091 その為に重ねた努力
メリークリスマス!
だが、クリぼっちの私には関係ない行事である。
眼が覚めるとそこは、岩壁に覆われた薄暗い場所だった。
首を傾けると、カインを覗き込むように翡翠のような瞳が覗いている。
冷たい地面に寝そべっている体が肌寒い。しかし、首元だけは温かく柔らかな感触が伝わってくる。
「目が覚めましたか?」
ヴィレイナの優しい声音にまどろむ意識を引き戻され、カインは上体を起こして周囲を見渡した。
開けた空洞。どの階層かはわからないが、ここは階下に繋がる広間なのだろう。
ミズシゲとルクスが見張りを行っており、ゲンゴウとミーアは腰を下ろして休憩をしている。
膝を抱えて座るミーアが恨めしそうにカインを見ているが、そんな視線を向けられることに心当たりがない。
あるとすれば意識を失っていた間、ヴィレイナが膝枕をしてくれていたことだけだが、世話焼きなヴィレイナであれば別段おかしな行動でもないだろう。
意識を失ったことを言及したいのであれば、それは申し訳ない。だが、よくよく考えれば、自分はミズシゲに頭を叩かれて気絶したような気もする。
そう考えながらカインは、僅かに痛む額に手を当てる。
「まだ、痛みますか? 一応癒しは施したんですが」
「いや、それほどじゃない。状況がはっきりしないだけだ」
「カインが無理に突っ走ろうとしたので、一度引いたんです。ここは十階層の広間ですよ」
「カイン! 無闇に突貫するのではなく、しっかりと方針を立てて行動して下さい」
ミズシゲはカインが目を覚ましたことに気が付き、足を向けて強めの口調で述べた。
だが、カインはその言葉に対して首を傾げる。
「方針は決めている。少なくとも和解して、呪いを撒かないように約束するのが俺の目的だ」
「それは分かっています。そうではなく、そこに至る為の手段や方法を練るべきだと私は言っているのですよ」
「……そんなものは必要ないだろう?」
「本気で言っているのですか? あなたを吹き飛ばした一撃は、当たりどころが悪ければ命を奪っていたかもしれないのですよ」
「……ミズシゲ。お前の言わんとしてることもわかるが、どうやったらそんなことが出来ると思うんだ?」
「……というと?」
「お前は自分の事を信用させようと思った時、いちいちつまらない小細工をするのかってことだ。信用を勝ち得る為に、相手に嘘を吐くのか? 自分の事を伝えずに示せる誠意があると思っているのか?」
「……む」
「大衆を操るならそれもいいだろう。だが、俺がやってるのは個人との対話だ。作戦を立ててどうこう出来る問題じゃない。ただ、真っ直ぐぶつかって話し合う以外に選択肢はない」
「そんなやり方では、命がいくつあっても足りませんよ」
「あほか! 俺が何のために力を求めたと思ってる。他人に誇示する為じゃない! 我儘を通す為だ! 無茶をやって退けられるようになる為だ! それ以外に力の使いどころなんてないだろうが!」
カインがそう言うと、ミズシゲは驚いたような表情を向けて口を結んだ。
「心配してくれるのは有り難いがな。俺は最初からそうやってぶつかると決めているんだ」
言葉を返せずにいるミズシゲを見て、大きな笑い声が響いた。
「ふははっ、ミズシゲが叱られている姿なぞ初めてみたわ。カイン、中々に漢気のある言葉であった。お主のやり方が正しいかはわからんが、俺は見届けてやろう。なに、屍は拾ってやるから安心せい」
ゲンゴウが愉快そうに言った。
「せめて骨を拾うと言え! 遺体の処理だけ引き受けられても安心できねえよ」
「ふっ、お主が取り纏めている集団なのだ。お主亡きあと意思を継げる者はおらんのだから、尻拭いなぞ誰もやらんだろう。故にこの話はそこで仕舞いだ」
「冷たいな。つか、まあ誰かに委ねようとは思ってないけどな」
「そうであろうな。だから心して挑め。死ねば誰も救われん。だが、お主の言う話し合いとやらを成し得ることが出来たならば、俺は認めよう。お主がマークレウスを名乗るに相応しい人物であったと」
ゲンゴウがどこか嬉しそうに、口元で笑みを浮かべて言った。
「まあ、頑張るとするさ」
それ以降、心配そうな表情を見せはするものの、カインのやり方に異を唱える者はいなかった。
そうして、その日の内にカインは再び最深部の広間へとやって来た。
先程と同じく仲間を外で待機させ、一人で魔族の下へと向かう。
広間の中には先程まで影も形もなかった蛇たちが蠢いており、魔族の周囲を取り巻いている。
最初にやって来た時のように足下を埋め尽くす程の量ではないが、それなりに数はいるようである。
さっきはわざわざ魔族が退避させていたのだろうか?
