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065 石化の呪い

 マリアンズ一行がキリエ村に到着すると、村の入り口には既に数名の男女が待ち構えていた。


 冒険者らしい油断のない面構え。しかし、まだ幼さの抜けきれない顔立ちをした彼らは、やや緊張した面持ちでカインたちに視線を送っていた。


「ラック。久し振りです!」


 先行して馬車から降りたミーアが、彼らに声を掛けた。


「ミーア! 無事で何よりだ。それとジェドも」


 いつの間にかミーアの後ろに立っていたジェド。そんなジェドの行動を気に留める様子もなくラックは言った。


 ジェドは相変わらずコクリとだけ頷くが、ラックもジェドの性格を承知しているのだろう。肩を叩いて再会を喜び合う。


「カデナとメイ、アンサンも元気でした?」


 ミーアが懐かしき面々に声を掛けて会話を弾ませる。そして、程々のところでラックがたずねた。


「ミーア。あちらの方々が?」


 ミーアが頷くと、ラックたちはカインの方へと向き直った。


 馬車の手綱をミズシゲに任せたカインがヴィレイナと共に彼ら―――デバイスレインの面々の下へと近付く。すると、ラックたちは一斉にひざまずき頭を下げた。


「この度は、村の為にご助力くださって、その。……ありがとう御座います!」


 辿々(たどたど)しい言葉使いではあったが、彼らはカインとヴィレイナに向かって礼を述べる。


 天秤の塔を攻略した際、カインたちはデバイスレインの面々と諍いを起こした。戦闘に特化したメンバーはそれなりに見知ってはいたのだが、ラックたちとは初対面であった。


「ああ、そういうのはいい。普段通りにしてろ。それよりもローレンは居るか」


「すみません。リーダーは昨晩に急な仕事が入って、今はケルナドの街まで下りてます」


「デバイスレインの本拠地がある場所だったな。近いのか?」


「はい。山間やまあいを半日ほど下れば到着出来る距離です。仕事が片付き次第戻って来るとは思いますが……」


「わざわざ待つ必要もないか。一先ず状況を確認しよう」


 そう言って、カインたちはラックに先導されて村の中へと踏み込んだ。




 キリエ村は小さな村だった。


 農地が広がり、その合間にポツリポツリと建物が立ち、宿屋や飲食を取り扱う店などもない。

 客人を受け入れることの出来そうな建造物は、村の北側に建つ煉瓦造りの建物だけだ。


 どうやらそこが孤児院らしい。


 キリエ村には似つかわしくない施設であり、孤児などを受け入れる余裕など無いように見受けられる。だが、元々は貴族の道楽から始まったものであり、それなりの寄付もあったとか。


 寄付が打ち切られる頃には、既にデバイスレインが管理を全て受け持っていたので、施設はそのままの状態で続けることが出来ているようだ。


 そして、カインたち一行は孤児院横に併設へいせつされた建物へと案内され、そこに足を踏み入れると思わず眉間に皺を寄せた。


 狭い間隔で並べられたベッドの上に子供から大人に至るまで、十五名ほどが身体を横たえていたのだ。


 状態は様々で、右腕のみを布で覆っている者。仰向けのまま布団を掛け、身じろぎ一つせずに天井を見上げている者。足が重いのか、さするようにしてゆっくりとひざを曲げる者たちが、一様に虚ろな瞳を漂わせていた。


 それらの人々に等しく言えることは、身体の一部が既に石化しているということであった。


「ここに居る人たちは、特に状態が悪いんです」


 ミーアが悲しげに目を伏せて言った。


「そんな顔をするな。これから助けるんじゃないか」


 コクリと頷くミーア。その様子を見て、カインが指示を出すよりもはやくヴィレイナは一人の患者に歩み寄り容体を確認した。


 そして、一頻ひとしきり状態を確認すると『浄化』の術式を編み始めた。


 下半身のほとんどが石化してしまっている少年の手を握り、石化部分に添えた手に集中する。


 すると、ほんの少しずつではあったが、少年のひび割れた肌に色が戻り、石化された部分が元の状態へと回復していった。



 鐘半分ほどの時間を要して、ヴィレイナはふぅと大きく息を吐いた。


 見ると石化した少年の足は瑞々(みずみず)しい色合いを取り戻し、元の状態へと戻っていた。


 わけも分からず、少年は目をパチクリさせて驚く。


「もう、大丈夫ですよ。呪いは完全に消えました。さあ、立ってみて下さい」


 ヴィレイナがそう言うと、少年はおっかなびっくりではあったが、ゆっくりと床に足を付けて思い切って立ち上がって見せた。


 立ち上がった少年の瞳に輝きが戻る。


「……ほんとだ。……治ってる。治ってるよ!」


 はしゃぎまくる少年の頭を撫でて、ヴィレイナは優しく言った。


「病み上がりで体力も落ちているんですからね。先ずは食事をしっかりとって、たっぷりと眠ってからはしゃぎましょう。また、歩けなくなったら嫌でしょう?」


「はいっ! お姉さん、ありがとうございます!」


 元気にお礼を述べる少年の頭をヴィレイナが再び撫でると、それを見ていた者たちの瞳に色が宿った。


 先ほどまで虚ろな瞳をしていた者たちが、期待に瞳を輝かせる。自分たちは助かるのではないだろうかと。


 そんな人々の視線をさえぎり、カインはヴィレイナに言った。


「ヴィレイナ。体調は問題ないか?」


「はい。まだ問題ありません」


「何人ぐらいいけそうだ?」


「やってみなくてはわかりませんが、半数ほどでしょうか?」


「よし。なら、今日は呪いの進行が早い奴だけみてくれ。無理はするなよ」


「わかりました」


 頷き、ヴィレイナは容態の悪そうな者を中心に、七名の浄化を終えて本日の治療を終了した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ケルナドの街へ向かい本日の宿を確保したのち、一同は夕食後に卓を囲んでいた。


