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090 悪印象

 ここ数日間は色々なことがあった。


 色々とはいっても、主にスキル上げと魔法の訓練においてではあるが。


 体力と気力をすり減らし死に物狂いで行ったお陰もあってか、各々の実力はそれなりに上昇している。


 六つの身体強化に関しても、各人が五つ目の『細部連動反射強化』まで習得しており、カインとミーアに至っては『流動反射強化』を扱えるようになっていた。


 ヴィレイナも神気を用いた術式が完成しており、トリティも同様に『細部部分強化』までは扱えるようになっている。


 着々とスキルを取得しそのレベルを上昇させる一同は、すでにEXスキル『才能』を開花させた者も少なくなく、目に見えて身体能力が向上している。


 冒険者として久しく活動はしていないが、マリアンズの実力は既にA級クランと言われても遜色ないほどに高い。


 そして、訓練の最中、魔力を直視できるようになったカインは、終に魔族との接触を試みることになったのだ。


 ダンジョンの最深部へ潜るのは、カインの他にミズシゲ、ゲンゴウ、ミーア、ルクス、ヴィレイナの五名。その他メンバーは、マリアン共々ダンジョンの三階層で待機し、訓練の続きが行われる。


 『バン・ドルイド』の襲撃を警戒するため、三階層にウルスナとファライヤを残す。石化の魔眼を受けた際の保険として、パーティーからはバッカーが外され、ヴィレイナが加わっている。


 ウルスナの『転移』をあてにしての配置だが、当然文句も出た。前回使用した際、二度とあてにしないとカインと約束していたからだ。だが、ここ数日で目に見えて魔力量と身体能力が向上し、六つの身体強化によって近接戦闘まで行えるようになったウルスナは、正直今まで切り札としていた技術よりも高い技術を得ている。


 魔力量が向上した為、『転移』に使用する割合も問題ない量へとなっており、今回は最深部まで自身が潜るわけでもない。文句を言う理由がなくなってしまったのか、最後は尻すぼみな感じで「別に良いけど」と了承する形となったのだ。


 そんなこんなで出発し、カイン達は一日と半を掛けて最深部にある広間の前へとやって来ていた。


 道順も既に把握しており初回の攻略で魔物の数も減らしていた為、時間は最初の半分程しか要していない。素材を回収する手間があった為に少し時間を食ったが、それがなければもっと早くに到着できていたであろう。


 そうして到着した最深部の広間の入り口に立ち、カインが声を発した。


「それじゃあ、行ってくるから外の警戒は任せた」


「本当に一人で大丈夫ですか?」


 心配そうな表情を浮かべてヴィレイナが言った。


「大勢で行って警戒させたくない」


「それはわかりますが、せめて蛇の群れを皆で一掃してからの方が……」


「対処出来なければ、直ぐに逃げてくるから大丈夫だ」


 カインはそう言ってヴィレイナへと笑みを向ける。


 カインを心配する感情と信じたい感情が渦巻き、モヤモヤとした気持ちでヴィレイナは無理に笑顔をつくってみせた。


 そんなヴィレイナの肩に、カインはそっと手を置き心配ないと告げると、一同に視線を向ける。


 そして、それぞれが頷き返すのを確認してから一人、広間の中へと足を踏み入れた。




 暗い広間を『光陣』の魔晶石が照らし出す。


 前回の時は気が付かなかったが、壁中に小さな横穴が空いており、その内の一つが人が入れそうな程に大きい。


 恐らくはあの巨大ヘビが移動する際に使用していたものであろう。


 そして、横穴が見渡せるということは、今は前回のように蛇の群れも巨大ヘビの姿も広間の中にはなかった。


 ただ一人、出会った時と同じ、片膝を立てたまま微動だにしない魔族の姿があったのだ。


 カインが足を踏み入れても何も反応しないその相手は、力尽きているわけではない。


 薄く紫がかった長い髪が、生き物のようにウネウネとうねっているし、魔力を直視しているカインには見えている。


 その魔族が内包する桁違いの魔力の渦が。


 カインは、反応のない相手を気にする素振りもなく、平然と魔族に向かって歩を進めた。


 そして、魔族まで三メートル程の距離まで進んだところで、突然魔族から生えた太い尻尾がドンッと地を叩いて威嚇いかくを始める。


 まるで、それ以上近付くなと言っているような反応。


 カインはそこで歩みを止めた。


「前はすまなかったな。お前のお仲間に手を上げてしまった」


 魔族の顔が僅かに上がり、カインの方へと向いた。


「…………」


「ただの魔物だと思ったんだ」


「……別に、仲間ではない」


 魔族がくぐもった声を上げた。


「そうか」


 そう答えたものの、カインはあの魔物が魔族の仲間ではないことはわかっていた。魔族の存在を知った時点で、巨大ヘビや蛇の群れは魔族が使役している魔物なのではないかと疑いはしたが、魔物諸共カインたちに魔眼を放ったことから、そうではないのだと予測はしていたのだ。


