009 不落の要塞
「ば、馬鹿。……おま、なんで」
カインの言葉を手で制し、銀髪の美少女――マリアンは低く冷淡な声音を発した。
「そこに転がっているのは、わたしの所有者様なのだけど。お前はいったいなにをしているの」
普段の様子とは違い、抑揚なく声を発するマリアンの様子にカインは押し黙った。
その芸術とも呼べるほど美しい姿に、一時心奪われていたファライヤだったが直ぐに微笑を浮かべる。
「お嬢さん。見逃してあげるからすぐにお家に帰りなさい」
「……お前、馬鹿なの? わたしはなにをしているのか聞いているのよ」
予想外の言葉にファライヤ一は目を剥いて驚いた。だが、直ぐに微笑み言葉を発する。
「強気なのね。けれど、状況が読めないほど愚かだと長生き出来ないわよ」
「だから、馬鹿なのはお前でしょう。聞かれたまま素直に答えを返せないというのなら」
マリアンがそこで言葉を切ると、ファライヤは余裕の笑みを浮かべたまま、返せないならどうなのかしらと、小首を傾けた。
「ぶっ飛ばすわよ」
ぞわりとするほどの魔力が周囲を震わせた。
百戦練磨のファライヤでさえ、一瞬硬直させるほどの威圧。そしてギラリ輝かせる碧色の瞳が氷のように深く冷たい眼差しを向ける。
警戒の色を強めたファライヤだったが、マリアンの手に握られている魔晶石に目を向けると、思わず笑い声を漏らした。
「なかなか面白いことをする子ね」
実はマリアンが放った魔力は、当人から発せられたものではなかった。
彼女が手に持った魔晶石。その魔晶石がため込んでいた魔力を一気に開放することにより、あたかも実力者が威圧をしたようにみせるただの演出である。
感の悪い相手であれば、引かせることも十分に出来る方法ではあるが、実力者が相手では通用しない。そもそも、そんな無駄なことに大量の魔力を宿した魔晶石を使おうなどと考える者もそうはいない。術式が込められてはいないとはいえ、霧散させるぐらいなら攻撃の一つにでも利用するのが効率的である。
だが、この状況下でそんなハッタリをかますことができる度胸と態度にファライヤは感嘆する。
そして、恍惚とした表情を浮かべ身悶えたファライヤは、カインの方へ僅
わず)かに視線を向ける。
「彼も素敵だったけど、あなたもとってもおいしそうね」
悪魔のように歪に笑うファライヤ。その様子をマリアンは冷めた瞳のまま眺めていた。
「ただの変態か。もういいわ」
興味を失ったような言葉に、ファライヤは更なる興奮を覚え体を震わせた。
「さて、あなたになにができるのか! わたしにみせ―――」
ファライヤがそこまで言いかけた瞬間、マリアンのパチリと指を弾く合図を受けて、煉瓦造りの壁がファライヤに向かって弾けた。
何事かと目を向け、迫りくる破片を躱した直後、煉瓦の破片に混じり巨大な槌がファライヤへと向かって放たれていることに気が付いた。
直撃する。そう感じたファライヤは、後ろへ跳躍することで槌の威力を最小限に抑えようと試みる。
しかし、煉瓦造りとはいえ、頑丈な壁をもあっさりと破壊するほどの威力を込められた一撃を、ファライヤとて易々と受けきれるはずもない。
ファライヤは槌を腹部に受けて大きく吹き飛ばされた。
「ごはぁっ」
ファライヤの口から、赤い血が吐き出される。
跪き、ぜいぜいと息を乱しながら見上げた視線の先には、両腕を組んで見下ろすマリアン。そして、マリアンを庇うように、全身甲冑を着込んだ大柄な人物が槌を構えて立ちはだかっていた。
獅子を模した兜に岩のような体格。両腕に抱えきれないほどの巨大な槌。その特徴的な姿に、ファライヤも覚えがあった。
「不落の要塞……か」
不落の要塞、アーマード。
Aクラスの冒険者であり、特定のクランに所属することを嫌う流れ者だ。
だが、その戦歴はすさまじく、数々の異名を打ち立てた。その中の一つ、土龍討伐における功績がもっとも有名とされている。
土龍討伐のため編成された冒険者の一団が、土龍の猛攻により敗走。怒り狂った土龍がキリセアの街へ迫ったことがあった。
そのとき、キリセア目前まで迫った土龍をたった一人で相手取り、応援に駆け付けた騎士団が到着するまでの間、街を守り通したのがこの男である。
