067 深まる呪いの謎
トントン。
「はーい」
扉を叩くと中から、陽気な返事が帰って来た。
「マリアン。そろそろ出るぞ」
「えー。ちょっと待ってよ。もうちょっとで終わるから」
扉越しにそう言われ、カインは呆れ顔をする。
全く何をやっているというのだ。
カインがマリアンへ外出すると伝えたのは、鐘一つ分は前のことである。
女性は準備に時間が掛かるとはいうが、マリアンは特別化粧などをしているわけではない。何に対してこれ程の時間を要しているか、カインには分からなかった。
「開けるぞ」
埒があかないと思い、カインは許可もなく扉を開くと室内へと足を踏み入れた。
「ちょ、ちょっと! きゃー、エッチ!」
マリアンが声を上げるが、カインは動じる様子もなくマリアンをみつめた。
ジト目である。
見ればマリアンは、中腰のままベッドに向かって何やらやっている様子であった。別にエロくもなんともない。
「何をやっている?」
「えー、と。おかたづけ?」
全く意味がわからない。
カインは頭を振った。
ベッドの上には何着かの服と、ボルドの街の道具屋に貰った、小型収納棚が置いてあるだけだ。
そしてマリアンの手にはピンセットのような物が握られていた。
この状況を見て、マリアンが何を行なっているのか全く想像できなかったカインは、マリアンを問い質す。
「どこをどう見たら片付けているように見えるんだ」
「ちゃんと片付けはしてるもん! ちょっと人より不得意なだけだもん!」
可愛らしく抗議の声を上げるマリアン。だが、それだけでは状況は把握できない。
「なぜ片付けにピンセットが必要になる」
「えー。ほら、わたし最初に小型収納棚を触った時壊しちゃったでしょう? だから壊さないように丁寧に扱ってるの」
そう言って、マリアンは衣服の一つをハンガーに掛け、その一部をピンセットで摘むと、片目を瞑り雛鳥のように口を窄めて、小型収納棚へと仕舞い込んだ。
「昨日、ミズシゲを着せ替え人形にしたら、意外と好評で盛り上がったの! ミズシゲ小っちゃいから、髪型変えて色んな服着せるとすんごい可愛いのよ!」
「お前はミズシゲ相手によくそんなことができるな」
「えー。ミズシゲ結構ノリノリで付き合ってくれたけど?」
マリアンはそう言ったが、カインにとってミズシゲは物静かな印象が強い。
無口というわけでは決して無いが、マリアンのテンションについて行けるようにも思えなかったのだ。
あと怒ると非常に怖い。
「それでね。服とか小物とかを全部引っ張りだしちゃったから、仕舞うのが大変なの」
そう言ってマリアンはまた、ピンセットで服を摘むと、口を窄めて小型収納棚へと丁寧に仕舞った。
「ええいっ! 埒があかん!」
カインはマリアンから収納棚をひったくると、ベッドの上に広がる服を雑に仕舞っていく。
「ちょっと! 丁寧に扱ってよ! 皺になっちゃうんだから!」
ぎゃあぎゃあと喚くマリアンを押さえ付け、強制的に準備を終えさせると、カインはマリアンを引きずりながら教会へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、状況はわかったけど、わたしは何をするの?」
エラー教会の一室で、ソファーに腰掛けながらマリアンが言った。
教会へはカイン、マリアン、アーマードの三名でやって来た。
ジェド、ミーア、ヴィレイナ、トリティ、ミズシゲ、ゲンゴウの六名はキリエ村の様子を確認しに行き。
ファライヤ、ルクス、ウルスナ、バッカー、リンドーの五名は本日も訓練である。
ヴィレイナの神気が回復していない為、本日は浄化の治療は行われないが、経過を確認する為に本日も足を運ぶことになった。
「教会の連中への顔合わせと、シュヴァイツに指示を出すから横にいろ」
「えー。わたしが居なくても言うこと聞くとおもうけど」
「そうかもしれんが、俺はシュヴァイツと言う男と面識がない。顔合わせの場ぐらい取り持て」
「へいへい」
「返事は一回でいい」
「ヘェーイッ!」
ふざけるマリアンをグリグリしていると、扉がノックされネイロフとミローネが室内にやって来た。
相変わらずマリアンと初対面である二人は、驚きに目を剥くが、マリアンがちょっと涙目になっていることに眉を顰める。
「ど、どうかされましたか?」
「いや、ちょっと躾けていただけだ。気にするな」
「そ、そうですか」
困惑しながらも二人は追求することができず、そのことには触れないようにした。
そして、一頻りの挨拶を終えたあと、カインたちの前にガラス張りのスクリーンが運ばれて来た。
「既にシュヴァイツ大司教は、待機されております。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」
