054 求めていたその言葉
ペリッドの街に向かう帰路の途中。カインは非常に困っていた。
行きと同様の配置であるのは変わらないのだが、カインの膝の上にはユミナが乗っているのだ。
現場に到着した聖騎士たちと共に事後処理を行い、いよいよ帰路につくという段になってユミナを騎士たちに預けようとしたら、彼女はそれを嫌がったのだ。
仕方なく、カインたちの馬車へと同乗することとなったわけなのだが、馬車の荷台部分は追跡の為に小型のものに付け替えてある。人が一人寝る程の広さがあるだけで、そこにユミナを一人というのも流石に可哀想だとカインは考えた。
怖い想いをしたばかりということもあり、人恋しそうなユミナの為に、ミーアかファライヤを荷台に追いやろうとしたら、何故かそれを二人に拒否された。主にファライヤにではあるが。
苦肉の策で「じゃあ膝の上にでも座るか」と提案すると、何故だかわからないがユミナは嬉しそうに頷くのであった。
そんな事情もあってか、今現在カインは右から眠りこけたミーアにもたれ掛かられ、左からファライヤにしな垂れ掛かられ、前にユミナを抱えているというよくわからない状況に陥っていた。
おまけにカインたちを取り囲む様に、聖騎士たちが並走しているとあっては非常に居心地が悪い。
「なあ、暑苦しいんだが」
「贅沢なことを言うのね。やはりマリアンが言っていた通りホ……」
「ちげえよ!」
「であれば、もう少し喜んだらどうかしら? 女性に囲まれて嬉しくはないの?」
「年端もいかない少女と、頭のイカれた女と、眠りこけてる女の子に寄り掛かられて、何を喜べって言うんだよ!」
「ミーアは頭のイカれた女ではないわよ?」
「お前だよ! お前! お前のことだ!」
「カイン。今の状況で酷いことを言うと……」
そう言ってファライヤはカインの耳元で囁く様に言った。
「勃起させるわよ。幼気な少女を膝に抱えて股間を膨らませる英雄。うふふ。あら、ちょっと面白そうね」
「すみません。マジで洒落にならんからやめてください」
「あの、カインさん。ご迷惑でしたか? 子供みたいな我儘を言ってしまって」
ファライヤとのやり取りを聞いてか、ユミナが不安気に声を上げる。
一瞬今の話を聞かれたのではないかとドキリとしたが、騎士の馬に乗るのを嫌がったことを言っているのだとわかり、カインはホッと胸を撫で下ろす。
「いや、そんなことはない。迷惑なのは俺の左隣に座ってる女だけだ」
「だから、カイン。そんなことを言うと……」
ファライヤがカインの背中につつつと指を這わせる。
「だああー! わかった迷惑じゃない。みんな迷惑じゃない」
「そうですか。……良かったです」
ユミナが嬉しそうに笑ったのは喜ばしいが、カインはどっと疲れが出てきた。
「つか、ファライヤ。俺が言ったとはいえ、『バン・ドルイド』の連中は良かったのか?」
「ああ。彼等からは何も証拠は出ないわよ。運ぶだけ無駄だからあれで良いのよ」
「ふーん。それと、連中のことを警戒していたみたいだが、お前が警戒する程の連中じゃなかった様にも見えたが?」
「そうね。今回の相手はそれ程でもなかったけれど、中には今のあなたたちでは勝てない相手もいるわ」
「お前でも勝てない連中か?」
「さてね。やり合ったことがないからわからないわ」
「お前がそんな言い方をするなんて余程だな。今後気を付けるとしよう」
「ええ。そうして頂戴」
ファライヤが遠方を見つめる。その横顔は、マリアンに負けず劣らず美しいものであった。
黙っていれば、良い女なのだが……。
カインは苦笑いをして前を向く。
そして、陽が傾きかけた頃にようやくペリッドの街が見えてきた。
「カイン様。マリアンたんより、こちらを預かっております」
聖騎士の一人が馬を寄せて、手荷物をカインに手渡しながら話しかけて来た。
たん? と疑問符を浮かべるカインであったが、それよりも渡された物に意識がいく。
黒い胸当てと漆黒のコート。そして、東国で愛用されている刀である。
「なんだ? これは?」
