082 金色の魔眼
『土蔵』の壁に外から体当たりをする衝撃が響いた。
パラパラと壁の土が崩れ、この場ももう長くはもたないということがわかる。
「目的地は目前かもしれないが、撤退する」
「……カイン。俺様は大丈夫だぜ」
「駄目だ。戻る時間も含めて無理をしなくちゃならん。あと一歩で手が届くからと言って、強引に進んで良い状況でもない。撤退しかあり得ないな」
カインの強い口調にバッカーは力なく押し黙る。
「しかし、撤退するにしてもこの状況をどうやって打開するのですか?」
「さてな。どっかの凄腕の剣士が、お家の秘伝とかを明かしてくれたら何とかなるかもしれないな」
カインがそう言うと、ミズシゲは口元を微かに緩める。
「お家の秘伝は容易には教えられません」
「この状況でもか?」
「この状況でもです」
「そうか。ならまあ良い。それで、作戦についてだが……」
カインがサッと引いて、全員に視線を向けるとミズシゲが珍しく声を荒げた。
「カイン! そこはあっさりと引かずに、もう少し粘るところではありませんか!」
「お前はかまってちゃんか! 今は緊急事態なんだよ!」
「むぅ、この状況でも私を頼らないとは……これでは貴方のことを簡単に認めてしまうではありませんか!」
「頼ろうとして断られたんだが! お前の思惑が何かは知らんが、今は少し黙ってろ。話が進まん」
カインがそう言うとミズシゲは、ふむと唸って腕を組んだ。そして、暫し考えを巡らせたのちに口を開く。
「……わかりました降参です。では、お家とは関係のない私の秘技を一つお話ししましょう」
ミズシゲが何に降参したかは知らないが、何やら一人で納得した様子である。だが、この状況を打開出来る一手であるのであれば、カインとしても聞かないわけにもいかない。
カインは黙ってミズシゲに視線を向けて、話してみろと促す。
「秘技とは即ち魔法です。正しくは魔法の域まで昇華した技といったところですが……。ともあれ、その技は広域に渡る面での攻撃技だと思ってもらえば分かり易いでしょう」
そして、得意げな顔をしてミズシゲは言った。
「その名も『流しそうめん』です!」
「違う! 『一水千里』だ!」
すかさず指摘するゲンゴウにミズシゲは、頬を膨らませた。
「私が研鑽を重ねて編み出した技ですよ! 何故ゲンゴウたちが勝手に名を決めるのですか!」
「何れはお家の秘伝となる技に、そのような名を残せるわけがなかろう!」
「むむ、ならこの技は秘伝に残しません!」
「そんなわけにも行くまい。既に本家筋に知れ渡っておる」
尚も反論しようとしたミズシゲをカインが制した。
「ああ、わかったから言い争いはその辺にしてくれ。で? その『流しそうめん』とか言う美味そうな技は、蛇の群れを一掃できるか?」
「さすがはカイン。ゲンゴウと違って技の本質がわかっていますね。技とは元来人を酔わせる甘美なもの。人々を満たす食の名こそ相応しいと私は考えます」
途端に機嫌を直したミズシゲは、得意げに語る。
「御託はいいから、質問に答えろ」
「ふむ。一を持って千を行う。それが私の秘技です。一掃するには至りませんが、数は大分減らせるでしょう」
「蛇の大部分はミズシゲに任せて良いんだな?」
カインの問いにミズシゲは自信満々に頷いた。
「ゲンゴウ、お前は何が出来る?」
「俺にはミズシゲのような器用な真似は出来ん。出来るとすれば一撃で相手を仕留めることだけだ」
「ここから出て、不意打ちの一撃であの大蛇を仕留められるか?」
「力さえ溜められれば可能だ」
それを聞いて、カインは僅かに思考を巡らせたのちに作戦を伝えた。
