056 動き始める思惑
再開します。
小さな燭台の一つに火が灯された薄暗い部屋。その部屋で、グラスを傾けながら、ソファーに腰を下ろしている男が居た。
短い髪を逆立てた三白眼の男。その鋭い瞳を虚空に漂わせ、何を思っているのか眉間に皺を寄せている。
歴戦の勇士を思わせる顔付きと鍛え抜かれた肉体が、男が発する威圧感を更に増幅させていた。
「何をそんなにイラついているんだい?」
突如、暗がりの中から軽い口調で声が鳴った。
男が鋭い視線を向けると、壁際に向けられた机の上に腰掛ける一つの影があった。
フードを目深に被った声の主の表情は伺えない。しかし、威圧的な雰囲気を発する男に恐れる様子もなく軽口を向ける。
「珍しいじゃないか。君がそんな顔をしたのは、ミルガルドの英雄と事を構えた時以来じゃないのかな?」
「ジーサスとルイがやられた」
フードの男の態度に怒る様子もなく、男は静かにそう告げた。
「ああ。そういうこと。けど、あの二人は弱いからね。そういうこともあるんじゃないのかな?」
「…………一撃だ」
男が静かにそう告げると、フードを被った男は暫しの沈黙をした。そして、微かに息を漏らす。
「…………へぇ。そいつは面白そうだね」
「面白いことなんてあるか。俺たちは舐められたんだぞ」
僅かに怒気を孕んだ声を男が発する。しかし、男に対してフードの男はまるで怯んだ様子を見せずに言った。
「どんな奴なのかな?」
「さあな。コルネリア領に出現した天秤の塔の攻略者一団らしいが、聖女二人に冒険者が数名付き添っているということしかわからん」
「聖女? なんだか素敵な響きだね。弄んで壊したら楽しそうだ。その聖女がギフトを得たのかな?」
「……いや。聖女を従えている冒険者がいるらしいな」
「はあ? なんだよそれ。ギフトを手に入れた奴が早速ハーレム作ってるってこと? 気に入らないなそいつ。ねえ、僕がそいつらやっちゃって良いかな?」
「情報は何もないんだぞ?」
「別に? そんなの自分の目で調べるからいらないよ」
「お前の目でもギフトの内容まではわからないだろう?」
「どんなギフトか知らないけど、僕が負けると思うのかな?」
その言葉に男はフッと鼻で笑った。
それを了承と捉えたのか、フードの男は机から降りると窓を開けて縁に足をかける。
「そいつら何て奴なの?」
「『マリアンズ』と言うらしいな。リーダーの名はカイン・マークレウスだ」
「はあ? 大英雄の名を語るとか調子ノリ過ぎじゃない? やっぱり嫌いだな、そいつ」
「余程の阿呆じゃなければ、その名を語る重みは承知している筈だ。余程の阿呆じゃなければな」
「じゃあ、余程の阿呆なんでしょ! 身の程知らずに僕が教えてやるよ」
そう言って、フードの男は窓からふわりと飛び降り姿を消した。
男はグラスの酒を呷ると息を吐く。
あの男は扱い難いが実力は確かだ。体良くけしかけることが出来たがどうなることか……。
もし、あの男が敗れるようなことがあれば。『マリアンズ』。警戒しなくてはならないだろう。
そう思い、男はその鋭い瞳を更に細め、窓の外を睨み付けるように見つめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルストレイ帝国、第十四区にある峡谷で、セイナ・シンシアは報告を受けていた。
腕に取り付けられた魔道具が青と緑に輝き、そこから人の肉声を鳴らしている。
セイナが使用している魔道具は、持ち運びが可能となる携帯伝話機である。
「……以上八名となります」
「……あなたの率直な意見を聞かせなさい」
「はい。……恐れながら。偏りはあるものの、我等の思想に近しい印象を受けます。取り込んで損はないかと……」
「そうではない。私が聞きたいのは、その男が我等が大英雄の名を語るに足る人物なのかどうかということだ。もし、その男が、生半可な心持ちでその名を語っていると言うのならば……」
