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076 共に在り続けたモノ

 全身に魔力をたぎらせて、ジェドとアーマードが駆けた。


 その動きは今までの比較にならない程力強く、そして速い。


 二人の急激な変化には、さすがのエドも眉をひそめた。


 何だ? こいつらの動きは? 何をやった?


 『鑑定』を用いて二人の技を探るエドであったが、その正体は掴めなかった。


 二人から湧き出る威圧感。だが、魔術を用いた痕跡もスキルの発動も見られない。


 ただ、二人から溢れ出る何かが、そのステータスを今まで以上に上昇させていたのだ。


 俊足の動きで肉薄するジェドの短剣が閃く。その攻撃をエドは紙一重で躱す。


 だが、躱したと思った瞬間、ジェドの剣先がわずかに伸びた。


 首を狙われたそれを、エドは上体を反らして何とか躱した。首筋に微かに血がにじむ感覚がする。


 苛立ちを覚えたエドは、ジェドに掴み掛かろうと手を伸ばすが、ジェドはそれを予測していたかのように後方へ宙返りをして避ける。


 そして、ジェドと入れ替わるようにして、アーマードが突撃した。


 豪腕を振るい、エドの胸元へ拳を放つ。


 その攻撃にエドは慌てて腕を折り、守りを固める。


 防ぎはしたものの、エドの体が宙に投げ出され、着地を測っていた場所からいくつもの水の棘が襲いかかった。


 チッと舌打ちをして、エドは地面に『爆風』を叩きつけるように放つ。


 地面に着地すると、立ち込める煙がエドの視界をさまたげた。


 その霞む視界の中でキラリと光るものがあった。


 一つではない。


 数十にも及ぶそれは、おそらく魔晶石を用いた魔術だろう。


 エドは自身の周りに『堅牢』を張ってそれらを防ぎきった。


 視界が晴れると、エドは驚きに目をく。


 眼前には既にアーマードの拳が迫っていたのである。


 顔面を強烈な力で殴られ、再びエドの体が宙を舞った。


 そして着地点にはまたもや『水棘』である。


 エドの苛立ちが極限に達する。


「調子に乗るな!」


 『風乱』。


 エドが手をかざすと、周囲を竜巻のような風が包み込み、エドに向かう水の棘を全て薙ぎ払った。


 エドを中心に乱れる、切り裂くような風には容易に近付けない。


 攻め立てようとしていたジェドとアーマードの足が止まる。


 その二人に今度はエドは、踊りかかった。


 半魔法を駆使した二人ですら、容易に対処できないほどの速さ。その速さを以って、ぐるりと旋回して振り下ろされたかかとが、アーマードの肩に沈む。


 うなりながらも、エドの足へ掴みかかったアーマードの顔面に蹴りが放たれ、アーマードは仰け反った。


 アーマードへ蹴りを入れた反動で今度はジェドへと向かう。


 短剣を突き出し対処するが、潜るように躱されたあと、ジェドは腕を掴み上げられ膝を入れられる。


 ボキリという音が鳴り、ジェドが苦悶の表情を浮かべた。


 そのまま鳩尾みぞおちに蹴りを入れられて吹き飛ばされるジェド。


 そして、先程から目障りだったミーアに視線を向けて、お返しとばかりに『水棘』が放たれる。


 ミーアの放つそれとは比較にならない数。その水の棘が一斉にミーアを襲った。


 咄嗟に『守護』の魔晶石で身を守るが、その棘は『守護』を突き破り、ミーアの体をも突き刺す。