「よし。なら入り口の大蛇はゲンゴウに任せる。顔を出していると思うから、一撃で仕留めてくれ。ルクス、バッカーを支えて魔晶石で支援しながら撤退に備えろ。ウルスナは、ゲンゴウが仕留めた大蛇を魔術で押し出せ」
「ちょ、外にもう一匹いるのはどうするのよ!」
「ミズシゲと一緒に蛇の群れを抑え込んだあと、俺が切り札で倒す。全力で動くと時間制限があるが、一匹目を早めに処理してくれれば間に合う筈だ。僅かな間で良い、二匹目を足留めしてくれ」
ウルスナが渋々ながらも頷く。
「先ずは最初に『風乱』で取り付いてる蛇共を吹っ飛ばすから、ちょっと時間が掛かるわよ!」
「大丈夫だ。バッカー、無理して動き回るなよ。毒の回りが早くなる」
バッカーは苦笑いを浮かべながら了承した。
「よし備えろ。準備が出来次第、大蛇が突進して来たタイミングで動くぞ!」
全員が各々の準備を開始する。
そして。
全員が準備を終えたのち、『土蔵』に重い衝撃が走った。
「やるぞ!」
カインの掛け声と共にウルスナが『土蔵』の魔術を解除する。それと同時に編んでおいた『風乱』を発動した。
カインたちを中心に旋風が巻き起こり、『土蔵』諸共、取り付いていた蛇の群れが巻き上げられた。
ルクス、バッカー、カインが『爆風』の魔晶石を周囲に散らして投げ付けた。
『風乱』に切り刻まれ、炎に焼かれた蛇がパラパラと降り注ぐ。
そして、刀に手を添えたミズシゲが一歩前に出て、真剣な表情で息を吐いた。
次の瞬間。
ミズシゲから、閃光が走る。
目で追えない恐ろしい速度の抜刀。
『一水千里』。またの名を『流し千面』。
水のように柔らかく、流れるような剣技。
一本の水流のように走らせた剣閃は、蛇の群れに到達するや否や、枝のように割れた。
割れた剣閃は千にも及ぶ。
その一本一本が、激流のように激しく蛇の群れへと襲い掛かる。
そして、ミズシゲの正面にいた群れはその激流に斬り刻まれ、一面に血の花を咲かせて絶命した。
一振りで千の斬撃を放つ技。
それがミズシゲの魔法。『一水千里』、『流し千面』であった。
ミズシゲが技を放つ度に、蛇の群れは面で絶命する。
カインも半魔法を行使し、豪腕を唸らせ蛇の群れを巻き上げるように斬りつけた。
その間、力を溜めていたゲンゴウの一撃が、のそりと顔を出していた巨大ヘビに放たれる。
『風乱』に驚いていた巨大ヘビは、ゲンゴウの一撃を躱すことが出来ず、その頭部を二つに割られてあっけなく絶命した。
ウルスナが魔術を編む。
巨大ヘビを打ち倒したゲンゴウが豪腕を唸らせ蛇共を蹴散らし、ルクスとバッカーも魔晶石で抑え込む。
カインも半魔法により格段に増した機動力と攻撃力で蛇の数を減らしていくが、何よりミズシゲの剣技が圧倒的であった。
壁となって押し寄せる蛇の群れに一閃。
その度に血飛沫が舞い、蛇の死骸を積み上げていく。
撒くように四方へ放たれる剣技は、着々と蛇の群れを片付け、終には壁となって迫って来ていた蛇に隙間が出来る。
……それは少しおかしな表現であっただろう。
……隙間が出来るというのもおかしな話である。
だが、蛇たちで出来上がった壁が数を減らし、その隙間の向こう側にはぽっかりと拓けた空間が出来ていたのだ。
蛇の群れはその数の多さ故に積み上がっていたのではなかった。別の力により積み上げられていたのである。
ミズシゲから剣技が放たれ、蛇の壁に完全な穴が空く。
そして。
蛇の壁に隔たれた向こう側。その向こう側で蹲るモノを、カインとミズシゲは確かに見た。
鱗の様なモノを纏い、片膝を立てて壁にもたれかかっている何か。
腰と尻の間から蛇の様に伸びた太い尾。
表情を隠す様に伸びた長い髪は、毛先が生き物の様に畝っていた。
俯いたまま、微動だにしないその何か。
その何かを見て。
カインのみならず、ミズシゲさえも動揺する。
―――魔族!
