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044 絞り出す願いの言葉

「というわけらしいわね。これで彼の嫌疑も晴れたでしょう」


 ファライヤはそう言って、青い顔で震えるヴィレイナへと視線を向けた。

 その視線を受けてヴィレイナは強く唇を結ぶ。


 ヴィレイナは心の底では疑っていた。本当にこの男がユミナを攫ったのだろうかと。

 その疑いの心を振り払うように、難癖を付けて思い込もうとしていた。


 だが、これほどまでにハッキリと証明されてしまうと、最早自分の屁理屈を盲信することはできない。


 ヴィレイナはようやく己の過ちを認めた。


 しかし、それも仕方のないことではあった。


 世界で一番大切な妹を攫われ、手掛かりのない中で唯一容疑者として上がった男。その男を容疑者であると。何かしらの情報を有していると思い込む他、平静を保つことができなかったのだ。


 ヴィレイナは何も言えず、唇を噛み締めて俯く。その表情は今まで以上に苦し気であった。


 それはそうだろう。


 ヴィレイナが努力を積み上げ、妹を守る為にようやく手にした力。それが、王都から派遣されて来た聖騎士だったのだから。


 その聖騎士が……。守る為の力が、妹へと悪意を向けた。その事実に、その衝撃に動揺の色を隠せない。


 何よりも、聖騎士を失った自分には何の力もない。これではどうやってユミナを助ければいいのか。


 ヴィレイナは押し潰されそうな胸の痛みに喘いだ。


「勘違いで人様に拷問を施すなんてとんでもない神子ね。さて、あなたにはどのようにして責任を取ってもらおうかしら?」


 微笑を浮かべながら、項垂れるヴィレイナに容赦なく浴びせられた言葉。

 その言葉は脅しではない、確かな殺気と悪意が宿っていた。


 それを感じ取ってか、ヴィレイナは咽を鳴らして後ずさる。

 だが、直ぐにカインがファライヤを叱るように声を上げた。


「やめろファライヤ。そいつは神子だ。要らぬ反感をかうな」


「知っているわよ。けれど、さっきも言ったけど彼女の力はもう必要ないの。カインが捕らえられてから、マリアンが色々手を回したから浄化の力は別口で手に入るわ」


 あいつはまた勝手な行動をして。そう思いカインは額を押さえた。


「それでもだ。俺はそいつに悪意を向けるつもりはない」


「これだけのことをされて? それはあなたが選んだということかしら?」


「……そうだ」


 カインに言われファライヤはやれやれと肩を竦め、漏れ出る殺気を収めた。


「それよりも、コイツをなんとかしてくれないか?」


 言って。カインは手枷のつけられた両腕をジャラリと上げて見せた。

 その姿を見て何やら考えた後、ファライヤはニマニマと笑みを浮かべて言った。


「自分で外したら?」


「無茶を言うな」


「試しにやってみなさい。今のあなたなら引き千切るぐらい出来ると思うけれど」


 言われてカインは両腕に力を込めて手枷を引くが、ジャラジャラと鎖が鳴るばかりで千切れる気配は全くなかった。


「切れる気配もないのだが」


「力だけに任せてはダメよ。身体強化を行いなさい」


「知ってるとは思うが、拘束具は基本、魔術を使用すると反発するような激痛が走るようになっているわけだが?」


「誰が魔術を使えと言ったの。拘束具に編まれている術式は、魔術を行使する術式を感知し、その術式を痛みに変えるものへと書き換えるのよ。あなたが扱うのは魔術ではなく、魔力そのもの。術式を起こさなければ、反発はおきないわ」


 そうなのかと納得してカインは自身の手枷を見つめた。


「さあ、集中しなさい。あなたの体を巡る魔力を感じなさい。魔力を使うのではなく、動かすことだけを考えなさい。あなたを巡るのは力そのもの。肉体を動かす原動力。補うのではない。ただそこに当てればいい。術式は必要ない。そこにある魔力は既に力を持っているのだから」


