064 常識人も集うと姦しい
三日後。
問題もなく旅程をこなし、キリエ村まであと鐘三つほどの時間で到着するといったところで、カインの隣に腰掛けたヴィレイナが唐突に言った。
「……あの。ヨミさんという方はどんな方だったんですか?」
急にヨミの名前を出されたことで、カインは握っていた手綱を強く握り締め、僅かに眉を寄せる。
その態度を怒っていると感じたのか、ヴィレイナは慌てて言葉を取り繕った。
「す、すみません! 立ち入ったことを聞いてしまって。……話せないことでしたらその。聞かなかったことにしてください」
しょんぼりとするヴィレイナを見て、カインは苦笑いを浮かべて頰を掻いた。
「別に話せないようなことじゃない。俺の方こそすまない。ヨミの話に興味を持ったやつなんて今までいなかったから、少し驚いてしまった」
カインがそう言うと、ヴィレイナは安堵し胸を撫で下ろした。
「私も興味があります」
荷台の天幕の上からひょっこり顔を覗かせて、瞳を閉じたままミズシゲが言った。
ミズシゲは最初もう一方の馬車に乗っていたのだが、今はカインの操縦する馬車へと移って来ている。
ミズシゲとゲンゴウに関しては元々スキルのレベルが高く、お家の事情である程度精通していた為、基礎的な訓練を行う必要がなかった。
ナイフを持たせれば、サササと木材を削り取って迫力ある軍神像を作り上げ。裁縫をさせれば、スルスルと針を通しお家の家紋の刺繍を作り上げ。絵を描かせればこれは見事なサクラを描いてみせた。
新しい訓練が始まれば最初は参加をするのだが、ものの数分で合格を捥ぎ取るものだから、基本的に暇を持て余していたのである。
ゲンゴウは馬車の操縦を預かっていたが、ミズシゲはすることもなかったので馬車の天幕の上に胡座をかいて風にあたる日々であった。
そして、何かと騒がしくなる向こうの馬車よりも、静かなこちらの方が良いとのことで昨日からカインたちの馬車に移ることになったのだ。
相変わらず天幕の上で胡座をかいて風に当たっているだけで、向こうとやっていることは変わらないのだが。
そんなミズシゲもヨミの話には興味がひかれたらしく、荷台の上から顔を覗かせると危なげなくカインの隣に降り立ち腰を下ろした。
話を聞く気満々である。
「あー。まあ、何から話したらいいのかな」
「出来れば出会いからお願いします」
何故か少し興奮したように鼻を鳴らしてミズシゲは言った。
ヴィレイナも何故だか期待に目を輝かせている。
「あ、少々お待ちを」
そう言ってミズシゲが腰を上げると、荷台の中を覗き込み言った。
「大変ですよミーア。カインが初恋のお話を聞かせてくれるそうです」
ミズシゲがそう言うと、慌てた様子でミーアが荷台から顔を出した。
「ミズシゲさん。教えてくれてありがとうございます! カインさん。さあ、どうぞ! 聞く準備は万端です!」
マリアンズの中でも比較的常識人である三名だったが、年頃の少女たちである。色恋の話には人並みに興味があるのだろう。
女三人集まればなんとやら。静かな筈の馬車は途端に姦しくなった。
「ヴィレイナ。勇気ある切り込みに称賛の念を禁じ得ません」
「いえ、ずっと気になっていたもので……」
「私も気になっていたのです。天秤の塔を攻略する以前から」
「そりゃもう出会った頃からじゃねえか!」
「カインがヨミの名を語る時はいつも神妙な面持ちでしたので、聞いてはいけないものだと思っていたのです。これでようやく胸のつかえが取れるというもの」
「カインさん。巻きでお願いします! キリエ村までそんなに時間はないんですよ!」
お前らはどれだけ俺に話をさせるつもりだ。
そう思い、カインは頰を引き攣らせるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
