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006 気苦労の絶えない買い物

 五の鐘が鳴った頃、カイン達は宿を出発した。


 マリアンの神官服は着替えさせ、出会った時の服装に目深なフードを被っている。


「ねぇ、カイン。どこに買い物へ行くの?」


「ひと先ずは冒険者ギルドだ」


「えー。お買い物じゃないの?」


「仲間と連絡を取らなきゃならないし、デバイスレインの動向も確認しておく必要があるからな」


 カインは、これまでの経緯いきさつと今後の予定を、簡潔にマリアンへ話した。


 天秤の塔から転移させられたのち、共に行動していた冒険者たちとボルドの街で集まる取り決めをしていること。塔攻略にあたり、デバイスレインというクランと揉めていること。デバイスレインの行動次第では、攻略者として、各機関から狙われる恐れがあること。そして、仲間と合流したあとは、隣国のアルストレイ帝国へと一時的に身を隠す算段であることを説明する。


「ねぇカイン! あれ食べたい!」


 マリアンが指さす方向にある屋台から、ソースの焼けた香ばしい匂いが漂ってくる。


「お前は話を聞いていたのか」


「カインのお友達と合流して、隣の国に逃げるってはなしでしょ? 聞いてたよ。それよりあれ食べたい!」


 本当に我儘わがままな少女である。


 カインとしてはあまりマリアンの我儘わがままを許したくはなかったが、キラキラ目を輝かせて懇願こんがんされると、これぐらいならいいかと、ついつい甘やかしてしまい屋台へと足を向けてしまった。


「いらっしゃい。にいちゃん、一つどうだい? うちのモロコシは甘くてうまいぜ」


 ショウユというソースを塗りたくって焼いたモロコシが、食欲をそそる香りを漂わせ、ほどよく焦げ目の付いた焼き加減がなんとも美味そうである。


「二つもらおう」


「へい、まいど! 熱いから気をつけてな」


 愛想の良い店主から、厚手の葉で包まれたモロコシを受け取り、銅貨四枚を支払う。


 マリアンへ渡してやると、熱さに悪戦苦闘しながらも満面の笑みでモロコシを頬張った。ご満悦のようだ。


 ガジガジと小動物の様にモロコシにかじり付くマリアン。


 しかし、目深に被ったフードがそよ風になびいて、手に持つモロコシに当たりそうになる。


 わ、わわ。と、声を上げてモロコシのソースがフードに触れないように気を付けていたマリアンだったが、終には面倒になったのか、被っていたフードを脱ぎ去ってしまった。


 銀色の髪がキラキラと輝き、まぶしいぐらいに満足気な笑みを浮かべてモロコシを頬張るマリアン。その姿をみて、露店の店主がガチャリと手に持ったトングを落とした。


――ざわ。


 周囲に騒めきが走った。


「おいっ、あの子やばくね?」


「うそだろ? どっかのお姫様か?」


「……天使」


 通行していた人々が一人、また一人と足を止め、マリアンの姿に目を奪われ鼻の下を伸ばした。


 二人の周囲は徐々に人が集まり始め、注目を増していく。


 まずいと思ったカインは手に持っていたモロコシを葉で包んで腰袋に放り、周囲の状況など気にも留めずに、ガジガジとモロコシを頬張っているマリアンからモロコシを取り上げた。


 あ、と声を上げて、モロコシを奪い返そうとするマリアンの頭をがっちりと抑えて、マリアンの手が届かないようにモロコシをかかげる。


 突然行われたカインの理不尽な行動に周囲の視線が集まった。


 そして、かかげたモロコシを更に高くかかげると自然と周囲の視線は、カインの持つモロコシへと集まる。


 その様子を確認すると、カインはいきなり手に持ったモロコシを力いっぱい放り投げた。


 天高く舞い上がるモロコシをその場の全員が目で追いかけた。


 カインの奇行に誰も理解が追い付いていけず、天を舞うモロコシを眺める人々。


「……たべかけ」


 不意に誰かがつぶやいた一言でその場にいた人間は、誰しもが自分のすべき行動に気が付いた。


 天高く投げ捨てられた(・・・・・)モロコシは既に誰のモノでもない。そして、宙を舞うモロコシは先ほどまで、天使のような美少女が(・・・・)幸せそうに頬張っていた(・・・・・・)のだ。


