066 英雄も時にあくどい
夜が明けて、立ち昇る朝日と共にカインは起床した。
同室の面々は疲れているのか、未だ目覚める様子もない。
昨晩も遅くまでファライヤにしごかれていたのだろう。眠れるだけ眠りたい気持ちもわからなくはない。
最近は当時よりも疲れ難くなっているが、訓練を始めたばかりの頃はカインも彼らと同じ様に深い眠りについていた。
カインは立て掛けてあった刀を手にすると、眠っている連中を起こさない様にと音を立てずに部屋を後にする。
外は肌寒い空気が流れていた。
季節はまもなく冬に差し掛かる。街路樹の葉も紅葉に染まり、見上げると山間には鮮やかな色が広がっていた。
都会の雑多な様子も嫌いではないが、田舎でみれる和やかな景色も悪くはない。
カインはそんな景色を眺めながら、よしっと気合いを入れた。
宿の横にある拓けた空き地で刀を抜き、目に焼き付けた動作を確かめる様にその刀を振るった。
ブンッと音を鳴らして振り抜かれる一刀。
カインは首を振り肩の力を抜いた。
そしてもう一振り。
先ほどよりも力強い音が鳴り、カインは息を吐く。
違う。これではない。ミズシゲが振るった一太刀は、もっと流れるようで自然だった。
そう思い、カインは何度も確かめる様に刀を振るった。
ヒュイッ。
何度目の素振りだっただろうか。突然、振り抜いた刀が空気を裂く様な音に変わった。
……これは。
カインはその感触を忘れない様に、何度も刀を振るう。
次第に安定して来たその音は、気が付けば更に静かな音へと変化していった。
調子が良い。全身が研ぎ澄まされている様な感覚がする。
カインは再度刀を振るい、変化を見せる感触を確認しようとした時、自身の額から滝の様に汗が滴り落ちていることに気が付いた。
呼吸も荒く、刀を握る腕も気怠い。
どれだけのあいだ集中していたのか、気が付けば日は完全に昇りきっている。
やり過ぎたかと自分を諌め、刀を鞘に戻すとカインは汗を拭って水場へと向かった。
カインが汗を流した後に自室で服を着替えていると、騒がしい声が階下から聞こえて来た。
何事かと思いカインが階段を降りて行くと、そこにはエラー教の神官服を着た男が二人、リンドーに向かって声を荒げていた。
苦笑いを浮かべるリンドー。そして、その直ぐ後ろでは、宿屋の娘が困り顔でオドオドしていた。
「おいっ! 朝から騒がしいぞ」
「も、申し訳ございませんマークレウス様」
その言葉が自分に向けられたものだと勘違いした宿屋の娘が、カインに対して深々と頭を下げる。
「いや、勘違いさせてすまない。俺はそっちの二人に言ったんだ」
娘の行動を手で制して、カインはエラー教の神官二人に目を向ける。
ギロッと睨まれた二人は、慌てて声を発した。
「ま、マークレウス様でいらっしゃいましたか。ご不快な思いをさせてしまい申し訳御座いません」
カインのことが、神の使徒とされるマリアンの所有者であり、エラー教の現英雄であることがわかると。二人は先程までリンドーへ向けていた態度を急に改め、恭しく頭を下げた。
「リンドー。どういう状況だ?」
「はっ! こちらのお二人は、この街でエラー教会の神官を務めているのですが……」
「ネイロフと申します」
「ミネーロと申します」
二人がリンドーに被せるように名乗った。
「……と、その。ネイロフ殿とミネーロ殿が、我々がケルナドで逗留していることを報告しなかったことにご不満があるらしく……」
「この者が報告を怠らなければ、マークレウス様御一行を直ぐにでも持て成す事が出来たのです」
「そうです。我々に英雄様と聖女様の来訪を報告しないなど、職務怠慢ではありませんか!」
カインは溜め息を吐いた。
「お前ら。俺たちはここへ遊びにやって来たわけじゃないんだぞ」
「存じております。キリエ村の呪いを解かれに参られたのでしょう? ですが、ひと時の間でもおくつろぎ頂ければ、何事も捗るというものです」
「お前たちは俺に、そんなことをする為に行動を逐一報告しろと言うのか?」
