089 映し出す魔力の形
二週間の月日が流れた。
カインは魔力を視覚的に捉える練習の傍ら、EXスキル取得の為に数々のスキル上げを行なっていた。
現在取得出来たEXスキルは、『豪腕』、『魔渦』、『戦士』、『騎士』、『持久』、『不屈』、『俊敏』、『剛壁』の計八つである。残り二つほどの取得を行えれば、目標の十に到達できる。着々と力を付けていくカインであったが、如何せん魔力を視覚で捉えることが上手くいっていない。
目に魔力の膜を覆う事は出来ているのだが、魔力のような青白い光が薄っすらと見えた気がするだけで、その強弱まではわからないのだ。
期限は決めていないのだが、そろそろ当てろとファライヤがせっついてくる。しかし、見えないものは見えないし、下手に答えると本当に目玉を抉られる事態になり兼ねない。
故に、回答を出来ずに本日に至っている。
元々魔力の扱いには一日の長がある為か、ミーアは数日前に正解を言い当てた。残るはジェドとカインの二人である。だが、正解を言い当てる必要の無いヴィレイナまでもが既に言い当てているとなると、カインにも少々焦りのようなものが生まれる。
別チームもそれなりに苦労をしているようだが、そっちのことは知らない。
カインは自分のことで手一杯なのである。
『軽業』のスキル上げの為、地に突き立てた丸太の上で片足立ちになりながら、左右の端に水の入った木桶を取り付けた棒を担いで静止している中、瞳に魔力を集めて唸る。
しかし、視界がぼやけるだけで、いつも通り魔力などというものは見えなかった。
そして、視界に魔力を込めることに集中し過ぎた為か、視界がぐらりと揺らぎカインは大きくバランスを崩した。
堪えようとした時には既に遅く、左右の木桶がビチャビチャと水を弾いて縦に横にと暴れ始め、片足立ちのカインを揺れ動かし遂には丸太の上から足を滑らせる。
一メートル程の高さしかなかったものの、地面に腰から落ちたカイン。そして嘲笑うかのように、木桶の水が頭上から降りかかり、空になった木桶がカインの頭部を殴打する。
「いってえ!」
水浸しになって、もんどりを打つカイン。
幸いにもその情けない様子を見ている者はいなかった。
「くそっ」
吐き捨てるように言って、カインは腰をさすりながら立ち上がると、空になった木桶を拾い上げて歩き出した。
重石として使用する為の水を井戸から汲み上げるのも勿体ない。気晴らしにもなるし、沢までそれほど距離があるわけでもないので、歩くことにしたのだ。
気怠そうに歩きながら、カインはため息を吐いて考える。
いったい何がいけないのだと。
ファライヤに言われた通り、目に魔力を集めて形を変え、厚さを変えて試行錯誤しているのだが出来るようになる兆しがまるでない。
決まった形があるならばそれを教えてくれれば良いものの、意地悪く思う通りにやってみろと言われるだけであった。
そして、思う通りにやった結果が迷走である。
本当に何がいけないのやら。
世の中には、隠蔽された魔術を見破る魔道具がある。特殊な加工を施されたレンズを用いて、編まれた術式を読み取り解析できるものまであるのだ。
だが、隠蔽された魔術というものは、隠されているだけで見えないわけではない。
今カインがやろうとしていることは、見えないはずのものを見えるようになるということだ。
色がなければ物は見えない。形がなければ、捉えることはできない。
魔力を間に挟んだとしても、それらを見えるようになるものなのだろうか?
そんな疑問がここ数日ずっとカインの中に渦巻いていた。
だが、ファライヤが言う以上、魔力を通して魔力を見ることは出来るはずなのである。
カインは沢へと辿り着くと、腰を落として木桶に水を汲み上げる。
そして、二つの木桶に水を汲み終わり、ドンと腰を下ろした。
すると、その音に驚いたのか水面の水を一匹の魚が跳ね上げた。
なんの気なしにその様子を眺めていると、再び魚が水を跳ね上げる。
魚の動きを見て次の行動を予測し、方向を変えた瞬間に水面に近くなった尾が水を弾く。
今、そう。
なんとなくタイミングを計り、水が弾ける瞬間を思い描いていると、はたと気がつくことがあった。
水底が浅いとは言っても、頭上から差し込む光が水面をキラキラと輝かせている。
眩しいぐらいに光を反射する水面。
そんな状態でも、カインは魚の動きを自然と目で追っていたのである。
今、俺は魚の姿が見えていたのだろうか?
僅かな魚影と水が弾ける様子を見て、動きを予測していたのではないだろうか?
