055 名ばかりの称号
「それよりも、この状況を説明してくれ。何がどうなった?」
「え、あの、その。すみません。わたしにはどうすることもできなくて」
急に落ち着きがなくなるヴィレイナ。
カインはなんとも嫌な予感がする。
「それについては、わたくしからご説明申し上げます」
突然、聖騎士の一人が一歩前に出て声を上げた。
「誰だ、お前は?」
「はっ! エラー教会聖騎士団所属、ベンズマスト支部を統括しております、ハイシェ・モーリフと申します! この度は我等が聖女、マリアンたんより御要請があり馳せ参じました。所有者様であられるマークレウス様にも一早く、御目通りをさせて頂きたくこちらで待機していた次第です」
マークレウス? 何を言っているんだコイツは?
カインがそう考えていると、反対側からも騎士が一人前へ出た。
「エラー教! 何を勝手なことを言っている。マリアン様は、ミリアム大聖堂にてマークレウス様が受けた恩恵。マークレウス様の許可もなく、聖女などと宣うな! そして何より、マークレウス様は我等が聖女、ヴィレイナ様の恩人。我々ミリアム教会に目を掛けてくださっているのだ! 迷惑しか掛けていない貴様らは黙っていろ!」
「何を言っている! マークレウス様を監禁したのは、そちらの聖騎士だというではないか! 迷惑を掛けているのはどちらだ!」
「………………」
騎士たちが不毛な言い争いを始めた中、カインは楽しそうに様子を眺めているマリアンへと視線を向けた。
「マリアン! 状況を説明しろ!」
カインが叫ぶと、言い争っていた騎士たちがピタリと止まった。そして、一同の視線がマリアンへと集まる。
マリアンは輝く銀色の髪をふわりとなびかせて立ち上がり、碧く輝く宝石の様な瞳を薄っすらと細めてニコリと笑う。
「本気でやったらこうなりました」
「何がだ!」
マリアンの説明によるとこうだ。
エラー教を掌握しようと動いたマリアンは、シュヴァイツという司教に聖櫃の秘密を明かした。それにより騒然としたエラー教会は、マリアンを神徒として認め、要望通り直ちに聖騎士を送り込んで来たらしい。
ここまでは良かったのだが、ヴィレイナを介してミリアム教会を使用した為、その内容はミリアム教会にも筒抜けとなってしまう。早々に神徒であることが証明され、天秤の塔の恩恵であると知れればさすがのミリアム教会も黙ってはいなかった。
直ぐ状況の確認が行われ、神子であるヴィレイナは問い詰められることとなったが、ヴィレイナはしっかりと口を閉ざして沈黙を貫いていたらしい。だが、傍らにマリアンがいた所為で、折角ヴィレイナが黙秘していた内容をあっさりとゲロッたようだ。
状況の確認が取れれば、もうミリアム教会も止まらない。なんとしてでもマリアンが欲しいミリアム教会は、所有者であるカインを担ぎ上げて取り込む手段に打って出た。直ぐにヴィレイナを聖女として祭り上げ、自分たちの聖女の為に動くカインを手助けする為にと聖騎士を派遣してきたのである。
ついでに言うと、大英雄カール・マークレウスの志しを継ぐ者として、カインのことを勝手にカイン・マークレウスと広め、周知させたということであった。
話しを聞き終わり、カインの額に青筋が浮かぶ。
「お前は、なんてことを!」
「えー。好きにやって良いって言ったじゃない。あと怒らないって」
「うぐっ」
そう言われてカインは言葉を詰まらせた。
確かにカインはそう言った。そして、ある程度無茶なことをすると想定していたはずだった。
しかし、この状況まではさすがに予想できなかった。それでも、半ば自分の判断が引き起こしたこととなれば、受け入れる他ない。
「エラー教もミリアム教も仲良くしてね。エラーもミリアムも仲良しなんだから、あなたたちが仲違いしてたら示しがつかないでしょう? あとわたしの協力が欲しかったらちゃんとカインの承諾を得てからにしてよね」
「「はっ!」」
マリアンの言葉に二人の騎士は姿勢を正して頷いた。
「それでは、マークレウス様、マリアンたん。英雄の誕生を祝して、ささやかながら宴の席を設けておりますので、そちらへ」
エラー教の聖騎士が言った。
「待て! 俺は英雄になるようなことはまだ何もしていないぞ!」
