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053 闘争の結末

 馬車から鳴り響く破壊音に驚き、男たちは一瞬視線を向けた。


 焦げ茶色の髪の男が、相手は二人だと叫んでいた通り、ファライヤの存在には気が付いていなかったのだろう。


 二人だと思っていた襲撃者が、実はもう一人居た。

 自分の探知能力を過信していたとするならば、その事実に少なからずの動揺が走るのは当然である。


 実際、カインの目の前にいる男たちは、眼前に敵が居るにもかかわらず、一瞬とはいえ視線を逸らしたのだ。


 その一瞬をカインが見逃すことはなかった。


 瞬間的に地を蹴り、全身鎧を纏った男に向かってレイピアを突き出す。


 『イセリア流剣術四之型・突』。


 剣に込められた魔力を剣先の一点に集め、高い強度と熱量を帯びる突き技である。


 剣先の熱は鉄をも溶かし、遮ることのできない必殺の一撃と化す。


 だが、隙を突いた筈の一撃を、護られるように後ろで構えていたリーダー格の男が、力強い踏み込みで一気に間合いを詰め、剣を下から上に巻き上げ弾き返した。


―――なにっ!


 カインが顔をしかめる。


 『イセリア流剣術四之型・突』は、決して速度が速い技ではない。硬質な鎧に覆われた相手を、細身の剣で倒す為の技である。


 しかし、カインは相手の隙を突き、型にする事で使用可能となった『細部連動強化』を用いて必殺の一撃を放ったのだ。


 常人の反応速度で、とてもではないが受け流せるものではない。


 だが、目の前の男は受けて見せた。それも、自身ではなく、間合いの離れた仲間に放たれた一撃を。


 慌てて体制を立て直し、カインは地を蹴って一歩下がる。


 リーダー格の男も無理な体勢で受けた為か、追撃を放つ事は出来ない。全身鎧の男も同様だ。自分を攻撃されたことに遅れて気が付き、咄嗟に追撃する事は出来なかった。


 その攻防の最中、カインが一歩下がるのと同時に、ミーアが『爆風』の魔晶石を放る。相手も同じ判断だったのだろう。もう一人の全身鎧の男も魔晶石を放ると、空中で投げられた魔晶石がカチリとぶつかり合い、互いの魔術を相殺する。


「先に魔術士を倒せ!」


 リーダー格の男が、カインへと肉薄しながら声を上げた。

 その命令に全身鎧の男二人は直ぐに従い、ミーアに向かって動き出す。


 フォローを入れようとこころみたカインであったが、投げた魔晶石を剣で弾かれ阻止されてしまう。


 リーダー格の男。この男の反応速度は異様なほどに高い。咄嗟の判断で行ったカインの行動をことごとく看破し対応してくる。


 そして、烈火の如く振るわれる剣戟をカインはニ之型・流で受けきるが、完全に足を止められてしまった。


 ミーアとは分断されてしまった。ならば、目の前の男を自分が倒す他ない。


 そう決めて、カインは相手の動きを探る。


 剣筋は凄まじく速い。だが、対応出来ない程ではない。寧ろ六つの身体強化を用いた自分の方が、速度においては優っている。それでも、相手はまるで知っていたかのように自分の攻撃に対応してくる。


 これが、剣術を高めた者の動きか? いや違う。


 ファライヤが馬車を襲撃した際、この男は明らかに隙を見せた。その隙を剣術などというもので補える筈もない。であれば、この男の反応の良さには別の理由がある。目で追わずとも相手の行動を感じる方法……。


