050 エラー教の最敬称
シュヴァイツが、交渉に失敗したなと苦い顔を向けていると、マリアンが続けて言った。
「でもね、シュヴァイツ。わたしは所有者様にエラー教を掌握しろって言われてるの」
その言葉に、流石のシュヴァイツも顔を引き攣らせた。
マリアンを聖女として迎え入れたい。その考えに偽りはないが、エラー教全てを好きにさせるわけにはいかない。
「……流石にそれはどうにもならないと思いますが」
「そうね。通常のやり方では無理でしょうね。だからシュヴァイツ。一先ず大司教になってくれる?」
シュヴァイツの頰が更に引き攣る。
本当に自分はこの少女を聖女として受け入れて良いのかと、疑念の声も内から湧いて来た。
「……いや。それは難しいでしょう。大司教はエラー教に多大な貢献をし、他の大司教三名以上の推薦がないと成れません。いくらマリアン殿の頼みでもどうにもならないと思いますよ」
シュヴァイツがそう言うと、マリアンはクスリと笑みを零す。
「王都に建てられた神殿の地下に何があるかあなたは知っている?」
そう言われ、シュヴァイツの顔付きが変わった。
「……それをどこで?」
問い掛けるシュヴァイツの言葉を無視して、マリアンは続ける。
「神殿の地下に設けられた聖域……いえ、聖域の上に神殿を設けたというのが正しいのかな? その場所には叡智を用いて一つの国を―――このエイブ王国を築き上げた賢人。神へと昇華した男が人の身であった時の肉体が眠っている。神の肉体を収めた棺。その棺が神殿の地下には祀られている」
「……何故、そのことを知っているのです!」
「エラーから直接聞いたのよ」
「そんな、馬鹿な!」
「その棺を開く為の方法を教えてあげようか?」
「……な! 知っているのですか!」
マリアンに幾度も驚かされたシュヴァイツであったが、その言葉には目を剥いた。
「ええ。神界にいたわたしは、神々との交流があるわ。エラーはわたしのことを気に入っていたのか、よくお茶菓子を持って会いに来てくれたの」
「……ミ、ミリアムの恩恵ではなかったのですか?」
「わたしを管理していたのがミリアムであって、他の神々と交流がなかったわけじゃないわ。そもそも、エラーとミリアムは仲良しだし、別に変なことじゃないとおもうけど」
「にわかには信じ難い」
「そう? シュヴァイツが大司教になる為の功績を一つ用意してあげると言っているだけよ。実際やってみればわかることだし」
困惑するシュヴァイツ。
そのシュヴァイツに対して、マリアンは再び問いかける。
「わたしがエラー教を掌握するために、大司教になって力になってくれる?」
そう問われ、シュヴァイツは困惑しながらも頷く他なかった。
「それが真実であったならば」
そう言われてマリアンは、顎に手を当てて黙考したのち語り出した。
「エラーは人の身である時に恋をしたの。そして、最愛のその相手に想いを伝える時、一つの花を贈ったの。その花は最初赤く咲く花だった。けれど、エラーはその幅広い知識を用いて、想いを伝える相手の髪の色に合わせて、花を青く変化させた。その時に贈られた花がその国から広がり、今ではどこにでもある花、マリアンの花になったの」
唐突に語られる内容に、シュヴァイツや他の面々は困惑した顔を浮かべた。
しかし、気になるのが、エラーが作り出したマリアンの花とその話を語るマリアンという少女の一致。
一同の疑問を察してか、マリアンが直ぐに言葉を継ぎ足す。
「わたしの名前はカインが付けてくれた名前だからそのこととは関係ないわ。けれど、エラーのその時の気持ちが、棺を開く合言葉となっているの。そして、その言葉は―――」
―――最愛の君に捧げる、マリアンの花。
「それが、棺を開く為の言葉。棺の中には、言い伝えられているエラーの亡骸はないわ。あるのは、エラーが想い人に綴った詩集と、贈ることができなかった失敗作」
楽しそうに告げられた内容に、さすがのシュヴァイツも動揺を隠しきれなかった。
「マリアン殿! 直ぐに神殿へ連絡を入れ確認して参ります。暫しお待ち頂けますでしょうか」
丁寧な口調となったシュヴァイツに対して、マリアンは静かに頷いた。
「マリアンさんは何者なんですか!?」
