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077 『神滅』

 A級魔術『落雷』を放ったのはリンドーであった。


 マリアンたちと共にキリエ村までやって来た彼は、到着後に村の南部に住まう村人を見舞っていた。


 治療をほどこした者たちの経過を確認するのに、わざわざマリアンやヴィレイナが村中を回ることを嫌ったからだ。


 一足遅れて孤児院前にある施設に到着した彼であったが、異様な静けさに違和感を覚え警戒するように近付いて行った。


 そして、施設の入り口にもたれ掛かり、何やら中の様子をうかがっている見知らぬ男を発見したのである。


 リンドーはそのまま身をひそめ、男を警戒した。


 男が施設の中に入り込み、リンドーが中の状況を確認しようとしたところで、男が壁を突き破って飛び出して来た。


 そこでリンドーは再び身を潜め、状況の確認と自分が何をすべきかを考えた。


 男が仲間を傷つけていく様を見て、何度飛び出して行きそうになったことか。


 だが、リンドーは耐えた。


 術式を編み、確実に相手に命中させることの出来るタイミングを、唇を噛み締めながら待ったのだ。


 そして、ミーアの『泥沼』が発動した時が限界であった。


 本来であれば人が密集している場所で、A級魔術などはなって良いものではない。周囲の仲間をも巻き込んでしまう恐れがあるからだ。


 だが、リンドーが目にした相手の力量は、もはやA級魔術でも放たなければ通用しないと思えるほどに高かった。


 そうなれば、躊躇ためらってはいられない。


 黙って指を咥えているだけでは、敬愛するマリアンもその仲間たちも守ることは出来ないのだから。


 そうして放たれた『落雷』は、相手を直撃するに至った。防ぐ為の魔術は発動されなかった。


 正しく直撃である。


 もしこれで無事だというのであれば、相手は本物の化け物である。


 『落雷』の衝撃により、周囲に立ち込めていた煙が薄れていく。


 頼む、立っているなよ。


 そう願うリンドーであったが、その願いも虚しく、現れた影はしっかりと地に足をつけ怒りの表情を浮かべていた。


 ボロボロに破れた服は痛々しいが、重症を負った様子はない。


 リンドーは苦い表情を浮かべる。


「もう一人いたのか。今のはほんの少しだけど効いたよ……はは、ぶち殺す!」


 そう言ってエドがリンドーに右手を向けた。


 だが、エドが『神槍』を放つ前に、その鼻先をふわりと甘い香りがかすめた。


「捕まえた」


 いつの間にかエドの隣に立っていたマリアンが、そんなことを述べてエドの腕を抱えるように掴んだ。


「何を―――」


 しているのだ? いつの間にその場所に来たのだ?

 マリアンの行動が理解出来ず、エドの思考はわずかな間、止まった。


「アーマード!」


 マリアンの言葉を聞いて、アーマードが駆けた。


 右肩を砕かれ両腿を穿うがたれた状態でだ。


 アーマードは痛みなど気にしない。いや、気にすることなど出来ない。


 今なによりも優先すべきことは、マリアンに頼まれたお願いなのだから。


 マリアンが何を思ってあの言葉を告げたのかはわからない。だが、マリアンが己を頼り、己ならばやってくれると信じているからこその言葉。


 その言葉を裏切ることは、どんな罪よりも重い。


 マリアンはアーマードに、合図をしたら何があっても全力で攻撃しろと言った。


 それが今なのだと、アーマードにはわかった。


 そして、何があってもというのは、自分が盾に取られるような状況だとしても、巻き込む可能性があったとしても、決してひるまずに攻撃しろという意味だ。


 故に、例え今、エドのかたわらにマリアンがいようとも。その身を巻き込む可能性があったとしても。そして、敵の攻撃で己の命が尽き果てることになったとしても、アーマードは躊躇ってはいけない。


 何故なら、マリアンがそれを望んでいるからだ。


 アーマードは魔力回復用のポーションで、僅かに回復した魔力全てを『半魔法』に使用する。


 文字通りの全力。後先など考えない。


 ただ言われた通り、全力の一撃を放てば良いだけなのだから。


 そのアーマードの突撃を見て、エドはマリアンを払いのけようとする。


 しかし、振り払おうとしたマリアンは、予想以上に強い力でエドにしがみついていた。


 力強い? この華奢きゃしゃな少女が?


