072 異界からの来訪者
農地が広がる村の前で足を止め、男は一人溜め息を吐いた。
幼気な面影が残る顔付き、エイブ王国ではあまり見かけない黒い髪に漆黒の瞳。
背丈はあまり高くなく、その体つきもまるで女性の様に線が細い。
とても旅慣れたようには見えない男ではあったが、その男の表情に疲れの色は一切みえない。
人の寄り付かない小さな村。一番近いケルナドの街までも徒歩で進めば半日はかかる山奥の村。
そんなキリエ村を眺める男は、共の一人も連れず馬の一頭も従えずに着の身一つでやって来たのだ。
「つまらなそうな村だなぁ」
男から呟きが漏れる。
けれど、その呟きを聞いている者は一人としていない。
男は歩みを再開すると、目の前の木柵を容易く蹴破り村へと入り込んだ。
男が暫く村を歩き回っていると、畑仕事に精を出している農夫が目に入った。
丁度いい。
そう思い男は農夫へ歩み寄る。
「こんにちは」
軽快な様子で声を掛けられた農夫はビクリと驚き、警戒するような視線を向けた。
この村に余所者がやって来ることは少ない。つい最近、エラー教だかミリアム教だかの英雄と聖女たちがやって来たのだが、彼らは呪いを解くという明確な理由があった。
それも、この村出身の子等が設立した冒険者クラン、デバイスレインが無理を言って招いたというではないか。
では、この男は何なのか。そこらを出歩くような軽装は、稀にやって来る商人や領主に仕える兵士にも見えない。
そう思い、農夫は僅かに顔を顰めた。
「そんなに警戒しないでよ。僕はね、英雄御一行に会いに来たんだ」
「……英雄様に?」
「そう。前にうちの連中が世話になったことがあってね。お礼をしなくちゃいけないから、直接顔を拝みに来たってわけさ」
やや含みのある言い方ではあったが、農夫はその言葉に納得すると警戒を緩めた。
「英雄様は今はいらっしゃらない。昨日少し顔を出されたが、直ぐに何処かへ行ってしまったよ。まあ、その代わりというか、聖女様がケルナドの街から毎日この村に通われているんだ」
「聖女が? 今日もやって来るのかい?」
「多分な。村の北側に建物が見えるだろう。あそこに呪いに掛かっちまった連中を癒しに来てくれてるのさ」
「そうなんだ。じゃあ、あそこで待たせてもらえば会えるかな?」
「今日も来るなら会えるかもな。あんた、この村は冒険者クランが警護してくれてるんだ。聖女様を待つなら、変な誤解を生む前にそっちにも挨拶しといてくれよ」
「ああ。わかったよ」
そう言って男は踵を返すと、軽快な足取りのまま孤児院へと向かって歩き出した。
男が孤児院の前までやって来ると、孤児院手前の施設から冒険者らしき男女が出てくるのが見えた。
男はスルリと木陰に身を隠し、冒険者たちを見つめる。
「レベル十八、二十一、十五……あー、スキルもろくなモノがないなあ」
視界に浮かぶ不可解な数字を読み上げ、男は溜め息を吐いた。
しかし、男の視界に一際数値の高い男が現れる。
レベル四十五。
周囲の者に指示を飛ばすその姿からして、おそらくは彼がリーダーなのだろう。
「あー、なになに? ローレンって言うのか。でも、コイツは違うな。まあ、そうだよね。英雄を名乗るにしちゃあ弱過ぎる」
不可思議な瞳で、相手の名前すら読み取る男。
その男が用いているのは『鑑定』というスキルであった。物や人が持つ情報、または名称を可視化することが出来るスキル。
取得条件が不明なこのスキルを持つ者は少ない。
実のところ『鑑定』というスキルは、異界から呼び寄せられ、神界や冥界より恩恵を賜った者のみが発現させることのあるスキルなのである。
そのスキルを持つ者。
そう、つまりはこの男―――高松英土は、異界からやって来た転移者であった。
アルマスフィアと呼ばれるこの世界とは別の次元に存在する、日本という国からやって来たエド。
その国で彼は、極普通の高校生活を送っていた。
特別なことなど何もない平穏な日々。退屈な日常。
飽き飽きする生活に嫌気がさしていた時、気が付けばエドはこの世界に飛ばされていた。
キッカケなどは覚えていない。この世界に迷い込む直前の記憶すらない。
だが、この世界にやって来て直ぐ、彼は自分が特別な存在であることに気が付いたのだった。
全くこの世界はホントに簡単に出来ている。レベルの概念やらスキルやらステータスやら。個々の能力をご丁寧に数値化してくれているのだから。
