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074 埋められない万の開き

「お願い戻って来て!」


 瞳に涙を浮かべながら、ミーアが必死の形相で横たわるカデナの胸元を圧迫した。


 気道を確保し、空気を送り込んでは再び心臓をノックする。


 何度も。何度も。何度も。


 ただひたすらに願うように繰り返される行為。


 ミーアはわらにもすがる思いでカデナの胸を叩く。


 そして、奇跡を願うその想いは、終には一つの命を呼び戻した。


 ゴボッと胸に支えた血を吐血し、浅いながらも呼吸を繰り返すカデナ。力ない心音が鼓動を繰り返し、青白かった肌が赤みを帯び始める。


「カデナ!」


 嬉しさで泣き出しそうになるミーアであったが、目に浮かぶ涙を拭うと未だ呼び戻せていない者たちへと視線を向けた。


 横並びにされた者たちの傷は既に塞がっている。


 あとはその胸元を叩き、こちらへ呼び戻すだけなのだ。


 ミーアが横たわるアンサンの胸に手を当て、胸元を圧迫しようとした時、マリアンが言った。


「……ミーア、トリティ。時間切れよ」


「そんな! まだ!」


 間に合うかもしれない。そう言いかけたミーアに対してマリアンが首を振った。


 ミーアもわかっていた。自分たちが蘇生をこころみてから、鐘一つ分に近い時間が経過している。


 カデナが息を吹き返したことは奇跡に近いだろう。


 そして何より、この世に魂というものが存在しているというのならば、ミーアは確かに感じたのだ。横たわる彼らからその最後の灯火が抜け落ちてしまったような感覚を。


 たぶん、彼らはもう戻っては来れない。


 そう実感しながらもミーアは諦めることができなかった。


「ミーア。もう諦めて」


 すがり付くように、アンサンの胸を叩くミーアをマリアンが冷静にたしなめる。


「ヴィレイナもよ」


 見ればヴィレイナは、必死の形相で石像と化した村人へと手を添えている。


 その両手には最早神気の輝きは宿っていない。


 絞り出すことも出来ないほど枯れた神気。その最後の一雫でも有ればと、ふらつきながらも浄化をやめようとしないヴィレイナの手をトリティが掴んだ。


「……もう、およし下さい」


 抵抗しようとしたヴィレイナであったが、トリティの沈痛な面持ちを見て力なく項垂れる。


 結局、完全に石化してしまった村人で一命を取り留めることが出来たのは一人だけだった。


「私にもっと神気があれば……」


 悔しげにつぶやく言葉にトリティは首を振った。


「ヴィレイナ様だからこそ、一人救うことができたのです」


 慰めにもならない言葉であったが、トリティの瞳は自分の言葉を信じて疑わない力強さがあった。


 その瞳を向けられて、ヴィレイナの心はほんの少し軽くなる。


「アーマード、ジェド。敵は? 気配を感じる?」


 マリアンの言葉に二人は首を振る。


「気を付けて。相手はこの状況をほくそ笑んで見ている筈だから。もうすぐ姿を現わすとおもうよ」


「マリアン様。何故そんなことが?」


「私たちがキリエ村へやって来てから初めて起きた騒ぎ。それも、私たちが到着する直前に起きたこの一件。偶然とは考えられない」


 マリアンの言葉に一同がゴクリと喉を鳴らす。


「わかることは二つ。敵は私たちがどう対処するのかを見たかった。希少なアイテムを使用させたかったのか、能力を見たかったのか……。全員に止めを刺さずに、わざわざ手当てをすれば助かる程度に調整していることが理由よ。そして、わざわざこんな状況を作り上げるような奴が、その様子を直に伺っていないわけがないわ!」