 そんな筈は無い。自分の筋力値は一万五千を超えているのだ。どれだけ懸命にしがみついたとしても、振り払えないわけがない。


 なら、この力はなんだ?


 エドがそう疑問を浮かべた時、自分がとんでもない失態をさらしていることに気が付いた。


「知ってる? スキルの補正値って基礎値には含まれないって?」


 そのマリアンの言葉で、エドは自分の考えが正しいと確信した。


 この少女には、得体の知れない力がある。


 ―――そして、それは。


 ―――その力は。


 『神秘の力を無力化する』


 エドの『鑑定』で読み取れず、『神槍』の影響を受けない。


 『落雷』を落とされたエドの元へ、いち早く無傷で駆け寄ったこの少女。


 そして、少女に触れられた自分は今、魔術はおろかスキルを行使することが出来ない。


 そして、補正値すらも封じられた今の自分のステータスは、少女の細腕を易々と振りほどけない程に低いのだ。


 効率を重視して基礎値を上げる鍛錬を行なって来なかったことを、この状況で初めて後悔した。


 あせるエドに対してマリアンは静かに告げた。


「神々に愛された私には、二十七のギフトが贈られたわ。取り合われ、奪い合われた私を守る為に贈られたギフト。そのギフトはいつしか神々に一切の影響を受けない不変の力へと形を変えた。私に触れた時、その神秘は神秘で無くなる。それが私のギフト―――『神滅』よ」


