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088 知覚と予測

「がはっ!」


 ファライヤの拳が腹部に突き刺さり、カインは痛みにあえいで後退した。


 ひざを折らずに堪えてはいるが、ぜいぜいと肩で息をしているその姿は疲労の色が強く、とてもではないが訓練を続けられる様子ではない。


 しかし、カインは歯を食い縛り、顔を上げるとファライヤを睨み付けて言った。


「もう、一回だ!」


 力強いその言葉に、ファライヤはニマニマとした表情を浮かべながらも、背徳的な感情に頬を上気させた。


 ゾクゾク背筋をうような感覚に酔いしれ、思わず舌なめずりをするその姿は、倫理観のある人間とは思えないほどの狂気を孕んでいる。


 人が見れば思わず、ヒイッと声を上げてしまいそうなほど悪意に満ちたファライヤに対して、カインはひるむことなく立ち向かう。


 そして、再びファライヤの拳を受けたカインは、終に限界に達したのか仰向けになって地面に倒れ込んだ。


「魔力の移動が遅いわ。全然間に合ってないからダメージを受けるのよ」


 荒い呼吸を繰り返すカインに向かって、ファライヤは容赦のない指摘をする。


 カインはチラリとファライヤに視線を向けてから上体を起こすと、呼吸を落ち着けてから言った。


「言われなくてもわかってる。だが、お前ほど滑らかに動かせないんだ」


「だから言ったでしょう。魔力を素早く動かすコツを掴むために、『流動反射強化』で慣れる必要があるって。あなたは天才ではないのだから、段階を飛ばして覚えようとしないことね」


「今でもそこそこ出来てると思うが?」


「では何故私の突きを食らうのかしら?」


「お前のは速すぎんだよ!」


「手加減しているというのに?」


 そう言われてカインは反論できずに押し黙った。

 そして、ファライヤは悔しそうに奥歯を噛みしめるカインを尻目に、手を叩いて声を上げる。


「さあ、あなたたちも寝てないで、そろそろ起きなさい」


 見渡せばカインの後方でジェド、ミーア、ヴィレイナ、トリティの四名が既に地面に伏しており、力なく項垂れている姿があった。


「あら、この程度で起き上がれなくなるなんて、訓練が足りないようね。十数える内に、カインの周りに集合しなさい。出来ない者には特別メニューを課すわよ」


 それを聞いた瞬間、ジェドがムクリと起き上がると疲れを感じさせない様子で動き出し、すぐさまカインの横に正座した。


 ミーア、ヴィレイナ、トリティが懸命に起き上がろうとしている最中の出来事である。


 ファライヤはやれやれと溜め息を吐いた。


「ジェド。元気が有り余っているみたいだから、あなたは後で十回ほど私と組手よ」


「―――なっ!」


 予想外の仕打ちにジェドから声が漏れ、目を見開いたあとガックリと項垂れる。その間、十は過ぎたものの何とかカインの周りに辿り着いた三名にお咎めはなかった。


 どうやら体力が底をついているかを確認する為、わざと試すような物言いをしていたらしい。


 全員が集まると、ファライヤは一同を見渡してから声を発する。


「休憩がてら、少し講義をしましょうか」


 そう言ったファライヤは不敵に笑ってみせる。ファライヤが笑うとどうにも嫌な予感しかしない一同ではあるが、それに文句を言う者はいない。


「ヴィレイナとトリティ。あなたたちにはまだ少し早いのだけれど、話半分で聞いていなさい」


 ファライヤがそう言うと、二人は素直に頷く。そして、二人の返事を確認するとファライヤは直ぐに話し始めた。


「魔力には色々な使い道があるわ。術式を編む、術式を働かせる動力とする。一般的に認知されている使い道はこの二つだけれど、あなたたちは術式を編まずとも肉体を強化出来るすべを知ったわ。それを踏まえた上で先ずは一つ。魔力を視力の強化へ使用することを覚えなさい」


「あの、目に魔力を集中させるだけで良いんでしょうか?」


 ミーアがおずおずと手を上げて発言する。


「その通りだけれど、厳密には少し違うわ。瞳に魔力を集中させれば、その分視力が上がる。けれど、どんなに視力を高めたとしても、極限まで高められた速度を目で追うことは出来ないわ」


