068 散歩道の先にあるもの
教会からの帰路の途中で、人だかりが出来ていた。
どうやら屋台が出ているらしく、人々は行列を成して並んでいる。
香ばしい匂いが辺りを満たし、昼食前の胃袋を刺激してくる。
「ねえ、カイン。わたし焼きモロコシ食べたい!」
マリアンが指差す方を見ると、屋台の看板には取り扱う品が雑に書かれており、その中に焼きモロコシという一文も見てとれた。
値段は全品銅貨一枚らしく、この辺りの相場でいっても随分と安い。小腹も空いたしこれくらいなら良いかと思い、カインは屋台に並ぶことにする。
「アーマード、お前も食うか?」
教会でも一言も発することなく、岩の様に付いて回る男へと確認する。いや、実際岩は付いて回ったりはしないのだが。
「いや、俺はいい」
首を振る岩……ではなく、アーマードは、そう言うと屋台から少し離れたところで腕を組んで仁王立ちした。
どうやら、屋台に並ぶ気はないらしい。
カインはマリアンと列に並び、暫しの時間を待つ。そして、カインたちの順番がやってきて、屋台の前に立つと威勢のいい声が掛けられた。
「へいっ! らっしゃい!」
愛想よく振る舞う男を目にして、カインはジト目を向けた。
「ルクス。何をやってるんだお前は?」
そう。屋台を開いていたのは、カインたちマリアンズの仲間であるルクスだったのだ。
屋台の奥を覗き込むと、ウルスナが野菜を刻み、リンドーが鍋をかき混ぜ、バッカーがアクロバットに鍋を振るっている姿が見えた。
「うるせえ。そりゃ俺が聞きてえぜ! 文句があんなら姉御に言えや!」
そう言われてカインは「ああ」と納得した。
どうやら彼らは、『料理』のスキルレベルを上げさせられているらしい。
カインたちも『料理』のスキル上げをやらなかったわけではない。しかし、野営の際に、それぞれがそこそこの腕前を見せたことから、そこまで本格的なことはやらされなかった。
ということはつまり、おそらく彼らの料理の腕前は壊滅的だったのだろう。ファライヤが屋台でもやりなさいと命令する姿は、想像に難くない。銅貨一枚という投げ売るような値段にも納得がいく。
本当にこの料理は大丈夫だろうか?
カインがそう思っていると、カインの懸念など知る由もなくマリアンが声を上げた。
「ルクス。わたし焼きモロコシ一つ!」
「まいどっ! 一つで良いかい? マリアンちゃんならいくらでもただで持って行って良いんだぜ?」
「そんなに食べられないから一つで良いよ。カインは?」
当たり前のようにマリアンに問われて、カインの眉が僅かにヒク付く。
「一番マシなやつはなんだ?」
「残念だがカイン。全部不味くはないレベルだ」
カインの考えを察してか、ルクスは隠す気もなくそう告げる。
諦めたカインはマリアンと同じく焼きモロコシを一つ貰い、店を後にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キリエ村にて、ヴィレイナは呪いに侵された者たちの容態を確認して回っていた。
「ありがとう御座います聖女様。この御恩にどうやって報いれば良いものか」
手と足の指先が石になった男が、ヴィレイナに対してそう告げた。
「まだ、治療が出来たわけではありませんよ。私にもっと神気が有れば、直ぐにでも皆さんを回復させられるのですが……」
「とんでもありません! 俺たち呪いで死ぬのを待つだけでした。それが、聖女様のお陰でこうして希望をつなげていられるんです」
「お礼でしたら私ではなく、私をこの場所に連れ出してくれたカインに言ってあげてください」
「もちろん、英雄様にも感謝してます。それでも、聖女様にも感謝の気持ちを抱かずにはいられないんです」
男は涙を浮かべながらそう告げる。
その眼差しを受けて、ヴィレイナは優し気に微笑む。
「聖女様ー!」
突然、大きな声がしてヴィレイナは振り返った。
「こらっ! ニトル! あなたはまだ、走り回るなとヴィレイナ様に言われているでしょう!」
元気に駆ける少年の後を追って、トリティが声を上げた。
その声を聞いているのかいないのか、ニトルと呼ばれた少年は、小走りに駆け寄るとヴィレイナに抱き付いた。
「聖女様。見て、僕走れるようになったんだ!」
少年を抱き締めて頭を撫でると、ヴィレイナは優しく微笑む。