「がっ!」


 致命傷はなんとか避けたが、肩ともも、掌と腕を貫かれミーアから苦痛の声が漏れた。


 今の攻撃で攻め切れなかったのは苦しい。


 腕と肋骨を折られたジェド。左肩を砕かれているであろうアーマード。二人を覆う魔力は既に微かなものへと変わっている。


 四肢を貫かれたミーアは、ひざを折り立ち上がる事も困難。


 『爆風』に巻き込まれたヴィレイナとトリティ。

 ヴィレイナは軽症であったが、体を張ってヴィレイナを守ったトリティの状態が良くない。


 ポーションを用いても、未だ浅い呼吸を繰り返し、焼けただれた皮膚が元に戻っていなかった。


 正に満身創痍の状態。


 アーマードとジェドは治療の為、ポーションを全てマリアンたちに渡してしまっている。


 その預けられたポーションも、ミーアが持つ三つで最後である。


 どうすれば良い? どうにも出来ない。


 だが、どうにかしなくてはならない。


 ミーアは歯を食いしばり、ポーションをあおると立ち上がった。


「へえ。まだやるのかい?」


 そう言ってエドはミーアへと視線を向ける。


「しかしあれだね。君たちを絶望させる為には、僕のとっておきのを見せてあげなきゃいけないようだね」


 そう言ってエドはミーアに手をかざす。


 その動作に、ミーアは警戒を強めて体を強張らせた。


「魔法は使えないんだけどね。僕の場合はスキルにそれが組み込まれているんだよ。『鑑定』というスキルも言わば魔法の一種さ。これらを自在に扱えるようになれば、僕は神にも匹敵する力を得られる……って、そんな話じゃないね。つまりはね。スキルという力をって、僕は魔法と同等の力を扱うことが出来るんだよ」


 エドの口元が怪しげに歪んだ。


「スキル名は『神槍』。万物を貫く必中の槍さ」


 エドがそう言った次の瞬間。


 突然ミーアの肩から血飛沫が上がった。


「うあっ!」


 ミーアが悲鳴を上げて肩を押さえる。


 手には生暖かい血液がまとわりつき、肩には槍でも突かれたかのような穴が空いていた。


 これが、アンサンたちを殺した技か!


 ミーアは激痛に耐えながら、奥歯をキツく噛み締める。


「ほら、どんどんいくよ」


 エドがそう言うと、今度はミーアのもも穿うがたれた。


 再度悲鳴を上げて、ひざを折るミーア。


 そして、次々と放たれる『神槍』の一撃が、ミーアの全身を鮮血に染め上げる。


「ほらほら、早くポーションで回復しないと死んじゃうよ」


 もてあそぶかのように、敢えて急所を外してあざけるエド。


 その姿に怒りを露わにしてジェドが吠えた。


「きさまああああああ!」


 折れた腕の痛みなど気にも止めずにジェドは駆ける。


 だが、ジェドの両膝が突然弾け、ジェドは顔から地面に倒れ込む。


 続いてジェドと同時に駆けようとしたアーマードの両腿からも血飛沫が舞った。


 膝を折り苦悶の声を上げるアーマード。


「そこで見ていなよ。無力な自分に絶望するといい」


 そう言って、エドは再びミーアへと『神槍』を向けた。




 コロンと音を立てて、ミーアの手から空になった最後のポーションが落ちた。


 これ以上は回復することが出来ない。


 それに回復するとはいっても、瞬間的に傷が癒えるわけではない。肉体が回復する前に、幾度となく体を貫かれた所為で、今現在、自分がどういう状態なのかさえわからなかった。


