063 理不尽で必要な行程
僅かな光が灯された森の一角で、カインはミズシゲと対峙していた。
カインが腰に佩いた刀に手を添えると、ミズシゲもまた、目を閉じたまま腰の刀に手を添える。
そして、ミズシゲのつま先に僅かに力がこもる。それを察して、カインが腰の刀を抜いて応戦しようとした瞬間―――。
カインの首筋には、ミズシゲが抜き放った刀の刃が既に当てられていた。
刀を抜いた動作すら捉えられない速さ。
ミズシゲが本気であったのならば、カインは既にその首を落とされていたであろう。
カインはミズシゲに対してジト目を向ける。
「反応すらできなくて、最早鍛錬にもならないのだが」
「カインが手を抜くなと言ったのではありませんか」
「そうだが、これほどとは思わなかった」
本日の野営地を決めた後、カインはミズシゲに刀の扱い方を教わっていた。色々な武器を使用してきたカインであったが、刀に触る機会はなく、その扱いにおいては素人と変わらない。
刀に慣れる為、加えて『刀術』のスキルを得る為に丁度良いとのことで、扱いに長けたミズシゲに教えを乞うことになったのだ。
今現在、新たに加わった仲間たちが、カインたちがやらされて来たように夜狩りへと向かわされている。
その合間を縫って、カインはミズシゲに刀の手解きを受けているのだが、肝心の刀捌きが目で捉えられないとなると困ってしまう。
「打ち合いで覚えようと思ったんだが、考えが甘かった。すまんが、型を一から教えてくれないか?」
カインがそう言うと、ミズシゲは顎に手を当て、ふむと唸る。
「残念ながら、型は教えられません。お家の秘伝ですので」
「なら基礎で良い。というか、お前の家は秘密が多いな」
「古き慣習ですよ。東国は昔、戦乱の世にありました。大小様々な国が覇を競い、天下統一を目指し争っていたのです」
「それを一つに纏め上げたのが、大英雄たちだったな」
「はい。ウエスギ家を旗として、長年に渡る争いに終止符を打ちました。そして、マークレウス様は東国の国主となった軍神様と共に、アルストレイ建国の為の戦争を起こしたのです」
「それと、お前の家が秘密主義なのとどう繋がる?」
「マークレウス様は、武勲を立てたお家に褒美として技術を与えられました。それが、魔法の技術であり、スキルの取得方法などです」
なるほど、とカインは思った。
つまり、東国では大英雄カール・マークレウスが持ち得た技術が、各家に伝承されているわけだ。
各家が持つ技術は完全ではないにせよ、その一端を褒美として受け取り、子孫たちに受け継いでいる。
当時からしても、現代においても、東国は大英雄を崇拝している。そんな男に褒美として受け取ったモノを、軽んじるわけもないのである。
「お前の剣技は、大英雄のそれと同じということか?」
「同じかと問われると、正直わかりません。ですが、我がお家は大英雄と共に戦い、多くの技術を受け継いでいることは確かです」
「それで、お家に関わることは公言出来ないと?」
「申し訳ないですが。そういう仕来りなのです」
そう言ってミズシゲは肩を竦めてみせる。
「ですが。こと剣技に関しては実戦で使用するものです。どんなに秘匿しようとも、戦えば人目についてしまう」
言ってミズシゲは刀を抜き、虚空に向かって袈裟斬りを放つ。
先ほどとは違い、カインでも目で捉えられる速さでだ。
そういう事かと納得し、カインはミズシゲと同じように袈裟斬りを放ってみた。
ミズシゲの流れるような太刀筋とは、似ても似つかない。
だが、カインの目の前でミズシゲはもう一度刀を振るってみせる。
その動きをしっかりと目で捉え、カインも再び刀を振るった。先程よりもほんの少し、ミズシゲの太刀筋に寄ることができた。
それをカインとミズシゲは、夜狩りへ向かった仲間たちが戻るまでの間、繰り返した。
ミズシゲから剣術を教わることは出来ない。しかし、盗むことは出来る。
カインは無駄の無いミズシゲの動きを、瞳の奥にしっかりと焼き付けるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クルクルと体を旋回させ、鮮やかに宙を舞ったバッカー。普段通り綺麗な着地を決めると思われたが、勢いよく回った体は速度を緩めず。頭部を地面に突き立てたところでようやくその勢いを止める。
バッカーは地面に頭が刺さった不恰好な状態で、魔力が尽きた魔道具のようにその動きを停止させた。
しかし、そんなバッカーの様子を気にする者は誰もいない。