出会った頃は「うん」とか「そう」とか、無表情のままに相槌しか打たないヨミであったが、カインがしつこく話していくと、いつしか自然な笑顔を向けて来るようになった。
抑揚のない言葉も流暢なものになり、ヨミも自分のことを話してくれるようになっていた。
「ヨミには家族とかいないのか?」
少々立ち入った内容ではあったが、カインは徐に聞いた。今のカインとヨミの関係なら、多少気に触ることであったとしても問い掛けて問題はなかった。
話したくない内容は言えないと言われるし、そう言われたことに対して追求することもしない。
そうやって、二人は互いの距離感を縮め合い、相手を深く理解しようとしていた。
「いるわ。母も父も健在よ」
「魔国にいるんだろう? 心配とかしてないのか?」
「私はもう立派な大人よ。いつまでも親は子の面倒なんてみないわ」
「……大人ねえ」
カインはヨミの姿を見て言った。
黒く真っ直ぐ伸びた髪。前髪は綺麗に切り揃えられ、近頃は毎日リンスを使っているお陰かキラキラと艶のある輝きを放っている。
相変わらず華奢な身体付きではあるが、出会った頃のやつれた感じもなく肌は肌理の細かい瑞々しさを保っている。
背丈はカインの胸元ぐらいまでしかなく、東国で作られているコケシの様な容姿は、どっからどう見ても幼気な少女であった。
そんなカインの呟きに対して、ヨミは頰を膨らませる。
「こう見えても、私はカインより歳上なのよ」
「へえー。いくつなんだ?」
カインにそう問われてヨミは、僅かに口籠った。
「……十三歳」
「へ? 十三? じゃあ俺の方が歳上じゃん」
「違うわ! 二百六十三歳よ」
「はっ!? え? 二百!」
「……幻滅した? 人間からしたらおばあちゃんだものね」
そう言って、ヨミは悲しげな表情を見せた。
「おばあちゃんって言うか、もう骨になってるよそれ。つか、そうじゃなくてさ。二百歳って割には……」
割には何? と小首を傾げるヨミ。
「子供にしか見えないなって」
カインはヨミに思いっきり頰をつねられた。
「いたたっ! だからそういうとこが子供っぽいって言ってんの」
じゃれ合いながらも、二人は目的である山菜採りに精を出す。
そして、暫しの沈黙の後、カインは再びヨミに聞いた。
「魔国はさ。居心地が悪かったのか?」
「……そんなことはないわ。両親もいて、友人もいて、尊敬出来る人もいて、人間と何も変わらない生活があったわ」
「じゃあ、なんでこっちにやって来たんだよ? まあ、俺としてはヨミと出逢えたから、良かったんだけどな」
そう言われて、ヨミは僅かに頰を赤く染めた。
「母がいけないの。母が自慢気にカール・マークレウスの話なんてするから……」
「あの大英雄の? 魔国でも有名なんだな」
「カインは本当にカール・マークレウスの話を知ってるの? 初めて人間と魔族を繋いだ人よ。魔族でその話を知らない人なんていないわ」
「知ってるよ。三百年前の英雄だろ。あー、そっか! ヨミが二百六十三歳ってことは、親の代は直接知り合ってたりもするのか!」
「人間にとっては大昔の話かもしれないけど、魔族にとってはまだ少し前の話なのよ」
「確かにな。でもなんで大英雄の話を聞いてこっちに来ることになるんだ?」
「カイン。わかってて聞くのはやめて」
「すまん、ちょっと意地悪したかっただけなんだ。でもまあ、確かにな。たった一人の魔族の為に、国まで興しちゃうんだもんな。そんなことされたら、魔族じゃなくても惚れ込むな」
「人の世にある、王子様やお姫様のお話と一緒よ。カール・マークレウスは魔族にとってもっと身近なものだけど」
なるほどな。とカインは納得した。
