047 三択の結末
ペリッドを発った翌日。丁度、日が暮れた頃にジェドは目的の一団に追い付いていた。
野営を行っている集団は、冒険者らしき男が一人と商人らしき男が三人。
護衛の比率がおかしな連中であったが、会話の内容から察するに、男たちはペリッドを発った別の商人を追いかけてウルスナスへと向かっているようであった。
「飛ばせば明後日には到着するだろうか? 祭りに間に合わなかったら大目玉だぞ」
「知るか! そもそも、そんな大事なものを忘れていく奴が悪いだろうが! 俺たちに非はねえよ」
「それでも、責任を取らされるのが俺たちなんだから、届けるしかないだろう」
ジェドは馬の手綱を木陰に繋いだあと、野営する男たちの様子を影のようにひっそりと伺っていた。
男たちがジェドの存在に気が付いた様子はない。その上で、真面目な表情を浮かべて話し込んでいる内容を聞く限り、この男たちは追っている誘拐犯ではないのだろう。
そう判断したジェドは、気配を消したままその場を後にする。わけではなく。
野営する男たちの前に音もなく姿を現した。
影の様に揺らめきながら突然現れたジェドに、男たちは驚愕の声を上げた。
傍らの護衛が腰に佩いた剣へと手を掛けると、ジェドはスッと手を出してその行動を制止させた。
「怪しい者ではない」
口元を覆う黒一色に染まった装備のジェドが、くぐもった声を出すと、男たちは更に警戒の色を強めた。
怪しい。見るからに怪しい。
そう思い、じりじりと後ろに下がる男たちに対して、ジェドは小さな溜息を吐いた。
あまり人との接し方が得意ではないジェドは、このような反応をされることは日常茶飯事であった。
かといって、容易に慣れるものでもない。
精一杯出した声がこれほど相手を警戒させてしまうというのなら、一体どのように接すればいいのか?
そんな考えが湧き上がり、僅かに痛みを覚える感情が煩わしくて、ジェドは極力人と接しないようにと努めて来た。
そんなジェドに対して、何事も気にせず普通に接して来た男がいた。
最初は敵対していた相手であった。
天秤の塔攻略を争い。その恩恵であるマリアンを奪う為に命まで狙った男。
それだけのことをしでかした相手を。それも、自分のような胡散臭い男を平然と仲間として扱ってくれる男。
ジェドはその男の中に、デバイスレインの仲間たちや、孤児院の人々のような温かさを感じた。
真っ直ぐな瞳。口は悪いが時折見せる優し気な眼差し。
孤児院を救う為だけに同行していた筈が、いつしかその男のことを好きになっていた。
あの男が目指す物語を見てみたい。
自然とそう考えている自分に気が付いた時は、随分と驚いたものである。
ジェドたちの為に動くその男の姿。そして、護りたい誰かの為に全力を尽くそうとする男の姿に、孤児院を護ろうと必死になっていた自分たちと同じ想いを感じた。
だから、あの男の為になる行動をしたい。
孤児院の件とは別に、あの男の力になってやりたい。
そう思った心がジェドに普段とは違った行動を取らせたのだ。
「昨日の昼過ぎに、ペリッドの街を発ったのはお前たちか?」
ジェドの言葉に男たちは警戒の色をみせる。
「そうだ。あんたは誰だ」
「今年の女神の使いだ」
ゲネードの、とは告げなかったが、ジェドの言葉に男たちは僅かに安堵したような表情を浮かべた。
「お前たちは誰ともすれ違っていないか?」
「ああ。俺たちは誰とも会ってない。あんたの言う通り、昨日の昼前にペリッドから出発して、出会ったのはあんた一人だ」
「そうか」
それを確認すると、ジェドは「邪魔をした」と告げて直ぐにその場を後にした。
影の様に闇に溶けていくジェドを気味悪そうに見つめた男たちであったが、ジェドが去ると安堵の息を漏らすのだった。
そして、その場を後にすると、ジェドは馬にまたがり直ぐに移動を開始する。
自分の役目は終わった。だが、ここで何もしないわけにはいかない。
何が出来るか分からないが、ジェドは湧き上がる感情に従うように、夜道を駆けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルクスは溜め息を吐いていた。
ペリッドを発ってから翌日の昼過ぎ、目的の商人と思わしき馬車へと追い付いてしまったのだ。
そのこと自体はいい。
だが、その事実はあまりにも不自然だと思えた。
ルクスは別に無茶な移動を行ったわけではない。
それなりの速度で追跡は行ったが、相手が通常の速度を保って移動しているのであれば、追い付くのは今夜になると予想していたのである。
しかし、予想よりも半日も早く相手に追い付いてしまう理由が見当たらない。
なにかしらのトラブルに巻き込まれた様子もない。
であれば、追跡している商人一行は誘拐犯ではない?