その可視化出来る数値を伸ばしていくだけで、簡単に強くなれる。しかも、こちらの世界の住人はその数値が見えないときたものだ。
ヌルゲーも良いところ。おまけにこっちはチートスキルまで持っている。
そのお陰で最初は無双出来るのが楽しかったが、最近はそうでもない。
弱過ぎる敵を相手にすることにも少々飽きた。
エドはそんな風に考えていた。
それ故に、旅の果てに辿り着いた強者の集う組織、『バン・ドルイド』に喧嘩を売る連中に興味が湧いた。
調子に乗っているだけなのか、それとも本当の実力を有しているのか。
少しは自分を楽しませてくれるかな?
そんな期待を胸にエドは木陰から身を出し、孤児院手前の施設へと歩み寄る。
自信に満ちた瞳。彼は、己が敗北する可能性など微塵も考えていない。
何故ならエドは、この世界にやって来た時から絶対無敵のスキルを所持していたのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中天を過ぎた頃に、ヴィレイナたちは揃ってキリエ村までやって来た。
昨日、カインたちがダンジョン攻略に向かった為、残りのメンバーは全員がこちらに来ている。
マリアンは行ってもすることないからお留守番してるよ。何てことを宣っていたが、カインが纏まって行動しろと指示を出していたので、愚図るマリアンをヴィレイナが引っ張って無理矢理連れて来たのだ。
聖女二人の警護も兼ねている為、ジェドとミーアも本日は、デバイスレインではなくマリアンズとして行動を共にしている。
本日は呪いに掛かった者たちに治療を施す最後の日である。
予定では、昨日の内に終わらせる筈ではあったのだが、呪いの原因となるダンジョンへ向かうカインたちをヴィレイナが必要以上に心配した。
そして、彼女が大金貨十枚もする魔晶石に神気を込めた為、回復に一日の時間を要してしまったのである。
実際、神気と魔晶石の相性はあまり良くない為、その魔晶石を使用したところで気休め程度にしかならないのだが、心配するヴィレイナを気遣ってか、カインは快くそれを受け取って行ったのだった。
アーマードが馬車を操縦し、キリエ村の入り口へと停止させる。
そこで、アーマードは首を傾げた。最初にこの村へやって来た時は、デバイスレインの面々が迎え入れてくれたのだが、本日は人の姿が見当たらない。
アーマードが馬車を何処に留めるか確認すると、荷台から顔を出したミーアも首を傾げた。
「おかしいですね。今日はローレンもこちらに来ていると言ってましたから、迎えが来てると思ったんですが」
不思議に思いつつも、ミーアは村に入って左側にある小屋へと誘導し、そこに馬車を停車させる。
「とりあえず孤児院に向かいましょうか」
ミーアがそう告げると、一同は頷き孤児院へと足を向けた。
農地を通過すると、見知った村人たちがそれぞれ挨拶をしたり、手を合わせて拝んだりしてくる。
それぞれと一言二言の挨拶を交わしながら、いつもと変わらない風景を眺め、一行は孤児院へと向かうのであった。
ところが。
「待て!」
まもなく目的地に到着するといった所で、無言で歩を進めていたジェドが急に声を上げて足を止めた。
その真剣な声音に、一同は体を緊張させて立ち止まる。
周囲を見渡すが、おかしな点は見当たらない。目と鼻の先には孤児院と、その手前に建てられた施設が静かに佇んでいるだけだ。
だが。
「おかしい」
ジェドはハッキリとそう告げた。
「どうしたのジェド?」
マリアンが周囲を見渡し、首を傾げながら言った。
「人の声がしない」
「えー。最初に来た時もしなかったとおもうけど」
「違いますよマリアンさん。ジェドは人一倍耳が良いんです。ジェドがそう言っているということは、施設の中から誰の声も聞こえてこないってことなんです」
「えー。じゃあ奥の孤児院の方にいるんじゃないの?」
「そちらまでは聞き取れない。だが、施設の中には静養している奴等がまだいるはずだ」
「みんな寝てるとか?」
「……わからない。様子を見て来る」
言ってジェドは一人、孤児院手前の施設へと向かって行った。
ヴィレイナたちが緊張した面持ちでジェドの帰りを待つが、暫く待ってもジェドが施設から出てくる様子はなかった。
中を確認するだけで、これ程の時間がかかるのだろうか?