「ご謙遜を。我等が聖女をお救いし、国家に仇なす貴族の悪事を暴いた。そして、二つの宗教の橋渡しとなられる。これが英雄と呼ばずして、なんと呼びましょう」
こんどはミリアム教の聖騎士だ。
「は? 聖女はお前等の都合で祭り上げただけだろう? それに国にあだなす貴族だと?」
「はい。今回の事件の首謀者たるトーレス伯爵は、隣国のセト王国と繋がりがあり、国家転覆を画作していた疑いがあります。我々が取り押さえた後は、王国騎士団に引き渡され、今は尋問を受けているところでしょう」
「そんなことは知らん。お前等が勝手に調べたことを俺の功績にするな!」
「ですが、マークレウス様がマリアン様にご命令されなければ、強引にあの者を捕らえることはありませんでした。黒い噂はありましたが、噂だけでは国も動くことができないのですよ」
そう言われてしまうと、カインもぐうの音もでない。
そんな困り顔のカインに対して、マリアンが余計な一言を告げる。
「ねえ。折角だし、新たな英雄に一言もらおうよ」
「おお! それは良い。街の者たちよ聞け!」
聖騎士が声を張り上げると、ざわついていた見物人たちは静まり返る。
「国家転覆を阻止し! 我等が聖女の助けとなり! そして、ミリアムとエラーの加護を賜いし我等が英雄のお言葉だ! 心して聞け!」
そう告げられると、いつの間に準備していたのかマイクが手渡された。
顔を引き攣らせつつも、カインはマイクを受け取ると溜息を吐いた。
期待に膨らむ瞳がカインを見つめ、最早やっぱり無しでとは言える雰囲気ではない。
こうなってしまっては後には引けない。思い描いていた状況とはまるで違うが仕方ない。
カインは諦め、素直な気持ちを口にすることにした。
静まり返る見物人や騎士たちを見渡したのち、カインは静かに声を発した。
「俺はまだなにも成し得ちゃいない。走り出したばかりの半端者だ。こいつらが何を思って俺を担ぎ上げてるのかわからないが、折角だからお前たちに言っておく」
カインは一度言葉を置いて、深呼吸をした。
「俺はお前たちを助けない。俺が助けたいのは、俺が助けたいと思った奴だけだからだ。エラー教もミリアム教も勘違いをするな。どんなに担ぎ上げられようと、俺は誰かれ構わず手を差し伸べるようなことはしない」
そう告げたカインの言葉に、僅かにどよめきが走る。
「困っている奴が身近にいたらお前たちが手を差し述べてやれ。助けて貰った奴はちゃんとお礼を言え。誰かを虐げている奴がいたらお前たちが注意してやるんだ。注意された奴は素直に自分の胸に手を当てて考えろ。意見が割れたら話し合え。どうしても譲れなかったら殴り合ってもいい。そんな日常を送れたなら、そいつらに英雄は必要ないだろう。だから、お前たちは精一杯頑張ってそんな日常を作り上げればいい」
カインは瞑目すると、直ぐに目を開き言葉を続けた。
「だが、世の中にはそんな当たり前の事が出来ない奴がいる。どんなに頑張っても蔑まされ、優しく接しても虐げられる。奇異の目で見られ、畏怖され、遠ざけられる奴が居ることを俺は知っている。俺が助けたいのは、手を差し伸べたいのはそんな奴等だ。頑張って頑張って、努力しても報われないそんな奴等の力になるのが俺の願いだ。だから、俺はお前たちを助けない。手を差し伸べる気なんてない。……だがもし、お前たちの中にそんな奴がいたのなら。頑張って、努力して、周りを頼って、それでもどうにもならない奴がいたのなら、その時は俺たちを頼れ。そいつが正しい生き方をしているなら―――必ず力になってやる」
カインがそう言い終えると、一早くヴィレイナが拍手を送った。それに追従するようにまばらな拍手が起こり、いつしかそれは大きな音へと変わっていった。
次第に声を張り上げ喝采をおくる者も現れ、やがてその波は大きな歓声になった。
歓声がカインたちを包み込む。聖騎士たちの叫ぶ英雄という言葉に、町民たちは騒ぎ立ち鳴りやまない拍手と喝采をいつまでも送り続けるのであった。
聖騎士が取り囲む中央で、漆黒のコートを羽織った黒髪の男。幼き頃に聞かされた英雄譚の一幕。大英雄カール・マークレウスが英雄となったその場面を再現するかのようなその絵は、人々の瞳に深く焼き付いた。
ある少女は言っていた。
人の心を動かすのは絵画のようなその瞬間だと。