驚きを隠せないヴィレイナが声を荒げた。
「えー。何者と言うかただの美少女だけど?」
「ただの美少女は神様の知り合いなんていません!」
「神と知り合えば、知り合いになれるとおもうけど」
「ですから、その神様と知り合いになんてなれないんですよ!」
「ヴィレイナはカインから話は聞いたの?」
「マリアンさんが、天秤の塔でミリアム様より受けた恩恵だと言うことは聞きました。ですが、神様とお知り合いだとは一言も……」
「ミリアムの恩恵なら、それこそ知り合いでもおかしくないでしょ? というかさっき話したことはカインも知らないし」
「え?」
「カインが本気出せって命令したから、話してるだけだよ。わたしエラーは好きだけど、ミリアムとか他の神って好きじゃないし」
「……そう、ですか」
「まあ、神も人の子ってことだね。わたしみたいな超絶美少女を側に置きたくなる気持ちはわからなくないよ」
「それは、そうかもしれませんが……それなら、容易に手放したりするでしょうか?」
「さあ? それについてはわたしも知らないの。なんだか長いこと話し合いが行われていたみたいだけど、ミリアムは一言、人の世に帰しますって言ってどっか行っちゃったし」
「……なんだか頭が痛くなってきました」
「そんなことじゃ、この先思いやられるとおもうけど」
マリアンの呑気な言葉に、ヴィレイナは頭を抱えた。
そして、このとんでもない少女の手綱を握るカインのことを、改めて凄いと思った。
マリアンの傍らで微動だにしない男、アーマードは「やはり天使だったか」となにやら勝手に納得して、一人頷くのだった。
暫くして、エラー教会から連絡が入った。
スクリーン越しのシュヴァイツは、真剣な表情のまま妙に畏まった様子で膝を着き頭を下げた。
「先ほどは不敬な態度をとってしまい申し訳御座いません。無知な身故、平にご容赦ください」
「別に良いけど。で? 結論は出たの?」
「はっ! マリアン様の仰る通りで御座いました。聖櫃は暴かれ、神エラー様の残した聖典が一つ、数多くの希少なアーティファクトが確認されております。未だ上層部を纏め上げることは叶いませんが、私、シュヴァイツの名において、マリアン様のご要望に全力をもって応える所存で御座います」
「そう。じゃあ、なんでもいいからトーレスを縛り上げて、確保してね。証拠はわたしの所有者様が押さえているところだけど、そっちでやり取りしてたんならいらないかな? 今、所有者様たちが、ウルスナスの街道、モクトストラタの街道、ペルタルゴの街道でゴタゴタしてると思うから直ぐに応援を向かわせてね」
「承知致しました! 直ちに事に当たらせて頂きます。マリアン様、あなた様は間違いなくエラー教の聖女であり、神の使徒です。どうか我々に正しい道をお導きください」
「あなたたちは、わたしの所有者様に嫌われてるから、頑張って汚名返上できたら口添えしてあげる」
「はっ! 有難く! ……それとマリアン様。エラー教における最敬称でお呼びしてもよろしいでしょうか」
「うーん。別にいいけど……」
「重ね重ね感謝致します。それでは任務に当たらせて頂きます、マリアンたん!」
そう言って、シュヴァイツを映し出していたスクリーンが暗転した。
「……あの。とんでもない急展開ですけど、一つ聞いても良いですか?」
ヴィレイナの問いにマリアンは可愛らしく小首を傾げた。
「マリアンたんってなんですか?」
「えー。話聞いてなかったの? エラー教の最敬称だって言ってたとおもうけど」
「いえ。あまり聞き覚えのない言葉だったもので……」
「うーん。なんでも昔エラーが大好きだった女の子のことを、『たん』って付けて呼んでたみたい。それが、エラー教の聖典に残ってるの。本当は敬称じゃないんだけど、エラー教ではそう解釈されたみたいね」
「え。語源まで知っていて許したんですか?」
「えー。だって様とかより響きが可愛いじゃない、マリアンたんって」
そう言って笑うマリアンは、女性であるヴィレイナでさえ思わず抱き締めてしまいそうになる程、愛らしい姿であった。
ヴィレイナは思う。
マリアンたん。……有りかもしれないと。
読んで頂きましてありがとう御座います!