 ファライヤの言葉を耳にカインは暝目し意識を集中させる。

 ここ数日間で、空っぽだった魔力が回復した。その所為もあってか、今まで以上の量と、自身を包み込む温かな力を確かに感じる。

 血流のように体内を巡る力の奔流。その熱をただ、自分の両腕へと走らせる。

 癖の所為で、巡る魔力が術式を描こうとすると、反発するようにチリリとした痛みが走った。


 なるほど、これが術式を変換させる魔術か。ならば痛みが起きないように、魔力を集めれば。


 そう考え、魔力をその場に留まらせることだけに意識を集中させる。留まる魔力が確かな熱となった時、カインは両腕に力を込めて引いた。


―――パキン


 軽い音が室内に響いた。


 見ればカインの両腕を拘束していた手枷の鎖が、いとも容易く引き千切れていた。

 カインは両腕を上げてまじまじと見つめる。


「おい。鎖しか切れないぞ」


「それはそうでしょう。手枷を引いたら、繋がっている鎖が切れるのは当然でしょう」


「俺の想像では、もっとバラバラになるはずだったんだが」


「アホね。身体を強化しているだけなのに、そんな現象がおきるわけがないでしょう」


「じゃあ、この手枷はどうすればいい?」


「素敵なファッションね」


「茶化すな!」


 やれやれと言って、ファライヤは肩を竦めてみせると、手に持った短刀を無造作に振るった。

 雑に放たれた割に、目で追うことも難しい剣速。カインが反応できた時には、既に刃は振りきられており、僅かに切り離された髪先が宙に舞った。


「あぶね!」


 カインを掠めるように振るわれた刃にカインは驚きの声を上げるが、急に両腕が軽くなりジャランと音立てて手枷が地に落ちた。

 両腕を摩りながら、カインが恨めしそうな視線をファライヤに向けた。

 その視線を受けて、ファライヤは嬉しそうにクスクスと笑い声を漏らす。


 そんな二人のやり取りをヴィレイナは唖然とした様子で眺めていた。

 さも当然にように引き千切られた鎖。囚人を拘束する為、鉄にミスリルを含ませ、硬化と阻害の術式を編み込まれたものである。

 屈強な肉体を持つオーガですら引き千切ることは出来ない鎖を、僅かな説明を受けただけで、カインは引き千切ってみせたのだ。

 それなりに鍛えられ、引き締まった体付きをしてはいるものの、カインの体格でそれほどのことができるとは思えない。

 鞭打ちの拷問を受けても動じなかったことといい。得体の知れない力に驚きを隠せない。


 そして、なによりも異常なのが、カインの隣に立つファライヤと呼ばれた女だ。

 館の内部へ当然のごとく侵入し、ヴィレイナが気付かぬ間に、兵士を昏倒させ目の前に現れた。

 聖騎士であるクルーゼを赤子の様に捻り、手に持つ短刀で鉄格子を草木か何かのように切り裂き、分厚い手枷をも器用に切り取ってみせた。


―――強い。


 この二人の力量は、ただの冒険者で片付けられるようなものではない。ゲネードの街に配備されている兵力では、この二人を抑え込むことは恐らくは不可能だろう。

 それならば。それほどの力を有しているのなら、トーレス伯爵の私兵を相手取ることも可能なのではないだろうか。

 この二人の力を借り受けることが出来れば、ユミナを救い出すことも可能なのではないだろうか。


 そんな想像がヴィレイナの脳裏を掠める。


 しかし、それは最早叶わないだろう。


 一方的に捕え、鞭打ちの拷問まで施した。相手の言葉に耳を傾けず、口悪く罵った。今更なにを言えばいい。どう謝ればいい。

 既に誤ってしまった道を、引き返すことなどできはしない。やり直すことは難しい。

 けれど。それでも。ヴィレイナの気持ちが本物なのであれば。なにを差し置いてもユミナを助けたいと願うのならば。


 自尊心もなにもかもをかなぐり捨て、地に額を擦り付け懇願すればいいのだ。その身を差し出し、慈悲をこえばいいのだ。


 そう思い、ヴィレイナは決意を胸に唇を強く噛んだ。


―――そして。


 ヴィレイナは出かかった言葉を飲み込んだ。


 言えない。願えるわけがない。これまでずっとそうだったのだ。

