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007 美麗なる戦士の誘い

「お前は留守番だ」


「なんでよ!」


 昼も過ぎようとしている時間帯に白羊館の一室で、カインとマリアンの言い合う声が響いた。


 午前中の間にカインは一人、夢満亭に残していた装備を回収し、迷宮で得た魔物の素材などを換金して回った。その後、昼食を摂りに一度白羊館へと戻ってきたのだが、午後は魔晶石に魔術を込めて貰いに魔術師に会いに行くといったところで、マリアンが付いていくと我儘を言い出したのだ。


「お前は、騒がしい上に目立ち過ぎる。人目に触れないように宿から一歩も外へ出歩くな」


「フードを被っていれば目立たないでしょ!」


「そのはずだが、昨日お前は何度騒動を起こした!」


「三回!」


 悪びれもせず、元気に答えるマリアンにカインはジト目を向ける。


「ちゃんとわかってるじゃないか。だから置いていく」


 それでも抗議を重ねようとするマリアンにカインはきつく言い聞かせるよう言った。


「お前は一歩も外へ出歩くな! これは命令だ! いいか絶対に出歩くなよ! 絶対にだぞ!」


 カインにそう言われると反抗的な姿勢を崩し、何故か納得顔で素直に応じたマリアン。


 ようやく納得したかと安堵の息を漏らすカインだったが、カインはまるで気が付いていなかった。


 しっかりと念を押したはず自分の言葉が、盛大な前振りになっていることに。





 八の鐘が鳴った頃、カインは宿を出発し再び冒険者ギルドへと足を向けた。


 ギルドの扉を潜り、相変わらず視線を向けてくる冒険者たちを一瞥し、見知った顔が居ないか目線を向ける。


 昨日とそれほど顔ぶれが変わらないことを確認した後、受付でデバイスレインについて新しい情報がないかを再度確認し、ラインで仲間から連絡が入っていないかどうか、それも確認しておく。


 カインが仲間に送った伝言は、相変わらず緑色のままで内容が伝わった様子はなかった。


 直ぐに冒険者ギルドを後にし、カインは空の魔晶石に魔術を込めて貰う為、その足で昨日紹介してもらった魔術師のところへと向かうことにした。


 魔術士の家は、ボルドの南端にある城壁の近くにあった。


 活気のある中央部とは違い、この辺りは人通りが少ない。


 というのも、一年ほど前に起きた魔獣騒動のお陰で瓦解した建造物が多く、人の住める建物がそれほど多く残っていないという事情もあった。


 当時、この辺りに居を構えていた住人は大半が中央へと移住してしまい、重要な施設も拠点を移した為、再建の目途がなかなか立たずに未だ放置され、半ばスラムのような環境となっていた。


 そんな崩れ掛けた建物が立ち並ぶ環境でも、魔術士の家だけは違和感が残るほど小奇麗に整っていた。


 手入れの行き届いた庭を通過して、重圧な扉の前までやって来る。ノックすると、使用人らしき人物が現れ、抑揚のない声で対応してくれた。鉄仮面の様にピシリと張り付いた表情ではあったが、意外なほど丁寧な口調で、魔術師は十一の鐘が鳴る頃には戻ると教えてくれた。


 鐘二つ分は時間が余っていたが、することもないのでカインはそのまま魔術師の家で待たせて貰うことになった。


 待合室の様な場所へと通され、給仕係が洗練された所作でお茶を出してくれた。カインと同様に魔術師の帰りを待つ者が多い為か、手慣れた対応であった。


 表情は入口で対応してくれた使用人と同じで、変化に乏しい。しかし、対応自体は非常に丁寧であった。


 しばらくの間、適当に時間を潰していると、部屋に一人の女が入ってきた。


 女性にしては長身のその人物は、首元まで覆う黒地の肌着に、袖が無く、膝丈にも満たない短い長さの衣を羽織っていた。腰帯をキツク締めているせいか、豊満な肉体のラインがよくわかる。