苛烈な土龍の攻撃を受け続けて尚、要塞のように堅固な守りをみせた姿を、人々は正に難攻不落の要塞だと呼んだ。
マリアンが先ほど魔晶石で放った威圧は、ただのハッタリではなかった。自分に注意を向けて、ファライヤに気づかれることなくアーマードを奇襲できる位置へ潜ませる為の布石。
ファライヤは口元を拭い、自身の想定の一枚上をいかれたことに獰猛な笑みを浮かべた。
そして、右手の短刀を握りしめ、地に着きそうなほど低い姿勢で構えた。
刹那。ファライヤがアーマードに向かって地を蹴った。
カインとの戦闘では、一度も見せることのなかった全力の疾走。目で捉えていたとしても、その姿が霞んでみえるほどの速さにアーマードも唸った。
ファライヤの動きに合わせてアーマードが槌を振る。
しかし、ファライヤの動きに槌を振る速度が追い付かない。ファライヤは易々とアーマードの振るった槌を潜り抜け、胸元へ短刀の一撃を放った。
カインの使った強化糸をも容易く切断した黒い光を宿す短刀。その短刀の一撃が、アーマードの胸当てを貫き、中にある肉へと深々と突き刺さる――――筈だった。
ファライヤの放った一撃は、鈍い音を立ててその重圧な胸当てに弾かれる。
僅かに体勢を崩したファライヤを掴もうとアーマードが手を出すが、それもファライヤはふわりと躱し、躱しざまに短刀を振るう。
再度、鈍い音を響かせ、その一撃も弾かれたことにファライヤは眉を顰め、アーマードから一度距離をとった。
「……堅いわね。その鎧、魔力と連動させて強度を増しているのね」
ファライヤは右手の短刀で肩をトントンと叩きながら、アーマードを見据える。
すると、ファライヤは手に持った短刀を投げ捨て、素手のまま構え始めた。
「ではこういうのはいかが?」
ファライヤが怪しく目を細めると、その体はふらりと姿を消し去る。
カインとの戦いでも見せた『外歩』を用いた動きである。
しかし、アーマードは意外にも、初手でその動きを捉えていた。
下方から迫るファライヤに対し、アーマードは地を抉るように蹴りを出す。
文字通り、地を抉りながら繰り出したその蹴りは当てることが目的はない。
蹴り上げた土と砂をファライヤへ被せるようにしてその進路を阻害するための一手。
アーマードは巻き上げられた砂煙を、回避しながら疾駆するファライヤに合わせるように、巨大な槌を振り下ろした。
だが、その瞬間、ファライヤが更に動きを加速させる。タイミングを外され、アーマードはファライヤを懐へと入れてしまった。
ファライヤの掌底がアーマードのわき腹へと刺さる。
「ぐぅぬ」
その一撃にアーマードは苦悶の声を漏らした。
二度、三度と打ち出される掌底。その攻撃を、魔力をさらに込めた鎧で受けるが、鎧を通した痛みがアーマードを襲った。
アーマードは槌を手放し、腰を低く落とし両腕を交差させて守りの姿勢に入った。
そんなアーマードにファライヤも追撃の手を緩めない。幾度と繰り出されるファライヤの攻撃にアーマードは成すすべもなく耐えるしかなかった。
ファライヤの繰り出した技は東国に伝わる『内当て』という技である。
足先から捻るように掌へ力を伝え、面による接触で衝撃と振動を内部へ直接送ることが出来る技だ。
如何に堅固な鎧であったとしても、その衝撃を弾くことは叶わない。
亀のように守りを固め、微動だにしないアーマード。
ファライヤは止めを刺すべく、渾身の力を込めた一撃を放った。
ファライヤが地を踏み鳴らす音と、破裂するように響く掌底の一撃が空気を揺らした。
そしてついに、ファライヤの渾身の一撃を受けて、微動だにしなかったアーマードの体が傾く。
―――が、その直後。
アーマードから爆発するような殺気が膨れ上がる。そして、アーマードは体を丸めたまま、地に沈むほどの脚力をもってファライヤへと突進を繰り出した。
まるで巨大な岩が迫ってくるような圧力。そして、全力で踏み込まれたその一撃は重圧な鎧を着込んでいるとは思えないほどに速かった。
ファライヤはたまらず手先の無い左腕でその一撃を受けるが、骨が砕け、肉が裂ける音が響き、ファライヤは跳ねられたように宙へ舞った。