何食わぬ顔で、この絵を描いた碧い瞳の少女を見て、カインは苦い顔を向けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後。
ゲネードへと戻っていた一行は、コルネリア領へと帰還する準備を整えた。
出発の当日。
「それではユミナ。行ってきますね」
「はい、お姉様。教会のことはわたしに任せてください」
元気に言ったユミナの頭を優しく撫でて、ヴィレイナは優しい笑みを浮かべた。
ヴィレイナはミリアム教の聖女として祭り上げられ、カインの手助け、もとい教会が媚びを売る為に正式にマリアンズへと加わることとなった。
ユミナは今まで隠していた、神気が扱えることが露呈した為、ヴィレイナの代わりにゲネードの神子として扱われることとなった。
懸念していた貴族も捕らえられ、聖女の街ということで新たに幾人かの聖騎士も送られて、ユミナの身辺警護も任務として担っている。
ヴィレイナにとっての憂いはなくなり、晴れてカインたちの手助けが行えることとなったわけだ。
しかし、それでもまだ成人を迎えていないユミナを残していくことに、僅かな躊躇いが残ってはいた。
そんなヴィレイナの心情を察してか、ユミナは真面目な顔をして言った。
「お姉様。今までわたしのことを守ってくれて、育ててくれてありがとうございます。わたしは、ユミナはお姉様のお陰でこんなにも立派になりました。ですからどうか、これからはユミナの為ではなく、ご自身の為に生きてください。ご心配には及びません。ユミナには、お姉様から頂いた神気も聖騎士もあります。だから、だからユミナは、お姉様が幸せになること祈っています」
ユミナが瞳を潤ませて、懸命に言葉を紡ぐ。
「お姉様が幸せになることが、ユミナの幸せです。今までたくさん苦労を掛けてしまい、迷惑を掛けてしまい、ごめんなさい。お姉様、本当に今までありがとうございました」
ユミナが零れそうな涙を堪えて言うと、ヴィレイナの頰には既に涙が伝っていた。
「いいえ、ユミナ。あなたが居たから私は頑張れたのよ。あなたが居なければ、私はとっくに駄目になっていた。迷惑だなんて思ったことは一度としてないわ。辛いこともあったけど、あなたがいつも明るい笑顔を向けてくれたから、その度に勇気を貰ったもの。愛してるわユミナ。私もあなたの幸せをいつまでも願ってる」
「お姉様!」
ユミナがヴィレイナに抱き付いた。
今にも泣いてしまいそうな表情。けれど、瞳に涙を一杯に浮かべながらも、ユミナは声上げて泣くことはなかった。
「ユミナも! お姉様のことを愛してます。疲れたらいつでも帰って来てくださいね」
「疲れなくたって帰って来ますよ。あなたの成長を楽しみにしてるもの」
「はい! 待ってます」
ひとしきりの抱擁を終え、名残り惜しそうにユミナから離れると、ヴィレイナはカインに向かって振り返った。
「すみません。お時間を取らせました」
「いや、気にするな」
「カインさん! お姉様をよろしくお願いします!」
「ああ、任せておけ!」
カインがそう告げると、ユミナの瞳から堪えていた涙が、ほんの一雫だけ溢れ落ちたのだった。
ユミナに別れを告げ、カインたちはゲネードの街を後にした。
遠回りをしてしまったが、カインにとっても他の面々にとっても、まるで無意味な旅路ではなかった。
思い起こされた感情。誰かの為の英雄になりたい。その願いは、自分で想っているだけではなく、相手に認められることで、初めて実感として残った。
やはり俺は、誰かを救う英雄になりたいと。
半ば強引に押し付けられるように、英雄としての称号は手にした。だがそれは、未だ名ばかりの称号だ。
この先で何ができるのか。何を行うのか。それによって、己の目指すものとは大きく乖離してしまう。
だからこそ、大切な想いを一つ一つ積み上げて行かなくてはならない。紡いで行かなくてはならない。
問題は山積みだが、一先ずは助けに行かなくてはいけない。困っている誰かを。救いを求めている誰かを。
先ずは帰ろう。コルネリア領に。
向かうはキリエ村。
そこで苦しんでいる人々を救う。
新たな決意を胸に、カインたちは進む。助けたい誰かに手を差し伸べる為に。
ここまで読んで頂きまして、誠にありがとう御座います。
これにて第一章は完結となります。