 探知のアーティファクトか。


 思い至り、カインの瞳がギラリと光った。


 目の前の男は早々に敵を二人だと断定した。それ故に、ファライヤの襲撃を予測出来なかったのだろう。


 ファライヤがどの様な手段を以って、探知から免れたのかはわからないが、あの女にはそもそもそんな常識は通用しない。考えても無駄である。


 一先ず、相手の手の内がわかったのであれば、それに対して行動をするのみだ。


 探知で行えているのは、攻撃予測。相手の筋肉の動きまでを正確に読み取り、攻撃の予測をしている。放たれた攻撃に対しての空間位置も把握出来ているのだろう。


 それ故に、一歩先んじて動くことが出来る。ならば、予測していても尚、躱せない攻撃ならば対応仕切れない。


 もう一度、相手の隙を誘うことが出来れば……。


 そう思い、カインは攻撃を受け流しながら機会を伺った。




 ミーアに二人の男が襲い掛かった。


 ミーアは慌てて魔晶石を放るが、相手もそれを読んでいたのか、同じく魔晶石を放り投げ相殺させてくる。


 迫り来る男たちに、ひぅと小さく悲鳴を上げるミーアの反応に僅かに口元を緩める男たち。


 だが、容赦なく命を刈り取る一撃を放つ。


 男たちは油断していた。いや、慢心していたというべきか。


 こと戦闘において、相手をなめるような気持ちは褒められたものではないが、男たちの内心も理解できないわけではない。


 魔術士は基本、後衛職である。


 一対一の戦闘には向かない。それは、刹那のタイミングが勝敗を分ける近接戦闘において、数秒から数十秒、長ければ数分にも渡る詠唱を行なっている暇などないからだ。


 どんなに強力な魔術が扱えたとしても、それを放つ前に斬り伏せられてしまっては意味がない。前衛職がいる場合には厄介な相手となるが、仲間から離れた魔術士は格好の的となってしまう。故に、戦場においてそんな魔術士は優先的に排除される。


 リーダー格の男の判断は定石に沿ったものであり、男たちが勝利を確信するのも当然だとは言える。


 だが、今回の場合は、その定石から外れた出来事が起きた。


 可愛らしく悲鳴を上げていた筈のミーアがキッと目を細め、男の一人に向かって踏み込んだのだ。


 振るわれる剣を潜り抜け、突き出されるように木製の杖が向けられる。


 その素早い動きに男は対応出来ず、鎧越しに胸を殴打されて吹き飛んだ。


 片割れが吹き飛ばされたことに驚きを見せる男を無視して、ミーアは吹き飛んだ男に向かって駆けた。


 そして、すくい上げるように杖を振るうと、パコンと間抜けな音と共に撃ち抜かれた男の首から、ゴキリという嫌な音が響く。


 透かさず反転して、ミーアは驚きに硬直している男に向かって駆ける。


 慌ててミーアに向かって『爆風』の魔晶石を投げると、その一手はミーアに直撃した。かのように見えた。


 捲き上る炎の中から飛び出すミーア。


 その体を、『守護』による膜が覆っていた。


 チッと舌打ちをする男。


 男は低く腰を落とし、迎撃の体勢をとる。


 突然加速するミーアの動き。だが、男の技量もそれなりに高かったのだろう。


 加速したとはいえ、対応出来ない程ではなかった。


 接近するミーアに合わせるように、剣を振り下ろすと、その一撃は綺麗な軌道を描き、吸い込まれるようにミーアへと向かっていった。―――が、突然振り下ろした筈の剣が恐ろしい威力で弾かれた。