どしゃりと嫌な音を立てて、ファライヤが地に落ちる。
そして、アーマードは何事もなかったかのように槌を拾い上げ、しっかりとした足取りでファライヤへと向かって歩き出した。
ファライヤの放つ『内当て』は、鎧を着込んだ相手への攻撃として確かに効果のあるものであった。
しかし、アーマードにその技は効かない。いや、その技をもってしても、アーマードの鍛え抜かれた肉体を打ち抜くことは出来なかったというのが正しい。
大の大人が二人掛かりでも持ち運べないほど、重量のある鎧を着込み。その鎧の倍以上の重さをもつ槌を易々と振る男の肉体が、常識の枠に収まるわけもなかったのだ。
アーマードはファライヤの元まで近付くと、ピクリとも動かない相手へ止めを刺すべく槌を振り上げた。
風を巻き起こし、槌を叩きつける音が周囲へ響く。
だが、アーマードは叩き付けた槌の感触に唸り声を上げ、視線を移した。
視線の先。そこには立ち上がったファライヤが、いつの間にか手にした首切り刀を手に構えていた。
左腕はだらりとぶら下がり、体中の至る所から滲み出た血が服を赤色に染め上げる。
額から流れる血を拭うこともなく、正に満身創痍の姿ではあったが、その眼には未だ獰猛な光が宿っていた。
ファライヤの体がゆらりと動き、虚空に紋様を描き始める。
傷ついた体とは思えないほど滑らかな動作。舞を踊るようなその動きは一つの魔方陣を完成させる。
『影纏・連』
発声と共に、舞術によって作り出された魔方陣が淡く光を灯し、ファライヤの姿は溶けるように影へと沈んでいった。
辺りに宵闇の静けさが降り立つ。
身構えたアーマードの後ろで影が蠢いた。そのことにアーマードは気が付かない。
蠢く影がまるで意思を持ったかのようにアーマードへ迫ると、その腕へと巻き付いた。
蠢く影がギリギリと耳障りな音を響かせると、さすがにアーマードも気が付く。巻き付かれ左腕を壁に向かって叩き付けると、あざ笑うかのように影は闇へと溶けていった。
アーマードが巻き付かれた左腕を確認すると、そこには削り取られたような跡が見えた。
鋼よりも硬質なアーマードの鎧にどのように傷をつけたのか。その事実に自然と警戒の色が強まる。
再びアーマードの視界の外で影が蠢く。
気配を感じ取ったわけではないが、戦いの勘がアーマードを振り向かせる。そして、今度はその視界に蠢く影を捉えた。
槌を横へと振り抜き、蹴散らそうと試みるが、影は縫うような動きでアーマードの体を回ると直ぐに闇へと溶けていく。影が辿ったあとに浅い傷が増える。
このままではジリ貧になる。
そう考えたアーマードは、影の動きを無視し、空中で淡い光を放つ魔方陣へ向かって駆けた。
キリキリと耳障りな音を立てて纏わりつく影。その一切を無視して魔方陣へと駆けたアーマードだったが、その視界が徐々に霞んでいき。気が付けば周囲は完全な闇へと染まっていた。
先ほどまで淡い光を灯していた魔方陣もどこにも見当たらない。
キリキリと鳴る耳障りな音だけは今もなお続いていた。
アーマードが闇の正体に気が付いたのと同時だった。
パキンという音が鳴り、アーマードの左腕が妙な軽さを覚える。
まずい。と感じたアーマードは、自身を中心に槌を旋回させる。
竜巻のような回転で、真横にあった煉瓦造りの塀を巻き込みながら全てを蹴散らす。
その攻撃には纏わりついていた影も離れ、気付けば視界を覆っていた闇も晴れていた。
アーマードが軽くなった左腕に目をやると。籠手が切り取られ、生身の腕が露になっていた。
キリキリと鳴っていた耳障りな音は、アーマードの硬質な鎧を徐々に削り取る音だったようだ。
おそらくは、円状の刃を持つ首切り刀を旋回させて、籠手の周囲を何度も斬り付け削りとったのだ。
ただの刀ではないことはもちろん。『影纏』という舞術によって成し得ることができる攻撃なのだろう。
アーマードは周囲を警戒するが、闇に紛れたファライヤの姿を捉えることが出来ない。
魔方陣までにはまだ距離が離れている。このまま先ほどのように駆ければ、おそらくは剥き出しの左腕が断たれる。