そう思い、一行が痺れを切らし始めた頃、ようやくジェドが施設から出て来て一行の元へとやって来た。
安心する一同。しかし、ジェドの表情は優れない。
眉間に深く皺を刻み、苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。
「直ぐに村を離れた方が良い」
苦しげに言い放つジェド。その様子から何かがあったことだけは察することが出来る。
「ジェド。何があったの?」
「知らない方が良い」
「ジェド!」
マリアンが強く声を上げると、ジェドは直ぐに諦めた。
冷静に考えれば、今隠したところで直ぐに知れてしまう。それならば、現状の情報は共有した方が良いはずなのだ。
だが、ジェドはおそらくマリアンたちに気を使ったのではない。今、己の瞳で目にしたことを口に出したくなかったのだ。
「呪いの進行が軽度だった奴等が、全て石化していた……」
「なっ! どうしてですか! ローレンたちは? みんなは何処へ行ったんですか!」
「……ローレンたちは重症だ。ポーションを飲ませたから、命に別状はないと思うが……カデナとアンサンは……もう」
その話を聞くや否や、ミーアが施設に向かって駆け出した。
「待て、ミーア!」
ジェドの制止を無視してミーアは一人施設へと向かう。
「行こう! ミーアを追い掛けなきゃ」
珍しくマリアンが真面目な表情で言った。
その言葉に一同は頷き施設へと急ぎ向かった。
施設の中は凄惨な状態だった。
元は人間であったであろう石像が立ったままの状態で二つ、寝台に寝そべったままのものが二つ出来上がっている。
ひび割れた煉瓦造りの壁に、もたれ掛かるように背を預け意識を失っているローレン、ラット、メイ。そして、胸元から血を流し、床に横たえている者が四人。
その中には、デバイスレインのカデナとアンサン。そして、ヴィレイナが最初に浄化を施した少年、ニトルの姿があった。
「……そんな」
ヴィレイナがショックでよろけ、トリティがそれを支えた。
施設に足を踏み入れたミーアも、その光景に呆然と立ち尽くしていた。
余りの状況に思考が朦朧とし、金縛りにあったかのように動けなくなっていた一同であったが、鋭い声に意識を引き戻された。
「まだよ!」
マリアンが大きな声を上げる。
「胸元の血がまだ流れ出てる! 今ならまだ助けられるかも知れない!」
その言葉に呆然としていた一同はハッとした!
「ジェドとアーマードは有りっ丈のポーションを出して周囲を警戒して! ヴィレイナは石化した人の浄化を! 少しでも魔力が感じられる人を優先! ミーアとトリティは傷口を圧迫してポーションを流し込んで! 傷口が塞がったら心臓マッサージと人工呼吸! 全員は助けられないわ! 助かりそうな人を優先して!」
マリアンの言葉に全員が一斉に動き出した。
「一人でも良い! 助けるわよ!」
その力強い言葉は、絶望に砕けそうになった心を強く繋ぎ止めた。
読んで頂きありがとう御座います。