 東国で愛用されている和装の類だと思われるが、手足に付けた頑丈そうな手甲と脛当てをみるに、武芸に携わるものだということが伺える。


「こんにちは」


 女は柔らかい表情で、挨拶をしてくる。カインも愛想よく挨拶を返すと、その女性はカインの対面に腰下ろした。


「さきほど、冒険者ギルドにいたかしら?」


 そう声を掛けられて、カインは思い至った。


 カインが冒険者ギルドに足を踏み入れた際、デバイスレインの冒険者がいないか一通り確認をした。その時、窓際で珍しい服装をした冒険者に目が行ったのをよく覚えていた。


 確か昨日は、若い冒険者に勧誘を受けていたようにも見えたが、誘いは断ってしまったのだろうか。


「ああ、そういえばあんたは窓際のテーブル席にいたな。美人だったからよく覚えてるよ」


「うふふ。お上手ね。名乗っていなかったわね。わたしはファライヤよ」


「俺はカインだ。以後お見知りおきを……っと、ここの魔術士ではないよな?」


「ええ。一介の冒険者よ。魔晶石に魔術を込めて貰おうと来たら、どうやら留守だったみたいね」


 整った顔立ちで柔らかく微笑んだファライヤは、冒険者にしておくのは勿体ないほどに美しかった。


 カインはソワソワとした気持ちを抱きながらも、軽い挨拶を交わした後、暫しの間ファライヤと談笑しながら魔術士の帰りを待つのだった。


 丁度十一の鐘がなった時、魔術士が帰って来た。


 カインが魔晶石になんの魔術が込められるか確認したところ、『水球』、『火球』、『水槍』、『爆風』が可能だという回答が帰って来たので、カインは『爆風』と『水槍』を三つずつお願いした。『水球』と『火球』はまだ余剰が残っているので残りの魔晶石は空のままにしておいた。


 ファライヤは、どうやら必要な魔術がなかったらしく、魔術を込めて貰うことはしなかった。


 そして、幾分か時間が掛かった為、外に出ると日は落ちており、辺りは既に暗くなっていた。


 人通りの少ないこの辺りで、今まで通りの腰にした短剣だけというのも落ち着かないので、カインは『圧縮』の魔術の掛かった腰袋から大剣を取り出し背負った。


 ファライヤもカインの行動を不思議がる様子もなく、自然な動作で手甲から短刀を取り出し腰にいた。


 カインがファライヤを宿まで送ろうかと声を掛けると、


「折角なのでこれからどうかしら?」


 と、ファライヤは酒をあおる仕草でカインを誘ってきた。


 長いこと待たされたこともあってか、カインとファライヤはそれなりに打ち解けていた。


 カインはしばし考える。


 脳裏には、宿に残してきたマリアンの姿が浮かんだ。


 そして、顔は良いが騒々しい我儘娘と、大人の魅力をかもし出す妖艶な女性とをはかりに掛けた結果。


 あっさりと大人の女性が勝利した。


「それじゃあ折角だし、行こうか」


 そう言ってカインはマリアンのことを記憶の片隅に追いやり、ファライヤと一緒に酒場へと向かうのだった。





「ゼレー湖の周辺に、ウォー・グランドの群れが出現するから、狂玉が欲しいなら行ってみるといい。戦闘しなくても拾えることがある。ああ、だが、ソロだと厳しいから行くならパーティーを組んで行けよ」


「そうなの? 薬の調合に少し欲しいわね。商人から買うと随分割高になってしまうし」


「まあ、無理して摂りに行くほどではないけどな。単体で狩るよりは効率が良いってだけだ」


 カインとファライヤは酒を交わしながら、情報のやり取りをしていた。


 気心の知れた冒険者同士では、こういった細かい情報の交換が頻繁に行われている。


 旨味のある情報を垂れ流すような輩は流石にいないが、自分に必要のない情報を他の冒険者とやりとりすることによって、広い知識を蓄えるのが冒険者を長く続けるコツでもあるのだ。


