087 天使の木像
静かな室内で、カリカリと木材を削る音だけが鳴っていた。
部屋の隅で巨漢を丸め、黙々と木材を削っているのはアーマード。
他にも、椅子に腰掛け頭の上で手を組んで瞑目しているバッカー。壁に背をもたれて俯いているルクス。床に腰を下ろしベッド上に上体をもたれ掛けているウルスナ。姿勢良くドアの横に立つリンドーが部屋の中にはいる。
しかし、誰一人声を発する者はおらず、その顔には疲れの色が浮かんでいるのが見て取れた。
デバイスレイン本部で行われた話し合いのあと、彼らは数日間に渡り魔法の技術を叩き込まれており、今現在はその休憩中に当たる。
魔法の技術は繊細な魔力操作を必要とする為、訓練はチーム分けをされ交代で休憩を取りながら繰り返されていた。
ある程度の技術は既に取得しているミズシゲとゲンゴウを除き、それ以外の全員が六つの身体強化から魔法へ至る為の技術を叩き込まれている最中である。
今は宿の外にある空き地に人避けの壁を設けて、カイン、ミーア、ジェド、ヴィレイナ、トリティが鬼教官にしごかれているところだろう。
それぞれが何かしら思うところがあったのか、今まで以上にやる気を見せているのは良いのだが、一番やる気を見せているのが鬼教官であるファライヤというところがよろしくない。
折角のやる気をへし折られそうになるほどの厳しさに、一同は疲れの色を隠せないでいたのだった。
座れば良いものをドアの横で生真面目に直立しているリンドーの膝は密かに震えており、体力馬鹿のバッカーですら真昼間から船を漕ぐ始末である。
そんな中で一人、アーマードのみが暇を持て余し、今までスキル取得の為に行なっていたマリアン像作りに精を出していたのであった。
カリカリと削る音が鳴り止み、アーマードは手に持ったマリアン像へフッと息を吹き掛け木屑を払う。
片目を瞑り、出来栄えを確かめるように隅々まで眺めると、納得したアーマードはコトリとマリアン像を床に置いて腕を組んだ。
その音に反応して、ベッドにもたれ掛かり、顔を伏せていたウルスナが顔を上げる。
「……ねえ。ちょっとそれ見せてよ」
ウルスナが緩慢な動作で、ベッドにもたれ掛かったままアーマードへ手を差し出す。
そんな雑な態度に腹を立てるわけでもなく、アーマードは無言で腰を上げるとウルスナへマリアン像を手渡した。
ウルスナはそれを受け取り、ベッドに上がってゴロリと回り仰向けになると、受け取った像を目の前に掲げてまじまじと見つめる。
そして。
その像を見た瞬間、今までの怠そうにしていた態度が嘘だったかのように、ガバッと上体を起こして声を上げた。
「なにこれ! めっちゃ出来が良いんだけど!」
ウルスナの反応にアーマードは満足げに頷く。
「自信作だ」
「いやー、びっくりしたわ。あんた不器用そうなのに意外な才能があるのね」
「……いや。最初は出来なかった。だが、毎日やっていたら最近急激に上達した」
「そうなの? 凄いわねコレ。ねえ、私にちょうだいよコレ」
「……うむ。まあ、良いだろう」
嬉しそうにマリアン像を掲げるウルスナ。その様子にアーマードは満更でもない顔を向ける。
不意にウルスナが腰袋から何枚かの布地を取り出す。それを一枚一枚マリアン像へあてがい、あーでもないこーでもないと唸り始めた。
「……あー、ちょっと地味かな? でも青色が良いのよね」
「何をしている?」
「ん? 上から服を着せられそうだなと思って。私裁縫は得意だから、この隙間を通して布地を当てたら、着せ替えっぽく出来そうじゃない?」
「……むう、確かに。だが、それならば着せ替え前提の構図で作るべきだったな」
「部位ごとに作れたりしないの? 隙間が多少出来ても良いから、髪とか腕とかが取り外し出来ると服も作り易いんだけど?」
「む、今度挑戦してみよう」
ウルスナとアーマードがそんな話をしていると、バッカーがいつの間にかウルスナの手に持つマリアン像を除き込んでおり、その手からひょいとマリアン像を取り上げた。
「へー。すげえなこれ! 俺様の天使の生き写しだぜ!」
「ちょっと! あんた返しなさいよ! それは私が貰ったのよ!」
「まあ、ちょっとぐらい良いじゃんか。つか、アレだぜ。確かに出来は良いが、俺様の天使にしてはちょいと地味だな」
バッカーはそう言うと、先程まで自分が座っていた椅子にマリアン像を置き、腰袋からいくつかの塗料を取り出した。
「ちょ! あんた何するつもりよ!」
慌ててウルスナが食ってかかろうとすると、バッカーはシュバッと手を突き出し、詰め寄ろうとしたウルスナを制した。
「まあ、見てなって。俺様が天使に対しておかしな真似をするわけがないだろ」
そう言ったバッカーの瞳は、いつになく真剣なものであった。
バッカーは鋭い目付きをマリアン像へ向けると、塗料と一緒に取り出したパレットで色を合わせ、作った色を細筆を使って撫でるように塗り込んでいく。
その姿があまりにも真剣だったが故、ウルスナはバッカーの行動を制止出来ずに思わずその行動に魅入ってしまった。
暫くすると、バッカーが息を吐き作業を終了させた。
そして、出来上がったマリアン像を見て、その出来栄えにウルスナとアーマードは目を見張る。
バッカーが色を入れたのは、髪と肌の部分だけである。だが、それだけでも今までのマリアン像の雰囲気とだいぶ変わった。
