093 心の指針
「……まあ、ということがあった」
ケルナドの街にある宿の一室で、ベッドに腰掛けたカインはそう言った。
「えー。それってもう無理なんじゃないの?」
暇を持て余しているマリアンは、椅子をギコギコと前後に揺らしながら答える。
マリアンはそのギフトの特性上、神秘の力に影響を及ぼされない。故に、スキルの取得も出来ず、魔法も扱えるようにならない為、みんなが訓練に勤しみダンジョンに潜っている間、常に退屈しているのだ。
ダンジョンの三階層へ潜った時は、それなりにはしゃいでいたようではあるが、誰も構ってくれなくなると不貞腐れたように隅でイジイジしていた。
「ねえ、カイン。わたしもその魔族見たい!」
「なんだ? 盾になってくれる気になったのか?」
「なんでよ! 訓練してるカインがボロ雑巾のようにされた相手に向かっていったら、わたし死んじゃうんですけど!」
「神秘を無力化できるんじゃないのか?」
「そうだけど、神秘で増された勢いまで無力化できないの! 多分そのメドゥーサちゃんとかがわたしの事思いっきり殴ったら、わたしは死んじゃうし、メドゥーサちゃんの耐久力も並になるから粉微塵になるとおもうけど」
「どちらに対しても不利益しか生まないな。爆弾みたいな奴だな、お前は」
「心を爆発させるほどの美少女と言ってよね!」
「あーはいはい。つか、それならどうやって魔族を見に行くつもりだ?」
そう言うと、マリアンは唇に指を当ててうーんと唸る。そして、いい加減なことを口にする。
「カインがわたしの盾になるの。こちらが魔族になりまーす。って案内してもらって、わたしは見るだけ」
「俺のリスクしか上がらねえんだが!」
「死ぬ気で説得すれば良いとおもうけど」
「死ぬ気で説得しようとした結果がこれだ!」
カインは包帯でグルグル巻きにされた自分の体を叩いて言った。
魔族が放つ全力の一撃を受けたカインは、ダンジョンの硬質な岩壁を突き破って吹き飛ばされた。
咄嗟に『半魔法』で守りを固めたとはいえ、死んでいてもおかしくない程の怪我を負ったのだ。
ダンジョンを揺るがす程の威力に、広間の外で待機していた仲間たちも酷く慌てていたようであった。
そんな状態で、死にかけたカインが転がっているのだから、ヴィレイナとミーアは大騒ぎだった。
広間を警戒しつつも、即座に撤退を決めた彼らは、意識を失っているカインを抱えてキリエ村に戻った。
そして、思いのほかカインの負った怪我が深刻だった為、暫くの間、静養させる為にケルナドの街まで戻って来たのである。
カインが意識を取り戻したのは、鐘三つ程前の時間である。
「カインが魔族大好きなのはわかったけど、今回の子は簡単に説得なんて出来ないとおもうよ。そもそも、話を聞いてくれないんじゃ、説得なんて無理だし」
「お前が見学に行けば、話の一つでも出来るようになるのか?」
「えー。わたしは魔族を見たいだけだし、そこはカインが頑張ってよ」
「なら、危険を冒してまでお前を連れて行く理由はないな」
「えー。じゃあ、ちょっとだけ話してみる」
「そこまでして、魔族が見たいのか?」
「うん。だってさ。魔族ってなんかカッコいいじゃない。角が生えてたりとか、牙があったりとか、動物的な特徴がイケてるとおもうのよね!」
「つか、暇過ぎてそれっぽい理由をつけてるだけじゃないだろうな?」
カインがそう言うと、マリアンはスッと視線を逸らした。カインは小さく溜め息を吐く。
「無茶なことばかりしてくれたが、俺はこれでもお前に感謝している。お前の無茶苦茶がなければ、魔族には出会うことができなかったし、対処する為の力もなかった。だから、俺の我儘の所為でお前を危険な目に合わせたくは無い」
「盾にしようとしてた人が言う台詞?」
「真面目に言ってんだよ!」