「うおおおおおおおお」


 モロコシを求めて壮絶な奪い合いが開始された。


 周囲が良くわからない盛り上がりを見せている間、カインはマリアンにフードを被らせ、抱えるようにしてその場から撤退をするのだった。




 ボルドの街にある冒険者ギルドは、街の中心近くに位置していた。中央通りを西に少しそれた場所にある。


 他と比べ交流が多いこの街のギルドは、平均的な造りよりも少し大き目に建てられていた。


 カインが、木造りの戸を押して中に入ると活気のある声が耳に届いて来た。


 冒険者ギルドは昼前のこの時間帯、基本的には人が少ないはずなのだが、この街のギルドはそうではないらしい。


 早朝の混み合う時間帯をわざわざ避けてきたわけだが、カインの予想とは異なりそれなりの混雑をみせていた。


 中央のカウンターの左右に設置された丸テーブルの一つに陣取り、ガタイの良い強面の男たちが値踏みをするような目でカインとそれに付き従うフードを被った人物に目を向ける。


 ジロジロと見られるのはあまり気分の良いものではないが、対抗して絡まれるのも面倒である。


 カインは男たちの視線は気にせず、ギルド内の人物一人ひとりを人を探しているように目で追った。


 ギルドの入口を注視している者達。商談用の衝立ついたてが設けられた席で、依頼主と交渉を行っている者。割の良い依頼が依頼板へと張り出されるのを、談笑しながら待つ冒険者たち。窓際の席では珍しい格好の女冒険者が、若い冒険者たちに声を掛けられているのが見えた。


 警戒すべき相手が居ないことを確認すると、カインは一直線に空いているカウンターへと向かった。


 マリアンは目深にフードを被ったまま、ちょこちょことカインの後に続く。


 ちなみに、モロコシを奪われ不機嫌だったマリアンだったが、カインの分をくれてやると直ぐに機嫌を直した。


 ギルド内では喋るな。フードを外すなとカインに厳しく命令されているのもあるが、素直に言うことを聞いているのはそういうことである。


 カインが愛想よく挨拶をする受付嬢に、胸元から取り出した冒険者を示すプレートをチラリと見せて要件を伝える。


「冒険者ギルドにデバイスレインからなにか依頼は入ってないか?」


 受付嬢はその質問に疑うような視線を向けた。


 それはそうだろう。今や天秤の塔が攻略された話題で持ち切りの中、攻略者の最有力候補として話題に上るクランが、ギルドへ依頼を出すと考える冒険者はいない。転移から三日では、散らばった仲間を集めることさえ出来ていないはずなのである。そんな、冒険者なら誰でも知り得る情報を持たない者に、受付嬢が疑いの視線を向けるのは当然のことでもあった。


 カインは慌てて言葉を付け加える。


「なにか、あやかれる情報でもないかと思ってな。念の為だ」


 そう言うと受付嬢は納得した表情を向け、依頼は入っていないと告げた。


 受付嬢に礼を述べた後、カインはカウンターの横に設置された魔道具へと足を向ける。青いサークルの中に冒険者のプレートをかかげ、サークルの色が青から緑へと変わるのを確認すると、プレートを胸元へと仕舞い魔道具を操作する。


 ちょいちょいとマントを引かれ、カインは視線を向ける。


 どうやら魔道具に興味を持ったマリアンが、説明しろとうったえているらしい。


 命令通り言葉を発しないでうったえるマリアンにあきれ顔を向けつつも、カインは魔道具の説明をしてやることにした。


 この魔道具はラインと呼ばれる魔道具である。


 プレートに登録された冒険者の情報を読み取って識別し、個人又は登録した仲間同士で、文字を残すことにより情報のやりとりが出来る。


 冒険者ギルドにしか設置されていない為、いつでも使用出来るわけではないが、掲示板と違い、秘匿性ひとくせいの高い情報もやり取りでき、ギルドへ登録を済ませた者であれば誰でも無料で利用できることから、冒険者の間で広く利用されている。


