049 聖女と神子あと岩
カインたちがペリッドの街を発った翌日。
早速マリアンたちも動き始めた。
ミリアム教会へ足を向ける為、マリアンはエラー教の神官服を、ヴィレイナはミリアム教の神官服を着込んでいる。
清潔感のある神官服を着込んだマリアンとヴィレイナが街を歩くと、行き交う人々は必ずと言っていいほど目を向けた。
それはそうだろう。
人目を引く美少女が二人、他教の神官服を互いに着て歩く姿など、そうそうお目に掛かることなどない。
行き交う人々は、時折溜め息を吐くように声を漏らし、釘付けになった視線を戻せず他人と衝突する姿もあった。
いくら神官服を着ているとはいえ、この状況であれば、声を掛けてくる人物も一人や二人いてもおかしくはない。
しかし、現状、二人を遠巻きに眺めるだけで、近付く素振りをみせる者は誰一人としていないのだ。
それは何故か?
そこは当然、この男の所為……いや、お陰である。
獅子を模した兜を被る、全身を硬質な鎧で覆われた男―――アーマード。
その巨漢と肩に担いだ巨大な槌が、二人の美少女同様に視線を集める。
そんな男が、二人が歩く直ぐ後ろからやたらと気合の入った殺気を漂わせていては、近付ける者などそうはいない。
「……あの。聖女様。やはりフードを被った方がいいのでは? ジロジロと見られて落ち着かないのですが」
居心地悪そうにヴィレイナが言うと、マリアンは鼻を鳴らして言った。
「えー。だってカインが自重しなくて良いって言ってたじゃない」
「いえ。カインが言っていたのはそういう意味ではないと思いますよ」
「そういうのも含めて自重しなくて良いってことでしょ! それに、この視線はわたしだけの所為じゃないとおもうけど」
「アーマードさんも大きいですからね」
「そうじゃないんですけど! というか、ヴィレイナは自分のこと自覚してないの?」
はい? と首を傾げるヴィレイナにマリアンは溜息を吐いた。
「あのね! 美人が無自覚だと嫌味にしかならないって知ってる?」
「それは、私のことを言っているのでしょうか? 私なんかでは聖女様の足元にも及ばないと思いますよ」
「それ! それがいかんのですよ! もっと自信もって前に出ても良いとおもうけど。そんなんじゃ好きな男も落とせないんだからね!」
そう言われ、ヴィレイナは頬を紅く染めた。
「あの。私は別にカインのことをそんな目で見てるわけではなくて……」
「あのね。別にカインどうのなんて言ってないんですけど」
マリアンに言われて、ヴィレイナは恥ずかしそうに俯き、顔を真っ赤にした。
そんなヴィレイナの様子にマリアンは、意外と可愛いなこの子と思い始めていた。ついでに、自分の口説けなかった神子を落としてくるとか、なかなかやるなカイン。とも思った。
「ヴィレイナは、この件が終わったら私たちに協力してくれるんでしょ?」
「はい! 私に出来る事は力になりたいと思います」
「だったら、もう聖女様って呼ぶのやめてよね。仲間内にそんな痒い呼ばれ方したら、イーッてなっちゃうから」
「は、はい。では、マリアンさんと呼ばせて貰いますね」
仲間と呼ばれたことが嬉しいのか、ヴィレイナは頰を染め恥ずかしそうにモジモジとする。
道行く人々は、そんなヴィレイナの表情を見て頰を緩めていた。
それを見てマリアンは思った。
やっぱりこの子は可愛い。そして、なんともいじり甲斐がありそうだと。
そんなマリアンの内心には誰も気が付くことなく、一行はミリアム教会へと辿り着いたのだった。
教会の一室。
壁に取り付けられたガラス張りのスクリーンの前に、マリアンは腰掛けていた。
マリアンより一歩下がった位置にヴィレイナが腰掛け、その後ろでアーマードが腕を組んで仁王立ちしている。
「あの、マリアンさん。場は用意しましたけど、段取りとかなにもわからないのですが」
不安そうに尋ねるヴィレイナに対して、マリアンはいつものように落ち着いた様子だった。
どちらかと言うとちょっと楽しそうな表情が見え隠れする。
「なるようになるんじゃないかな? ヴィレイナも適当なところで嘘でもなんでも、適当に喋ってくれればいいとおもうけど」
「そんな! 適当と言われてもわかりませんよ」
「大丈夫。大丈夫。なんとかなるから。たぶん」
「……たぶんって」
そんなやり取りをしていると、ヴィレイナの不安が拭われる前に、ガラス張りのスクリーンに一人の男が映し出された。