「テンペストのふもとに、未開のダンジョンがあったわ」


 ファライヤがおもむろに言った。


「未開? そんな情報教えて大丈夫なのか?」


 カインの心配はもっともであった。


 ダンジョンというモノは宝の山だ。希少な鉱石や珍しい植物。魔力をふんだんに溜め込んだ魔晶石や様々な素材となる魔物も多く生息している。


 他の冒険者に荒らされていないダンジョンなど、正に値千金の価値があると言える。


 それほどの価値がある情報を、普通は出会ったばかりの相手に教えたりはしないのだ。


 しかし、価値があるとは言っても、当然ながら危険も多い。


 階層が深くなるごとに強力になる魔物や罠。深度が深ければ、踏破とうはする為に何か月もの月日を掛ける必要も出てくる。


「ええ。問題ないわ。ソロの私にはダンジョン攻略なんて難しいもの」


「パーティーを組めばいいだけだろう?」


「そうなのだけどね。中々いないのよ。私のことを戦士としてみてくれる人って」


 そう言われて、なるほどとカインは思った。


 確かに、ファライヤは見た目も美しく、豊満な身体つきもその魅力をより引き立てている。


 冒険者のランクもカインと同じくBクラスであることから、それなりの実力を備えていることはうかがえるが、どちらかと言えばその美貌(びぼう】に興味を持つ男の方が多いのだろう。


 昨日、冒険者ギルドでは、冒険者たちになにやら声を掛けられているところを目撃している。


「そういえば、ギルドで若い冒険者に絡まれてたな」


「あら。みていたのなら助けてくれればよかったのに」


「困っているようには見えなかったんだよ。それに、戦士としてみられたい奴が乙女みたいなことをいうな」


「ふふ。戦士と言っても、素敵な殿方に助けられたい願望もあるのよ」


 そう言ってファライヤは、舌なめずりをしながら怪しく笑った。


 誘うような視線と余裕のある態度が、なんともなまめかしい雰囲気をかもし出している。


 カインは、僅かに頬を染めて視線をらした。


 その様子をみて、ファライヤはからかうように自分の胸元を寄せて、二つの凶器を強調して追撃を掛ける。


 その破壊力はマリアンの誘惑よりも強烈であった。まあ、マリアンの場合は、芝居がかった態度の所為か、持ち前の美貌を生かしきれず、どうにも残念な結果にしかならないわけだが。


「誘ってるのか?」


「ええ。誘ってるわ。あなたとなら相性も良さそうだし。二人でそのダンジョンに行く。なんてどうかしら?」


 あ。そういう意味ですか。とカインは自分がなにやら勘違いをしていることに気が付いた。


 ファライヤの思わせぶりな態度からして、ワザとやっているのだろうが、その妖艶ようえんな仕草に踊らされたことに、若干恥ずかしい気持ちになる。


「なんならベッドの相性も試してみるかしら?」


 挑発的な言動を続けるファライヤに対し、カインは理性が吹き飛びそうになったが、何とか精神力で取り持った。


 天秤の塔を攻略する以前であれば、その誘いは非常に魅力的であった。いや、今でも十分魅力的ではあるのだが、塔の攻略者となった今となっては、非常にむずがゆい。


 ファライヤはパーティーを組むことを前提に誘っているのである。


 その誘いを受けてしまえば当然、以後行動を共にしなければならなくなる。だが、カインは攻略者として仲間たちに清算しなくてはならない責務もあるし、今後の予定のこともある。


 誘惑に負けて、安易に仲間を増やして良い状況ではないのだ。


「遠慮しておこう」


「あら残念。振られてしまったわね」


 別に残念だとは思っていない様子でファライヤがクスクスと笑いを溢しながら言った。


「予定が詰まっていてな。ダンジョンも魅力的だが、一先ずはそちらをかたずけなくちゃいけない」


「あら? 魅力的なのはダンジョンのほうだった?」


 カインが誤魔化そうとしているところをファライヤが意地の悪い笑顔で茶化すように言った。


「ったく。戦士として見られたい奴が女を売りにするな」


「確かにその通りね」


 カインの言葉を聞いて流石にやり過ぎたかと反省したのか、ファライヤは眉を下げて肩をすくめた。


「ねえカイン。差支えなければあなたのことを教えてくれないかしら?」


「俺の何が聞きたいんだ? 大した話は出てこないぞ」


「そうねえ。差し当たっては、女の好みとか、かしら」


 全く反省してなかった。


 このあともカインはファライヤに散々いじり倒され、あることないことを根掘り葉掘り聞かれたのだった。


 冒険者として、個人の能力や今までの経緯について聞くことはマナー違反である為、そう言った情報は一切求められなかったが、好みの胸の大きさや、好きな体位など、下品な内容が多かったので、カインの精神力は大きく削られて行くこととなった。




