051 先制の一撃
ペリッドの街を発って二日目の夕方。馬車の手綱を握り、カインは眉間に皺を寄せて唸っていた。
ここまでかなり無理な移動をしてきたのだが、未だに相手に追い付く気配がない。
何処かでやり過ごされたか? はたまた道なき道を突き進まれたか?
そんな疑惑が浮かんでは消えていく。
「少しは気を抜きなさい。疲れてしまうわよ」
カインの隣に腰掛け、相変わらず余裕のある表情を向けたファライヤが窘めるように言った。
「わかっている。だが、気持ちをどうやって落ち付けたら良いのかがわからん」
「考えなければ良いだけでしょう?」
「普段はできるんだがな、何故こんなに悶々としてるかがわからない」
「あの子にカッコ良いところを見せつけた所為で、自分の首を絞めているだけではないかしら?」
そう言われて、何となく思い当たる感情があるのか、カインは苦い顔をした。
「リーダーに落ち着きがないと、部下が不安になってしまうでしょう?」
「その割にはお前もミーアも落ち着いていると思うが?」
「あー。私は不安になったら、頭の中に術式を浮かべて計算してると落ち着くんですよ」
カインを挟んでファライヤの反対側に腰掛けたミーアが、指をクルクルと回して筆跡で輪を作って見せた。
「ほら。ミーアだって自制する為の手段を持っているというのに、情けない」
「うっさい。お前は俺の母ちゃんかよ! 落ち着かない時ぐらい誰にでもあるだろ!」
「私はないわ」
「そうだな。お前は心臓に毛でも生えてそうだもんな」
カインがそういうとファライヤがカインの頭を後ろから胸元に抱き寄せ、首に手を回して締め上げた。
「ぐあっ! 何すんだ、てめっ! 手元が狂う」
「女性になんてことを言うのかしら? 私の心臓はツルツルのピチピチに決まっているでしょう? なんなら見てみる?」
「グロい発言はやめろ! お前ならやりかねなくて怖えよ!」
「あのー。仲が良いのは結構ですが、追跡中なので自重してもらって良いですか?」
ミーアが冷めた視線を向けて言った。
「あら、ごめんなさい。気が利かなかったわね」
そう言ってファライヤは、カインから手を離すとミーアに向かってどうぞと手を向けた。
「な、なんですかそれは?」
「ミーアもやりたかったのでしょう? 退いてあげたから、存分に抱き付いて良いのよ」
「ちがっ、誰もそんなこと言ってませんよ!」
「素直になれないと他の子に先を越されてしまうわよ」
「なんの話ですかー!」
ミーアが興奮し始めると、なんだかカインの方が落ち着いて来た。
人の荒ぶっている姿を見ると、何故か周囲は落ち着いた気持ちになるから不思議である。
しかし、こんなやり取りをして既に二日。最低でも明日の朝までには追い付かないと、相手はペルタルゴに到着してしまう恐れが出てくる。そうなると、その先の追跡が困難になる。
荷車を小さいものへと付け替え重量を減らし、馬にもポーションを与えながら限界まで酷使している状況なのだ。街道を駆けているのならば、いい加減追い付いても良いものだとカインは考えていた。
今朝方ミサンガを頼りに仲間の状況を確認したところ、ジェドとルクスが合流しペリッドまで戻る様子が確認できた。『伝意』を使用して来ないことから、他の二つはハズレだったのだろう。
であれば、カインたちの追う相手こそが、本命だということになるのだが……。
「いたわ」
ミーアとじゃれながら、突然ファライヤが声を発した。
え? え? とミーアが前方に向かって目を凝らすが、それらしい影は見えて来ない。
ファライヤは指を立てて目を瞑ると、指先の何かを手繰るようにして言った。
「まだ先よ。馬が二頭に、馬車が二台。この先の丘に差し掛かるところのようね。かなり飛ばしているわ」
「お前の探知能力はどんだけ広範囲なんだよ! いや、まあ良い、で? 人数はわかるか?」