追われている可能性があるにも拘わらず、これほどのんびりとしているのもおかしな話である。
そう判断したくもなるが、それではあまりにも情報が足りない。
まるで何かを待っているような、誘われているような違和感を覚えつつも、ルクスは商人たちに気づかれないように慎重に後を追うのだった。
商人一行は途中で何度も休憩をとり、ゆっくりとしたペースで進行していった。
そして本日の野営地に到着し、野営の準備を行う。
その様子を大木の陰から伺うルクス。
そこで、ルクスはみた。
護衛とおもしき冒険者が馬車の中から、一人の少女を連れ出してくるところを。
肩口で切り揃えられた栗色の髪と緑色の瞳。聞いていた少女の姿と一致する。
ルクスは注意深く商人たちの様子を眺めた。
「おいっ! さっさと歩け!」
首と両手を鎖で繋がれた少女を男が恫喝する声が響く。
その様子を周りの男たちは気に留める様子もない。
少女がつんのめるように身を強張らせると、その行動に苛ついたのか男は少女の腹を殴りつけた。
細い体が容易く吹き飛ばされ、少女は苦し気に地に伏して呻く。
「ちっ、愚図が」
その光景を鋭い目つきで眺めながらルクスは思った。
ああ、こっちはハズレだったなと。
少女の容姿は確かに聞いていたユミナという少女の特徴と同じである。
しかし、この男たちが本命だったとするのなら、やはりその行動はおかしい。
ゆっくりとした移動もそうだが、人の居ない野営地とはいえ、攫った少女を見せつけるように表に出し、それに対して誰も何も言わないのだ。
わざわざ、その場に居ない誰かに見せつけるような事務的な行動。
これでは、自分たちが誘拐犯だと公言しているようなものだ。
あの蛇の様な目をしたファライヤという女が警戒していたのがこれだろう。
恐らく連中は追っ手の目を撒く為に、二手に分かれたのだろう。
だが、噂に名高い『バン・ドルイド』が仕掛けた罠にしては、雑な方法である。
通常であれば、追手を引き付ける為に、街で目撃証言の一つでも残していくものである。
それすらもせず、だらだらと移動を行い、攫った少女を見せびらかすような行動をする。
準備を施す時間がなかったのか、それとも追手が来ると想定していなかったのか……。
ルクスは顎髭を撫でながら考える。
いや、考えすぎだ。
目の前の連中が囮であることは間違いない。
そして、誘拐犯は追手が差し迫った状況に気が付いていないだけだ。
目撃証言を残せば、それだけでその街に滞在していたという足跡を残してしまう。
だから連中は、誘拐犯が幻光巡りの一団と共にペリッドへ向かったことを推理出来た者たちだけを引き付けようとしているのだろう。
つまりは神子であるヴィレイナが聖騎士以外の戦力を向かわせた場合、トーレス伯爵の屋敷があるモスクトラタへ向かった連中が一番怪しく見える筈だ。
冒険者でもなければ、カインのように直感を信じて行動できる奴は少ない。
そこで、目的の人物に似た少女を見せびらかし、自分のように斥候を行う人間の目を引き付けようとしているのだろう。
ルクスはそう考え、結論を出した。
あとは連中の言質さえ取れれば良いのだが……。
すると、ルクスの考えを聞いていたかの様に男たちが呟きを漏らした。
「なんで俺たちが、あんな得体の知れない連中の指示に従わなきゃいけないんだ?」
「提案してきたのは奴らだが、指示を出したのは隊長だろう」
「そうだが。隊長もなんであんな連中の言うことを真に受けるんだかな。俺たちだけでも上手くやっただろうが」
