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069 酒豪で勝負

 宿屋にて、カインが地図を広げてうなっていると、またもや階下から騒々しい声が聞こえて来た。


 朝方にエラー教会の神官がやって来た時よりも騒がしく、随分と大人数で誰かがやって来ている様子だ。


 何事かと思い、カインは広げていた地図を丸めて仕舞うと直ぐに部屋を出た。そして、カインが階下へと降りると、そこにはローレンを筆頭にデバイスレインの面々の姿があった。


「カイン! 遅くなってすまない」


 ローレンがそう言うと、後ろに控えていたデバイスレインの面々が一斉にひざまずき頭を下げる。


 先頭のローレンも膝を折って頭を下げると、改めて口上を述べる。


「英雄カイン・マークレウス様。この度は我々の同胞を救う為、遠路遥々この辺境の地へお越しくだいまして、我々一同多大なる感謝を申し上げます」


「やめろ、気持ち悪い。お前はそんなキャラじゃないだろう」


 カインが述べると、ローレンは顔を上げて口元を緩める。


「感謝しているのは確かだ。この感謝の気持ちをどうやって表せば良いのか俺にはわからない」


「約束しただろう。感謝してるってんなら、酒の一つでも奢って礼を言えばそれで良いんだよ」


「……そうか。ありがとうカイン。約束を守ってくれて」


 そう言って差し出したローレンの手をカインは力強く握る。


「まだ、何も解決しちゃいないがな」


「それでもだ。俺たちでは叶わなかったことだ」


 そう言ったローレンの瞳はわずかではあったが、うるんでいるようであった。



「ところで、聖女のお二人は何処に? お二人にも礼を言いたい」


「マリアンは部屋でゴロゴロしてるが、ヴィレイナの方はまだキリエ村から戻ってない」


「そうか、くつろいでいるなら邪魔するのも悪いな。今晩うちのクランで酒宴を設けるから、聖女様とお仲間を連れて来てくれないか? そこで改めて礼を言いたい」


「祝うには気が早いと思うが、折角の誘いだ。相伴しょうばんに預かるとしよう」


「ああ、待っている」


 そう言って、ローレンが頭を下げて宿を後にすると、デバイスレインの面々もそれぞれがカインに頭を下げて退出していった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「カンパーイ!」


 喜びの声を上げて、それぞれが杯を打ち鳴らした。


 マリアンズ一同はデバイスレインの本部として使われている施設に招かれ、酒宴の席を設けられていた。


 聖女二人と英雄であるカインに、それぞれが礼を述べにやって来たのち、ローレンの音頭により宴は始まった。


 酒樽がいくつも並べられ、デバイスレインの面々だけではなく、街の有力者や冒険者たちも顔を揃えている。


 様々な料理の数々は、キリエ村や街の人々が総出で用意してくれたものらしい。


 マリアンとヴィレイナの周りには人だかりができ、それぞれが質問攻めにあっている。


 マリアンは相変わらず上手く対応しているようだが、ヴィレイナは慣れないのか困惑した様子ではにかんでいる様子が見て取れる。かたわらのトリティが捲し立てる連中を懸命に牽制しているようだが、あまり効果があるようには見えなかった。


 カインの方にも幾人かが話をしにやって来ていたのだが、何故だかその数はポツリポツリと減っていき、今では近付こうとする者もいなくなっていた。


「なあ、ファライヤ。重たいんだが」


 宴も半ばに差し掛かった頃、カインの隣にやって来て肩に腕を回し、しな垂れるようにして杯をあおっているファライヤ。別に酒に酔っているわけではないだろうが、その目はややわっているように見えた。