「良かったですねニトル」
「聖女様のお陰だよ! お父さんもお母さんもね。聖女様にはうーんと感謝してるって言ってた。お礼にって畑の野菜を収穫してから後で来ると思うけど、今日はいつまで村に居られるの?」
「今日は様子を見に来ただけですから、間も無く街に戻りますよ。お父さんとお母さんにもお気持ちだけで十分ですと伝えてください」
「えー、でも。絶対お礼しなきゃって言ってたよ」
「まだ全員を直せたわけではないので、何度か足を運ぶことになりますから。その時にでもお会い出来るでしょう。それよりも」
ヴィレイナはニトルを引き離すと、クリクリとした瞳をしっかりと見つめて言った。
「病み上がりなんですから、走らないって約束したでしょう。呪いが癒えたと言っても、あなたの足は弱っているんですよ。もし、怪我なんてしたらどうするつもりですか」
ヴィレイナに強く言われて、ニトルは体を竦ませた。
「ごめんなさい。嬉しくって……つい」
「わかれば良いんです。自分の体なんですから、ちゃんと労ってあげるんですよ」
そう言ってヴィレイナは再びニトルの頭を撫でる。
ニトルは、はにかむように笑うと大きく頷くのだった。
「それでは、そろそろ行きましょうか」
ヴィレイナがそう言うとトリティが頷いた。ニトルたちに別れの挨拶を告げて外に出ると、施設の入口では、腕を組んで壁にもたれ掛かっているゲンゴウの姿があった。
「ゲンゴウさん。そろそろ街へ戻ろうと思います。ミズシゲさんはどちらに?」
「ミズシゲは散歩に出掛けた。置いて行って構わないそうだ」
なんとも自由なミズシゲの行動ではあったが、ヴィレイナは「そうですか」と頷く。
ミズシゲは小柄ではあるが強い。そのことは顔合わせの時、一撃でバッカーを昏倒させたことからも想像できる。
放って置いても問題はないだろう。
そう考えて、ヴィレイナはトリティとゲンゴウを伴って馬車へと向かった。
ジェドとミーアに関しても、デバイスレインの面々と何やら話し合いをしているらしく、先に戻るようにと連絡を受けている。
操縦をゲンゴウに任せて二人は馬車に乗り込むと、一同は一足先にケルナドの街へと戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方ミズシゲの方はというと。
彼女は森を抜け、断崖絶壁の岩山が建ち並ぶ岩場へとやって来ていた。
セト王国とエイブ王国との国境にある岩山。この天然の要塞が建ち並んでいるが故に、コルネリア領の南端には軍の配備がされておらず。また、交易が困難な為に辺境の地とされている。
その岩場を見て回り、彼女は一人ふむと唸って首を傾げる。
散歩に出ると告げて単独行動をしていたミズシゲだったが、彼女は別に暇潰しに出掛けたわけではない。
漂う魔力の流れを追って、この岩場まで辿り着いただけなのだ。
昨晩のヴィレイナの発言を受けて、施設の中に漂う魔力が呪いに掛かる患者から漏れ出たものであると気が付いたミズシゲ。彼女は再びやって来たキリエ村の施設で、その魔力にはほんの僅かではあるが、流れがあるように感じたのだ。
その掻き消えてしまいそうなほどの微かな流れを辿り、山を登り、川を飛び越え、森を抜けてようやくこの岩場までやって来たのだった。
魔力の流れはほんの微かなものである。
キリエ村から順に辿っていなければ鋭敏なミズシゲの感覚といえども、その微かに作られた流れには気が付かなかったであろう。
だが、幸いにも途切れることなく続いた魔力の流れは、ミズシゲを迷わせることなくこの場所まで導いた。
そして、尚も続く魔力の流れを追い掛け、岩場を歩くミズシゲだったが、終にその終着点に辿り着き声を上げた。
「……これは」
呟くミズシゲの前には巨大な空洞があった。
重なる岩場に隠れるように広がる巨大な空洞。その中からは、濃厚な魔力が立ち込めている。
饐えた匂いと共に漂う、様々な感情をないまぜにしたような魔力の波動。
その独特の雰囲気を醸し出す場所を、冒険者であれば大半が知っている。
ミズシゲの前に現れた巨大な空洞。それは、正しくダンジョンの入口であった。
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