「動体視力は上がらないんですか?」


「いいえ、動体視力も比例して上がるけれど、どんなに高めても物理的な動きには限界があるの。だから、そんな動きに対しては、空間把握と予測を用いなければ対処できないのよ」


「予測……ですか」


「そう、予測よ。その予測を行う為には情報が必要になる。それを正確に読み取る為に、瞳に魔力を込めるだけではなく、幕を張る必要があるわ」


「魔力で覆う感じを想像すればいいのか?」


「そうね。イメージはそんなところでしょうね。けれど、難しいのがただ覆えば良いわけではないというところ。魔力そのものを直視出来る程よい薄さと形があるの。それを覚えて頂戴」


「それが出来れば、お前やミズシゲが見ているモノが見えるようになるのか」


「その通りよ。魔力を視覚的に見ることにより、相手の筋肉の動きを見るよりも正確な動きが読み取れる。それは相手の動きを予測出来るだけでなく、魔術や魔法そのものに対しても適応できるのよ」


「先日の戦いで相手の技を躱していたのは、その魔力を見て避けていたってことですね!」


「ええ、そうよ。ああいった概念を直接操る相手の攻撃は、魔力そのもので行われる。だから、相手が発した魔力に触れさえしなければ、影響を受けることはないの。まあ、通常は魔力を視覚的に捉えることができないから、かわしようがないのだけれどね」