 ほろ酔い気分で酒場を後にした二人は、荒れ果てた廃屋が並ぶ通りを歩いていた。


 人気の多い大通りを通った方が安全ではあるが、宿場までの道のりはこちらの方が近い。


 多少治安が悪かったとしても、Bクラスの冒険者が二人いれば早々危険な状況におちいることはないと結論付けて、二人はこの通りを戻ることにした。


 夏場は過ぎたとはいえ、昼間はまだ蒸し暑い季節ではあったが、日が完全に沈むと夜風はそれなりに冷たく感じた。


 程よく酔いの回った体には夜風がとても心地よかった。


 とそこで、カインは微かな違和感を覚えた。


 咄嗟とっさに周囲を警戒するが、人の姿はおろか物音一つ聞こえてくる気配はなかった。


 しかし、ぬぐえぬ違和感がいつまでも意識を離れない。

 

 カインの探知能力は特別高いわけではないが、相手に違和感を与えてしまうような未熟者を探し当てられないほどではない。

 

 完全に気配を消されてしまった相手を探知するのは難しいが、そもそも、それほどの技術を持った者がカインに微かでも違和感を与えるとは到底思えない。


 では、今でも感じる、なんとも言えないこの感覚の正体はなんなのであろうか。


 そう思い、カインは首をかしげて考えた。


 目の前では優雅に歩を進めるファライヤ。その姿は決しておかしなものではなく、カインの様になにかを感じている素振りもない。そして、周囲からは何者かが潜んでいるような気配は一切感じられない。


 気配が、ない?


 そう考えたとき、カインは自身が感じている違和感の正体にようやく気が付いた。


 気配ではない。音だ。


 しかも、それは本来あるべきはずの音がないことに対する違和感であった。


 カインの眼前を優雅に歩いているファイラヤからは、一切の足音が鳴っていないのだ。


 行動を共にしているにも関わらず、一人で歩を進めているような感覚におちいっていた。それが違和感の正体。


 ファライヤはカインの直ぐ近くを歩いているにもかかわらず、まるで宙に浮いてでもいるかのように、かすかな足音も響かせていないのだ。


 さらに。そんな独特の歩き方を得意とする職業にカインは心当たりがあった。


 足音を立てない歩法。


 それは、暗殺や諜報を生業とする者達が得意とする『運足』という技術だ。長い年月を掛けて厳しい訓練の末に会得するその技術は、取得方法が秘匿ひとくされており、一般的な鍛錬では決して修得することはできない。


 そんな技術を修得した者がカインに近づいてくる理由に、今は心当たりが有り過ぎた。


 そして、ファライヤの言動が走馬灯のように蘇る。


 欲しい魔術があって魔術士を訪ねて来た。けれど、結果としてファライヤが必要としていた魔術を魔術士は扱うことが出来なかった。


 果たしてそんなことがあり得るだろうか。カインは魔術士が扱える魔術の中から見繕みつくろうつもりだったので、魔術師がどんな魔術を扱えるのか特に気にはしていなかった。


 だが、ファライヤは目的の魔術があったはずだ。商売としてやっていることもあって、あの魔術士が扱える魔術は秘密にはされていない。つまり、調べようと思えば足を運ぶまでもなく調べることができたはずなのだ。


 なのに、ファライヤは無為になるかもしれない時間を、わざわざカインと待合室で過ごすことに使用した。


 ぞわりとカインの背筋に冷たいものが走った。

読んで頂き、ありがとう御座います。

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