062 静かな馬車と沈黙の馬車
ペルシアからキリエ村までは、馬車を使えば四日ほどの日程で到着出来る。
カインたちはペルシアで今後の方針についていくつか議論を重ねたが、結局はスキルや魔法の技術がどれほどのものかわからない内は判断出来ないとの結論に至り、予定を予定のまま棚上げして一先ずキリエ村へ向かうこととなった。
カインの操縦する馬車には、ミーア、ジェド、アーマード、ヴィレイナにトリティの休憩組。
ゲンゴウが操縦する馬車には、マリアン、ファライヤ、ルクス、ミズシゲ、ウルスナ、バッカー、リンドーが乗っている。
こちらは新規加入組という事で、ファライヤとマリアンによる講習……もといスキル取得の訓練が行われている。
あちら側の様子が気にならなくもないカインであったが、久方振りのゆったりとした旅路に思わず頰が緩みそうになる。
五月蝿いマリアンはいない。嫌がらせをしてくるファライヤも側にいない。口煩い連中は全て向こう側である。これは何と幸せな事なのだろうと思った。
カインの隣に身を寄せるようにヴィレイナが腰掛け、幸せそうな表情を浮かべておりなんとも癒される。
「ヴィレイナ。体調は問題ないか?」
「はい。多少気怠い感じはありますが、問題ありません。三日もあれば、神気も回復すると思います」
「詳しくないんだが、神気と魔力の違いは何だ?」
「基本的には変わりませんよ。神々が魔力という力を自身が扱い易い神気へと置き換えたのが始まりだと言われています。そして、神に選別された人間も同様に、自身の魔力が神気へと置き換わるのです」
「魔法は魔力を扱うと言っていたが、神気でも問題ないのか?」
「ファライヤさんは問題ないと言ってました。魔力だろうと神気だろうとやる事は一緒だと。……ですが、神気では魔術が扱えないのが少し問題みたいですね」
なるほど、とカインは頷いた。
ファライヤの編み出した六つの身体強化。これを使用し慣れていく事で、七つ目の身体強化、『操術』へと昇華させるのが、ファライヤの訓練方法である。
しかし、魔力ではなく神気を扱うヴィレイナでは、六つの身体強化を使用する事は出来ない。
これらの術式は、魔力を這わせる事を前提に作られているからである。用途は同じでも魔力と神気では性質が異なる。
これでは段階を踏んだ訓練が行えない為、ヴィレイナはカインがイセリアに魔術を教わった時よりも、魔法の取得が困難な状況になっているのだろう。
「ですが、神気を元に動かせる術式をファライヤさんが作ってくれてるんです」
カインの疑問を察してか、ヴィレイナが付け足すようにそんな事を言った。
「アイツは気持ち悪いくらいに何でも出来るな……」
カインの言葉にヴィレイナはクスリと笑みをこぼした。
「確かにファライヤさんは、私の知らない多くのことに精通しいて驚く事も多いですね。ですが、あの方の凄いところは、なんでもやってみようと試るところだと思います」
「神気で身体強化の術式を編もうなんて、誰も試そうとしないだろうな」
「はい。魔力と同じとは言っても、神気は基本、あるだけで人を癒します。魔力の性質に一段階上の性質を加えたものが神気ということらしいのです。故に、魔力では行えない癒しや浄化の研究が進められ、攻撃に関する術式は多くはない。そして、神気を扱える人間が少ない為に、それらの術式も広く浸透していないのが現状です」
「神気を扱えないアイツがどうやって、術式を編み出すんだ?」
「そこは、マリアンさんに助言を求めてましたよ。あの二人は仲が良いですね。まるで本当の姉妹のように」
そう言われると、二人のやり取りが目に浮かぶ。
ここはどうすれば良いかしら? と平然と聞くファライヤに対して、えー、と間延びした返事を返しながらも当然のように深い知識を披露してみせるマリアン。
疑いを持たずにその知識を取り込むファライヤ。だんだん退屈になって来るマリアンが、ファライヤに悪巧みを提案し、作業を中断してファライヤはそれに更に悪どい内容を付け加える。
楽しそうにニヤニヤニマニマ笑う二人の姿が頭の中に浮かび、カインは自分の想像相手にイラっとした。
そんなカインの様子を見て、ヴィレイナはクスリと笑みを漏らした。
「あの二人を扱えるカインも、私は凄いと思いますよ」
「扱えてはいないだろう。俺の言うことなんて聞きやしない」
「ちゃんと聞いているように見えますけど?」
「いや、あいつらは、特にマリアンは俺の命令を聞いた上で自分の思惑を混ぜ込んで来る。所有権の隙をついて、自分が楽しいことをしようとしてるんだ」