ただ、どちらにせよ狙ってくるのであれば、断たれる前に囮として使ったほうがいい。
そう考え、アーマードは差し出すように左腕を前に出した。
アーマードの視界の端で影が蠢いた。
そして、影は挑発に乗るかのように、一直線にアーマードの左腕へ向かって走った。
影が左腕へ届くという直前。アーマードは雄叫びと共に、自身の魔力を膨らませた。
纏わり付いた影が、キリキリと音を立てる。しかし、アーマードの左腕は簡単には切り落とされなかった。
身体強化の魔術を施して、自身の腕を鋼よりも堅く守ったのである。
影を纏わり付かせたまま、アーマードは全力で突進を繰り出した。
ファライヤの『影纏』という舞術は影を纏い、姿を隠す技で、その実体は影の周囲にあると睨んでの行動だ。
だが、アーマードの読みとは違い、影は鎧の表面を滑るようにして、アーマードの突進を躱し、切り返して再びアーマードへ向かって駆けて来た。
アーマードが唸り声を漏らしたその時。影とアーマードの間に、何かが投げ込まれた。
「光陣!」
発声と共に投げ込まれた魔晶石が強烈な光を放ち、辺り一面の闇を払う。
そして、闇に紛れていたファライヤの姿が、影を払われることで露になった。
突然の出来事に僅かな間動きを止めたファライヤとアーマードであったが、行動を再開したのはほぼ同時だった。
アーマードがファライヤとの距離を詰めようと、その大柄な体躯に似つかわしくないほど俊敏な動きで駆ける。
その動きを予測していたかのように、ファライヤが身を翻そうした際、腿に鋭い痛みが走った。
腿には投げ込まれたレイピアが突き刺さっており、その武器を投げ放った相手を一瞥すると。
そこには、ふらつきながらもレイピアを投げつけた姿勢のまま、睨むように視線を向けるカインの姿があった。
ちっ、と舌打ちをして、ファライヤは手に持った首切り刀を強烈な光を放つ魔晶石へと向けて投げつけた。
ファライヤの眼前でアーマードが槌を振り下ろす姿が目に映る。
だが、その槌がファライヤへ届くより早く。ファライヤの投げた首切り刀は、光輝く魔晶石を砕いた。
光が掻き消え闇が周囲へ舞い戻ると同時に、ファライヤは体を倒し、影の中へと溶け込んでいく―――筈だった。
ペタリと地に尻餅を付いたファライヤが驚きに目を剥く。
視界の隅で淡い光を放っていた魔方陣がない。そのことに気が付きファライヤはカインに向かって目を向けた。
カインの口元がニヤリと笑う。
その仕草で全てを察した。
カインが投げた魔晶石は二つ。発声の合図によって効果を発動し、魔力が尽きぬ限り効果を発動する『光陣』を宿した半永続型の魔晶石。それと、一時的な効果しか得ることが出来ないが、発声を必要とせず、魔力を込めることで発動する『水槍』を宿した魔晶石だ。
光によって影を払われたその時、既に『水槍』の魔術により魔方陣を消され、舞術の効果も消されていたのだ。
ダメ押しにと投げつけられたレイピアによって、その動きを止められたファライヤ。それでも、彼女の驚異的な身体能力であれば、幾ばくかの余裕があった。
だが、判断を誤った。いや誤らされたというのが正しい。
『光陣』の魔晶石によって、術式の条件である闇を払われたと思い込んだファライヤは、魔晶石を破壊することを優先してしまったのだ。
自身の創り出した魔方陣が既に破壊されていると気が付かずに。
そして、晒してしまった隙は致命的であった。
地に腰を落とした状態のファライヤに、アーマードの一撃を躱す手段は残されていなかった。
迫りくる槌の一撃には目もくれず、ファライヤはカインの瞳を見つめる。
そして、微かに口元を緩め、笑ったように見えた。
ドスンと地を揺らす衝撃が響いた。
周囲に静寂が取り戻されると、カインは疲れ切ったように壁へもたれ掛かって、腰を落とした。
手持ちのポーションでなんとか立てるまでに回復したとはいえ、カインの負った怪我は重傷だ。動き回れるほど力は残されていない。
強敵だったとはいえ、アーマードの槌で上半身を叩き潰されたファライヤは、もはや生きてはいないだろう。
戦いが終わった安心感もあってか、全身から力が抜け何もかもが億劫になってくる。