伝話機越しの報告者はゴクリと唾を飲み込んだ。別に目を細め僅かに殺気を放つセイナを恐れたからではない。伝話機越しではさすがに、そんなものは伝わらないだろう。
だが、セイナの言葉は、発する殺気以上の恐怖を連想することが容易くできるものだったのだ。
セイナの言う通り、カイン・マークレウスがその名に相応しくないと判断されれば、間違いなく動くだろう。
三百年もの間、アルストレイを支えて来た最強の戦士たち。大英雄が鍛え上げ、刃を研いだ国の主柱。
ヴァルキュリアとシグルズたちが。
国の根幹を担い数々の制約に縛られる彼らだが、大英雄カール・マークレウスが関わるとなるとその限りではない。
アルストレイ帝国において最も崇拝され、神のように崇められている人物。それが、大英雄その人なのだからだ。彼らの信仰心は三百年たった今でも衰えてはいない。
故に。崇拝する英雄の名を気安く名乗る者を許せるわけもない。
「しっかりと見定めなさい」
「はっ! セイナ様の手をわずらわせぬよう、もしもの際は私がこの手で―――」
「……いいえ。その時は報告するだけでいい」
「しかし、それでは―――」
「その時は私が出る。我等が大英雄の名を汚した罪、死よりも辛い苦痛によって償わせよう」
通話を切り、セイナは腕を組んで暝目した。
見定めろとは言ったが、大英雄の名を語るに足る人物など、この世界にはいない。セイナはそう確信している。
であるならば、間違いなく己が動くことになるのだろう。
十二人のヴァルキュリアが一人。ヴァルキュリア・シンシアの名を預かりし、セイナ・シンシア自らが。
セイナは閉じていた目を見開き鋭い眼光を向ける。
すると、セイナの周囲に大きな音と共に砂塵が舞った。
砂塵が収まると、そこには巨大な竜の骸が現れた。
一太刀で首を切断された土竜。その数は三体。
土竜は己が斬られたことすら気が付かなかっただろう。それほどまでに鋭い一刀。剣を抜く動作すら捉えられない瞬息の一撃。
それを三体の土竜に向かって、考え事のついでに放ってみせたセイナ。その実力は、最強と称されるヴァルキュリアの名に恥じぬものであった。
セイナは土竜の骸には目も向けずに峡谷を進む。
その瞳の奥には、揺らめく炎の如き感情が宿っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セト王国、王都ラングレン。その中央に位置する王城の執務室で、マルセイ・ランタラルもまた伝話機により報告を受けていた。
「……ギフトの詳細は、その聖女だということか?」
「……はい。現状では恐らくとしか言えませんが」
「直ぐに調べろ。そして、その聖女とやらを連れてこい」
「簡単に仰いますが、それほど容易なことではありません」
「たかだか数名の集団を相手取るのに、難しいことなぞあるものか」
「メンバーの殆どがAクラス以上の実力を有した冒険者です。それと、『バン・ドルイド』のメンバーを二人。一撃で倒したとされる者が居ますし、エラー教やミリアム教の支援もあります。迂闊には動けないかと」
「英雄クラスの実力者に、三大宗教の二つが背後についたというわけか。放って置くにしても、些か危険か……」
そう呟き、マルセイは眉間に皺を寄せ考え込んだ。
そして、しばしの沈黙の後、口を開く。
「エイブ王国に直接戦力を送り込むのは難しい。であれば、こちらに誘い込む他あるまい」
「……マルセイ様。彼等をどう扱われるおつもりですか?」
「それをお前が知る必要はない。お前はただ、奴らをこの国におびき寄せることだけを考えていろ」
「……畏まりました」
「私の名を使って構わん。確実にやれ」
了承すると、報告者は通話を切った。
マルセイは顎の髭を撫でると、怪しく笑みを浮かべる。
「神の使徒か……ふん。精々役に立ってもらうとしよう」
そう呟き、何を思い浮かべているのか、マルセイは漏れ出る声を抑えきれずに笑った。
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