 それでも、下手に怨みを買ったままでは話にならないと思い、話題の一つとして振っただけであった。


 だが、魔族から言葉を引き出すことには成功したものの、予想外の切り返しをされてしまう。


「……仲間ではないが、ただの魔物であれば、貴様は容赦なく刃を振るうのか?」


 その問いかけに、カインは暫しの沈黙を以って答えた。


「……そうだな。刃を向けなければ、こちらがやられてしまうからな」


「相手に戦う意思がなくとも、お前たち人間は刃を向けている。あの蛇共は自分のねぐらに侵入して来た者に牙を剥いただけだ。それをお前たちは自分の都合で虐殺した。それ以外の事実はない」


 そう言うと、魔族は金色の瞳を覗かせてカインへと視線を向けた。そして、緩慢な動作で動き出すと、手に持っていた漆黒の魔晶石をカインに向かって放り投げた。


 カンッと地を転がり目の前に投げ出されたそれを、カインは腰を折って拾い上げる。


 未だ禍々(まがまが)しい程の魔力を宿した魔晶石。それをみて、魔族へと再び視線を戻した。


「それは、返そう。人間にほどこしを受けるなど耐え難い」


 カインは魔晶石に再び目をやるとやれやれと溜め息を吐いた。


 頑なだろうとは思っていたが、施しすら受ける気がない程、目の前の魔族は人間を嫌っている。ヨミの時とは違い、金色のその瞳には人に対しての未練のようなものは一切見えなかった。


「貴様には少し興味があったが、その興味も今なくなった」


 そう言うと突然、魔族が纏う雰囲気が変わった。


 カインの視界に映る魔力の動きも荒々しく波打って見えた。


 来る!


 そう判断出来た―――筈だった。


 しかし、気が付いた時には魔族の腰の下辺りから伸びた太い尻尾が振られており、カインの右腕に直撃していた。


 咄嗟に直撃部分へ魔力を集め強化を施すが、それでもカインの体は大きく吹き飛ばされて入り口の穴から外へと弾き出されていた。


 突然入り口から吹き飛ばされて来たカインをみて、外で待機していた一同は警戒の色を強める。


 しかし、魔族が広間から出てくる様子はなかった。


「カイン! 大丈夫ですか!」


 ヴィレイナがカインの元まで駆け寄る。

 すると、岩壁に激突して地面に伏せるように倒れていたカインは、直ぐに起き上がると何でないかのように言った。


「少し失敗しただけだ。問題無い」


「でも、腕が……」


 ヴィレイナに言われて自分の右腕に目をやると、あらぬ方向へ曲がっていることに気が付いた。

 ただでさえ、全身に痛みが走っているのを痩せ我慢で耐えていたというのに、折れた腕をその目でみてしまうともう耐えられない。


 カインはたまらず腕を押さえてうずくまった。


「痩せ我慢しないで、痛いなら痛いと言ってください!」


 ヴィレイナがたしなめながらも癒しを行なってくれると、折れた腕が徐々に元どおりになり、全身の痛みも引いていく。


「すまない。よし、じゃあもう一度行ってくる」


 怪我が感知するやいなや、そう言って立ち上がろうとしたカインの前に、ミズシゲとミーアが立ちはだかる。


「阿呆なのですかカイン。策も無しに向かおうとするなど、愚か者のすることですよ」


「そうです! 吹き飛ばされるほど怒らせておいて、なんで、しれっともう一回向かおうとしてるんですか!」


 二人にそう言われはしたが、カインは立ち上がって二人を退けようとしたところでグッとヴィレイナに肩を押さえつけられた。


「ミズシゲさん。駄目です、頭に血が上っている時の顔です。カインは全然話を聞いてません」


「ふむ。では仕方ありませんね」


 そう言うと、ミズシゲは刀を鞘ごと振り上げた。


「なっ! 何をするつもりだ!」


 カインが叫んだ時には遅かった。


 ミズシゲから振り下ろされた刀はカインの頭部を殴打し、容易く意識を刈り取ったのだ。


 地面に倒れたカインを女性三人がズルズルと引きずって歩き出す。


 その様子を周囲を警戒しながらも、ルクスとゲンゴウは頰を引攣らせて眺めていた。


「何をしているのですか? さっさと十階層まで戻りますよ」


 ミズシゲにそう言われ、過保護過ぎる女性陣の様子に首を傾げながらも、二人は後を追うようにその場を離れるのであった。

読んで頂きありがとうございます。

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