 この場にいるのは、カイン、ヴィレイナ、ミーア、ジェド、ミズシゲ、ゲンゴウ、トリティの七名。


 他の面子は、強制的に訓練へと駆り出されている。一部自発的に参加した者もいないわけではないが。


「浄化は順調そうだな。この調子なら、五日も有れば全員治療出来そうだな」


「呪いの進行が早い方は終わりましたから、もう少し早めに終えられると思いますよ」


「いや、急ぐ必要はない。無理に神気を使い過ぎて、お前が倒れでもしたらそれこそ問題だ」


 カインの気遣いが嬉しいのか、ヴィレイナは頰を染めて頷く。


「……それで? 呪いの根本はなんだったのだ?」


 重々しくゲンゴウが声を発した。


 それに対して、ミーアとジェドは気まずそうに顔を見合わせてから、ミーアが代表して発言する。


「それが、わからないんです」


「わからない?」


「はい。私たちも方々(ほうぼう)手を尽くしたんですが、明確な原因が突き止められなくて……」


「それでは今は良くとも、再び呪いにおかされる者が出るやもしれんな」


 ゲンゴウの言葉に一同は沈黙した。


 呪いとは、魔力を用いて人々に害を及ぼすモノのことを指す。一般的に相手に苦しみを与える術式なども取引されてはいるが、種類はそれほど多くはない。


 だが、それとは別に自然的に発生するモノが存在する。


 強い魔力の残滓ざんしが残る場には、それだけで人に様々な影響を及ぼす事象が発生するのだ。


 今回キリエ村で流行った呪いは、人体を石化させるという呪いであった。これは一般的に普及している術式では引き起こすことができない現象である。


 何よりも人を死に至らしめるほど強力な呪いは、相応の魔力が必要となる。


 故に、あれだけの人数に対して魔術を行使することは、不可能ではないにせよ現実的ではない。


 なによりも、個人が魔術を用いてまで呪いを広めるだけの理由が、キリエ村にはないのだ。


 であるならば、答えは一つである。


 強力な呪いを引き起こす為の原因。その核となる魔力の吹き溜まりが何処かしらに存在している筈なのである。


 だが、ミーアは言った。原因がわからないと。


 強い魔力が残る場所であれば、感知することはそれほど難しくない。村人たちが被害にあっていることから、村の周辺に原因があると考えて間違いない筈なのである。


 それなのに、原因が特定できない。それは、少し不自然な答えであるように思われた。


「ミーア。前にこの地域に魔族がやってきて、騎士団に倒されたと言っていたな。それが原因で呪いが蔓延まんえんしているんじゃなかったのか?」


「はい。原因を探し回った末にそれしか理由が見当たらなかったんです」


「その魔族は、石化の呪いを使うのか?」


「直接見たわけではないので、なんとも。魔族に対して正確な情報は得られなかったのですが、そうであったのだろうという噂はいくつかありました」


「噂では根拠に欠けるな……。ヴィレイナ。石化の呪いは、強力な呪いだったか?」


「はい。私も浄化の経験は幾度となくありますが、一つ解くのにあれだけの時間を要したのは初めてです」


 ヴィレイナの答えにカインは、眉を寄せてうなる。


「一つ、気になることが」


 ヴィレイナが言葉を付け足すと、一同の視線が集まった。


「呪いに侵されていた部分が魔力を失っていたんです。その所為で、呪いを解くよりも石化した部分の魔力を補うことが大変でした」


「石化していた部分が欠損扱いならば、それは普通じゃないのか?」


「欠損していればカインの言う通りです。ですが、欠損していた場合、浄化を行ったあと正常に動かせるようにはならない筈なんです」


「ふむ。つまりは、石化をさせる呪いではなく、魔力が尽きた部分から石化していく呪いということになりますね」


 ミズシゲが呟くように言った。


「しかし、ミズシゲ。それではただ石化させるよりも、高度な呪いとなってしまうではないか」


「修業が足りませんねゲンゴウ。あの場には不自然に魔力が漂っていたことに気が付きませんでしたか?」


「むっ。病人が居る所為でよどんでいるのだと思ったが、そうではなかったか」


「いえ、私もそう思っていましたよ。ですが、ヴィレイナの話を聞いて考えを改めました。あれはよどんでいるのではなく。あの場にいる方たちの魔力が抜き出て漂っていたのだと」


「修業が足りないと言ってる割には、お前もわかってなかったんじゃないか」


野暮やぼですよカイン。それはただ、私が言いたかっただけの台詞です。わざわざ指摘しないでください」


 ミズシゲに呆れ顔を向けつつも、カインは一つの答えを得た。


 高度な呪い。それは、余程強力な魔力の残滓があるか、何者かの意思が反映されていなければ起こり得ない。前者の可能性も未だなくはないが、その可能性は限りなく薄いだろう。


 であるならば、キリエ村の呪いに関しては、何かしらの意思が働いていることになる。


 浄化を行うだけではだめだ。この件は根本を解決する必要がある。


 その考えに至り、カインはどうするかと考えを巡らせた。

読んで頂きありがとう御座います。

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