、魔族はそれを手で制する。


「急くな。お前たちのことなど信用できない。それは変わらない。だが、偶然を自らが選択し運命に変えるという言葉には得心がいった。だから、私も差し出された選択に一つの答えを出そう」


 そう言って魔族はカインへと向き直って言った。


「私を認めさせてみろ。できたなら、今一度だけ人間を信じる努力をしてやる」


 魔族は手を前に出してかかって来いとカインを挑発する。


「なるほど。わかり易くて良いな!」


 そう言って、カインはニヤリと笑って見せた。


 そして、マリアンへと向き直り言った。


「マリアン。俺はお前の事を初めて心の底から凄いと思ったぞ」


「なんでよっ! いつもはなんだとおもってるのよ!」


 そう言って、マリアンは楽しそうに頰を膨らませてみせた。

読んで頂きありがとう御座います。

今年最後に一部は投稿したくて、ちょいと駆け足な内容だったかもです。

ご指摘あれば、気軽に容赦なくコメント頂けるとありがたいです。

それでは皆様、良いお年を!

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