048 口悪い男と黒き影
取り囲まれた状況で、ルクスは考えていた。
相手の力量がわからない以上、戦うのは得策とは言えない。
どうやってこの状況を打破すれば良いのかと。
「人様のもんを盗もうとするなんて、随分手癖の悪い奴だな」
商人風の格好をした男の一人が言った。
「いやあ、バレちまったかあ。おじさん幼気な少女を見るとほっとけないたちなんだよ」
「うるせえ! ロリコン! どこのもんか答えたら、苦しまずに殺してやる」
「へっ、それじゃあ答えるメリットがねえじゃねえか! つか俺はロリコンじゃねえよ! ダンディなこの姿のどこをどう見たらロリコンに見えんだ! 取り消せ! 今すぐ!」
馬鹿なやり取りをしながらもジリジリと詰め寄る相手に、ルクスは嫌な顔をした。
軽口を叩きながらも、相手は油断していない。
多勢に無勢の状況では、相手が油断してくれることが唯一の救いなのだが、その愚を目の前の者たちは犯さないようだ。
であるならば、隙は自分で作るしかない。
ルクスは空いた手を口元にやり、音を鳴らした。
ピュイという音が森に木霊した瞬間、ルクスを囲む男たちの背後でガサリと音が鳴った。
反射的に振り返る男達。
何のことはない。樹木の上から束になった枝が落ちる音であった。
だが、そこに出来た隙を突いて、『爆風』の魔晶石によって燃え上がる前方へと『水球』の魔晶石を投げつける。
そして、炎を鎮火させ、水煙を上げる前方に向かって少女を抱えたまま駆けた。
「ちっ、野郎! 待ちやがれ!」
慌てて追い掛ける男たち。
その男たちは全員が何かに足を取られて転んだ。
「ぐあ! なんだ!」
男たちが見ると、足元には蔓草が巻き付いていた。
ルクスが逃げざまに使用した『樹生』の魔晶石が、大気中を漂う水煙を吸い込み急成長し、男たちの足元を絡め取ったのだ。
「あの野郎! ぶっ殺す!」
怒りを露わにする男たちは、手にした武器で蔓草を断ち切り、追撃を再開した。
暗い山道。足元の覚束ない道のり。
少女を抱えながら走るルクスは、思うような速度を出せずに苛立った。
馬を拾いに行きたい。しかし、追手は目前まで迫っている。例え、馬を拾えたとしても、夜道ではそれ程の速度は出せない。直ぐに追い付かれてしまうだろう。
長距離を移動するのなら必要だが、それ程長い間鬼ごっこを続けることは難しい。
ならば、相手を分断して各個撃破していくのが理想だ。だが、果たしてこの状況下でそんなことが可能だろうか。
ルクスは手持ちの魔晶石を頭の中に浮かべて、作戦を練る。
『爆風』が五つ。『土壁』七つ。『水槍』が四つ。『水球』と『火球』と『風圧』が五つずつ。『雷撃』と『樹棘』が一つ。『樹生』はさっき使ってしまった。それと切り札となる『水災』の魔晶石が一つ。『守護』が九つだ。あとは『探知』やら『光陣』がいくつかあるが、戦闘では使えそうもない。
相手の手持ちもわからず、五人もの敵を相手取っている状況で、闇雲に使いたくはない。
強力な魔晶石をふんだんに持っていれば、悩まずに使用出来るのだが、天秤の塔を攻略するにあたってその殆どを使用してしまった。
買い揃えようにも、カインから報酬を受け取っていない内はそれも出来ず、最低限の物しか補充できていない。
そこで、思考を遮るように、ブンッと音を立てて『風斬』の魔術がルクスの横を通り過ぎた。
一瞬顔を顰めたルクスだったが、直ぐに『風圧』の魔晶石を手に持ち、意識を相手の攻撃に集中させる。
二度、三度と掠めるように通り過ぎる『風斬』の魔術。その魔術が遂にルクスを捉えた。そう思った瞬間。