「どうかしら? 騎兵が二人。操者が二人。馬車の中に手練れが三人居るみたいね。微かな反応が一つとその傍らにもう二人かしら? いえ、これは神気ね。間違いないわ。当たりよ」
「頼りになり過ぎだな。全部で九人か」
「カインさん。丘を超えるとペルタルゴまでは、見通しの良い道が続きます。そうなると奇襲は難しくなると思われます!」
「確かにそうだが、野営をするなら、丘を越えてからだろうな。ファライヤ。確か影みたいな舞術が使えたな?」
「ええそうね。闇に紛れろって? あれはそんなに範囲の広い術ではないわ」
「そうか。なら、相手に気付かれずに追い抜くことは可能か?」
「挟み撃ちにするつもり? まあ、できなくはないわね」
「よし。なら、奴らが馬を停めたら挟撃する。ユミナを無事に確保することを優先的に頼む」
ええ。と頷くファライヤ。
「ミーア。俺とお前で、敵を引き付ける。ヤバそうだったら、お前は俺を置いて引け」
「カインさん! 女の子扱いしてくれるのは嬉しいですけど、私も冒険者ですよ! そんなことできるわけないじゃないですか!」
「違う! こちらが手に負えないような相手なら、誰かがマリアンたちに連絡を入れる必要がある。お前は直ぐに連絡を取って応援を呼ぶんだ!」
「そんな相手だったら、応援が来る前にカインさんたちがどうにかなってしまいます!」
「大丈夫だ。最悪奥の手があるから心配するな」
カインがそう言うと、ミーアは眉間に皺を寄せ、不満そうな顔をみせつつも頷いた。
「大丈夫よ、ミーア。私がいるのだから、そんな状況には陥らないわ」
「……頼もしいですね」
やや呆れた表情を見せつつも、自信ありげにニマニマと笑うファライヤを見て、ミーアはなんとも言えない安心感に包まれるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が落ちて、周囲には宵の闇が広がっていた。
丘を越え、視界の開けた平野で野営をする者たち。
停車した二台の馬車を囲うように三人の男が周囲を警戒している。
焚き火の周りでは四人の男が腰を休め、残りは馬車の中から出てこない。
闇に身を潜めカインとミーアはその様子を伺っていた。
「そろそろファライヤが配置に付くな」
「はい。こちらは攻撃魔術で先制しなくて良いんですか?」
「攻撃魔術で先制するよりも、目眩しをして一歩でも相手に近付ける方がいい」
「結構距離がありますけど」
「外の連中を引き付けられればいい。俺たちは、あの連中を倒すことだけ考えていれば、後はあいつがなんとかする」
「信用してるんですね」
「さあな。だが、ファライヤの実力は、恐らく闘千や英雄といった連中と同等かそれ以上だ。そんな奴が、自分の楽しみをこんなところで手放したりはしないだろう」
「楽しみ?」
「俺を苛めることだな」
「あー。なんか納得しました。カインさんに意地悪してる時、心底楽しそうですもんね。生き甲斐って感じで」
「そういうことだ。術式は編み終わったか?」
「はい、準備万端です。手筈も頭に入ってるのでご心配なく」
「よし。ならいくぞ!」
カインの合図と共にミーアが魔方陣に魔力を込めた。それと同時にカインはボウガンを構えて、魔晶石で作られた矢を番える。
審査会でヒナミが見せた、天使の羽を降らせる演出。その際に用いられた矢と同じような作りの物をペリッドの街で仕入れた。
その矢には、今ミーアが魔力を込めた魔方陣と同じ内容の術式が刻まれている。
ボウガンの矢を四方に打ち上げると、矢が着地した場所から霧が立ち込め始めた。
加えて、ミーアの魔術『水霧』が発動し、周囲の視界を遮る。
同時に、カインとミーアは身体強化を使用して駆け出した。
ジェドほどとはいかないが、人並みを外れた二人の速度に、闇夜に張られた霧が揺らめく。
「敵襲!」
ユミナを攫ったと思わしき連中から、怒声が上がった。
そして直ぐに、惜しげも無く魔晶石が投げ込まれ、霧を張った場所に炎や風が巻き起こる。