「じゃあ、わたしも真面目に答えるけど、そもそもわたしの目的はカインを大英雄にすることなんだよね。だから、魔族との関係は上手くいって貰わなくちゃ困るの。カイン一人じゃダメだって言うなら、多少危険でもやらなきゃいけないとおもうけど」
「どうしてそこまで俺を大英雄にしたがる?」
「えー。楽しいから?」
「何故そこは疑問形なんだ」
「だって自分の気持ちが良く分からないもん。ただ、見たいなって思うの。大英雄カール・マークレウスが成し遂げた英雄譚のような物語が」
「命を賭けることか?」
「カインがそれを言う? 他人から見たら、魔族と和解する為に命を賭けてるカインの行動だって、そこまですることか? って感じるとおもうけど」
「っうぐ」
核心を突かれてカインは言葉に詰まった。
マリアンの言う通り、他人から見ればカインの行動は常軌を逸している行動なのだろう。だが、カインの中では明確な想いがある。ヨミに抱いた感情。別れの時に秘めた誓い。
それらがカインの原動力となり、突き動かしている。
だが、人は誰しもがそんな想いを抱いているのだろう。カインのようにハッキリと区切りのある出来事が無ければ、秘めた想いには中々気が付かない。
けれど、その想いは個人の指針となり、行動原理の要となるものなのだ。その想いが、人に何かを渇望させて求めるように仕向ける。
マリアンが抱く感情もそれと同じなのだろう。明確な指針が見えていなくとも、マリアンは自身の中に描く物語を渇望している。だから、その為に命も賭けられるし、無茶なことも出来るのだ。
だが、様々なことを見通し、明確な言葉を口にする彼女が、自分の想いに答えを見出せていないとは、とても思えないが……。
それでも、マリアンが危険を承知でそうしたいと言うのならば、カインにそれを止める資格は無い。
誰よりも己の我を通そうとしているのが、カイン自身なのだから。
カインは諦めた表情でマリアンを見た。
「行きたいと言うなら連れて行ってやるが、本当に守ってやれるかわからないぞ?」
「大丈夫だよ。アーマードもファライヤも連れて行くし」
ニコリと笑ってマリアンはそう告げた。
ところが……。
「あら、私は付き合えないわよ?」
ファライヤはニマニマと笑みを浮かべてそう言った。
カインが納得したあと、マリアンは自分の護衛として、アーマードとファライヤを連れて行こうと話をしたところ、ファライヤはあっさりと断りを入れてきたのだ。
「えー。なんで?」
「だって、『バン・ドルイド』の連中がいつやってくるかもわからないのよ? これでも数キロ先まで魔力糸を伸ばして常に探知を行なっているの。さすがにこの状態で魔族の相手は難しいわ」
「そこをなんとかするのが、ファライヤクオリティだとおもうけど」
「なんとかしてあげたいけれど、今回に限ってはもしもがあるわ。けれど、そうね。ミズシゲに護衛を任せたらいいのではないかしら?」
「ミズシゲって、ファライヤのお墨付きになるぐらい凄いの?」
「そうね。みんな気が付いてないかもしれないけれど、育てる必要が無い位には完成されているわ」
「そうなんだ。じゃあ、ミズシゲにお願いしてくるね」
「マリアン」
マリアンがミズシゲの下へと向かおうとしたところで、ファライヤが声を掛けてその行動を遮った。
「ミズシゲは頼りになると思うけれど、相手は魔族よ。私より強い者も多くいるわ。決して侮らないこと。いいわね?」
「ファライヤがそんな事言うなんて珍しいね。でも、多分大丈夫だとおもうよ。カインの話しを聞いてて、そんなに危なそうに思えなかったし」
「あなたがそう言うのなら、これ以上私から言うことはないわ」
そう言って、ファライヤはニヤリと笑って踵を返した。
その後、マリアンがミズシゲに護衛の話をしに行くと、ミズシゲは意外にも二つ返事で了承してくれた。そして、数日の間を空けて、カインたちは三度魔族の下へと向かったのだった。
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