075 圧倒する力
ステータスの値。
その値を口に出されたとしても、アーマードには今一つ想像が出来ない。
だが、ファライヤにEXスキルの説明を受けた際、『豪腕』のスキルは筋力に百を加算させるものだと聞いた。
強力だと言われた『豪腕』で得られる値が百なのである。
それを目の前の男は、優に超える数値で口にした。
ステータスの数値に疎いアーマードであったとしても、一万五千という値が異常な数値であることは理解できる。
からかうように笑う男。
その男が常人には理解出来ない筈の、ステータスという数値を用いてまで嘘をつくとも考えられない。
現に目の前の男はアーマードの全力の突撃を受けても無傷であり、巨大な槌を拳一つで砕いてみせたのだ。
「おや? 怖気付いてしまったかな? 君には面白い術式を教わったからね。実力差を理解して大人しくしているなら、見逃してあげるさ。僕は慈悲深いからね」
ケラケラと笑いながら、エドはアーマードに背を向けた。
その足が向かう先はマリアンのところだろう。
そのことを理解していながら、アーマードという男が黙って立ち尽くしている筈もなかった。
例えどんなにもステータスに差があろうとも。実力が己よりも勝る相手であったとしても。
アーマードはマリアンの盾なのである。
「お兄ちゃん」
マリアンに初めてそう呼ばれたあの時。
胸の内に燻る感情が溢れ出したあの時から、アーマードは生涯を掛けてマリアンの盾となることを誓ったのだから。
「うおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、エドに向かって拳を振るうアーマード。その拳をエドは腰を落として迎え撃った。
繰り出される拳に合わせるように、エドは拳を放つ。
そして、二つの拳が衝突してゴツリと音を鳴らした。
一拍の後、アーマードの手甲が砕けその腕が裂けるように血飛沫を上げる。
「ぐうぬぅ」
アーマードが苦悶の声を漏らすが、エドは飄々とした様子を崩さない。
「折角見逃してあげようと思ったのに。馬鹿な男だね君は」
そう言って、苦しげに呻くアーマードに対して再び拳を振ろうとした時。
黒い影がエドの背後へと躍り出た。
瞬きする程の刹那。
その刹那の間でエドの背後を取り、揺らめくように短剣を振るう男、ジェド。
不意打ちとしてはこれ以上ないタイミング。
躊躇うことなく振られた短剣は、エドの首筋を捉え。
そして、敢え無く空を切った。
いつの間にかジェドの背後に立ち、エドは薄っすらと笑う。
『水追』。
そんなエドに対して、水の刃が襲いかかる。
ひらりとジェドから離れたエドを追尾するように、水の刃は軌道を変えて向かって行く。
その『水追』の魔術に向かってエドは手をかざすと、『爆風』とボソリと呟いた。
一瞬の間に術式が構築され、エドから『爆風』の魔術が放たれ『水追』を相殺する。
「無詠唱!」
『水追』を放ったミーアが驚きの表情を浮かべた。
筆跡を用いずに、術式を構築する術など聞いたこともない。
カインのように、魔力を無駄にした無茶苦茶なやり方はともかく、エドの放った魔術は無駄のない滑らかなものであった。
それこそ、ファライヤの言う、より実践向きな術として高められた技術。魔法と呼ばれるものであるかのように。
「……まさか、魔法!」
ミーアの呟きにエドが反応した。
「魔法? はは、今のはただの魔術さ。魔法なんて僕ですら見たこともないよ。……というかさ、もしかして知ってるのかい? 魔法について」
エドに睨め付けるような視線を浴びせられながらも、ミーアはキッと睨み返した。
「知っていたとしても、あなたには教えません!」
力強い視線にエドはぶるりと体を震わせる。
「おやおや。モブだと思っていた子が良い目をするじゃないか。僕は好きだよ。君みたいな子が屈服する姿を見るのはね」
体を仰け反らせ、抑えきれなくなった喜びを出し切るように高笑いをするエド。
そんなエドに向かってミーアは呟く。
「……下衆め」
「ミーア! カインに連絡をしろっ!」
「もう、してます!」
アーマードの叫びにミーアが応える。
アーマードがエドを室外へ吹き飛ばして直ぐ、ケロリと立ち上がるエドの姿を見てミーアは即断していた。
その判断は間違っていなかったと、ミーアは確信している。
アーマードの槌を砕き、真っ向から拳を打ち合い力で勝る。背後から迫ったジェドの速度を上回る動きを見せつけた。そして、ミーアの魔術を無詠唱で放った魔術で相殺させた。
そんな相手に、今のミーアたちでは太刀打ちできない。
せめてこの場にカインやファライヤがいてくれれば、状況も違ったかもしれない。
『伝意』の魔晶石を用いて、既に連絡はした。
だが、カインたちは昨日の昼頃には、ダンジョンへ潜っている筈である。
現在どの位の階層まで進んでいるかは知らないが、急いで戻って来たとしても半日……いや、ファライヤであればミーアの想像よりも早く到着するかもしれない。
しかし、どんなに早くても鐘八つ分の時間は必要だろう。カインたちの状況によってはそれ以上だ。
それだけの時間、この強敵を相手に無事でいることができるのだろうか。
……不可能だ。
それでも―――やるしかない。
ミーアは覚悟を決める。
それと同時だった。
ミーアの視界からエドの姿が消えた。
まずい!