自然と行なっていた自分の行動に疑問を抱き、その行動の根拠を探し当てる。
そこで気が付いた。
目で見ようとしてはいけないのではないのかと。
ファライヤは、魔力を見るために必要な厚さと形があると言っていた。カインはそれを、薄く引き伸ばしたレンズのようなものだと思っていた。
その考えは、実は逆なのではないかと思えてきた。
瞳を覆う魔力は、厚くさせると視界がぼやける。それを嫌って避けていたのだが、実はそれが正解なのではないだろうか。
視界を確保する必要はない。先ずは魔力そのものを知覚する必要がある。
そう思い立ったカインは、腰袋から一つの魔晶石を取り出した。
そして、手元を見つめて瞳を閉じる。
目で見るのではない。五感全てで感じとる。
そうすると、自身の中で感じる熱のようなものが魔晶石から伝わってくるのがわかった。
そう、これだ。これが魔力だ。
この感じ取った魔力を見れば良い。
ただ見つめるのではない。
五感で捉えた情報を視界に写っているように誤認させるのだ。厚く張った魔力は、視界で捉えているように誤認させるための映写機のようなもの。
魚の動きを想像で補ったように、見えていないものを想像の力を以って補うのだ。
魔力にはその力がある。
想像を創造に変える力。
魔法でなくとも、魔力そのものに宿る原点の力。
だから、ただイメージすれば良い。
魔力とは色があり、形があるものだと。
そうして、集中したカインの瞳に青白い靄が映し出された。
これだ。これが自身の想像する魔力の形。
その感触を手放さないように、カインは想像を重ねる。
生き物には魔力が宿る。花も木も虫も鳥も。全ての生命に宿る力が魔力なのだ。
だからきっと、世界はもっと彩に溢れている。
魔力という輝きに満ちているのだ。
そう考えるカインのボヤけた視界に、ぽつりぽつりと青白い靄が増え始める。
見えた。これが、魔力を見るということだ。
そう確信して、カインは目を覆った魔力を徐々に薄めていく。それを青い靄が見えるギリギリまで薄くして視界を確保すると、視界に青白い靄が重なるように映し出された。
「多分これだ。これの精度を上げて、もっと薄くできれば……」
そう呟き、カインは瞳の魔力を解いては集め、その感触を確かめた。掴んだキッカケを忘れないようにと、カインはそれを繰り返し続けるのであった。
その日の夜。
宿の中に移動された魔晶石の前にカインは立った。
目の前に並べられた五つの魔晶石。
それを会得した技術を以って見つめる。
昼夜を掛けて続けられたそれは、最初の頃よりもだいぶ慣れたようで、視界を妨げない薄さにまで魔力の濃度を下げることができた。
そして、その瞳に映る五つの青白い靄。
その靄の大きさがそれぞれ違って見える。
見えるようになってしまえばわかり易い。
中央の魔晶石から立ち込める靄が、他のものとは比べ物にならないほど大きいのだ。
「真ん中の魔晶石か!」
「正解よ」
カインが声を上げると、いつの間にかカインの背後で壁に背をもたれていたファライヤが声を上げた。
カインはゆっくりとファライヤへと視線を向けると、呆れ顔をした。
「あのな! 今のは独り言だ」
「ええ。でも正解だったわ」
「それは良いが、目玉が掛かってるのにいつの間にか回答扱いされたらたまらない」
「正解なのに引き延ばしても仕方ないでしょう。私としては見えたのならそれで良いのよ」
相変わらず勝手なファライヤに、カインは呆れ顔を向ける他なかった。
確かにファライヤに向かって解を述べる必要はないのだが、目玉を抉るなんて脅しを掛けているのだからそれなりの形式は守って貰いたいものである。
結果として前進することができたので文句はないが、なんとも腑に落ちない感情が湧いた。
「やり方を教えなかったのは何故だ?」
「理屈では分かりにくいと思ったのよ。それは教わるものではなく、自分で気付いてこそ身に着く。余計な助言は妨げになり得るわ」
「俺は青白い靄が見える。多分、俺の想像がそうさせているんだと思う。お前の目にはどう写っている?」
「私には、黒い霧状のものが見えるわ」
「そうか。やはり人によって違うんだな」
ファライヤはニマニマと笑みを浮かべながら頷いた。
「これで、俺は魔族のところへ向かっても問題ないか?」
「私の許可が必要? 止めたって勝手にいくでしょう?」
「切羽詰まっていればな。だが、今はお前の判断を信じている」
そう言われると、ファライヤは珍しく驚いたような表情を見せた。だが、その表情も直ぐにいつものニマニマヘと変わる。
「そう。ならば好きにしなさい。今のあなたには、胸に秘めた我儘を実現させるだけの力があるわ」
「そうか」
ファライヤの許可を得て、カインは気持ちが高揚していくのを感じた。
これでようやく果たせる。
ヨミを失った時に思い描いた理想。
虐げられた者へと手を差し伸べる己の姿。
そして、口には出さなかったが、その相手は。思い浮かべるその相手は、いつも魔族だったのだ。
意識していたわけではない。魔族を特別視するつもりもない。けれど、決して相容れないと言われる魔族と手を取り合うことに、カインはずっと焦がれている。
一度出来たそれを、再び出来るようになりたいと願っている。
その願いを。秘められた想いをようやく行動に移すことができる。
そして、その機会と力が今、カインのその手には握られている。
それを得たことに言い知れぬ喜びが湧き上がり、カインは拳を強く握りしめた。
さあ、ようやく最初の一歩だ。
そう思うカインの瞳は、遥か遠くで沈黙するダンジョンへと向けられていた。
読んで頂きありがとう御座います。