恰幅の良い初老の男。マリアンがボルドの街で知り合ったエラー教の神官長ゼリウスである。
「こんにちは、ゼリウス」
「これはマリアン殿。このようにご連絡いただけるとは思ってもおりませんでした。何かご入用なものでも御座いましたか?」
「そうじゃないよ。わかってるでしょう?」
「はて? なんでしょうな。失礼ながらお聞かせ願えますか」
とぼけるゼリウスを見て、マリアンはやれやれと困った表情をみせた。
「自覚があるなしはどっちでも良いけど、わたしの所有者様はご立腹よ。わたしのことをエラー教の聖女にしないって決めちゃったみたい。さて、どうするの?」
「どうすると申されましても、マリアン殿は我々にどのように動いて欲しいのでしょうか?」
「うーん。話にならないみたいね。わたしは事実を教えてあげているのよ。わたしの所有者様は、あなたたちのとった行動を許しはしないでしょうね。別にわたしはエラー教の聖女になりたいわけじゃないから、所有者様の命令に従うだけよ。状況をちゃんと理解した上で答えてちょうだい。わたしの隣に居るのが誰なのか。そして、わたしがあなたたちと連絡をとっている場所がどこなのか」
ゼリウスはマリアンの隣に立つヴィレイナに目をやった。
そして、ヴィレイナがミリアム教の神官服を着ていることに目がいく。
ゼリウスの表情が曇る。そして把握する。
現状ではのらりくらりと言葉を躱しているだけでは、マリアンがミリアム教に取り込まれてしまうということを。
流石にそれはよくない。
マリアンの所有者がいくら怒っていようと、最悪の場合始末してしまえば良い。しかし、マリアン自体が他教へと入信してしまうのはまずい。
そんなことになれば、所有者の有無など関係なくマリアンを取り込むことが出来なくなってしまう。
なによりも、人に対して絶大な影響力を持つマリアンが、他教の手に渡るのはよろしくない。
そして、マリアンが示すように、既にミリアム教と何かしらの話し合いは行われているのであろうことが予測できる。
では、何故わざわざそんなことを公言するのか?
それは、ミリアム教とエラー教で、どちらの方が自分を高く買ってくれるのかを試しているのではないだろうか?
つまり、現状ゼリウスに求められているものは、マリアンを引き込む為にどれだけの待遇が用意出来るかということ。それを知りたがっているのだろう。
ゼリウスは、状況からそう判断した。
「既にコルネリア領を代表する七名の貴族から支援を受けております。教会内においては、正式な手続きは行えておりませんが、領内であなた様の就任に異を唱える者はおりません。ゆくゆくは王都、神殿にも名を連ね、教会の中心となれる手筈も整えております」
マリアンの求めているものを必死で考え、言葉を選ぶゼリウス。しかし、マリアンはそんなゼリウスに対して、小さくため息を吐いた。
「そんなものは、わざわざ手を回さなくても、自然と手に入るとおもうけど? ゼリウス。少し勘違いしているようだから教えてあげるけど、私が自分を売り込めるのは、宗教家だけじゃないのよ。ギルド、商団、国。私を使って利益を得たい組織はいくらでもあるの」
「………………」
「私欲の為に喧嘩を売るべきではないと思わない?」
そう言われて、ゼリウスはようやくマリアンが言わんとしていることを理解した。
つまり、マリアンは求めているのだ。今回の件に対する責任の所在を。
少し強引な手を打ち過ぎたか? 所有権などという煩わしいものを排除することは、マリアン自身も求めている。そう考えていたのだが、どうやら彼女は主人に対して計略を練ったことを怒っているらしかった。
「マリアン殿。我々は私欲の為に行動しているのではありません。マリアン殿の為になることを行いたいと心から願っているのです」
「それは、今起きている騒動を引き起こしたと、認めていると解釈して良いのかな?」
そう言われて、ゼリウスは喉を詰まらせた。
口籠る様子にマリアンは再び溜め息を吐いた。
「ゼリウス。やっぱりあなたでは話にならないみたい。あなたの後ろで、こそこそと聞き耳を立てている男を出してくれる」
そう言われてゼリウスは目を剥いて驚いた。
明らかに動揺した表情を見せる。
ゼリウスは昨日、エルマから連絡を受けて本日の面会に当たっている。入信に関する内容だと聞かされた為、その功績を証明させる為に一人の男を立ち会わせていたのだ。
そのことを何故目の前の少女は知っているのだ?