「上手くやる為の準備を整えたのが連中だ。ガキ一人だらだら運ぶだけで良いんだから楽な仕事だろう」
「そうだが、俺たちは伯爵の私兵だぜ? ペルタルゴに向かった奴らが後々デカイ顔するのが気に入らねえのさ」
「おい! 軽口は慎め! 目的を忘れたのか」
一人の男に注意をされて二人の男たちは、肩を竦めて押し黙る。
さて、勝手に自白してくれたお陰で、ペルタルゴが本命であることがわかった。
俺の役目は終了した……わけだが。
そう考え、ルクスは怯える少女へと目を向ける。
震える体を強張らせ、痛みで漏れそうになる声を、顔を歪めて我慢している姿。
自分の仕事は終わった。
この連中に、もう用はない。
そう思いながらも、ルクスは顎髭を撫で、眉間に皺を寄せて状況を見守るのであった。
夜も更けた頃。
男たちは交代で仮眠をとり始めた。
一人を見張り役として残し、他の三名は焚き火の周辺で蹲っている。
そんな中で闇の中を蠢く影があった。
音を立てずに馬車へと近付いた影は、馬車の中を覗き込む。
薄い灯で照らされた馬車の中では、寝息を立てる少女と、その傍らで腕を組んで暝目している男の姿があった。
その様子を確認した影―――ルクスは、腰袋から取り出した小瓶の蓋を開け、そっと馬車の中へと置いた。
暫くすると、少女の寝息とは別にもう一つ、馬車の中から寝息を立てる音が聴こえてくる。
それを確認するとルクスは馬車へと入り込み、眠り続ける少女へと近付いた。
腰袋から術式の反応を確認するルーペを取り出し、少女の周辺に術式による罠が仕掛けられていないことを確認すると、ルクスはそっと少女の体を抱えて持ち上げる。
食事をあまり摂っていないのか、痩せこけた少女の体は軽い。
そして、少女を抱いたまま、馬車の外へ出た瞬間。
耳の奥を突くような高い音が鳴り響いた。
ルクスは、やられたと苦い顔をする。
仕掛けられていた罠は少女自身ではなく、馬車の入り口を少女が通過すると鳴るように仕掛けられていたのだ。
ルクスは気配を圧し殺すことをやめて、走り出した。
しかし、見張り役の男がいち早く反応を見せ、『爆風』の魔晶石をルクスの前方へと投げつけて来た。
少女諸共危うく巻き込まれそうになり、ギリギリで踏み止まって回避する。
そして、響き渡る音に飛び起きた男たちは、直ぐに状況を把握して動き出していた。
ルクスを逃がさないとばかりに、男たちが取り囲む。
失敗したな……。
ルクスの額に汗が滲んだ。
商人に扮していた男も護衛役同様に、身体つきがしっかりとしている。
おそらくはそれなりの実力者たちが揃っているのだろう。
ルクスは決して戦闘能力が低いわけではない。
天秤の塔攻略にあたり、その実力を買われてカインに雇われたのだ。冒険者としてもAクラスとなるだけの実力は有している。
だが、少女を抱えたままのこの状況下で、五人もの手練れを相手にすることができるのか……。
ルクスの腕の中で少女が目を覚ました。
「え? え?」と自分の置かれている状況に困惑する少女に対して、ルクスは声をかける。
「嬢ちゃん。大人しくしててくれよ。でないと、俺も嬢ちゃんもお陀仏だぜ」
ルクスの言葉で周囲を見渡した少女がゴクリと唾を飲み込んだ。
馬鹿だなあ、俺は……。
気まぐれで起こした行動で窮地に立たされ、ルクスは苦笑いを浮かべるのだった。
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