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070 平和な日々は騒々しくもある

 一の鐘が鳴り響く音でカインは目を覚ました。


 普段であれば朝日が昇る時間には目を覚ますのだが、昨晩はどうやら飲み過ぎたようである。


 昨晩の飲み比べでバッカーが顔面から机に突っ伏した後、八人目を抜いたところまで確かに記憶が残っているのだが、その後が曖昧、というか全く覚えていなかった。


 勝者が誰であったのか。どうやって宿まで戻り、ベッドに入り込んだのかその辺りの記憶は思い出せそうにない。


 『酒豪』スキル上げの為とはいえ、随分な量を飲んだ気もする。飲めば飲むほどに耐性が上がっていくような感覚に酔いしれて、少し調子に乗った感も否めない。


 お陰で目覚めは最悪で、一夜明けた今でもズキズキと頭痛が響いてた。完全な二日酔いである。


 身体もなんだか重たく、沈み込むベッドから起き上がれそうにない。


 具合は最悪と言っても良いぐらいではあったが、唯一の救いは柔らかなベッドと肌に当たるムニッという心地良い感触だけである。


 カインが手に当たる弾力のあるなにかをムニムニともてあそんでいると、突然「ひあっ」という悲鳴が鳴った。


 その声を聞いた瞬間。ハッと我に返ったカインは状況を察した。


 また、アイツは人のベッドに潜り込んで!


 そう思いマリアンを叱ろうとしたカインであったが、起き上がる事が出来なかった。


 身体が重くて力が入らない? いや違う。


 物理的に身体へ何かがからみ付き、身動きが取れないのである。


 何事だ! と思いカインが自身に絡みつく何かに視線を向けた時、その表情は凍り付いた。


 見れば、カインにがっしりと抱き着く形で三人の少女たちが寝息を立てているではないか。


 しかも、一糸(まと)わぬ姿でだ。


 流石のカインもこの状況には動揺した。


 左からマリアンが腕に抱き着き。右からはミーア。カインの胸元に顔を(うず)めてヴィレイナが足を絡めている。


 先程の悲鳴のような声は寝言だったらしく、幸いにも少女たちは夢の中である。


 カインは右手で掴んでいたミーアの臀部(でんぶ)からそっと手を離し、体を(よじ)ってベッドから抜け出そうとする。しかし、予想以上にヴィレイナがしっかりと足を絡めている為、容易には抜け出す事も叶わない。


 少しでも強引な行動を取れば、寝ている少女たちを起こしかねないのだ。


 カインは必死になって打開策を考えた。


 だが、ぐるぐると頭の中を巡る、どうしてこうなった。俺は何をやらかしたんだ。という思考が邪魔をして、妙案は思い付かない。


 記憶がないことは本当に恐ろしい。お酒怖い。お酒やばい。


 『酒豪』の為とはいえ、ファライヤにのせられて飲み比べなどするべきではなかった。


 そんな後悔が頭をよぎった際、カインはあることに気が付いた。


 カイン成分が足りないと言ってやさぐれていた彼女。その彼女が急にニマニマ笑い出すその姿。


 カインに飲み比べをさせることだけで、あの性格の悪い女が果たして満足するだろうか。


 カインを困らせることに掛けてはマリアンにも勝るあの女が、その程度のことで張り切りだすのだろうか。


 その考えに行き当たったカインは確信する。


 ファライヤは、カインだけでなく三人の少女たちをも酔い潰し、この状況を作り出す為に飲み比べなどという催しを行ったのだ。


 考えてみれば不自然である。


 カインたちはこの宿に男二部屋、女一部屋の三部屋を借りている。その一室をカインたちが陣取り、あることないことをやったとするならば、ここまで器用に四人が同じベッドで寝ている状況もあり得ない。