「いえ、マークレウス様のお手を煩わせるようなことなど……。ですので、そちらの騎士が連絡を入れてさえくれていれば」
「リンドーに、俺たちの行動を逐一報告する許可は与えていない。その男がお前たちに連絡を入れなかったのは、俺の命令に従ったからだ。文句があるなら俺に言え」
「マークレウス様のご指示に、不満などある筈も御座いません」
そう言われ、二人はようやく憤りを鎮めた。
小さくとも、教会に属する神官が滞在する街は多い。
そして、カインは現状、エラー教とミリアム教にとっての英雄であり、二人の聖女を連れて歩く、彼らからすれば特別な存在なのである。
まあ、マリアンについては曖昧で、正式にエラー教の聖女となったわけではないのだが。
それでも二つの教会からすると、神の知識を持つマリアンは正に使徒であり、カイン以上に敬うべき存在なのだろう。
そんな者たちが自分たちの街にやって来たにもかかわらず、何の対応もしなかったとなると、教会に属する人間にとっては色々と問題が生じるのもわからなくはない。
「まあいい。ところで、お前たちに聞きたいことがあるんだが」
「何なりと」
「この辺りで、騎士団と魔族が争ったことがあるそうだな? そのことについて何か知っているか?」
「確かに、セト王国領より、一人の魔族がやってきたことは御座いました。二年ほど前のことでしょうか」
「詳細は?」
「わかっておりません。ただ、争いの痕跡として森の一部が石になっていたことから、石化の魔眼を用いたのだとか、石化の毒を撒き散らしたのだとか、そのような憶測が流れは致しました」
「やはり噂話か。騎士団が隠蔽でもしたのか?」
「いいえ。そもそも、目撃者がいないのです。五百名ほどの騎士が派遣され、セト王国よりやって来た何かを討伐に向かった。確かなのはその部分だけです」
「相手が魔族ですらない可能性もあるのか?」
「はい。騎士たちが、魔族を討伐すると口にしていただけで、それを目撃した者はおりません」
そう言われて、カインは顎に手を当てて唸った。
「詳細を調べることは可能か?」
「ご命令とあれば。しかし、魔族に関わる情報を容易に引き出せるかどうかは保証し兼ねます」
「教会の権威を以ってしてもか?」
「残念ながら」
「わかった。教会に伝話機は設置されているか?」
「はい。ご用意しております」
「なら、のちほどそちらに向おう。最近大司教になったシュヴァイツという男に、マリアンから話があると伝えておいてくれ」
「畏まりました」
二人はカインの指示に頷くと、足早に宿を去っていった。
「カイン殿。お騒がせしてしまい申し訳ありません」
「気にするな。一々報告なんてしてられるか。あいつらのご機嫌取りに付き合う為に行動しているわけじゃない」
「はは、さすがはカイン殿。考え方が豪胆ですな」
「マリアンやファライヤに比べれば、可愛いもんだろう。お前も苦労してそうだな」
「そんなことはありません。マリアンたんのお付きとして同行出来るだけで、私は幸運なのです。エラー教徒の中で私よりも幸運な者はいないでしょう」
「そうか。ファライヤにしごきが足りないと伝えておこう」
「かかかかカイン殿! そのお考えはよくありません!」
「冗談だ」
カインにそう言われ、リンドーは安堵の息を吐いた。
どうやら本気でファライヤのことを恐れているらしい。
日々あれだけの理不尽を強いられているのだから、無理もないのだが。
それでも、ファライヤに強要されることは、辛くとも何れは技術となり高みへと至る。そのことを痛感しているカインは、リンドーはやはり幸運に恵まれているのだと思った。
よし。やはりしごきが足りないとファライヤに伝えることにしよう。
そうすれば、ファライヤが自分を構ってくる機会も減るだろう。
リンドーすまない。俺の為に犠牲となれ。
自分の苦労を少しでも誰かになすり付ける為、カインはそんなあくどい思考を巡らせるのであった。
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