 マリアンがそう言い切ると、施設の入り口から拍手が鳴った。


 一同が視線を向けると、そこには線の細い幼さの残る顔立ちをした男―――エドが立っていた。


「いやー素晴らしいね。とびっきり可愛いだけかと思っていたら、まさかの名探偵だったとはね」


「あなたがこれをやったの?」


「そうだよ。楽しんでもらえたかい?」


「こんなことをして! 許されると思ってるんですか!」


 ミーアが怒りの声を上げた。


 それに対してエドはつまらないものを見るような目を向ける。


「モブは黙ってなよ。今僕は、このとびっきりのヒロインと話をしているんだからさ。殺しちゃうよ」


 さげすむような視線を受けて、ミーアの心に怒りが膨れ上がる。


 そして、ミーアが怒鳴り返そうとしたところで、マリアンがそれを手で制した。


「村の人をどうやって石化させたの?」


 マリアンがいつもの調子で言う。


「あー、それは簡単さ。呪いに侵されてるみたいだったからね。そいつらの魔力を抜き取ってやったら、勝手に石になっちゃったんだよ」


「えー。でも、あの人たちが呪いに掛かってるなんて一見してわからないし、どんな呪いかもわからないとおもうけど」


「はは、なるほど。君は冷静で賢いね。そうやってぶりっ子して、僕から情報を引き出そうとしてるんだろう? でも良いよ。可愛いから教えてあげよう。僕にはね『鑑定』という全てを見通す力があるのさ」


「転生者……あー、見た目がこっちの人っぽくないから転移者って人かぁ」


「……驚いたなあ。随分と博識なんだね。名探偵じゃなくて学者さんか何かだったかな?」


「えー。全然違うけど。わたしただの美少女だし」


「くく、その動じない感じも良いね。気に入ったよ。君を僕の女にしてあげよう」


「えー。わたしを口説きに来たの? 残念だけどわたしには所有者様がいるのよね」


「関係ないさ。奴隷契約だろうとなんだろうと、僕にかかれば無効化できない程じゃない」


「神の契約でも?」


「神の契約?」


 その言葉を聞くと、微笑を浮かべていたエドの表情が変わった。


「そう。わたしはね。ミリアム大聖堂でカインに譲渡じょうとされた所有物なの。だから、カインを倒さなきゃわたしのことは手に入れられないとおもうけど」


「なるほどね」


 頷いて、エドはマリアンを『鑑定』する。


 そして、意外なことにマリアンについての情報は、何も得られることができなかったのである。


 さすがのエドもこれには驚く。過去を振り返っても、エドの『鑑定』で読み取れなかったものは、神の恩恵である『ギフト』しかなかったからだ。


 そうなると目の前の少女が口にしている内容も信憑性を増す。


「確かに、神の恩恵は少し厄介だね」


「そうなの。だからカインをやっつけてくれないと、わたしを所有することはできないのよ」


「くくく。でも、それはそれで面白いね。君が本心で解放を願っているのか、君の所有者と僕をぶつけて状況を打開しようとしているのか。まあ、良いさ。君の思惑に乗ってあげるのも悪くはない。それで、君の所有者様はいつ戻って来るんだい?」


「うーん。直ぐに呼んでも一日ぐらいかかるかな?」


「随分と待たせるね。でもまあ良いよ。楽しそうだし、君をめちゃくちゃに犯しながらゆっくりと待つとするよ」


 エドがギラリと悪意に満ちた瞳をマリアンへ向けた。


 その瞬間、アーマードがズイッとマリアンの前に立つ。


「野暮ったいなあ。二人の話合いに割って来ないでよ」


「貴様が勝手な言い分を口にしているだけだ。話合いではない」


「はは、安心しなよ。本当はもてあそんで殺すつもりだったんだけどね。僕は彼女のことが気に入ったから、優しく調教してやるからさ!」


「下衆め! 殺す!」


「……はあ? 殺す? 笑わせないでよ。多少スキルが多いからって、レベル七十九のお前に何が出来るって言うのさ」


 次の瞬間。あざけるエドに向かってアーマードが駆けた。


 暴れ回る竜の様な突撃。元々膂力(りょりょく)の高いアーマードが訓練によりステータスの強化を図り、加えて六つの身体強化の四つ目、『細部連動強化』を用いて行った突進である。


 並の人間ならば、いや多少腕の立つ人間ではこの突進を受けることなど叶わないだろう。


 もし、そんなことが出来る者がいるとすれば、それは正しく、化物……英雄クラスの実力を有していると言っても過言ではない。


 そんなアーマードの突進を、エドは避ける素振りも見せずに片腕を突き出して受けた。


 肩に全体重を乗せた一撃。


 その一撃を受けたとはいえ、さすがに軽く手を突き出しただけでその勢いは止められなかった。


「おわっ」


 勢いを殺しきれずにエドの体が浮いて吹き飛ばされる。


 煉瓦造りの壁に衝突し、そのまま壁を突き破って外へと弾き出された。


 追撃をかけようとアーマードが動き出す。


 しかし、そう行動を起こす前にマリアンが声を上げた。


「アーマード! わたしが合図したら何があっても全力でアイツを攻撃してね!」


 マリアンの言葉に大きく頷き、アーマードはエドを追って外へと飛び出した。


「いてて。思ったより強いなあ。おかしいな。レベル七十九で、筋力のステータスが二百八十三だろ? 身体強化を使うと確か百五十パーセントアップだから……四百二十四かな? これって筋力四百台で出せる威力じゃないだろ」