 加速したミーアよりも更に一段速く振るわれた杖により、剣を弾かれてしまったのだ。


 ミーアは『細部部分強化』により加速し、型として準備した『細部連動強化』を用いて杖を振るったのだ。それも相手の剣に向かって。


 それにより、予測をズラされた男は剣を大きく弾かれ、万歳をするように無防備になる。


 その隙を相手が許してくれる筈もなく、男は顔面を鎧ごと撃ち抜かれ仰向けに転倒した。


「ぐぅ」


 唸り声を上げて転げる男に対して、ミーアは杖を大きく振りかぶった。


「馬鹿な! 魔術士じゃなかったのか!」


 男の言葉は尤もである。魔術士にこのような戦い方は出来ない。それが世の中の常識であったのだから。


 だが、男の言葉にミーアは顔を顰めて不満そうな表情を見せる。


「魔術士です! ただちょっと、近接戦闘を叩き込まれただけの、近接型寄りの魔術士ですけど!」


 はあ? 何言ってんだこいつと声を漏らした男に対して、ミーアは青筋を立てて杖を振るった。


 ポコンと間抜けな音を立てた杖の一撃を受けて、男は昏倒するのだった。




 探知のアーティファクトにより、周囲の情報も把握していたリーダー格の男は驚きに目を剥いた。


 まさか、精鋭であるはずの自分の部下が、二人掛りで魔術士一人に後れをとるとは思いもよらなかったからだ。


 判断を見誤ったのか? いや、不測の事態は常に起きる。


 焦燥する自身の心に言い聞かせ、なんとか平静を装うことに努める男であったが、その動揺は剣技に現れていた。


 攻撃の手が僅かに緩くなる一瞬の隙。


 その隙を対峙しているカインが見逃すわけもない。


 カインは相手の攻撃を大きく受け流すと、直ぐに刺突の体勢に移り足に力を込める。


 先ほどの不意打ちと同様に、『細部連動強化』に四之型・突を乗せて必殺の一撃を相手の胸元に放った。


 顔をしかめつつも男は、その攻撃をなんとか打ち上げて躱す、先程と同様に互いのバランスが崩れる程の攻防。


 立て直すには、同じだけの時間が掛かり致命打には至らない。


「ぐぅっ」


 歯を食いしばり、強引に己の体勢を立て直し、直ぐに攻撃に移ろうとこころみる男。


 だが、気が付いた時には既に突きの嵐が自分を襲っていた。


 『半魔法』。


 カインが現在出来る最強の技である。


 残りの全魔力を消費する代わりに、僅かな間だけ身体強化とは比較にならない程の力を発揮させる。


 魔力の残量がなくなれば、相手の猛攻を受け流していた剣術も、魔晶石による牽制も、身体強化による強化もできなくなってしまう、正に捨て身の技。


 外せば最後。カインに相手を倒す術は残されていない。


 だから、確実に決まるこの場で使用することを選んだ。


 体勢を崩し、例え探知のアーティファクトで予測が行えていたとしても躱すことのできないこのタイミング。増幅した自身の筋力で無理矢理体勢を立て直し、ネジ切れるような反動に歯を食いしばりながら追撃を放つ。


 その一撃を男が躱す手段はなかった。


 男の体の至るところに突き立てられる刃。


 遂に男は握っていた剣を手放し、前のめりに体を沈めた。




 相手のリーダー格の男を打ち倒し、カインが息を吐いた。ミーアに目配せをするとどうやら向こうも無事な様子だった。


 しかし、馬車の向こう側からは、未だに金属が打ち合う音が響いて来ていた。


 カインは眉をしかめる。


 ユミナの身柄を確保している筈のファライヤが、未だに戦闘を行なっている?