 人の悪意に晒されて来た彼女。誰も信用せず、誰にも助けを求めず自分の力で生きてきた。


 借りを作れば付け込まれる。何かを願えば大きな見返りを求められる。

 そんな醜い人の感情を幾度となく目の当たりにしてきた。

 そして、身を守る為に頑なに心を固めてきた。誰にも頼らないと自身に誓ってきた。


 だから。言えない。


 妹の無事を誰よりも願いっている筈なのに。その身を犠牲にしたとしても、叶えたい願いである筈なのに。心の底に凝り固まった、他者を疑う気持ちが歯止めをかける。


 辛い。苦しい。ユミナを助けて欲しい。


 込み上げる感情。喉元まで出掛かる言葉。


 ヴィレイナは苦し気に呻き、絞り出すように声を発しようと試みる。


 けれどその言葉は。込み上げる感情は―――。



 終には音にならなかった。


 ヴィレイナは己の不甲斐なさに苦しみ、眉間に強く皺を作って俯いた。


 カインはファライヤに渡されたポーションを口にした後、ポーションと一緒に手渡された装備一式をまとって準備を整える。調子を確かめるように身体を捻り、首を鳴らして準備を完了した。


「さて、それじゃあ行くか」


 カインの言葉にファライヤは頷くと、二人は地下牢の出口へと向かって歩を進めた。

 ヴィレイナは「あ」と音にならない声を上げた。


 これが最後の機会。


 引き止めなくては終わってしまう。妹を救う為に、今正に去ろうとしている二人の力は必要なのだ。


 それがわかってる筈なのに。発しようとする言葉は、ことごとく音にならない。


 二人が階上に続く階段へと差し迫り……。


 訴えるような表情で強く自分の胸を押さえつける。


 何もかもをかなぐり捨てて、言わなくてはと心を振るい立たせる。


 全身を強張らせて、強い決意を胸に秘める。


 それでも―――ヴィレイナは声を上げることが出来なかった。


 崩れ落ちるヴィレイナ。


 己の不甲斐なさに悔しさで涙が滲む。情けなくて声すら上げられない。

 これほどの機会をただ沈黙したまま棒に振るなど、どれほど愚かしいことなのか。


 妹の行方を知る手がかりだと思っていた人物は、無実の男だった。

 盲目となり、耳を塞いで疑いの目を向けてしまった。


 他に手がかりはなかった。


 犯人は分かっているのに、何処に連れ去られたのか、誰に連れ去られたのかがまるでわからない。


 最早打つ手はない。


 この街の衛兵では、妹を探し出すことなど不可能だろう。探し出したとしても、トーレス伯爵の私兵と対することは恐らく出来ない。


 唯一の可能性として、妹の居場所を突き止め、教会の聖騎士たちを全て向かわせる他なかった。取り囲み、言い逃れのできない状況をつくり出して奪い返すつもりだった。


 愚かであった。


 そして、自分は最後の最後で垂れ下がる、希望の糸すらも掴み損なった。


 妹に顔向け出来ない。


 そう思い、ヴィレイナは項垂れる。その心はただ、深い暗がりへと落ちて行くのだった。


「………………」






「おいっ!」


 急に声が鳴った。


 ヴィレイナが虚ろな瞳でゆっくりと見上げると、そこにはまだカインの姿があった。


「なにを呆けているんだ。さっさと行くぞ」


 その言葉にヴィレイナの理解は追いつかず、間抜けな表情を晒す。


 カインの言葉が理解出来ず、困惑するヴィレイナにカインは言葉を続けた。


「ユミナを助けるのだろう? 少しは手伝え」


 その言葉にヴィレイナは胸を貫かれるような衝撃を受けた。



 この男は本当になにを言っているのだろう。


 何故そんな言葉を口に出来るのだろう。


 出会った時は拒絶だった。


 交わした言葉は嫌味なものだった。


 与えたものは拘束と拷問だった。


 好意というものを抱けるほどの交流はなかった。


 言葉を信じず、疑いの目を向けた。


 浄化の力は既に必要としていないと言っていた。


 価値ない女。利害のない関係。


 なのに、助けてくれるというのか。救ってくれるというのか。


 己の願いを言葉にすることもできない弱い自分を。犯した過ちを償うこともできない愚か者を。


 なんの為に?


