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086 安心感とはつまり

 拓けた場所にポツリポツリと並ぶ墓石の前で、ミーアは膝を折って胸の前で手を組むと静かに瞑目した。


 微かにそよぐ風が桃色の髪をなびかせ、墓石の前に添えられた花を優しく揺らしている。


 この墓石の下には、数日前に埋葬された村人たちが眠っている。


 幼き頃より見知った者たち。ミーアが孤児院で暮らしていた時には、畑仕事を手伝ってお礼にたくさん野菜を貰った。狩りに出た者が大きな獲物を孤児院に運んで来て、その肉や野菜を使ってたくさんの料理を作った。それを孤児院だけでなく、村中に配ったり、時には共に食卓に着くこともあった。


 そうやって手を取り合って協力し合って来た人々。


 それに折角呪いの呪縛から逃れることの出来た、年端もいかぬ少年。


 より長い時間を共にして来た仲間……アンサン。


 いつしか別れの時が来ることは理解していたが、その別れがあまりにも唐突過ぎて直ぐには気持ちの整理がつかなかった。


 落ち込むミーアを見兼ねてなのか、ここ数日はマリアンとファライヤがやたらとちょっかいを掛けて来た気がする。


 傷口に塩の入った軟膏を塗られたり、怪我してもいない部分にまで包帯を巻かれたり、体力を付けろと言って吐きそうになるまで口に物を詰め込まれた。


 やり過ぎな二人に対して、さすがのミーアも憤慨ふんがいして大声を上げた。だが、そのおかげか、大きな声で騒いだら落ち込んでいた気持ちが幾分か楽になった。


 そして、気持ちに踏ん切りをつける為、葬儀が終わって数日の時間を要したものの、ようやくみんなの墓石の前にやって来ることが出来た。


 ここまで見越して嫌がらせをして来ていたというのならば、あの二人はとんだ大物である。


 下手を打てば恨まれ兼ねないやりとりをあんなにも平然と、それも楽しそうに行うのだから。


 あの二人ならやりそうだな。でも、やはり楽しんでもいたのだろう。


 ミーアはそう思い、微かに笑みを漏らした。


 良くも悪くもあの二人は自然体なのだ。


 何事にも容赦がなく、全力で取り組んでいる気がする。


 カインに嫌がらせをする時も、審査会でみんなを笑顔にした時も、先日の戦いでも。


 先を見据えて真っ直ぐと前を見つめている。


 だからあの二人は強いのだろう。力だけではなくその心が。


 そんな二人の姿がミーアは羨ましいと思った。自分ももっと強くなりたいと思った。


 挫けないように。自分の守りたい者を守れるように。


 悔しい思いをしない為に。


 そして、はたと気がつく。


 己の無力さを知り、大切な者を失った悲しみ。その果てに不屈の闘志で立ち上がり、力を求め我儘な理想を掲げる男のことを。


 その男の行動原理が、今少しだけ理解できた気がした。


「あー、だからカインさんは、あんなに頑張れるんだ」


 小さく呟き、ミーアは納得した。


 そんな男だからこそ、あのとんでもない二人が懐いているのかと。


 そんなことを考えていると、落ち込んでいたことが情けなく思えて来た。


 落ち込んでいて良くなることなど何も無い。心が沈めば行動が鈍る。判断を誤る。


 現にあの時、倒れる人々を前にしたあの時。マリアンの冷静な判断がなければ、誰も助からなかった。


 マリアンの冷静さが、強い心があったからこそ救えた命があったのだ。


 ミーアは瞳を開けると、チラリと後ろへと視線を向けた。


 ミーアの後ろで同じく膝を折って両手を組んでいるジェド。そして、そのかたわらに同じように瞑目しているカデナ。


 心臓を穿うがたれて死ぬ筈だった彼女は、奇跡的にも命を繋ぐことが出来たのだ。


 燃え尽きる筈だった命が一つ。マリアンの強い心によって救えたのだ。


 そして、自分自身も。


 『泥沼』の魔術を編んでいたあの時、マリアンが咄嗟に庇ってくれなければ死んでいた。


 自分もまた、マリアンの正確な判断力により、その命を繋ぐことができたのだ。


 もう、弱いのは嫌だ。情けないのも、悔しいのも、全部嫌だ。


 だから、強くなろう。


 少しでも自分の我儘を通せるように。


 胸の内に誓い、ミーアはグッと手に力を込めて前を向いた。





「ミーアたちは、どうするつもりなの?」


 墓石の前で暫くの間、黙祷もくとうを捧げていると、カデナが口を開いた。


 相変わらずジェドはカデナの視線を受けたあと、黙ったままチラリとミーアに視線を送って来る。どうやらいつも通り自分で答える気は無いらしい。


 ミーアはクスリと笑い、ジェドの代わりに口を開く。


「呪いの原因だと思われる魔族を、カインさんたちとなんとかしますよ」


「……そうじゃなくって。デバイスレインを抜けるの?」


「……ああ」


 そう言われてミーアはカデナが何を言いたいのか理解した。


 よくよく考えれば、ここ暫くはマリアンズとして行動をしており、キリエ村に帰って来たと言うのにわざわざカインたちと共にケルナドの宿に寝泊まりしていた。


 デバイスレインを抜けるという考えは頭になかったが、どちらにせよ当初に約束した通り、呪いの一件が解決したらカインの目標に手を貸すつもりでもいたのだ。恐らくそれはジェドも同じだろう。