 エドは砂埃すなぼこりを払って立ち上がると、追って来るアーマードに視線を向ける。


 その瞳で再度『鑑定』のスキルを発動し、アーマードのステータスを確認した。


 筋力二百八十三。む? 身体強化の補正がかかっていない? ならこの力はスキルによるものか? いや、目ぼしいスキルは見当たらない。では、何故あの巨漢はこれほどの力を発揮出来るのか。


 そう考え、エドは注意深く迫り来るアーマードを目視した。得意の『鑑定』のスキルを用いて。


 アーマードがいつの間にか手にしていた巨大な槌を振り上げ、エドに突進する。


 振り降ろされる槌を、今度はヒラリとかわしてエドはほくそ笑んだ。


 今の攻撃で、エドの視界に映るアーマードのステータスが一瞬だけ上昇したのだ。


「うはは。面白いね君! そんなの初めて見たよ! それは魔術かい? あー、いいよ答えなくって」


 そう言ってエドは腕を組んで考え込んだ。

 そして、何かを閃いたのかポンと手を打って得意げに語りはじめる。


「そうか、必要なタイミングで必要な部分にのみ術式を走らせてるんだね?  簡易術式の様に編み易くて効果も短い。けれど、部分的に強化しているから燃費も良いし、何より威力が高いのか! だから君の筋力は一瞬千の位に届いたんだね。凄いねそれ!」


「何を言っているのかわからんが……貴様は死ね」


 アーマードが再びエド向かって槌を振り下ろす。

 だが、その槌をエドは避けようともせず、あーでもないこうでもないと頭を捻る。


 そして、アーマードの槌がエドに届くと思われた直前。


「うーん。こうかな?」


 そんなことを言いながら、アーマードの槌に向かって恐ろしい速度で拳が放たれた。


 その拳はアーマードの振るった槌を易々と砕き、粉々にしてしまった。


「なにっ!」


 さすがのアーマードもこれには驚きの声を上げる。


 目の前の男の細腕に、槌を砕くほどの力があるとは思えなかったからだ。いや、ステータスの存在を知る以上、身体的な特徴で相手の力量を推し量ることは誤りだ。


 だが、それを加味したとしても、この線の細い少年の様な男が、力任せにこれほどのことをやってのけるとは想像できなかったのだ。


 アーマードがうなりながら一歩下がる。


「うーん。良いねこれ。君のお陰で、僕も一段階強くなれたよ。成る程ね。こんな風に術式を構築することも出来るんだね」


 男が何をしたのかはわからない。だが、アーマードが思うに、目の前の男は『鑑定』というスキルを用いて、アーマードの使用する『細部連動強化』を見抜いた。そして、すぐさまそれを真似て見せたのではないだろうか。


 だとすると非常にまずい。


 どんな技術も目の前の男には容易く見破られてしまう。それはつまり、どんな攻撃も通用しないということになり得る。


 アーマードの額から汗が流れ落ちる。


「とても優秀な術式を教えてもらったからね。お返しに僕も君に何か教えてあげなくちゃいけないね」


 そう言って、エドはうーんとうなる。


「ステータスの概念を教えてあげようかな?」


「それは知っている!」


「ええ! 本当に? さすが英雄のお仲間ってところかな? それじゃあ話が早いね。君の筋力は二百八十三ある。そして、敏捷が百五十一だ。さっきの身体強化を使用した際、その数値が四倍に跳ね上がっていたね」


「だからなんだと言うのだ!」


「数値の話さ。君がどんなに頑張っても、筋力は千ちょっと。敏捷は六百そこそこにしかならない。それに対して僕のステータスだけど……」


 エドは話を区切ってニヤリと笑う。


「筋力が一万五千。敏捷に至っては二万に届く」


 その数値を聞いてアーマードが眉をひそめた。


「この圧倒的な数値の開きが何を意味するのか、君にはわかるかい?」


 そう。何があっても自分には敵わない。


 言外にそう告げ、優越感に浸りながらエドは愉快そうに顔を歪めた。

読んで頂きありがとう御座います。

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