ルクスを避けるように『風斬』の魔術は通過して行った。
『風斬』の魔術が込められた魔晶石を投げ付けていた男たちは顔を顰めた。だが、直ぐに『水槍』の魔晶石に切り替えて、ルクスへの攻撃を再開した。
その攻撃が再びルクスへと届いたかと思った瞬間。『水槍』の魔術も軌道を変えて外れてしまった。
「なんだ! あれは!」
「おそらく『風圧』で軌道を変えているだけだ!」
男たちの怒声が響き渡った。
「無駄打ちするな! あいつは自分に当たるものだけ正確に読み取っている! 使い過ぎると数の有利がなくなるぞ!」
ルクスに魔術の軌道を変えられた男たちの読みは正しい。しかし、その判断は間違っていた。
『圧縮』の魔術によって作り出された魔道具がある以上、相手の手持ちは読みにくい。
普通の冒険者であれば、それなりの数の魔晶石を持ち歩いていると予想するであろう。
しかし、それ故にルクスの手元にある『風圧』が残り三つだとは思いもしなかったのだ。三つか四つ使用して、相手の一つを消費させる。割りが悪いと判断するのも仕方のないことではあったが。
男たちの攻撃が止み、ルクスは再び思考を巡らせた。
男たちを追う最中で、通過した森の様子を頭に思い浮かべる。
そして、一つの光明を見出す。
その場所まで辿りつくのは難しい。だが、辿りつければ!
そう思い、気合いを入れ直す。
腕の中で震えながら必死にルクスへしがみつく少女に、ルクスは優しく声を掛ける。
「大丈夫だ。守ってやるから安心しろ」
その言葉に、少女の震えは僅かではあったが小さくなった。
攻撃の手は緩んだが、男たちは徐々にルクスとの距離を詰めつつあった。
その距離は間もなく剣を振るえば届く距離に近付く。
そして、男の一人が剣を振り上げ、ルクスを斬り付けようとした瞬間。地面からせり上がった壁が男の一人を打ち上げた。
「なんっ!」
男が踏み込むタイミングを見計らって地面に落とされた、『土壁』の魔晶石が壁を作り、男の一人を下から押し上げたのだ。
体制を崩して転げる男を飛び越え、他の男たちがルクスへと迫る。
今度は別の男が、この距離なら外すまいと魔晶石を投げ付ける。しかし、投げ込まれた魔晶石を再び地面からせり上がった『土壁』が遮った。
投げ込まれた『爆風』の魔晶石が跳ね返り、投げた男を直撃する。
「ぐあああああ!」
燃え上がる男。その男に『水球』の魔晶石を投げ付け、飛び越えるように駆け抜ける男たち。
若干の警戒を見せたのか、ルクスとの距離を少し取った。
ルクスは目的地までの距離を考え、隙を伺って攻撃しようと試みる男たちを『土壁』の魔晶石を投げて牽制した。
三度目ともなると、さすがに学習されてしまったのか、『土壁』を出した瞬間に『水球』で対処されてしまった。
『土壁』は水に脆い。魔術で作り出したとはいえ、その特性は現実の物とさほど違いはなく、逆に魔術で作り上げている為、現実の物よりも吸収率が高くなってしまう。
故に、『土壁』は『水球』を当てられるとたちまち崩れ去ってしまうのだ。
ルクスもそんなことは百も承知であるが、牽制できる魔晶石も少ない。
その為、『土壁』を用いて、僅かでも相手との間合いを広げるしかなかった。
六つ目の『土壁』が崩れ落ちる。残りは一つ。そして、目的の場所まであと僅かである。
広がるよう追ってくる男たちは三人。だが、少し距離を開けて、もう二人の男たちも追って来ていた。『爆風』に巻き込まれた男も、ポーションでしっかりと回復しているようで、足取りは重くない。
少し、距離が開き過ぎている。
そう考えたルクスは後ろに迫る男たちに爆風の魔晶石を投げ付けた。透かさず『守護』を使用して『爆風』を防ぐ男たち。