まるで手の平で踊らされたような感覚。自分の行動が操られたかのような驚き。
あまりの衝撃に、ゼリウスは何も言えずに沈黙した。
そんなゼリウスの後ろから、笑いを堪えるような声が聞こえてきた。
「くく。さすがは聖女様だ。見目麗しいだけでなく、頭もキレるとは恐れいった」
ゼリウスの後ろから現れたのは、まだ若さの残る顔付きをした男だった。
「お初にお目にかかります。エラー教会コルネリア領の司教を務めさせて頂いております、シュヴァイツと申します」
シュヴァイツと名乗った男は、恭しく頭を下げた。
「あなたがゼリウスの上司? なら状況は把握しているかしら?」
「所々認識の相違はあるかと思いますが、概ね把握はしているつもりです」
「そう。では、改めて問うわね。エラー教会はどのように落とし前を付けるつもりかしら?」
「落とし前ですか? さて、どうしましょうね」
不敵な笑みを見せながら、シュヴァイツはしばし考えるような仕草を見せた。
「エルマとゼリウスを追放処分にしましょう。これで如何ですか?」
「なっ!」
シュヴァイツの言葉にゼリウスが声を上げた。そのゼリウスに対してジロリと睨みを効かせると、ゼリウスは俯いて大人しくなった。
「私には何の利益にもならないことね」
「ふむ。であれば教会で出来ることはありませんね。我々は既に、あなたを支援する用意があると示しているし、迷惑を掛けた二人を処分する他、提示出来るものがない」
「騒動を収めるつもりはないと?」
「あなたの主人を解放するよう手を回すことはできますが、それは既にそちらで話がついているのでしょう?」
「未だに事件を主導した貴族がのさばったままだけどね」
「ああ、成る程。そういうことですか。つまりあなたは、我々にその貴族を取り押さえるように仕向けたいと」
「出来るのかしら?」
「いいえ。出来ません」
「何故? 教会の力を持ってすれば、貴族の一人や二人どうとでもなるでしょう?」
「確かに、我々エラー教会には、王族に連なる貴族も幾人かいますし、非公式とはいえそれなりの武力も有しています。しかし、彼等を動かすことは容易ではない。それは、あなたにもわかるでしょう?」
余裕のある笑みを浮かべてシュヴァイツは言った。
「あなたが正式な聖女であるのであれば或いはそれも叶うでしょう。しかし、あなたはまだ洗礼式を受けていない。我々にとっては未だ赤の他人なのですよ」
突き放す言い方。何を思っているのかシュヴァイツは微笑を浮かべたまま余裕を見せた。
「であれば、我々ミリアム教会がご助力致します」
割ってヴィレイナが言葉を発した。
それに対して、シュヴァイツは僅かに眉間に皺を寄せる。
「今は、私とマリアン殿が話し合っているのです。ミリアム教が出しゃばる場面ではないのですよ」
「そうかもしれませんが、シュヴァイツ様は、マリアン様の願いに耳を傾ける気がないご様子。我々ミリアム教会は、ミリアム様より賜ったとされるマリアン様を無条件に支援する準備があります」
「語弊のある言い方をしないで頂きたい。なにも我々は協力しないと言っているわけではない」
そう言ってシュヴァイツはマリアンへと視線を戻した。
「もし、この場で魔術契約を行い正式に聖女となって頂けるとお約束頂けるのであれば、あなたの望みに沿ったことも出来ると思いますが」