 裏切るつもりでは無いが、漠然ばくぜんとそう決めていたものだから、慣れ親しんだクランを抜けるという発想に至らなかったのだ。


 ともあれ、言葉を濁しても始まらない。ミーアは自分の考えを思っているままカデナに伝えることにした。


「抜けるというより、呪いの件が解決したら、今度はカインさんの目的に力を貸せればなって思ってます」


「目的って?」


「人助け。なんて言ってますけど、たぶんカインさんは、魔族と仲良くしたいんだと思います」


「……魔族と?」


「はい」


「そんなことが本当に出来るの?」


「さあ、私にはわかりません。でも、カインさんを見てると思うんです。あの人は、おかしな人だなって。だって、自分の命を狙った私たちを平然と受け入れて、自分を拘束して拷問までした人の為に体を張るんですよ。あの人が強引に迫ったら、頑固な魔族でもコロッと気を許しちゃうんじゃないかなって、そんな気がします」


「す、好きなの? マークレウス様が」


 そう言われていつもなら、なななと動揺するミーアであったが、今日は何故か落ち着いた様子であった。そして、はっきりと言葉を告げた。


「はい。好きですよ。でも、恋愛感情じゃないと思います。なんか、安心するって言うか、父親みたいな感じですかね?」


「ふふ、なにそれ。あの方はそんな年齢じゃないでしょ」


「えーっと。なんて言えばいいんでしょうね? ジェドもわかりますよね?」


 ミーアから強引に話を振られてジェドは溜め息を吐いた。


 まあそうだろう。女性がカインに向ける感情など、ジェドにわかるわけもない。カインのことが好きであるという一点に関しては同意出来るが、ミーアの言う、安心感やら父性やらは感じないのだ。


「……そこまで言葉にしたのなら、素直に認めれば良い。愛していると」


 ジェドの直球な言葉に、冷静なミーアはあっさりと何処かへ消えていった。


「ななな、なにを言ってるんですか! ああ、あい、愛してるとかそういう話じゃないんですよ!」


「何故そんなに動揺する?」


「なんで、そんなに慌てるの?」


 二人が意地悪くミーアを攻め立てる。


 本当にどうして皆そんな風に話を持って行こうとするのだろう。


 自分がカインに抱いている感情は、決して恋愛感情ではない。一言で言い表せば素直に口にした通り、安心感があるということだけなのだ。


 その感情が昔、父親に抱き締められた時のような感覚に似ているだけなのである。


 父親とはまるで違うが、デバイスレインの仲間たちには抱かなかった別種の感情を抱いたに過ぎない。


 そもそも、父親に恋心を抱く女性など、そうはいないだろう。まあ、確かに好きになった男が父親に似ていた雰囲気を持っていた、などという話は聞かなくもないが、自分のそれは……あれ?


 そこまで考えてミーアはおかしなことに気が付いた。


 仲間には抱かない別種の感情。

 つまりそれは特別であるということではないだろうか?

 というか、父親のような安心感とはなんだ?

 それはつまり、一番心許せる相手に対して抱く感情なのではないだろうか?


 そう思い、ミーアは口をパクパクさせて言葉に詰まった。


「なに? 魚の真似?」


「ち、違いますよ! というか、カカカ、カ、カデナ! 大変です!」


「変な呼び方しないで欲しいけど、なに?」


「わ、私。ココ、ココッコ、コココ……」


「今度は鳥の真似?」


「だから違いますよ!」


 声を荒げて言った後、ミーアは一度落ち着いて深呼吸をした。そして、動揺する気持ちを落ち着かせて意を決するよう言った。


「た、大変です! 私、恋をしているみたいです!」


 へー。


 カデナとジェドは衝撃の事実っぽく言われた内容には既に気が付いており、白けた態度であった。


「どうしてそんな態度なんですか!」


 ミーアが憤慨するが、カデナとジェドは互いに顔を見合わせると、やれやれと頭を振った。


「だから、そうだと思ったから、最初から聞いてるでしょ」


 ガーン!


 その言葉にミーアはショックを受けて、地に両手をついて項垂れた。


 何故だろう。自分はまるで気が付かなかったというのに、周りの人たちは平然と気が付いていたというのだろうか。


 そして、余計なことに気がついてしまい酷く動揺した。


 不意に思い出される失態の数々。


 獣が捌けず困っていた時、後ろから優しく抱きしめるように教えてくれた時のこと。馬車の操作を誤り慌てた自分を抱き寄せ奮闘してくれた時のこと。酔い潰れた翌朝、全裸で抱き着いて寝ていて、当然ながら全部見られたこと。


「う、うわあああああああああ!」


 思い起こされる記憶に、転げ回りたくなるような恥ずかしい気持ちが湧き上がり、ミーアは思わず声を上げた。


 それだけでは収まることがなかったのか、恥ずかしさから逃げ出したかったのか。


 ミーアは頭を抱えながら、声を上げて走り出した。


「なんか。大丈夫かなあの娘、って思う」


「……まあ、大丈夫だろう」


 冷静な二人とは別に叫びながら走り回るミーアの噂は、村中にあっという間に広まるのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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