 血を流し過ぎた所為か、意識も朦朧としている。


 これは死ぬかもしれない。


 ミーアはそんなことを考える。


 ふと、昔の出来事が走馬灯のように蘇った。


 両親を亡くして、孤児院に引き取られたあの日。


 心を閉ざし、中々みんなと打ち解けることが出来なかったあの頃の記憶。


 愛想なんてこれっぽっちもなかった自分に、しつこく声を掛けてくれたみんな。


 ラック、メイ、アンサン、カデナ、それにローレン。


 ジェドは自分よりも愛想が悪かったが、何故だかずっと側にいてくれた。


 何も喋らず、自分の心が癒えるまでずっと側にいてくれたのだ。


 みんなの優しさにどれだけ救われたことだろう。


 家族のように大切で……いや、彼らはかけがえのない家族なのだ。


 だから、彼らの力になりたくて、必死に魔術を学んだ。非力な自分にはそれぐらいしか出来ることがなかったからだ。


 魔術書など買う金なんてなかった。魔術士の弟子にしてもらうだけの才能もなかった。


 だから、少ない金を支払い僅かな時間だけ魔術書を読ませてもらい、その時覚えたことを必死に形にしてきたのだ。


 それが切っ掛けで自分は魔術士となったのだ。


 力のない自分がただ一つすがることができたもの。それが魔術なのだ。


 今も胸の内にくすぶる暖かな熱。


 何度も触れて扱って来た力。魔力。


 その魔力が教えてくれる。


 自分には魔術があるのだと。


 そうだ。非力な自分に出来ることは一つだけだった。


 魔術を編むこと。それ以外にない。


 体は既に立っているのかもわからない。


 けれど、魔術を行うのに肉体を動かす必要はない。


 そう考えた時、朦朧もうろうとしていた意識が引き戻された。


 幸いにも既に身体の痛みは感じない。


 ミーアは残る力を振り絞り、あざける男を睨みつける。


 その時、視界の隅に一つの影が映った。


 そうか、忘れていた。この場には、もう一人魔術士がいたのだった。


 ならば、可能性は低くともつなげるしかない。


 ミーアは動かない指先から魔力をひねり出し、何度も頭に叩き込んだ術式を思い浮かべる。


 魔力そのものを操作し、空間に一つの魔方陣を描き始めた。


「いやいや、凄いね。もう動けないだろうに、その状態でまだやろうってのかい?」


 エドはそう言って、ミーアに向けて『神槍』を放った。


 ミーアの腕に穴が空き、血を滴らせる。


 しかし、ミーアはそれに反応することもせずに、ただひたすら筆跡を走らせ術式を編み続けた。


 エドが忌々(いまいま)しげに口を開く。


「いい加減諦めろよな。そんな術式一つで何も変わりゃしないってのに。あー、もういいや。面倒になってきたから、とりあえず君は死になよ」


 そう言ってエドはミーアに向かって右手をかざした。


 今までのように痛めつけるのはもう終わりだ。狙うのは心臓。


 エドの持つスキル『神槍』が放たれれば、狙った箇所は必ず穿うがたれる。防御不能の必殺の一撃。


 その必殺の一撃を、ミーアの心臓目掛けてエドは容赦なく放った。


 その瞬間。


 エドとミーアの間に割って入る人影があった。


 銀色の髪。サファイアのような碧い瞳の美しい少女。


 マリアンである。


「なっ!」


 これにはエドも驚愕した。


 エドの放った『神槍』は概念である。


 放った瞬間、相手の一部を貫いた結果だけを残す。


 ただし、現象を引き起こし事象を改変する力は、魔力そのものだ。


 故に、放たれた魔力に触れさえしなければ、現象は引き起こされない。


 だが、マリアンの様に、放たれた概念と対象の間に立つということは、つまりは対象に向けられた概念を引き受けることと変わらない。


 エドはしまったと後悔した。マリアンは後ほど自分が楽しむ為に残しておくつもりであったのだ。


 まさか飛び出してくるとは思わない。だが、放たれた『神槍』を止める術はない。


 エドはここに来て初めて苦い顔を見せる。


 そして、一拍の間を置き、マリアンが何事もなく平然と立っていることに、今度は驚きの表情を浮かべた。


「な、なんでだ!? なんで無事なんだ!」


 エドが驚愕し困惑の表情を浮かべる中、マリアンはエドとミーアを結ぶ直線からスッと体をずらした。


 エドの視界にミーアの姿が映し出される。そして、その手元で編まれた術式は既に完成していた。


 『泥沼』。


 ミーアから放たれた魔術が、エドを中心に泥の沼を広げて周囲を侵食し始める。


 徐々に泥沼に飲み込まれるエド。


「あーもう、鬱陶(うっとう)しい。こんなことしたって素直に飲み込まれるわけないじゃないか!」


 そう言って、エドは足下に視線を向けて魔術を放とうとした。


 その瞬間。


 天が瞬き、エド目掛けて雷が落ちた。


 轟音をとどろかせて落ちる雷。


 反応が遅れ、泥に足を取られていたエドは直ぐには対処できなかった。


 天を瞬かせた瞬間。雷は既に落ちていたのだから。


 泥沼の水分を蒸発させながら、A級魔術『落雷』がエドヘと直撃した。

読んで頂きありがとう御座います。

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