なるほど。ヴィレイナはシュヴァイツの思惑を理解した。
シュヴァイツはマリアンに協力したくないのではない。この状況を利用して、聖女として取り込む為の確約が欲しいのだ。
「曖昧な状態で聞ける願いには限度というものがある。おわかり頂けますか?」
諭すような言い方でシュヴァイツは言った。
それに対してマリアンはヴィレイナへと視線を向ける。
「ヴィレイナ。ミリアム教は無条件でわたしの願いを聞いてくれるの?」
「はい。マリアン様が望まれるのでしたら」
「馬鹿なことを仰らないで頂きたい。ただの神子にそんな権限があるわけがない」
「私は神気を扱う神子です。シュヴァイツ様が思っているよりも、私の権限は広いのです。それに、マリアン様が我がミリアム教へとご入信して下されば、誰も文句を言う者はいないでしょう」
「それでは我々と同じではありませんか。無償と宣いながらも、結局は恩を盾に入信させるのが目的ではないですか」
「そうですね。ですが、例え入信されないとなっても我々はマリアン様に力を貸すでしょう。他者の信頼を勝ち得る為にはまず、自らが無条件の信頼を寄せることこそが必要だと私は考えます」
ヴィレイナの瞳には揺るがない想いが秘められていた。
数日前では考えられなかった、真っ直ぐな瞳。
その真っ直ぐな瞳にシュヴァイツは僅かにたじろいだ。
そして、その瞳の奥にある確かな決意に嫌な顔をする。
シュヴァイツは考えた。
現状でどのような判断を下すのが最良なのかと。
最初、ミリアム教の申し入れは、ハッタリか口裏を合わせているだけだと思った。
いくら神気を扱える神子であったとしても、マリアンが望む支援を行えるほどの権限はないと。
しかし、その瞳を見ると自身の考えが揺らぐ。
その瞳は相手の信頼を勝ち得る為に、無償の奉仕を行うべきだと本気で考えている。
この考えはいけない。こういった輩は時として相手の情に働き掛ける。
こういった輩が傍にいる。それだけで、マリアンがミリアム教へと足を向ける可能性が高くなる。
であるならば、現状でマリアンの申し出を断ることは、事実上決別を意味することになる。
例えミリアム教がマリアンの望む結果を残せなかったとしても、この少女の為にマリアンは力を貸そうと考えるだろう。
富も名声も望めば自由になるこの少女に対しては、情で訴えるのが一番効果的なのだ。
引けば勝ちの目はなくなるか。
そう、考えを巡らせ結論に至ったシュヴァイツを待っていたかのように、マリアンが声を発した。
「シュヴァイツ。わたしの願いを聞くのに魔術契約は必要かしら?」
その瞬間、シュヴァイツは己の敗北を理解した。
己の思考を読み取ったかのように絶妙なタイミング。
どのような策略を以てしても、恐らく目の前の少女には容易く見破られてしまう。
そう思わせるものがマリアンにはあった。
サファイヤのような碧い瞳に見つめられ、シュヴァイツは観念したように降参のポーズをとった。
「いや、敵いませんね。わかりました。お望み通りに致しましょう。ですが、わたしはコルネリア領の司教です。ベンズマスト領の者たちをどれだけ動かせるのか現状ではわかりません。それだけは、ご了承ください」
シュヴァイツがそう言うとマリアンはニコリと笑って礼を言った。
読んで頂きましてありがとう御座います。