カインとミズシゲは直感的にそう思った。
そして、カインにはその容姿に見覚え……いや、聞き覚えがあった。
それは、その昔ヨミの口から幾度となく聞かされた魔族の容姿にピタリと当てはまる。
曰く、その魔族は蛇を支配する。
曰く、その髪は蛇の様に揺らめき、先端が蛇へと変わる。
曰く、鱗の様な鎧を纏い、太い尾を持っている。
そして、その瞳は見るものを全て石に変える。
邪神メドゥーサの名を受け継ぎし末裔。
ヨミの語ったその種族名と容姿が、カインの想像とカチリと重なる。
カインたちが動揺を見せながらも、蛇の群れを退けていると、微動だにしなかったそれがピクリと動いた。
俯いた顔を僅かに上げてカインたちを見据える。
長い髪が邪魔をして、その表情は伺えない。
しかし、次の瞬間。
髪に隠れた瞳が僅かに輝いた。
「まずい! 全員こっちを見るな!」
カインが叫んだ瞬間。
長い髪の隙間から金色の瞳が覗いた。
縦に裂けた瞳孔。そして、瞳に編み込まれた様な不可思議な文様。その文様と金色の瞳が輝きを放つ。
「カイン! 下がってください! あれは魔眼です!」
「駄目だ! 下がったところで範囲からは逃れられない!」
カインとミズシゲは咄嗟に『土壁』の魔晶石を放る。
だが、魔晶石は魔術を発動する前に、ただの石へと変化した。
コトリと地に落ちる魔晶石。
そして、カインたちが蹴散らしていた蛇がパキパキと音を立てて石になっていった。
それと同時に、カインの体も虫が這う様に少しずつ石へと変わる。
やばい!
そう思いカインはミズシゲの前に立ち、ヴィレイナから受け取った、神気の込められた魔晶石から神気を解放する。
神気がカインを包みこみ、石化の進行は僅かに緩くなったがそれだけである。
チラリと後方に視線をやると、ウルスナが魔術で巨大ヘビを押し出しているところであった。
このままでは石にされる。だが、カインが退けば、後ろにいる仲間たちも魔眼の影響を受ける可能性があった。
どうする?
カインは必死に思考を巡らせ、今ある情報を断片的に引き出す。
セト王国領から流れ着いた魔族。
騎士団が派遣され、その情報は秘匿された。
キリエ村の呪い。石化。
抜け出た魔力の流れが導いたダンジョン。
そして、そこにいた魔族。
それらの情報が教えてくれる。
目の前で壁にもたれかかり、動こうともしない魔族の状況を。その魔族が何を目的としているかを。
カインは腰袋から、黒い魔晶石を取り出した。
ヨミの残した形見。
禍々しい程の魔力が込められた漆黒の魔晶石。
その魔晶石を、カインは惜しげも無く魔族に向かって放った。
「受け取れ、メドゥーサ!」
その名を叫びながら。
その瞬間。ピクリと反応した魔族は、発していた金色の光を緩めた。
「マークレウス! 今の内に!」
カインの背に守られる様にしていたミズシゲが、敢えてその名を呼びカインの腕を引く。
全身のあちらこちらが石化し始めていたカインは、ミズシゲに引きずられるようにしてその場を後にした。
逃げ去るカインたちを追う素振りも見せず、壁にもたれ掛かり未だ微動だにしない魔族。
その魔族の口元が僅かに動く。
「……マークレウス」
誰の耳に届くことのない呟きが、薄暗い広間に漏れた。
読んで頂きありがとう御座います。