 そして、無言でカインにまとわりつきながら、威圧的な雰囲気をかもし出すものだから、カインを取り巻いていた人々は一人また一人と席を外していったのだ。


 余程肝のわっている者でなければ、その場に留まりたくもなくなる。


「相変わらずねカイン。どうしてあなたは女性に対してそんな発言ができるのかしら?」


「お前が相手じゃなかったらそんなことは言わねえよ」


「あら? それは私に心を許してるということかしら?」


「違う、逆だ! 突き放しているという方が正しい!」


 そう言われて、ファライヤはカインの肩に回した手にぐぐぐと力を込めた。


 カインの体が引き寄せられ、先程から気になっていた柔らかな感触が、押し潰されるように強く当てられる。


「嫌なのかしら?」


「当たり前だ。お前がそうやって俺に近付いて来るときは、良からぬことをくわだてている時だろうが」


 カインがそう言うと、ファライヤは腕の力を抜いて大きな溜め息を吐いた。


 その珍しい反応に、カインも若干困惑の表情を浮かべる。


「……どうした? らしくないな」


「そうね。少し成分が不足しているみたいなのよ」


「……成分?」


「ええ。あなたがいきどおりを見せる度に満たされていた、カイン成分がこのところ不足しているのよ」


「お前はとんでもないモノを糧にしているなっ!」


「ふふ、今ので少し回復したわ」


「……お前を喜ばせるのは不本意なんだが」


「仕方ないじゃない。一日に三カインはないと、健やかな日々が送れないのだから」


「勝手な単位を作るな!」


 そう言ってカインは杯に満たされていた酒を一気にあおった。そして、ファライヤを牽制するようにダンッと音を立てて杯を置く。


「あら? 結構キツめのお酒だと思ったけれど、大丈夫なのかしら? あまり強くはなかったでしょう?」


「そうなんだが、今日は特に体の調子が良い。そのせいか余り酔いが回らないんだ」


 カインがそう言うと、ファライヤはしな垂れていた体を離し、顎に手を当ててなにやら考え込んだ。


「……カインあなた。スキルレベルの合計値が百を超えたのではないの?」


 何? と思ったカインであったが、思い当たることもあった。今朝方、刀を振るっていた時のことである。ミズシゲの前で真似るように刀を振っていた時は、まるで成長していなかったように思われたが、今朝方一人で振っていた時はコツを掴んだように太刀筋が鋭くなっていくのを感じた。


 と言うことはつまり、今朝の鍛錬により『刀術』のスキルレベルが上がり、そのレベルによってスキルレベルの合計値が百に到達したのではないだろうか。


 カインはそう考える。


 スキルは決して可視化出来るモノではないが、カインたちはマリアンとファライヤの知識により、その構成をある程度は把握している。


 スキルレベル百に到達した際に得られるEXスキル『才能』。この効果により、通常は途方も無い経験値を必要とするスキル上げを、短縮することができるのだ。


 強くなる為に必要な最初の壁を越えたことに、カインは珍しく気持ちが高揚するのを感じた。


「百を超えたと言うのならば、飲まなければ駄目ね」


 そう言ってファライヤは自分の杯をカインに突き出した。


「何を言ってるんだお前は?」


「アホね。『才能』を会得できたのならば、次はEXスキルとマスタリースキルを狙って獲得していくに決まっているでしょう。前にも言ったけれど、『鍛治』と『斧術』と『酒豪』のスキルを全てレベル五にすればEXスキル『豪腕』が手に入るわ。目の前に酒があるというならば、『酒豪』を上げる為に飲むしかないでしょう?」


 そう言われてしまうと反論の余地も無い。

 カインは差し出された杯を受け取り、それも一息に呷ってテーブルに置いた。


 別にこの程度ではどうやら問題はないようである。


 そんなカインの姿を見ていたファライヤであったが、急にいつものニマニマを浮かべると立ち上がった。


 その様子に会話を弾ませていた者たちの視線が集まる。

 幾人かの視線が集まっていることを確認すると、ファライヤは大きめの声を上げた。


「飲み比べをやるわ! 我こそはと思う者は来なさい。見事カインに勝つ事が出来たら……そうね」


 ファライヤは、何やら思案するような仕草を見せると言った。


「金貨一枚を進呈しましょう」


 何処から取り出したのか、ファライヤの指先には金貨が一枚挟まれていた。


 それを見た酒宴の参加者たちは、歓声を上げる。


「あなたたちも参加して良いのよ」


 ファライヤはマリアンズの面々にも視線を向けて言う。しかし、ファライヤの性格を理解している彼らは、警戒の色を隠せない。ところが。


「あなたたちが勝ったら、マリアンかカインに一つお願いごとが出来ると言うのはどうかしら?」


 ファライヤがマリアンに視線を向ける。すると、マリアンは理解しているのかいないのか、得意顔で親指を立てた。


 それを見たマリアンズの面々は、ガタンッと椅子を倒して立ち上がった。


 ミズシゲとゲンゴウ以外全員である。

 どんな思惑があるのか、その中にはヴィレイナや既にふわふわしているミーアの姿もあった。


「列を作って並びなさい。最終的にカインを降参させた者が勝者よ」


 ファライヤがそう言うと、それぞれが牽制し始める。


 勝負をするなら早い順番が良い。しかし、カインの力量がわからない為、ある程度酔わせてから挑みたい。


 そんな思惑が見え隠れするが、酒に自信のある者は一人目で勝利をもぎ取ってしまえばいいのである。


 自信に満ち溢れた男―――バッカーが一番手を名乗り出た。


「悪いなカイン! マリアンちゃんへのお願いごとは、俺様が頂いたぜ!」


 がははと笑うバッカーに続くように、我先にと挑戦者が列を作る。


 一連の出来事を呆気にとられて眺めていたカインであったが、気が付けば場は盛り上がり断れる雰囲気ではなくなっていた。


 この女は毎度、毎度!


 そう思いファライヤを睨み付けるが、ファライヤは相変わらずのニマニマ顔で顎をしゃくった。


 やれということらしい。


 そして、カインとバッカーの前にはなみなみと注がれた酒が置かれる。


「ええい! こうなりゃヤケだ! かかって来い!」


 歓声が巻き起こり、飲み比べ勝負がここに幕を上げるのであった。

読んで頂きありがとう御座います。

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