 エドの表情が初めて青ざめた。


「馬鹿! 離せ!」


 無理にマリアンを振りほどこうとするが、鍛えられていないその細腕では、マリアンを引き離すことは出来なかった。


 雄叫びを上げて迫り来るアーマード。


 その拳がエドへと迫る。


「や、やめろおおおおお!」


 終には悲鳴を上げるエドであったが、アーマードがそんなことで止まる筈も無い。


 容赦なく振り抜かれた拳は、エドの胸を強烈に打ち付け、バキバキと骨がひしゃげる音を鳴らした。


 エドは吹き飛ばされ、地面に転がりながら四肢をあらぬ方向へと曲げる。


 やがて動きを止めたエドは、無残な状態でビクリと一度痙攣すると、その鼓動を完全に停止させた。




「マリアンちゃん、無事か?」


 魔力を使い切り、膝を折りながらもアーマードはマリアンを気遣う。


「えー。ちょっと擦り剥いたんですけど」


「む! す、すまない!」


 膨れてみせるマリアンにアーマードはたじろいだ。


 しかし、マリアンは直ぐに花のような笑顔を向けると言った。


「でも、ありがとね。わたしの言葉を信じてくれて。お兄ちゃん」


 その言葉を聞いて、アーマードの記憶の中にある一人の少女とマリアンの姿が重なった。


 遠い昔、自分を兄と慕った可憐な少女。


 力が及ばず助けることが出来なかった後悔の記憶。


 アーマードの瞳が優しげなものへと変わる。


 アーマードはマリアンの頭にポンと手を置いて、愛しげにその頭を撫でた。


 こうして、絶望的とも言える戦いに終止符が打たれた。


 傷ついた者たちも安堵の息を吐き、強張っていた身体を弛緩しかんさせる。


 ようやく終わった…………。



 一同がそう思った時だった。


 轟音が鳴り響き、その場の者たちは反射的にそちらへ顔を向ける。


 そして、その視界に映るモノに、終には絶望の色を浮かべた。


 見れば、怒りに顔を歪めたエドが立ち上がり、地に足を打ち付け大地を割っていた。


 その体には、アーマードにより受けた傷は何一つ残っていない。


 砕かれた胸も、捻じ曲がった手足も、僅かな擦り傷さえなかった。


「やってくれたなっ! 今のは死んだぞ! この僕が! お前ら如きにっ!」


 エドの指にはめられた指輪が灰になって消える。


「ぐ、アーティファクトか!」


 エドを復活させた物。それは蘇生のアーティファクトと呼ばれる物であった。


 装備者が死に至った際、一度だけ完全な状態へと瞬時に蘇生させる国宝級のアーティファクトである。


 アーマードから、即死する程の攻撃を受けたエドであったが、マリアンから離れた直後『神滅』のギフトから解放された。


 そして、完全に死に至りアーティファクトの効果を受けたのは、地を転がり四肢を捻じ曲げた後であったのだ。


 エドの復活を想定していなかったのか、マリアンも声を漏らした。


「あー。ちょっと本気でまずいかも」


「マリアンちゃん逃げろ。俺が時間を稼ぐ」


「アーマード無理だよ。わたし相手の能力を無力化することは出来るけど、それ以外は普通の美少女だもん」


 アーマードは眉間に皺を寄せ、哀しげな表情をみせた。


 この少女を命に代えても守りたい。しかし、この状況を打開する術を自分は持っていない。


 己はまた、大切な者を守れないのか。


 そう思い、アーマードの表情が歪む。


「遊びはもう終わりだ! 全員ぶち殺してやるよ!」


 そう叫ぶエドの声にその場の全員が、悔しげな表情を浮かべた。


 地に倒れ伏し、立ち上がることもままならないジェド。


 鮮血に身を染め、今にも意識を手放しそうなミーア。


 重症を負ったトリティを抱き締め、僅かな神気を懸命に送り込もうとしているヴィレイナ。


 自慢の魔術を受け切られ、苦々しい表情を浮かべながらも、魔術を待機させて自分の役割を全うしようとするリンドー。


 魔力を使い切り、満身創痍のアーマード。


 そして、切り札を見せてしまい、打つ手のないマリアン。


 エドがマリアンに触れる失態をさらすことは、二度とないだろう。


 絶望的だ。


 完全な状態のエドを、抑え込める手段はもはや残されてはいなかった。


 ―――だが。


 それでも、マリアンは信じている。


 絶望的な状況。どうにもならない状況。それを打ち破ることができる者が真の英雄なのだと。


 力が及ばなくとも、今できる最善を選択し、選んだ道をただ突き進む。


 それこそが、魔族すらも魅了した英雄カール・マークレウスなのだ。


 その片鱗をマリアンはカインにみた。


 所有権などというものは、最初からマリアンを縛ってなどいなかった。


 マリアンはただ、カインという男を自分の意思で選んだのである。


 その男が、自分の選んだ男がこの状況を耳にして選択しないわけがない。


 判断を誤るわけがない。


 だから、必ずこの場に送り込んでくれる。


 そう、マリアンズ最強の剣を。


 問題は時間。


 どれほどの時を稼げば間に合うのか、マリアンにはそれがわからなかった。


 だが、もういい。それを気にする必要はない。


 ……もう、その時を待つ必要はないのだから。


 声を荒げ怒りを露わにしているエド。


 そのエドの頰に風がそよぐ。そして、マリアンとアーマードの前につむじ風が巻き起こった。


 その風と共に音も無く現れた一つの影。


 後ろで編んだ髪を尻尾のように踊らせ、袖の無い和装に身を包んだ背の高い女。


 蛇のように獰猛な視線。均等の取れた美しい顔立ちと引き締まった身体。


 その口元を薄く歪め、手にした黒塗りの短刀がギラリと光る。


 そう。


 そこに現れた女こそ、マリアンが待ち望んだ者。


 カインが必ず差し向けてくれると信じた、マリアンの(つるぎ)


「ファライヤ!」


 マリアンの呼び声にファライヤは、余裕の表情を浮かべて言った。


「待たせたわね」


 軽口のように述べられた一言。


 だが、その言葉は、絶望に染まる一同の瞳に希望の光を呼び戻した。

読んで頂きありがとう御座います。

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