「ファライヤ。今説明してくれたことはわかったが、魔力を知覚しても、目で追えない速度に反応出来るとは思えないぞ?」


「予測と知覚が加われば、あなたが思っている以上に反応出来る筈よ。当然、魔力を滑らかに操れなければ、肉体を思い通りに動かせないのだけれどね」


 痛いところを突かれてカインは苦い顔をした。先程の手合わせで、それは重々承知していることでもある。見えるだけではダメな事は、身を以って理解しているのだ。


 そんなカインの心情を更に抉って楽しむようなことはせず、ファライヤは真面目な様子で話を続けた。


「それとは別に、探知の技術も扱うわ」


「探知?」


「ええ。私が遠く離れた相手を探り当てる時に用いる技術よ。これは視覚よりも単純。魔力を糸のように伸ばし、その魔力に触れたものを知覚すれば良いだけなの」


「簡単に言ってくれるな」


 カインの言葉にファライヤはニヤリと笑みを向ける。

 そして、出来て当然だと言わんばかりに説明を続けた。


 ファライヤのした説明を要約するとこうである。


 相手の動きを捉えるには、目に魔力の幕を作り魔力そのものを視界で捉えること。


 そして、空間的な情報を得る為に、体内の魔力を糸のようにして体外へと幾重にも伸ばすとのことだ。


 その伸ばした魔力をしっかりと意識すれば、自身と繋がっている魔力は触れたものの情報を教えてくれるらしい。


 その精度が上がれば上がるほど、範囲も広がり、得られる情報も増えてくる。


 情報が増えれば予測の精度が上がり、目で追えない速度も感覚的に知覚することが出来るとのことであった。


 視覚的に魔力の動きを捉え、自身の肌であるかのように魔力の糸を周囲に張り巡らす。そうやって情報を増やし続けることにより、予測はその精度を増すのである。


 相手の魔力そのものの動きを捉えることが出来れば、どのような攻撃にも対処可能なのだそうだ。


「先ずは魔力を見ることから始めましょうか」


 そう言ってファライヤは五つの魔晶石を取り出した。


 それを等間隔に地面に並べて、一同に向き直るとニマニマと笑みを向けて言った。


「この中で一番魔力量の多いものを当てなさい。条件は手を触れず目で見て判断すること。回答できる回数は一度だけよ。本気で当てなさい」


 一度だけという言葉に眉をしかめる一同。


「あの、あまり聞きたくないんですけど、ハズした場合はどうなるんですか?」


 おずおずと聞くミーアの問いに、ファライヤは顎に手を当てて悩むような仕草をした。


「そうね。生半可な罰では緊張感が生まれないし……。なら、外した場合は目玉でもえぐり取ることにしましょうか」


 平然と述べられた言葉に一同は驚愕した。


 ただでさえ、厳しい訓練を受けているというのに、目玉を抉られるようなことがあってはたまらない。それも、宴会の罰ゲームのような軽いノリで決められては尚更である。


「ちょっ! さすがに過激すぎですよ!」


「この程度が出来ないようでは、今後鍛えても無駄よ。下手な期待を持たせる前に私がこの手で引導を渡してあげましょう」


 そう言い放ったファライヤの目は本気であった。ふざけた雰囲気など微塵もない。


 その姿を見て、反論しかけていたミーアも、その他一同も口を開くことなく沈黙した。


「ヴィレイナとトリティは、まだその段階まで教えてないのだから当てる必要はないわ。けれど、試しにやってみなさい。そっちの三人は死ぬ気でやりなさい。じゃあ、私はマリアンが退屈してそうだからそろそろ宿の方に戻るわ」


 そう言い残すとファライヤは踵を返して、その場を去って行った。


 ファライヤが立ち去ったあと、その場には沈黙が支配していた。


 一同の前には地に並べられた、五つの魔晶石が残されている。


 不正を働く者がいるとは微塵も考えていないようで、ファライヤは監視すらする気がないらしい。


 だが、ファライヤの考える通り、この場で不正を働こうとする愚か者はいない。何故なら、バレるからだ。間違いなく。いかなる方法を用いているかはわからないが。


 

 そうして沈黙の中、口火を切ったのはミーア。


「ど、どうしましょう?」


「……当てるしかないだろう」


 ジェドが顔を引攣らせながら言った。


「いくらファライヤさんでも、そこまで酷いことはしないと思いますよ」


「ヴィレイナ様。あの方の目は本気のように感じましたが……」


 ヴィレイナとトリティも、青ざめた表情である。


 そんな中カインだけは一人、頭の上で手を組み地面で横になっていた。


「カインは随分落ち着いていますね?」


 ヴィレイナの問い掛けに、カインは片目を開けてチラリと視線を向ける。そして、そのままの姿勢で答えた。


「まあ、あいつは出来ない事は言わないだろうからな。根っからの理屈屋なんだろ?」


「……何かコツでも掴んでいるんですか?」


「いや、全く。というかそんなに怖がる必要もないだろう。ヴィレイナとトリティは、一先ずやってみろってことだし、そもそもアイツは期限を決めていない。確実にわかるようになったら、答えれば良いだけだ」


「―――あ!」


 カインの言葉に一同は間の抜けた声を上げた。


あなどるのも良くないが、アイツの言葉を真に受けていたら疲れるだけだ。まあ、そういった状況判断も試しているんだろうから、俺がペラペラと喋るのも良くないんだがな。脅しのかけ方が気に入らない」


「そんな事、全く考えてませんでした。お恥ずかしい限りです」


「結局やらなきゃいけないことには変わらない。下手に焦って結論を急がなきゃ良いというだけだ。まあ、取り敢えずは、鬼のいぬ間に俺は少し休む」


 そう言って瞳を閉じたカインであったが、内心では複雑な感情が渦巻いていた。


 ファライヤの脅しは、必死に取り組ませる為だけのものでは無い。これは、少しでも早く技術を取得したいと考えているカインへの牽制だ。


 カインのはやる気持ちへ遠回しに釘を刺す。恐らくはそんな意味合いも込められているのだろう。


 カインは自分の内心を読まれていることに苛立ちを覚える。しかし、それと同時に感心もしていた。


 悪役である自分を利用し、どこまでも見通してみせるあの姿。状態の判断、ギリギリを突く匙加減。どのような人生を歩んで来たかは知らないが、相変わらず底が知れない的確さである。


 あいつの瞳には、一体何が見えているのだろうか?


 魔力を見ることが出来れば、あの女が見ている領域に足を踏み入れることが出来るのだろうか?


 そう思い、ファライヤの思惑に乗せられていることに不満を覚えながらも、カインははやる気持ちを鎮めて暫しの休息をとるのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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