 他の連中はこの状況に気が付かなかったとでもいうのであろうか。


 ファライヤがニマニマとほくそ笑んでいる姿が頭に浮かんで、イラッとさせる。


「あの女!」


 思わず大きな声を上げてしまい、カインはしまったと後悔した。


 カインの上げた声に反応し、ミーアが目をこすりながら目を覚ましたのだ。


 ミーアは頭が痛いのか、顔を(しか)めて額を押さえると身近にあったカインの腕に抱き着いて顔を(うず)める。


 しかし、直ぐに違和感に気が付いたのか、ハッとして顔を上げた。


 カインとミーアの目が合う。


「……お、おはよう」


 平静を装ってカインが言うと、ミーアは反射的に「あ、おはようございます」なんて平然と応えたが、直ぐ状況を察してガバッと起き上がった。


「な、な、な……なんでカインさんがここに!」


 顔を真っ赤にして動揺するミーア。服を着ていな為、あまり発育のよくない、あんなところやこんなところが丸見えである。


 カインは誤解を解いて、そのことを伝えようと声を上げようとするが。


「きゃっ!」


 そんな悲鳴に遮られた。


 どうやらミーアの声でヴィレイナも目を覚ましたらしく、起き上がったヴィレイナは直ぐに状況を察し体を隠すようにカインへと抱き着いたのだ。


「なっ、ど、ど、どうして……」


 ヴィレイナの柔らかな体を押し付けられ、平静を装っていたカインも動揺を隠しきれなくなった。


「ま、待て! ヴィレイナ。そんなにくっつくな!」


「で、ですが、私、服……着てなくて」


 カタコトになるヴィレイナ。そんなヴィレイナの言葉で、ミーアも自分が服を着ていない事に気が付き胸元を隠して(うずくま)った。


「カインさん! なんてことを!」


「いや、誤解だ! 待てお前ら落ち着け!」


「えー。カインも中々やるのね」


 いつの間にか起きていたマリアンは一人、冷静にそんなことを言った。


 普段はアホなことばかりするマリアンであったが、今回ばかりはその存在が有難い。


 なにせ、全裸のヴィレイナに抱き着かれたこの状況では、間違いなく愚息が反応していたであろう。


 だが、マリアンが(かたわ)らにいてくれるお陰でギフトが発動し、カインの劣情を抑制してくれている。


 カインのギフトが初めて役に立った瞬間であった。


「マリアン。お前は状況を理解してるのか!」


「うーん。昨日はお楽しみでしたね?」


 首をかしげながらマリアンはそんなことを言う。


 ヴィレイナは「やっぱり」と呟きながら顔を真っ赤にして、カインに強く抱き着き。ミーアは蹲ったまま石化したように動かなくなった。


 やはりこの少女の存在は有難くないかもしれない。


 カインはそんなことを思った。



 一方、宿の隣にある空き地では、ファライヤが鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌な様子を見せていた。


 ファライヤの眼前には、息を切らしながらバッカー、ウルスナ、ルクス、リンドー、ジェド、そしてアーマードが膝を折って地ベタに這いつくばっている。


 彼らは早朝より叩き起こされ、訓練の名の下にファライヤにしごかれているのであった。


「だらしがないわね。六人掛かりなのだから、せめて一撃ぐらいは当てて欲しいのだけれど」


「そうは言うがな姉御。こっちは二日酔いでたまったもんじゃねえんだが」


「実践で二日酔いを言い訳に出来るのかしら?」


 言い返されて、ルクスはうなるように沈黙した。


「俺様はまだ終わってないぜ!」


 そう言ってバッカーが立ち上がる。


「せめて一撃入れてやる」


 アーマードもムキになっているのか、のそりと立ち上がった。


 それを見て、一同はそれぞれ思うところがあったのだろう。


 再度、気合いを入れ直し、ファライヤに一矢報いる為に立ち上がる。


 とそこで、一人の男が大声を上げながらこちらに向かって駆けて来た。


「ファライヤてめえ! 今日という今日は許さねえ!」


 怒りをあらわにして駆けて来たのはカインであった。


 その後ろからはヴィレイナとミーア、マリアンが追ってくる。


「ファライヤさん何てことしてくれたんですか!」(ありがとうございます!)


「ファライヤさん何てことしてくれたんですか!」(何てことしてくれたんですか!)


 微妙にニュアンスが違ったが、ヴィレイナとミーアはファライヤに向かって同じ台詞を叫んだ。


「お前ら手を貸せ! その女のニヤケ面を引きつらせるぞ!」


 カインの言葉に同調するように、その場の面々は声を上げてそれに応えた。


 そして、ファライヤは自身に立ち向かってくるカインたちを、心底愉快そうに迎え撃つ。


 くして、ファライヤ対マリアンズの壮絶な戦闘が始まるのであった。


 身体強化の魔術を惜しげもなく使用し、全力で立ち向かう一同。


 いつものようにイケイケーと野次を飛ばすマリアンと心配そうに見つめるヴィレイナ。


 その様子を窓際のテーブルで、お茶をすすりながらミズシゲとゲンゴウは眺めていた。


「……今日も平和ですねゲンゴウ」


「……うむ。美味い茶だな」


 外では爆音と怒号が響きわたる中、二人は穏やかな様子でそんなことを述べた。


 その様子を一人、顔を引きらせて見守るトリティ。


 彼女は思う。マリアンズには、まともな奴なんていないのではないだろうかと。


 そして、カインたちは結局、奮闘空しくもファライヤに六つの身体強化を使わせたところで力尽きたのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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