ルクスが這うような動きでバッカーの横を通り過ぎ、それに追従するようにウルスナとリンドーが地を駆けた。
ヒュオンッという音が後ろから鳴り、ウルスナとリンドーの横を通過してルクスへと向かって何かが飛んだ。
ルクスは長年の勘を頼りに、後方から向かって来た何かを横っ飛びで回避する。……した筈だった。
ルクスのとった回避行動を先読みしていたかのように、飛来した何かは角度を変えてルクスの頭部に直撃する。
あっさりと意識を手放したルクスが、その場に倒れ込んだ。
眼前で起きた一連の出来事に、リンドーとウルスナは足を止めて驚愕する。
不意にリンドーとウルスナの肩を誰かが掴んだ。
がっしりと掴まれた肩がメリメリと音を立てる。
リンドーとウルスナの額からブワッと汗が流れ落ち、ガタガタとその身を震わせた。
震えながら二人が振り返ると、そこには蛇のような目で睨みつけるファライヤの姿があった。
「ファ、ファライヤさん。あの、痛いんですけど」
「てててて、手を離して下さいませんかかかか」
「私は何と言ったのだったかしら?」
抑揚の無い声音でファライヤが言った。
二人はひいっと悲鳴をあげて懸命に言い訳をする。
「ちが、違うんです! あの馬鹿がいけないんです!」
夜狩りに向かったバッカー、ルクス、ウルスナ、リンドーの四名であったが、戻って来たその手に獲物は握られていなかった。
代わりに人間の体よりも二回りは大きい、大型の魔物をズルズルと引きずって来たのである。
「戻ったぜ。姉さん!」
揚々と告げるバッカーに対して、ファライヤは目を細めた。
「バッカー。魔物ではなく、動物を狩って来いと言っているのよ」
「コイツと闘ってたら、他にも魔物が集まって来てな! 獲物は全部逃げちまったぜ!」
がははと笑うバッカーに対して、ファライヤは溜め息を吐いた。
「やり直しよ。獲物を狩らなければ意味がないの」
「なにっ! よしっ! ならもういっちょ行って来るぜ!」
バッカーと違い、疲れた表情の面子はマジかよと目を剥くが、ファライヤの指示に逆らえるわけもなく渋々それに従った。
ところが戻って来た面子の手にはまたも獲物が握られておらず、バッカーの手には魔物が引きずられていた。
再度やり直しを要求されて、三度目の狩りに出る面々。
そして、三度目の帰還で三度同じことが繰り返された時、終にファライヤがキレた。
幼子でもわかるような殺気を放つファライヤ。その姿を目にした瞬間。一同は地を駆けていたのだ。
先ず始めにバッカーが犠牲となった。
殺気を放つファライヤに無謀にも突撃したバッカーは、振るった拳に余裕のカウンターを合わせられ、軽石のように宙を舞って昏倒する。
続いて、焚き火用の木材を恐ろしい速さで旋回させて投げ付け、綺麗な曲線を描いたそれは見事にルクスの頭部に直撃した。
そして現在、逃げ損ねたウルスナとリンドーの肩は、殺気を放つファライヤに握り潰されようとしていたのだ。
「あの馬鹿が、直ぐに叫び出して暴れるから狩りにならないのよっ! 魔物は寄って来るし、獲物は逃げちゃうし」
「そそ、そうです! わたくし共は悪くありません!」
「なら? 何故逃げるのかしら?」
「おっかないからに決まってるでしょ!」
「やましいことがなければ逃げる必要はないでしょう?」
「……そ、それは」
そう言われてウルスナは、口を噤んだ。
正直、ウルスナたちは面倒だったのだ。バッカーという馬鹿を制御することが。
疲れのせいもあったのだろう。何度も狩りに向かわせられるよりは、バッカーを大人しくさせて狩りを成功させる方が効率的でもあった。
だが、疲弊した彼らは、無尽蔵の体力を持つバッカーを止めることに億劫になってしまった。どうにでもなれと、投げやりな気持ちがあった。
訓練に対するそんな姿勢を、ファライヤも察したのだろう。だから彼女は怒っているのだ。
「も、もう一度行ってくるわ! けど、あの馬鹿を連れてくのはかんべんして!」
ファライヤの行けという視線を受けて、ウルスナとリンドーは肩をさすりながら勢いよく走り出した。
昏倒しているルクスに蹴りを入れて叩き起こし、引きずるように連れて行く。
そんな様子をミーアとジェドは遠巻きに眺めていた。
「あー、なんかあの理不尽な感じ、懐かしいですねー」
「それほど、昔のことではないが?」
「あー、多分遠い昔のことにしたいんでしょうねー」
ははっと渇いた笑いを発するミーア。その瞳には、どこか虚ろな色合いが見え隠れしていた。
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