 自分たちが相手を打ち倒す前に、ファライヤであれば易々と闘いを終え、いつものニマ付いた表情で様子を伺っている。そう考えていたカインであったが……。


 ファライヤが苦戦を強いられる様な相手……。


 カインの眉間の皺が深くなる。


「ミーア! こっちの処理は任せる!」


 カインの言葉にミーアはコクリと頷いた。そして、カインはファライヤから受け取っていた魔力回復用のポーションをあおると馬車の向こう側へと駆けた。




 カインが戦場に到着すると、ユミナを庇う様に立ち、二方向から四本の武器によって放たれる攻撃をひたすらに弾き返しているファライヤの姿があった。


 頰や素肌を晒した部分に僅かな傷跡が残り、その表情にいつもの余裕はない。


 カインの存在に気が付いたルイが、片方の武器でカインを攻撃してきた。


 鞭の様にしなる攻撃に対して咄嗟にレイピアで応戦するが、受けた場所が悪く軌道を変えた先端が軽く肩を傷付ける。


 厄介な武器だな。


 さて、どう攻略して行くか。カインがそう考えていた時、ファライヤが声を上げた。


「カイン。ちょっとこちらに来て、後ろで怖がっている子の目を塞いで貰えるかしら?」


「お前の所に駆け付けてる間に八つ裂きになるんだが!」


「大丈夫よ。一息に駆けて来なさい」


 そうは言われたが、カインは疑いの目を向ける。だが、ふざけた言い回しではあるが、ファライヤが出来ないことをやらせたことは今までになかった。


 切迫したこの状況で、あの女が無駄なことをさせるとも思えない。


 そう思いカインは覚悟を決める。


 カインに再び鞭の様な攻撃が放たれた瞬間。カインは敵の間を突っ切る様にファライヤの元へと駆けた。


 そのカインの行動に対して、左右から鞭の様な攻撃が放たれる。


 しかし、その攻撃はカインへ届く前に空中で何かに弾かれた。


 ファライヤが投げ入れたクナイによって、その攻撃を弾き返したのだ。


 何故クナイでそんな真似が出来る! などということは気にしている場合ではない。カインは攻撃が届く前に、全力で駆け抜けファライヤの元へと辿り着く。


 不安そうな表情をしていたユミナが、カインの姿を目にすると泣き出しそうな程に歪んだ。


 カインは優しくユミナの頭を胸元に抱えると、振り返ってファライヤに言った。


「大丈夫だ! 言われた通りやったぞ!」


 その言葉を耳にするとファライヤの表情が歪んだ。


 ユミナの視線を遮っただけで、カインがこの場に来た時と状況は変わっていない。


 だが、ファライヤは口元を歪めたまま手にしていた短刀を腰に戻すと大きく息を吐いた。


 殺到する四つの武器。それに対してファライヤは無手である。迫り来る攻撃を前にして、ファライヤの姿が僅かに揺れると、その手には四つの武器の先端が握られていた。


 流石に予想していなかったのか、ジーサスとルイが同時に声を漏らした。


「「なっ!」」


 そして次の瞬間。


 ファライヤの姿が消えた。


 いや、消えたのではない。ただ、敵に向かって一直線に駆けただけだ。


 その動きを、その場にいる全ての人間は追うことが出来なかった。


 気が付けば、パンッと鳴る軽い音と共に、芸術的な程美しい蹴りの姿勢で立つファライヤの姿がそこにはあった。


 そして、その傍らには、頭部を失ったルイがゆっくりと地に伏す姿があった。


 ボウガンを放たれたとしても十分に躱せる距離があった。その距離を一瞬の内に詰め、蹴り一つで頭部を破裂させる悪魔。


 その悪魔が、口元を歪めてジーサスへと視線を向ける。


 ジーサスは、小さな悲鳴を上げた。


「待て! 降参だ!」


 ジーサスの言葉を無視するように、口元を歪めたまま、一歩、また一歩とファライヤが近付く。


「ち、違うんだ! 許してくれ!」


 ファライヤが眼前まで迫ると武器を捨て、両手を上げて降参の姿勢をとるジーサス。


 だが、ファライヤは何も言わずに、短刀を振るうとジーサスの頭がボロリと首から離れた。


「へっ?」


 自身に何が起きたか理解する前に、ジーサスの意識は闇の中へと沈んでいった。


 何事もなくクルリと背を向けるファライヤ。


 そしていつものニマニマした表情を浮かべて言った。


「さあ、片付いた様ね。さっさと帰りましょう」


 そんなファライヤに対してカインは、頰を引きつらせる。


「お前な! 苦戦してたんじゃないのか!」


「ええ。してたわよ。その子に残虐な映像を見せない様に片付ける為にどうしたものかと、凄く頭を悩ませていたの。助かったわカイン」


「だったらそいつらを早く処理しろ!」


 カインがそう言うと、ファライヤはやれやれと『火球』の魔術で二人の遺体に火を付けた。


 溜め息を吐きつつも、カインはユミナへと視線を向ける。


 口元を覆っていた布を外してやると、涙を必死で堪える顔が露わになった。


「もう大丈夫だぞ。ユミナ」


「カインさん! 怖かったです」


 カインの胸元に顔を埋めるユミナ。安心したのか、堪えていた涙が溢れてユミナは暫しの間泣き崩れた。そのユミナの頭をカインは優しく撫でてやる。


「カインさーん! 向こうから騎兵が沢山来ましたよ!」


 ミーアの声が響き、カインとファライヤそちらへと視線を向ける。


「あら、エラー教の聖騎士みたいね」


「どうやらマリアンもちゃんと仕事をしたみたいだな」


 微かに昇る日を背に、騎士たちの行軍が目に映る。


 そして、胸元で泣き崩れるユミナを抱き締め、カインはようやく安堵の息を吐くのだった。

読んで頂きありがとう御座います。

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