そう思った時には遅かった。
気付いた時には腹を打たれ、ミーアの体が宙を舞う。
自分が何をされたのかもわからない。
けれど、呼吸もままならないその衝撃が、自身に受けた攻撃であるということだけは理解出来た。
地面を転がりながらミーアが喘ぐ。
それを見たジェドは、怒りに任せて駆けていた。
低い姿勢で、勢いを加速させエドへと肉薄する。
しかし、嘲笑うかのようにエドの姿が視界から消え失せる。
そして、撫でるように顎を打たれ、ジェドは地面に突っ伏した。
地面に倒れ込んだ衝撃で、いっときではあるが意識を手放していた事に気が付く。だが、意識を取り戻せたのはいいが、頭が揺れて立ち上がることができない。
そんなジェドに対してエドが追撃を放とうとすると、アーマードの投げた魔晶石から『水槍』の魔術が飛び出してエドへと迫った。
それも、無詠唱で『爆風』を放たれ容易く対処されてしまう。
だが、アーマードも手を緩めない。裂けた腕の痛みを気にも止めずに魔晶石を投げながら突進する。
『水槍』、『風斬』、『爆風』、『土棘』。
これでもかと投げ付けられた魔晶石。その尽くをエドは容易に対処して見せた。
エドはアーマードの突進をふわりと避けて、横合いからその体に蹴りを放とうとする。すると、一本の矢が二人の間を通過した。
エドが攻撃を中断してチラリと視線を向けると、聖騎士の鎧を纏ったトリティが二本目の矢をつがえて構えていた。
エドが面倒臭そうにトリティに手を向け、無詠唱の魔術を放とうとすると、『水追』の魔術がエドを襲った。
間一髪その事に気が付き、エドは状態を反らしてそれを躱すと、トリティに向けていた手を『水追』に向け直し『爆風』で相殺する。
そこに追撃をかけるべく、アーマードが血の滴る腕を全力で振り抜く。
さすがに躱しきれなかったのか、エドはその攻撃を左腕で受け、大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた状態でも、エドは体を捻り華麗に着地してみせる。
ダメージを負った様子はまるでない。
エドがチラリと視線を巡らせると、空のポーションを握りしめて立ち上がるミーアの姿があった。
トリティの傍らでヴィレイナも弓を構え、マリアンがジェドとアーマードに駆け寄りポーションを渡す。
エドに向けられる敵意の眼差し。誰一人として、絶望に顔を歪ませる者などいない。
その眼差しを受けて、エドは笑った。
「君たち面白いね。これだけの力を見せつけられて、誰も心が折れた様子がない。そっちの……ヴィレイナちゃんって言うのかな? 君も良いね。戦ったこともなさそうなほど低レベルなのに、そんな目が出来るなんて……本当に壊し甲斐がありそうだなあ」
「私の力が足りないことは理解してます。ですが、何もせず努力を怠った者には、救いの手は差し伸べられないんです」
「なんだい? 神様の教えか何かかい? でも残念なことにあいつらは気まぐれだからね。努力したところで、救っちゃくれないのさ」
「いいえ! 私が信じるのは、神ではなく英雄です!」
「ははっ! それこそ信じるに足りないね! あいつらは僕と一緒だよ。自分の力に酔っているだけさ。あいつらは自分の為に力を振るっているに過ぎないのさ!」
「あなたの言う通りかもしれませんね。ですが、私の英雄は自分の為に力を振るい、誰かに手を差し伸べてくれる人です」
ヴィレイナの優しげな微笑みに、エドが苛立ちの表情を浮かべた。
「ふうん。そうかい。なら、無力な英雄に縋って絶望するといい」
そう言ってエドがヴィレイナに向かって、『爆風』を放った。すかさずヴィレイナの前に出たトリティが『守護』の魔晶石を使う。
しかし、本来防げる筈の『爆風』が『守護』の守りを破り二人に襲い掛かる。
「そんなっ!」
トリティが驚きに声を上げた時には二人を炎が取り囲み、包み込むように燃え上がった。
「トリティ、ヴィレイナ!」
ミーアが一も二もなく二人に駆け寄り、アーマードとジェドが動いた。
アーマードとジェドは考える。
実力差が歴然であるこの状況で、今までと同じことをしていたとしても勝てはしないと。
ならばどうするのか?
その答えは一つしかない。
彼らは知っているのだ。より高みへと至る手段を。磨き上げた先にある魔法という技術の存在を。
『六つ身体強化』の先にある、七つ目の身体強化。『操術』へと至る手段を。
ファライヤは言った。
術式を簡略化し、最終的には魔力そのものを扱うのが魔法だと。想像で現象を創造する。それこそが魔法という技術なのだと。
その術を二人はまだ会得していない。
だが、至る為の手段は既に二人の中にあるのだ。
今二人が扱えるのは四つ目の『細部連動強化』までだ。
型を用いて扱っているそれに、反射を加えて魔力の流れを加速させるのが『細部連動反射強化』。そして、出来上がる流れをほぼ反動と反射のみで流動させるのが『流動反射強化』。その動きを術式を用いずに完成させるのが『操術』である。
そんな繊細な技術を即座に扱えるわけもない。至れる筈もない。
だが、カインはそれを強引に引き出していた。
己の魔力を全て当てて、流れも何も関係なく使用する、魔法には程遠い不完全な技。
カインが名付けた『半魔法』という名の強引な技術。
それであれば。何度か目にしたその技術を思い描くことは出来る。
術式など関係ない。全ての魔力を巡らせ肉体を強化するイメージだけでいい。
培った技術は必要ない。それは先に至る為の手段に過ぎないのだから。
目を向けるのは魔法。描くのは強化。
立ち込める魔力が一つの想いに染まった時、全身を覆う魔力が二人を格段に強化させた。
読んで頂きありがとう御座います。