「アーマード! ポーションを頂戴!」
「ここに」
調教の行き届いた様子で、アーマードはマリアンの傍若無人な言葉に難色を示すことなく従った。
「えへへ。ありがとー。おにいちゃん」
急に態度を変えマリアンが、甘えるようにアーマードへと抱き着いた。
鋼で覆われたその体では、マリアンの女性らいしい肉感はわからないだろうが、アーマードは「でゅふふ」と気持ち悪い声を漏らして喜んでいた。
(本当によく調教されているな)
カインがそんなことを考えていると、ポーションを手にしたマリアンがカインの下へとやってくる。
壁にもたれ掛かるカインに向かって、マリアンは大きく足を上げるとカインの顔すれすれに足裏を落とした。
ドンと壁に足を付けて、見下すような視線を向けて勝ち誇った顔で言う。
「ずいぶんと無様な姿ね。私のことを放っておいて、他の女にうつつを抜かしているからそうなるのよ。いい気味ね」
そう言ってマリアンは、あーはっはと高笑いをする。
「あーはい。すんません。それよりも、みえてるぞ」
カインの正面に恥ずかし気もなく堂々と白い布地を露わにしているマリアンに向かって、濁すことなくカインは言った。
「見せてるのよ!」
応戦するかのようにマリアンも言い返す。
「ふん! まあいいわ。これに懲りたら、二度と私を置いてどこかへ行かないことね! この無能で甲斐性なしの所有者!」
おかしな言葉で罵りながらもカインにポーションをわたしてくるマリアン。カインも素直にそれを受け取ると一息に飲み干した。
カインの持っていたポーションよりも格段に効果の高いそれは、口にした直後に今までの疲れが嘘のように吹き飛び、痺れるような両足の痛みを消してくれた。
「あそうだ。せっかくだし、感謝の意味を込めて、可愛いお洋服を買い与えると約束しなさい! さあはやく!」
ここぞとばかりに際限なく調子に乗るマリアンだったが、既にポーションによって傷ついた体を回復させたカインは、マリアンの足を除けて無言で立ち上がった。
「……おい。あんまり調子にのるなよ」
カインが低い声で眉を引きつらせて唸ると、マリアンはやり過ぎたと思ったのか言葉をつまらせて後退った。
とはいえ、今回は、マリアンのおかげで助かったのも事実である。多少調子にのるのも多めにみなくてはとカインはため息と共に思い直す。
そう思っていた矢先。「ていっ!」という掛け声とともに、マリアンの放った体格に見合わない重めの蹴りがカインの腿に炸裂する。
ブツリと血管の切れる音がした。
「こぅおらぁああああああ!」
キャーと叫びながら、逃げ出すマリアンを痺れた足を引きずって追いかけようとしたカインだったが、おいっという低い声が制した。
「お前がマリアンちゃんのなんなのかは知らないが、彼女を泣かせるようなことをしたら俺が許さんぞ」
カインよりも二回りは大きく、全身甲冑から左手だけを露にした男は威圧的な気配を漂わせていた。
この男がマリアンに飼いならされていたお陰で、カインは助かったのである。
多少手助けをしたとはいえ、この男の功績には素直に感謝を伝えるべきだろう。
そう考え、カインはアーマードへと向き直ると、表情を緩めてニコリと笑った。
「ふっ」
「ふっ」
アーマードも、カインの手助けがなければ、どうなっていたかはわからない。
そのことを理解している故か、お互いに声が漏れ、共に強敵へと立ち向かったという事実が二人の間に言葉にはならない絆として芽生え――。
「おにいちゃん……でゅふふ」
突然。思い出したかのように、カインがそう呟いた。
すると、アーマードはリンゴのようにみるみる顔を赤くしていった。いや、実際に鎧で覆われたその素顔がみえるわけではないが。
「き、きさま! やはり、いまここで成敗してくれる!」
ファライヤを打ち倒した巨大な槌を怒り任せに振り回しながら、アーマードがカインに迫っていった。
「ギャー!」
悪鬼のように迫るアーマードの姿に、カインは奇声を上げて、マリアンが逃げていった方向へと逃げるのであった。
結局二人の間に、絆なんてものは芽生えるわけもなかった。
読んで頂き、ありがとう御座います。