ルクスの予想よりも距離が変わらない。
仕方ない。手数を減らしたくはないがそうも言ってられん。
そう思い、ルクスは目星を付けた大樹のすり抜けざまに『樹棘』の魔晶石を投げ付けた。
大樹の腹から複数の枝が棘の様に生え、ルクスと男たちを分断する。
透かさず『風斬』を投げ付けようとした男たちであったが、それよりも早く、ルクスは棘のような枝に『爆風』を投げ付けた。
目の前で急に枝が燃え上がり、男たちは思わず足を止めてしまった。だが、直ぐ後ろから追い付いた男たちが、『水球』と『水槍』を投げ付け、突き出た枝ごと炎を吹き飛ばした。
苛立った様子で男たちは、ルクスに迫る。
そして遂に、ルクスは目的の場所まで到着した。
岩山に挟まれるようにすぼまった道。あまり距離は長くはないが、その道を通過している間だけは、横に広がって走る男たちも、ある程度はまとまらなくてはならない。
ルクスがその道に入り込むと男たちは一斉に魔晶石を投げ付けて来た。
それはそうだろう。
ルクスが相手をまとめることができる以前に、すぼまった道では格好の的となってしまう。
ルクスは『守護』を使用して、男たちの攻撃をなんとか凌ぐ。
そして、男たちがすぼまった道へと入り込んだことを確認すると、堪らないとばかりに最後の『土壁』を投げ付けた。
今更悪足掻きをと考え、反射的に今まで同様『水球』を投げつける男たちだったが、『水球』が届くよりも前に『土壁』が崩れた。
なにっ! と驚きに目を剥く男たち。
『土壁』を崩して男たちを襲ったのは、津波のような大洪水だった。
ルクスの手持ちの魔晶石で、唯一A級魔術が込められた切り札。
『水災』。
災害級の水害を引き起こすそれは、『土壁』諸共男たちを巻き込もうと迫った。
その高位の術式を組み込む為には、純度の高い高額な魔晶石が必要となる。
その為、A級魔術が込められた魔晶石は、Aクラスの冒険者と言えども、多くは持てない。
「『堅牢』を使え!」
男たちの判断は早かった。
男たちが使用した『堅牢』。これもまた、A級魔術にあたる。
『守護』よりもその護りは硬く、A級魔術をも防ぎきるそれを、男たちは惜しげも無く使用したのだ。
A級魔術一つで相手のA級魔術を五つ潰せた。そう考えれば、効果としては悪くない。だが、ルクスにとってそれでこの状況が改善されたとは言えない。
だからこそ、状況を変える為に、ルクスはもう一手用意していた。
相手が『堅牢』を使用することがわかっていたかのようなタイミング。効果が切れると同時に、男たちの前に魔晶石が一つ転がった。
カランと鳴り響く音が周囲に木霊するのと同時に、辺りを稲妻が走った。
閃光と共に走り出す『雷撃』。
そして、水浸しになった周囲。
男たちにそれを防ぐ術は残されていなかった。
周囲に男たちの悲鳴が木霊した。
煙が立ち込めるほどの熱量が周囲を覆う中、ルクスはようやく一息付いた。
「やれやれ。とんだ赤字だったぜ」
腕の中で不安そうにルクスを見つめる少女の頭を撫で、「気にするな」と笑顔を向ける。
その油断がいけなかった。
立ち込める煙を押し分け、鳴り響く風切り音に気が付くのに一泊遅れた。
『風斬』の刃がルクスと少女に迫り、ルクスは少女を庇うように体を捻る。
そして、迫り来る『風斬』がルクスの背中を斬り裂いた。
「ぐあ!」
少女を手放して、地に倒れ伏すルクス。
そのルクスに向かって男たちの声が響いた。
「やってくれたな」
煙を掻き分けて現れた男たちは三人。
残りの二人は地に伏したままピクリとも動かない。
何故だ?