 表示された文字を確認すると緑色から白色へ変わり、相手が情報を確認したことを把握できるのも中々に使い勝手がいい。


 カインはマリアンに魔道具の説明をしながら、自分あての伝言がないことを確認すると、仲間にボルドへ到着したことを残してギルドを後にした。



 冒険者ギルドを出たあと、二人は武器屋へと立ち寄った。


 目新しいモノがないか確認するが、別段気になる物はなかった。


 マリアンが丸腰なことが気になったカインは、剣を振れるとは思わなかったが、護身用にと短剣を買い与えた。皮製の鞘とベルトを与えると何故か得意顔をされて、カインは困惑した。


 他には、迷宮にて消耗した投げナイフとボウガンの矢を購入しておく。何故か値段が三割引きになったが、理由を考えたくなかったカインは気にしないことにした。


 短剣を装備する際、うっかり屋さんのマリアンがフードを脱いだせいで、店主と買い物客が狂喜乱舞し、落ち着かせるのに苦労したなどという事実はきっとなかったのだろう。


 そして、次に寄ったのが道具屋だ。


 ポーションの手持ちがあと二つとなっており、購入しておきたいところではあったが、金銭的な理由でカインが悩んでいると、店主が棚に陳列している商品に興味深々のマリアンに声を掛けた。


「気になるモノでもあったかい?」


「これ、この小さな衣装棚はなんですか?」


 目深に被ったフードから予想以上に愛らしい声が発せられたことに、店主は若干の驚きをみせるが、気の良い様子で棚の商品を説明する。


「これかい? これは魔道具でね。『圧縮』の魔術を用いて、手の平に収まる衣装棚の中に、本物の衣装棚を収納しているのさ」


 そう言うと店主は、小型の衣装棚の中に掛けている布を指でつまんで引っ張り出した。すると、衣装棚から外へと取り出された布は、本来の大きさへと変わる。


 店主が取り出した布をマントのように羽織ってみせて、どうだいと言った。


 その様子にマリアンは感嘆かんたんの声を上げる。


「すごい! これならお洋服がたくさん持ち運べるのね!」


「そうだろう? どうだい? 今なら金貨三枚に負けといてあげるよ」


「ねぇ、カイン。これ買って!」


「馬鹿を言うな。そんなモノに金を掛ける余裕はない」


「えー。でも、収納が増えた方が旅をするのにも便利だとおもうけど?」


「あのなぁ。冒険者だったら、それなりの収納アイテムは持ち歩いてるんだよ」


 そう言ってカインは、自分の腰に取り付けられた腰袋をマリアンに見せる。そして、袋の中から、大き目の鍋を取り出してみせる。


 先ほど道具屋の店主がみせたように、袋の容積ようせきをはるかに超える大きさの道具が出現したことに、マリアンは歓声を上げた。


「なんだ。普通は持ってるものなんだ。凄いとおもったのになぁ」


 ボヤキながらマリアンは小型の衣装棚へ店主から受け取ったマントを戻そうとすると。


――ボン!