危うく直撃しそうになったものをミーアが『守護』の魔晶石を使って防ぎ、カインが進行方向にボウガンで矢を放ち『水霧』を張っていく。
霧を張らなければ、これだけの数を捌かなければならなかったと思うとゾッとする。
「馬鹿が! 相手は二人だ! 霧はただの囮だ、無駄打ちしてんじゃねえ!」
一人の男が上げた声により、闇雲に投げ込まれていた魔晶石が止んだ。
そして、男たちは自分たちに向けて増え続ける『水霧』だけを注視した。
「やれ!」
男が合図を送ると、カインたちに向かって、一斉に魔晶石が投げ込まれた。
その瞬間。
霧の中から二手に別れて影が飛び出した。
慌てた男たちが魔晶石を投げるのをやめて、腰の剣を抜き放つ。
だが、飛び出した二人の手にはボウガンが握られており、そこに番えていた矢を男たちの正面に放った。
男たちの眼前に打ち出されたのは『土壁』。
着弾した地点から土の壁が反り立ち、男たちの視界から二人の姿が遮られる。
チッと舌打ちをして、男の一人が、『水球』で土の壁を破壊する。
そして。
ぎょっと目を剥いた。
崩れる土壁の向こうには、既にミーアが屈みながら待ち構えていた。その手元には魔方陣の輝きがあったのだ。
移動を行いながら術式を編み、男たちの視界を遮った瞬間に六つの身体強化の四つ目、『細部連動強化』を器用に使ってみせるミーア。まだ、不完全な技術ではあるが、直線で駆ける為の型を用いればなんとか実戦で使用できるようになっていた。
予想出来ないほどの動きをみせたミーアに対し、男たちが驚くのも仕方ない。
『水棘』。
ミーアがそう声を発すると、男たちの足元に広がった水が針のように牙を剥いた。
鎧に覆われた部分を貫くことは叶わないが、革鎧をまとった男たちの防御が薄い箇所を傷付けていく。
そして、ミーアの『水棘』が注意を引いているその間に、男の一人へと至ったカインのレイピアが隙だらけの首を穿った。
「があ!」
首を貫かれ、一人の男が地に倒れ伏す。
「先ずは魔術士をやれ!」
焦ったリーダーらしき男が、カインを無視してそう判断すると、三人の男がミーア目掛けて剣を向けて駆けた。
魔方陣に魔力を注ぎ続けていたミーアは隙だらけだ。
だが、そのミーアに向かってカインは透かさず『爆風』の魔晶石を投げ付ける。
ミーアもろとも三人の男たちを巻き込んで、火柱を上げる『爆風』。
男たちの悲鳴が上がった。
ところが、炎渦巻く中心で悲鳴を上げることなく、蹲っていたミーアが何事もなかったかのように動き出す。
木製の杖に持ち替え、その杖を振り上げると地を転げる男たちの頭部をポコン、ポコンと音を立てて叩き昏倒させていった。
カインの放った魔晶石は、ミーアが魔術を込めた物であった。
魔術士は基本、自身で術式を編むことが出来る。
それ故に、魔晶石に魔術を込める際、必ず己を対象としない処置を施しておくのである。
純度の高くない魔晶石では複雑な術式を加えることは難しいが、一般的に使用される魔術であれば、そこに対象から自分を外すぐらいの細工は施せるのであった。
開幕から、一気に四人の男たちを倒すことに成功したカインたち。
だが、それ以上は容易に片付きそうもなかった。
声を上げていたリーダーらしき男と、それを庇うように立ちはだかる二人の戦士。全身を鎧で覆われた二人は容易く倒せそうにない。
「やってくれたなゴミどもが」
集団を指揮していた焦げ茶色の髪の男が鋭い目を向けて声を上げた。
カインは見覚えのあるその男を目にすると、ニヤリと口元を緩める。
ユミナを連れて行った聖騎士の恰好をしていた男。
ファライヤの言葉を疑っていたわけではないが、その男の姿をみてようやく確信が持てた。
間違いない。こいつらがユミナを攫った連中だと。
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