カインが頷くのを確認すると、ネイロフは伝話機を操作する。すると、スクリーンの中に一人の男が映し出された。
ベンズマスト領の一件にて、トーレス伯爵を捕らえる為にエラー教を動かした元司教。シュヴァイツである。
シュヴァイツはマリアンによってもたらされた情報により、その功績を認められ数日前より大司教へ就任している。
現在、エラー教とマリアンを繋ぐ最も重要な立ち位置となっている彼は、非常に忙しい。
だが、マリアンの呼び出しとなれば、なにを差し置いても対応しなければならないのである。
「ご無沙汰しておりますマリアンたん。それと、そちらは、マークレウスたんとお見受け致しますが?」
「その名で呼ばれるのは不本意だが、そうだ。それと、たんを付けるのはやめてくれ」
「何故でしょうか? 最大限の敬意を以ってお呼びしておりますが?」
「エラー教の最敬称だということは、マリアンから聞いている。だが、その言葉は本来、愛しい女性へと向ける言葉であり適切じゃない。あとなんか気持ち悪いからやめろ」
「なんとっ! そのような意味合いがあったとは。我々の解釈に誤りがあったというわけですか。お恥ずかしい限りです」
「えー。でも、様って呼ばれるよりは可愛いとおもうけど」
「お前のような超絶美少女にはお似合いだろう」
「えー。カインどうしたの? 急に褒めるなんて珍しいとおもうけど」
「皮肉で言ってんだよ!」
「仲がよろしいのですね。それでは、マークレウス様。マリアンたんとお呼びすることに致しましょう」
シュヴァイツがにこやかにそう言った。
「それでは改めましてご挨拶を。お初にお目にかかります。既にご存知かと思われますが、シュヴァイツと申します。マリアンたんのお力添えにより、この度大司教へ就任致しました。今後とも何卒宜しくお願い致します」
「ああ、宜しく頼む」
「それで、マークレウス様。マリアンたん。本日の御用向きは二年前に騎士団と魔族がぶつかった件でよろしかったですか?」
シュヴァイツの問い掛けに、カインは無言で頷いた。
「私も話は聞いております。ですが、ネイロフとミローネがお伝えした以上の内容は、残念ながら知り得ておりません」
「直ぐに調べられるの?」
「領主とは既知の仲ですので、確認は容易に取れると思われます。ただ……」
そう言って、シュヴァイツは言葉を切った。
「真実を解き明かすには、少々時間を要するかと思われます」
「何か問題でもあるの?」
「はい。これは私の推測なのですが。あの件に関して、領主は何か隠し事をしているのではないかと考えております」
「確かに、情報が噂の域を出ないというのは、随分と不自然だな」
「はい。マークレウス様の仰る通り、情報統制を強いている時点で違和感があります」
「えー。なんで? なんかおかしいところでもあった?」
「魔族と対峙したことを隠そうとしていることが、そもそもとしておかしいんだ」
「その通りです。魔族は人間の敵と考える者は多い。ですので、魔族を討伐した事実を噂程度で留めておくことが不自然なのです。より大々的に嘯くことで、領主の力を示す絶好の機会となりますので」
「あー。そもそもが、嘘かもしれないってことかー」
「はい。ですが、争いの痕跡は確認されております。つまり、何かと騎士団が争ったことは確かなのです」
「シュヴァイツはどんな理由があって、そうしていると考えてるの?」
「あまり私見を述べるはよろしくないのですが、なにかの不始末を隠蔽する為に魔族の名を利用した。といったところでしょうか? 根拠はまるでありませんがね」
「うーん。ありそうな感じね」
「シュヴァイツ。キリエ村の呪いについては知っているか?」
「先ほど報告を受けるまでは、知りませんでした。ですが、時期を鑑みるにその一件による影響である可能性が高いようですね」
「大きな魔力の吹き溜まりが出来ず、高度な呪いが掛かる現象を何か知っているか?」
「知り得ません。それならば、人の手が掛かっていると私は考えます。もしくは未知の現象であるとしか」
「俺と同じ見解か」
そう言ってカインは腕を組んで唸った。
「遅くとも五日後までには一度報告を入れるように致します。仲介はネイロフに任せますので」
「わかった。よろしく頼む」
「お任せください。他にもご入用の物があれば何なりとお申し付け下さい」
そう言ってシュヴァイツは通信を切った。
シュヴァイツの報告が上がるのが約五日。さて、それまでなにをするべきか。カインは眉に皺を寄せながら考えるのであった。
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