「にゃあ!」


 突然、弾けるような音が鳴り響き、マリアンは変な声を上げて飛び退いた。


 みれば、小型の衣装棚を粉砕し、中に収納されていた元の大きさの衣装棚が飛び出して、ミシリと床板を鳴らしていた。


「こりゃいったい」


 店主が驚いた声を上げる。


 どうやらほどこされていた『圧縮』の魔術が解けてしまい、中にあった衣装棚が小型の衣装棚を突き破って飛び出してきたようだ。


「魔力切れじゃないか?」


 通常、この手の魔道具は魔力を補うことで半永久的に機能する。魔術の核となる魔晶石を破壊するか、魔晶石の魔力が切れる以外に壊れることはない。


「そ、そんな馬鹿な。今朝補充したばかりだよ。あんた! 一体なにしたんだ! 弁償してもらうよ!」


 詰め寄ろうとする店主に、マリアンは素早くフードを脱ぐと目をうるませながら言った。


「うう。ごめんなさい」


 輝く銀髪をふわりと躍らせ、おびえた小動物のような顔を上目遣いに向けるマリアン。


 それをみた店主は、うっ、と声を詰まらせて足を止めた。


「ごめんなさい」


 更に瞳をキラキラと潤ませ、懇願こんがんするように謝るマリアンに対して店主の頬が緩む。


「……いや、いいんだよ。不良品だったんだろうね」


 コロリと態度を変える店主。その表情はだらしないほど緩んでいた。


「それよりあんた。その銀髪はもしかして、街で噂になっているエラー教の聖女様じゃないかい?」


「はい。そうです」


 にこやかに即答するマリアンに、カインはこめかみを抑えて溜息を吐いた。


「おお! やはりそうでしたか。収納棚がお気に召したのでしたかな? それではこちらをお持ちください」


 急に口調を改めた店主は棚からもう一つの小型収納棚を取り出し、マリアンに手渡す。


「え? でも、わたし一つ壊しちゃったし、お金持ってないよ」


「いいのです。いいのですよ。私もエラー教徒の端くれ。聖女様のお役に立てるのでしたら、安いものです。是非ともお持ちください」


 そう言われて、マリアンは恐る恐るといった感じで小型収納棚へ手を伸ばす。受けとった収納棚を大事そうに抱えると、眩しい笑顔でお礼を告げるマリアン。その姿に店主は感極まったのか、立膝をついて拝むように涙を流した。


 その茶番劇を見せられたカインは、呆れた表情で天を見上げた。


 当然、そこには木組みの天井が見えるだけで空はなかった。


 結局カインは軟膏なんこうの傷薬を二つに解毒の丸薬を数種類。砥石とぎいしと縄を購入して店を出た。


 店主に、


「聖女様のお連れの方でしたら、ただで持っていってください」


 と言われたが、当然代金を支払った。


 誰がお連れの方だと悪態をつきたいカインだったが、面倒だったのでぐっとこらえる。


 本当に我慢の絶えない一日である。



 道具屋を出た後、気が付けば昼をとっくに回っていた。


 既に九の鐘が鳴っており、昼食をとっていなかったので適当な露店で黒パンにボームの肉と野菜をはさんだものを購入して済ませた。マリアンも気に入ったのか、ついばむように食べたあとの表情は満足そうでだった。


 昼食を済ませた後は、魔石屋へと向かった。


 カインはそこで、空の魔晶石を九つと『光陣』の魔術が込められた魔晶石を三つ購入する。


 魔石屋の店主に魔術士はいるかとたずねると、店にはいないらしく、紹介してもらうこととなった。


 だが、明日の夕刻まで、隣町から戻らないとのことだったので、本日は宿へと戻ることになった。




「おお。お戻りになりましたか、マリアン殿」


 宿に戻ると、恰幅かっぷくの良い男が揚々(ようよう)とマリアンへと近づいてきた。白地の布に金の刺繍ししゅうほどされたエラー教の神官服を着ていることから、教会に関係する者だということがうかがえる。


「どうしたんですか? エルマさん」


 エルマと呼ばれた男は、教会に属する神官のまとめ役で、大神官を務めているらしい。なにらやら、聖女に対する貢物が教会に送られてきているらしく、わざわざ宿まで届けに来たとのことだ。


「わざわざ持ってこなくても、良かったのに」


「いえいえ。私物をお持ちでないとのことでしたので、納めて頂いても邪魔にならない物をお持ちしたのですよ」


 どうぞこちらですと、エルマは空き部屋だった場所へと案内する。


 中に入ったカインは目を見張った。


 部屋の中には、細やか刺繍を施された衣装が数枚。衣装に合わせるように用意された靴の数々。ストール。指輪。ネックレス。鞄。髪留めなど、細々としたものがいくつもある。


「わー。凄い! あっ、手鏡まであるのね」


「喜んで頂けまして幸栄です」


「ちょ、ちょっと待て! なんだこれは」


「いえ。ですから、マリアン殿への貢物です。バレス卿が各所へ連絡をしてくださったようで、わざわざ転移魔術を用いて送られてきたものですから、早急にお渡ししなくてはと思いまして」