見事なまでに瑞々しい肌が再現されており、髪の艶も色合いも申し分ない。
「あ、あんた。そんなことできたわけ?」
「俺様は天才だからな! このぐらい朝飯前だぜ!」
「つか、てめえが唯一姉御に褒められたのが、色彩だっただけだろうがよ!」
これまたいつの間にか覗き込んでいたルクスがそんなことを言う。
「あんだよ。相変わらずルクスは野暮なことを言うぜ。姉さんに褒められたのが嬉しくて、パレットと塗料を持ち歩いてるなんてことは、これっぽっちもないんだぜ!」
勝手に暴露する馬鹿に呆れ顔を向けつつ、ルクスは何の気なしに口走る。
「なあ、これ。売れんじゃねえか?」
「マリアンちゃんとはいえ、こんな木造りの彫り物を金を出してまで欲しがる奴がいるのか?」
「買いましょう!」
アーマードが疑問を投げ掛けると、黙っていたリンドーが間を置かずに声を上げた。
「素晴らしい出来ですな。これなら金貨一枚で売れると思いますよ。いや、むしろ私ならその値段で買います」
「あんた馬鹿でしょ? あんた一人が馬鹿な値段を提示してもその値段で売れるかわかんないでしょ!」
「そんなことはありません。エラー教会では、マリアンたんへの信仰が高まっております。そして、見目麗しいお姿を一目見たいと仰る方も多いと聞いております。そんな方々への布教も兼ねて、木像を販売すれば金貨一枚であったとしても飛ぶように売れるでしょう」
「……布教活動ね。まあ、確かに宗教家に売り付けるなら、付加価値があるから銅像じゃなくても売れるかもね」
「はい。エラー教が買い漁れば、例え欲しくなかったとしてもミリアム教も買い漁ることになりますし、いや、この出来栄えならそんなことは関係なく売れると思いますよ」
「さすがに金貨一枚は高くねえか?」
「いえ、数が用意できるのであれば、単価を落とすのも悪くはありませんが、手作業では限りがあります。寧ろもっと吹っかけても売れると思いますよ」
「つか、だったら最初の金額は、金持ってそうな大司教って奴に決めさせたら良いんじゃねえの?」
「それは良い考えですね。バッカーさんの言う通り、値段を伏せてシュヴァイツ大司教に提示する。その時の言い値で決めてしまうのも良いでしょう」
「……待て。俺はマリアンちゃんを金儲けの道具として利用するつもりはないぞ! 例えそれが木像であったとしてもだ!」
マリアン像販売に向けて話が進行しているところで、アーマードが威圧的に待ったを掛けた。ところが、そんなアーマードに対して引く素振りもなく、リンドーはにこやかな笑みを浮かべる。
「いえ、アーマードさん。よくお考えください。カイン殿は、資金が不足していると仰っておりました。金を稼ぐということは、カイン殿の為。ひいてはそのカイン殿を所有者様としても慕うマリアンたんの為でもあると」
「……マリアンちゃんの為」
「そうです! 全てはマリアンたんの為です!」
リンドーが力説すると、アーマードは唸りながらも納得した。マリアンの為と言われては、反論の余地がない。そして、その他の面子も特に異論はないようである。
「よっしゃ。んじゃ本気でやってみっか」
バッカーが声を上げると一同は、徐々にやる気を見せ始めた。
「まあ、やるのは良いけど本気でやるなら妥協しないわよ?」
「その方がよろしいでしょう。私のような弱小貴族だけでなく、土地持ちの方々の目にも触れることになりますからね」
「じゃあ、どうしよっか? アーマード、あんた下着姿のマリアンちゃん彫れる?」
「む、そんなもの彫れるわけがなかろう!」
「じゃあそこからね。服を着てない木像にバッカーが着色して、私が服を作るわ。出来れば部位ごとに作って欲しいんだけど」
「……善処しよう。しかし、下着姿というのは……」
「別に下着じゃなくても、水着や薄手の服にしてもらえれば良いわ。見たことないから無理だっていうなら、見せてもらえばいいじゃない」
「そんなことを頼めるか!」
「じゃあ、飲み比べで得た、マリアンちゃんにお願い出来る権利はいつ使うのよ。大事に持ってないで役立たせなさいよね」
「……ぬう」
そう言われると、アーマードは反論できずに押し黙った。
実はデバイスレインの本部で行われた飲み比べ勝負で、カインを酔い潰し勝利を収めたのはアーマードであった。
そして、その時に得た、マリアンちゃんにお願い出来る権利は、今もまだ使われずにアーマードが有している。ウルスナの言う通り、本気でマリアン像作成に取り組むのであれば、権利を行使するまたとない機会となるわけだが。
マリアンにそのような願い事を申し出ることに、アーマードは今一つ踏み切ることができない。
「私がデッサンして来ても良いけど、直接見た方がイメージが湧きやすいでしょ? 大丈夫よ私も同席してあげるからそんなに変な目で見られないと思うわ?」
そう言われては、アーマードも納得せざるを得ない。
しかし、確かに言っていることはまともなのだが、ウルスナの瞳に下心が見え隠れすることがアーマードに一抹の不安を抱かせるのだった。
そうして、金策の一つとして勢い任せに動き出した木像づくりだが。
一同はこの時知る由もなかった。
それは、のちにマリアンたんフィギュアとして世に広く知れ渡り、一世を風靡する事業の始まりであったことに。
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