「それがわかっていて、細かく命令しないのですから、カインは本当に器が大きいですね。あのお二人が楽しそうなのも納得がいきます」
「ヴィレイナ。なんでも良いように捉えるな。俺はそう言われるほど、大した人間じゃない」
カインがそう言うと、ヴィレイナは再びクスリと笑みを漏らした。
「カインは直ぐにそうやって謙遜をするんですから。いい加減認めてください。あなたは英雄で、それを認めている人たちがいるんです。そして、私もその内の一人ですよ」
柔らかい表情を向けられ、カインは目を逸らした。
ヴィレイナの瞳には、出会った頃の憂いを孕んだ色合いは浮かんでいない。けれど、今その瞳に映る色合いは、カインに心を許す親愛の色が浮かんでいた。
それは、ヨミの瞳にあった色合いと同じ。
この少女は、最初から最後までヨミと同じ瞳を向けて来る。
その瞳で覗き込まれると、カインの心はどうにも落ち着かない気持ちになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ゲンゴウが操縦する馬車の荷台では、マリアンの講習が執り行われていた。
マリアンの説明に耳を傾けつつ、手元では木材を削り、絵を描き、裁縫を行う姿が見て取れる。
時折、マリアンから名指しで問題を出され、それに対応している際、手が止まるとファライヤに指摘される。
逆もまた然り。
作業に没頭し過ぎてマリアンの話しを聞いていなくても指摘され、反抗すると蛇のような目で睨まれるのだ。
何処の軍隊だ! とツッコミを入れたい一同ではあったが、恐ろしい教官に楯突く勇気もないので、不平不満を募らせながらも素直に従っていた。
そんな中、この男だけは別であった。
金色の髪に端正な顔立ちをした男―――バッカーである。
「よおおおおしっ! 終わったぜ!」
マリアンの説明を遮るようにバッカーが大声を上げて、手に持った木材をファライヤへと突き出した。
その木材を受け取り、ファライヤがやれやれと溜め息を漏らす。
「バッカー。私が何を彫れと言ったか聞いていたのかしら?」
「当然だっ! 俺様の天使! マリアンちゃんを彫るんだろ! どうだ、完璧な出来栄えだろう!」
そう言われてファライヤは手元の木材に目を落とす。
ファライヤの手に握られていたのは、細長く削られた一本の棒状の何かだった。
「これの何処をどう見たらマリアンに見えるのかしら?」
「マリアンちゃんの細くしなやかな姿を表している芸術的な一品だぜ!」
「あなたの芸術に興味はないの。似せて彫れと言っているのだから、せめて人型にしてもらえるかしら?」
「マリアンちゃんがただの人と同じなわけがないだろう!」
「ただの棒でもないわ」
芸術的な一品を突き返され、バッカーは難しそうな顔をする。
一体何が足りないのだと。
そこでバッカーはハタと気がついた。
己の作品には、女性らしい曲線が足りないと。
そのことに気がついたバッカーの行動は恐ろしく早かった。突き返された棒状の何かを、雄叫びを上げながら削り取っていく。
そして、直ぐに完成したモノをファライヤへと再び突き出す。
「これでどうだっ!」
突き出されたモノを受け取らず、ファライヤは言った。
「棒ね。丸みを帯びた」
「麺も伸ばせるぜ!」
そう言った瞬間、ファライヤがバッカーの胸ぐらを掴んで睨みを利かせる。
「人型にしろと言っているの。理解出来ないかしら?」
凄まじい威圧感に、作業に没頭していた面々はビクリと体を震わせた。
流石のバッカーもこれには、怯えの色をみせる。
「じょ、冗談だぜ姉さん」
「冗談? それは真面目に取り組んでないということかしら?」
蛇の様な瞳を窄ませて睨み付けるファライヤに、バッカーはぶるりと体を震わせた。
「じょ、冗談であることが冗談なんだぜ! あ、いや。ちゃんとやる、ます」
みるみる萎んでいくバッカーから手を離し、ファライヤは顎をしゃくって続きを促す。
バッカーが大人しくなると、マリアンの講習も再開した。
その後、静かになった荷台の中からは、元気いっぱいのマリアンの声だけが響いていた。
余談ではあるが、再度提出されたバッカーの作品はちゃんと人型になっていた。
ハニワみたいな形状のそれは、決してマリアンに似ているとは思えなかったが……。
しかし、彫刻のスキルを取得する訓練において、わざわざマリアンに似せた物を作る必要も無い。ファライヤは溜め息を吐きながらも、それを合格として受け取るのであった。
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