そう考えながらもカインは、気にせず足を向ける。
「お前は馬鹿なのか?」
相変わらず片膝を立て、壁にもたれかかったままの姿勢で魔族は声を上げた。
緩慢な動きで顔を上げると、金色の瞳を向けてカインを睨みつけてくる。
「馬鹿なのかもしれないな。少なくとも、俺の感性はあまり人には受け入れられないらしい」
「その軽口をやめろ。殺すぞ」
「敬語でも使われたいのか? てか、殺すぞってことは、さっきのは見逃してくれた感じか? 随分と優しいな」
「真性の馬鹿か。どうなっても知らんぞ」
魔族がそう言うと、周囲にいた蛇がカインに襲い掛かった。
ガブリと全身を噛み付かれるカイン。
だが、カインは全身を蛇で覆われながらも微動だにしなかった。
次第にカインの体から蛇たちが離れていく。そして、全身に薄っすらと噛み痕を残しながらもカインは平然と立っていたのだ。
さすがの魔族もその行動に目を細めた。
「……痛ってえ」
痛みを訴えはするものの、カインが毒に犯された様子は無い。多種多様の蛇から毒を受けて平然としているその姿は、僅かに魔族を驚かせた。
「ねぐらに侵入して来た俺が手を出すのは間違っているらしいからな。お前の話を聞いていくらか納得したよ。だから、俺に争う意思が無いことは伝えたつもりなんだが……これ以上は意思疎通が出来ないと無理そうだな」
「……何故、平然と立っていられる」
「耐性をつけて来た。それこそ何本も毒の瓶を呷ってな。お前の前に立つ為の努力が、無駄にならなくてよかった」
「…………」
薄っすらと目を細めたままの魔族は、カインから目を離さずにパチリと指を弾いた。
すると、人が通れそうな程の横穴から巨大ヘビが一匹顔を出したのだ。
カインを睨み付けて、シュルシュルと舌を出し入れする巨大ヘビ。
その巨大ヘビが魔族の合図と共にカインへと襲い掛かった。
大口を開けてカインを一飲みにしようと迫る巨大ヘビ。だが、今度もカインは逃げる素振りを見せずにそれを迎え討つ。
小さく息を吐き両手を上下に構えて集中。全身を巡る魔力を感じ、迫り来る巨大ヘビがカインを食おうと口を閉じた瞬間、足先を起点に全身へと魔力を走らせた。
微かに編んだ術式を繋げるようにして走らせ、反射によって速度を上げる。必要な部分に必要なタイミングで魔力を補う為に、高速で魔力を循環させる技術。
それが、六つ目の身体強化『流動反射強化』である。
スキルによるステータスの強化と、極限まで集約させられた魔力による強化。その二つがカインの膂力を異様な程に高めていた。
そして、高められた力を以って、カインは巨大ヘビの閉じられる上下の口に手を添えて、その突進をも受け止めて見せた。
ズンと響く音が周囲を揺らした。
カインの思わぬ行動に、魔族どころか攻撃をした巨大ヘビもが驚いた様子を見せた。
カインがグッと前に手を押し出すと、巨大ヘビも困惑しながら体を引く。
そして、パンパンと手を叩いて魔族へと向き直り、カインは言った。
「一応、コイツにも俺からは手を出さないって意思を伝えたつもりだ。あとはお前から言って聞かせてやってくれ」
カインがそう言った瞬間。
ブンッという空気を鳴らす音がした。魔族が自身の尾をカインに向かって振るったのだ。
攻撃手段を一度目にしていたお陰か、魔族から立ち込める魔力の揺らぎで反応出来たカインは、咄嗟に身を屈めてその攻撃をなんとか躱した。
だが、縦に横にと鞭のようにしなりながら幾度も繰り出される攻撃に、次第に対応出来なくなってくる。
「ぐっ」
遂には捌き切れなくなった尾の攻撃がカインの腹部に直撃し、カインは大きく吹き飛ばされて岩壁に激突した。
「ぐはっ」
激突の衝撃に喘ぐカイン。
その傍らにヴィレイナが直ぐに駆け付けて来た。
見れば前回同様に、広間の入り口から大きく外へと弾き出されていたのだった。
「くっそ、器用な奴め」
「そんな感想を言ってる場合ですか! 肋骨が折れてますよ!」
ヴィレイナの治癒を受けながら、カインは広間の入り口を睨み付けていた。
その瞳には悔しそうでもありながら、どこか楽しそうな感情も見え隠れしていたのであった。
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