「装備がショボイので、こちらに着替えて頂きたく」
聖騎士の言葉に「あ゛あ゛!」と鋭い眼光を向けるカイン。その様子に聖騎士は慌てて言葉を付け足した。
「あ、いえ。これはマリアンたんが仰っていたことでして……。竜皮を用いた装備と黒曜鉄で打たれた刀をご用意致しました」
「そんな希少なものを受け取れるか!」
「し、しかし。受け取って頂けなければ、我々もお叱りを受けてしまいます」
「良いじゃない、別に。良い装備はこれから必要になってくるわ」
「しかし、なあ」
「カイン。英雄になる男が些細なことを気にして遠慮するものではないわ。機会を逃していくとそれだけであなたの目標が遠のくのよ」
そう言われてカインは、渋々ながらもそれらを貰うことにした。
そして、ファライヤに馬車を任せ、荷台で装備を付け替える。
「あら、似合っているじゃない」
「はい。カッコいいです」
荷台から戻ると二人がカインの姿を見て言った。まだ眠いのかミーアは眠気眼で「どーしたんですか? それ?」と首を傾げている。
なんとも小恥ずかしい注目を浴びて、カインはペリッドの街へと帰還した。
聖騎士に先導されペリッドの街へと入ると、街はなんとも落ち着かない空気を漂わせていた。
二十名近い聖騎士に先導されながら、街の中央通りを通っているのだ。奇異の目で見られるのもわからなくはないのだが。
それにしても見物人が多く、ヒソヒソと囁かれる声音に落ち着かない。
そんな様子に不安を抱きつつも、一行は中央広場までやって来た。そこで、その場に広がる光景にカインは愕然とした。
中央広場には、百を優に超える聖騎士たちが悠然と佇んでいたのだ。
規則正しく整列するその様子は、正に圧巻とも言える。
そして不可思議なのが、中央に開けた道を隔てて騎士たちの纏っている鎧が違う。
何事だと顔を顰めていると、正面に立ち並んでいた騎士たちが割れた。
その向こう側には、設置されたテーブルにマリアンとヴィレイナが優雅に腰掛け、仁王立ちするアーマード、キョロキョロと落ち着かない様子のジェド、ポリポリと頭を掻いて呆れ顔をするルクスの姿があった。
なんの騒ぎだ? と疑問符を浮かべながらも、カインが馬車から降りると騎士たちが一斉に首を垂れた。
その様子に顔を引き攣らせつつも、ユミナを馬車から下ろすと手を引いてヴィレイナの元まで歩く。
ヴィレイナも我慢出来なかったのか、椅子から立ち上がりユミナに向かって駆け出した。
「ユミナ!」
「お姉様!」
きつく抱擁し合う姉妹の頰に涙が伝った。
「……無事で、良かった」
「お姉様、ごめんなさい。……わたし、わたし」
「良いのよユミナ。あなたが無事ならそれで」
「おねえ、さ……うわああああん」
普段通り落ち着いた様子を見せていたユミナであったが、助けられた後もずっと不安だったのだろう。
家族の元に帰ることができて、ようやく緊張の糸が切れたユミナは幼子の様に声を上げて泣いた。
「頑張りましたね。……ユミナ」
溢れる涙を拭うことも忘れ、妹の頭を優しく撫でるヴィレイナの姿は、険のとれた柔らかい表情だった。
暫しの間、その微笑ましい光景を誰もが声を上げず、静かに見守るのであった。
ユミナが落ち着きを取り戻すと、ヴィレイナは涙を拭ってカインの方へと向き直る。
「カイン。ありがとうございます。あなたは紛れもなく、私の英雄です」
そう言われ、カインの中にストンと落ちる感情があった。
ヨミが残した最後の言葉。
―――私の英雄。
そうだ。これが欲しかったのだ。
そうなりたかったのだ。
その言葉を、もう一度聞きたかったのだ。
胸の内を熱くするたった一言。その言葉の為に、きっと何度だって頑張れる。
それが、ヨミの欲しがったもの。それが、自分が求めて止まないものなのだから。
カインは照れ臭そうに笑うと、ぶっきらぼうに言った。
「そう言われると、悪い気はしないな」
カインの言葉に、ヴィレイナは瞳を潤ませて微笑んだ。
読んで頂きありがとう御座います。
長くなったので分割。18時にもう一つアップします。