口には出さなかったが、ヨミはきっとそんな夢物語に憧れたのだろう。人との繋がりを求め、絶望し、そしてあの森で佇んでいた。
カインが最初に見たヨミの瞳は、絶望に染まりつつも、その中にまだ捨て切れない希望が残っていたのだ。
その淡い想いが、カインの心を惹きつけた。
そして、ヨミは今、普通の女の子としてカインの隣にいる。
カインはヨミの心を救えたことが誇らしく、その瞳に親愛の色が宿っていることが嬉しかった。
「魔国にはヨミみたいな女の子がたくさんいるんだな」
「どうかしら。クセの強い子が多いから、あまり本心はわからないわ」
「どんな子がいるんだ?」
「そうね。大狼の化身、フェンリルの末裔は凄く攻撃的で、よく他の魔族と殺し合いをしていたし。ドラゴン族の子なんかは、たまに魔王様にちょっかいを出して半殺しにされていたわ。吸血鬼の女王は怒ると街を消し飛ばすし。邪神メドゥーサの末裔は、近付く者を片っ端から石に変えたりとか」
「ちょちょちょ! ちょっと待てって、話が壮大過ぎてついていけない。つか、こっちと変わらない生活を送っていたんじゃなかったのかよ!」
「人間だって争いもするし、悪いこともするでしょう。魔族は力が強いから、その規模が大きいだけよ。何も変わらないわ」
ヨミが寂し気に向けた視線の先には何もない。ただ、その場にはない何処か遠い場所をみつめているようであった。
その視線が何を思い描いているのかはわからなかったが、カインはその瞳を見てやはり綺麗だなと思った。
「まあ、確かにな。結局はそいつがどういう奴かってことが大事で、人間も魔族も変わらないのかもな」
カインはそう言って、ヨミが見つめる先を一緒に見つめる。
「俺はさ。ヨミの瞳が綺麗だと思った。たぶんこれからも、そう思い続けるんだと思う」
この想いはきっと変わらない。何があっても。どれだけの月日が流れても。そして、どんな話を聞いたとしても。
カインが言葉に含んだ気持ちが、ヨミにどれだけ伝わったかはわからない。
けれど、ヨミはカインの言葉を聞くと、泣きそうな表情で笑うのだった。
「………………」
「……とまあ、こんな感じだ」
カインは黙って話を聞く三名に向かって言った。
ヨミとの出会いの話。仲良くなるまで話。それから二人で過ごした取り留めのない話を思い出し、それらを順に語っていった。
ヨミとの別れの話は湿っぽくなるし、カインとしても改めて話したい内容ではなかった為、話をせずに締め括った。
「良いですねー。信頼し合ってるって感じで」
「はい。私はヨミさんが羨ましいです」
ミーアとヴィレイナが共感し合ってる中、ミズシゲは顎に手を当てて、ふむと唸った。
「……接吻のお話が出てきませんでしたが?」
「してねーよ!」
「おや、一緒に風呂へ浸かる仲だというのにですか?」
「曲解してんじゃねえ! ヨミの身体を拭いてやったのは最初の一回だけだ!」
「なんと。若い男女が寝屋を共にして何もなかったと? 本当に? 一度も?」
「いや、まあ。アクシデントみたいなことは何度かあったが……」
「お聞かせ頂きましょう」
「話さねーよ! お前は何だミズシゲ! 耳年増なのか! それともムッツリか」
「心外な。私はただ、皆さんが聞きたいだろうと思い発言をしているのですよ」
カインがチラリとミーアとヴィレイナを見ると、耳を赤く染めながらも話しの続きが気になっている様子であった。
カインは大きく溜め息を吐いた。
おかしい。この馬車には、カインを困らせるような輩は乗っていなかったはずだったのだが。
どうしてこうなったのだろう。
カインが心の中で再度溜め息を吐いている中、一行の馬車は間もなくキリエ村へと到着するところだった。
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