「なっ! 転移魔術だと?」


 カインの驚きは当然である。


 転移魔術を使用する為には、それなりの規模の魔法陣と膨大な魔力を必要とする。


 軍の施設や魔術士ギルドにはあらかじめ用意されている場所も多いが、貴族であったとしても容易に使用許可が下りるモノではない。


 また、例え使用許可が下りたとしても、用途の確認や手続き、使用する為に必要な金額が大金貨二枚は掛かると言われている。


 ただの輸送に掛かる費用としてはとても割に合わないのだ。


 しかも、贈り先は見た目は天使の様だが、中身はちゃらんぽらんのどこの馬の骨ともわからない少女である。


「こちらは、ガノッサ子爵様からです。ああ、そちらはギーベ男爵様からで」


「おいっ。なんで突然こんなことになる! あったこともない貴族からこんなに」


「聖女様が現れたのですから、当然のことだとおもわれますが」


 エルマはそう言ったが、実際のところは違うのだろう。近年では、天秤の塔出現により、ミリアム教の勢力が増している。加えて、エラーの成した偉業の数々は人々の記憶から薄れ、信徒の数も年々減っているとのことだ。エラー教の権威を再び高める為、聖女の存在は必要不可欠なのであろう。マリアンを一目みた者であれば、その存在が人々にどれだけの影響を与えるか容易に想像ができるはずだ。


「ところで、マリアン殿。お付きの方は他にはいらっしゃらないのですか? 不躾ぶしつけかとおもいますが、教会からも警護と身の回りをお世話できる者をお仕えさせたいのです」


「必要ない!」


「いえ、わたしはマリアン殿にお伺いしているのであって――」


「何を勘違いしているのか知らないが、決定権は俺にある。俺はそいつのお付きじゃなく、主人だ」


「そうよ。わたしはカインの所有物なの」


「ご冗談を。マリアン殿の首には奴隷の証がありません。奴隷契約もせず、所有物などと……」


「間違ってないわよ。まあ、所有物じゃなくて、所有天使って言うのが正解だとおもうけど」


「どのような縛りで! そうか、借金ですね。ご安心ください。マリアン殿を解放する為、教会はいくらでもご用立ていたします。さあ、おいくらですか」


「借金じゃなくて、神の契約で所有権がカインにあるのよ」


「おい!」


 マリアンの余計な一言でカインは思わず声を荒げた。


 そして、エルマは、いぶかしんだ様子で額に皺を寄せると、なにやら思案したのち口を開く。


「……かみの……契約ですか? カイン殿、でしたかな? その契約いかほどでお譲りいただけますか?」


「……いや。金額の問題じゃないんだよ」


「大金貨で二十、いや、三十でいかがですか」


「なに!」


「ちょっと、カイン!」


 一瞬心が揺らいだカインだったが、マリアンのツッコミも早かった。


 意外にもマリアンは、カインから所有権が離れることは嫌だったらしい。もしくは、ただ単に、よく知らないおっさんに所有権を持たれるのが嫌だっただけかもしれないが。


「……まあ、なんだ。いくら積まれても困る。そもそも、譲れるモノでもないしな」


「……ですが」


「まあ、落ち着けよエルマさん。この件は今話し合っても意味はない。洗礼式まで二ヵ月もあることだ。ゆっくり考えようじゃないか。聖女の話もマリアンが俺の許可なく勝手に進めてしまったこととはいえ、ほどこしを受けているのは確かだ。前向きに検討はするさ」


 カインがそう言うとエルマは一瞬なにかを考えて、意外にもあっさりと引いた。


「……はぁ。確かに私の一存だけでは決めきれないこともありますな。今日のところは退散するとしましょう。また後日、改めてお話をさせて頂きます」


 そういうとエルマは困り顔のまま、そそくさと宿を立ち去るのだった。



「…………」


「……で? どうするの?」


「どうするもこうするもない。お茶を濁しつつ、街から立ち去るしかないだろう」


「結構しつこそうだけど?」


「それをお前がいうか? そもそも、神の契約とか余計な情報を与えるな! ザルか! お前の口は!」


「えー。曲がりなりにも神に仕える人なんだから、そう言った方が納得しやすいと思ったんだけど」


「証明できないだろう。その話を信じているかも怪しい。大体な、情報を与えず、渋っているだけなら、敵はエラー教だけだったが、もし、天秤の塔との関係性に気が付かれたら、国すら敵になる可能性があるんだぞ!」


「じゃあ、なんて言えばよかったのよ!」


「お前には黙るという選択肢はないのか」

読んで頂き、ありがとう御座います。

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