そう思ったルクスの視線が、男たちの腕に向けられる。
その腕には焼け焦げて黒くなった腕輪があった。
身代わりの魔道具か。
そう思い至り、ルクスは顔をしかめた。
身代わりの魔道具は、文字通り装備者を一度だけ護る効果がある。
装備者の命を脅かす攻撃を受ける瞬間、自動で『堅牢』の魔術が発動するのだ。
当然、魔晶石よりも高額で、男たちのような輩が容易に手に入れられる物はないのだが。
倒れている二人は、身代わりの魔道具を所持していなかったのだろう。
ルクスは男たちがトーレス伯爵の私兵であることを失念していた。
倒れ伏すルクスに向かって男たちが近付いた。
これはダメだな。
そう思った時、傍の少女がルクスを庇うように覆い被さった。
体を小刻みに震わせ、それでも精一杯の勇気を振り絞る少女。
その少女の姿が諦め掛けていたルクスの心に火を付ける。
クソが! なに諦めようとしてやがる! 守るって言っただろうが、俺はよ!
強く自分を叱咤し、歯をくいしばる。
腰袋から有りっ丈の『守護』を掴みとり、最後まで足掻くことを決意した。
そして、目前まで迫った男が剣を抜き放ち、少女とルクスに振り下ろそうとした瞬間―――。
男の腕が宙を舞った。
何が起きたかわからず、男は声のない悲鳴を上げる。
腕を抑えて蹲る男の傍らには、黒い影が立っていた。
いや、影の様に黒い髪に黒ずくめの服。その両手に短剣を握りしめた男は、ルクスの知っている人物だった。
―――ジェド。
喉元まで出掛かった声が何故ここにいるという疑問に掻き消される。
だが、ジェドはルクスには目もくれず、目の前で蹲る男を蹴り上げると、残りの二人に視線を向けた。
突然の出来事に唖然とする二人に対して、ジェドは素速い動きで地を駆ける。
その動きは余りにも速過ぎた。
六つの身体強化。『細部部分強化』を使用して、地を駆ける足先や連動する部位を細かく強化させたその動きは、『風斬』の刃よりも速く男たちへと迫る。
そして、男たちが我に返った時には、既にことは終わっていた。
短剣の柄で顎を打ち抜かれた男たちが地に倒れ、この争いは呆気ない幕切れで終わってしまったのだった。
ポーションで回復したあと、男たちを縛り上げて一息付いたルクスは声を発した。
「おい、ウルスナスに向かったお前が何故ここにいる! あ、いや、その前に助かったぜ! ありがとよ! こんちくしょう」
照れの所為か、下手くそな礼を述べるルクスに対して、ジェドは首を振って応える。
「ミサンガを頼りに動いただけだ」
ジェドは多くは語らなかった。
だが、何となくではあったが、状況的に察する事もできた。
ウルスナスへ向かう街道は、モクトストラタへと繋がる街道がある。
自分の役割を終えたジェドは、『探知』を使い仲間の動きを確認したのだろう。そこで、動きの鈍い連中を追っていた所為もあってか、丁度よくジェドとルクスの位置が近くなっていることに気が付いた。
それでも、夜道を目一杯飛ばさなくては、到底間に合うとも思えない距離ではあったが。
こちらが本命だった場合を考慮して、合流を試みようとしたジェドは、森の中で派手に魔術が使用されるのを見て現場へと向かってくれたのだろう。
助けられた事に感謝の気持ちはあったが、ルクスはどうにも情けない気持ちが抜けなかった。
そんなルクスに対してジェドは追い打ちを掛けるようなことを述べる。
「その娘は神子の妹ではないぞ」
「んなこたあ、わかってる」
「何故助けた」
「知らねえよ! 何となくだ、何となく! 悪いか!」
役割がある中で関係のない人間を体を張って守ることなど、普通はやらない。
自分が愚かな行動をしていることは、ルクス自身も理解していた。
それ故に何とも言えない気まずさが拭えないのだが、ジェドはそんなルクスの様子に僅かだが表情を緩めた。
「いや。そういうのは、嫌いではない」
そう言われて、ルクスは何とも言えない表情をして、頰を掻いた。
だが、疲れたのか、ルクスの膝の上で丸くなり、安心した表情でスヤスヤと眠る少女を見ると、自然と笑みが溢れるのであった。
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