 ……わからない。


 ただ、この男の瞳は、最初から強い意志を宿していた。発する言葉は、心の内を見透かすような優しさがあった。


 だから、自分の心は苛立ったのだ。


 男のような強い心があるわけではなかったから。その瞳が眩しくて。弱い心が暴かれているようだったから。


 優しくて真っ直ぐな綺麗な瞳だと。他者に対してそう思ってしまった自分の心を認めたくなくて。自分の心は無意味な拒絶をしてしまった。


 そのことに今、ようやく気が付いた。


 その感情をやっと受け入れることが出来た。


 だから。ようやくわかる。認めることが出来る。


 目の前の男の行動原理が。


 気まぐれなどではないのだろう。理由がないなんてこともない。


 なぜならこの男は、カインは最初からその瞳で語っていたのだから。


 その心は既に決まっていたのだから。


―――ヴィレイナという少女の心を救うということを。


 鋼のように頑なな決意を込めた瞳。何度も心を騒がせた特異な眼差し。その眼差しがようやくヴィレイナの心の底を照らした。


 その瞳の色がヴィレイナの鬱積した心の壁を、溶かすよう崩していった。


 気が付けば、ヴィレイナの頰には涙が伝っていた。


 漏れ出した感情は堰を切ったように、涙となって溢れ出した。堰きとめられない心の濁流は、本人さえも制御できない。


 けれど。だけども言わなければいけない言葉があった。

 激流に流される前に、自身の口で声にしなければならない言葉。


 ヴィレイナは鼻をすすり、嗚咽混じりになりながらも懸命に声を上げた。


「お……が…………ます」


 相変わらず言葉にはならない。


 だが、これではいけない。しっかりと伝えなくてはいけない。


 ヴィレイナは再び鼻をすすり、涙をむりやり拭ってカインの瞳をしっかりと見据えた。


 そして。


「お願いします! いもうとを……たすけて、ください!」


 確かな声で、そう言葉を紡いだ。


 他者を受け入れず、すがることも、頼ることも嫌った少女。


 己の力で懸命に生きて来た少女は、いつしか人に頼るということが出来なくなっていた。

 心の膜は積み重なり、知らず知らずに高い壁となって少女を圧迫していった。


 けれど今、その壁は崩れ去った。


 ようやく言えた一言。


 誰かにすがるという当たり前の言葉。


 そんな少女の精一杯の言葉を受けて、カインは力強く頷く。


「任せておけ」


 当然のように告げられた言葉。


 その言葉にヴィレイナの瞳から堪えていた涙が再び溢れた。

 決壊した壁は戻らず、ヴィレイナは子供の様に声を上げて泣き続けた。


 けれどその瞳は真っすぐと前を向いていた。


 目の前の男の姿をその目に焼き付ける為に。


 自身の心を救い上げた男の姿を忘れない為に。


 ヴィレイナの瞳に映る、立ち行く男の姿。


 その姿は―――英雄。


 正に、そう呼ぶに相応しい姿であった。


 昔、幼き妹に聞かせた英雄の物語がヴィレイナの脳裏に蘇る。


 己の我儘を貫き、多くの人々を救った英雄。

 困っている誰かに無償で手を差し伸べた英雄。

 努力している者の前に必ず現れる英雄。


 遠い昔、そんな夢物語に縋り、助けて欲しいと願っていた。


 そんな者は現れなかった。手を差し伸べてくれる人はいなかった。そんな人物は居ないと思った。


 けれど。


 それは違った。間違っていた。


 辛かった時期は、頑張れば、努力をすればなんとかなる状況だった。己の力で全て解決出来ることだった。


 しかし、己の力ではどうしようもない現実に直面した今。絶望に打ちひしがれそうになった今。


 英雄は確かにその手を差し伸べてくれたのだ。


 ヴィレイナは思う。


 きっとこの人は―――カインは、ユミナを助けてくれる。


 それは、ヴィレイナが生まれて初めて他者へと向ける、信頼という想いだった。

読んで頂きありがとう御座います。

評価、ブクマも感謝です。

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