043 容赦のない和装の悪魔
突如としてヴィレイナに背を向けるように現れた女。
腰まで伸びた髪が後ろで一つに編まれ、尻尾のようにユラユラと揺らいでいる。女性にしては高い身長。引き締まった身体のライン。
けれど、その背中が語る。圧倒的強者の気配。
「何者だ! どうやってここまで来た!」
恫喝するように発せられたクルーゼの言葉に、その女―――ファライヤはニマニマと笑みを浮かべて振り返った。
「どうって、普通に正面から入って来たわよ。それよりも、彼が随分と世話になったようね。しかも許さないとかなんとかほざいていたようだけれど」
ファライヤが二人を睨みつける。
ぞくりとする蛇のような視線を向けられてヴィレイナとクルーゼは硬直した。
ファライヤはいつも通りの笑みを浮かべている。しかし、その瞳の奥が笑っていない。
だが、直ぐに興味が失せたのか、ファライヤは二人から視線を外すと、カインの方へと向き直った。
「賊め!」
そう言ってクルーゼが腰に帯びた剣を抜く。しかし、ファライヤはそれさえも無視して、腰に佩いた短刀を抜き放つと一閃。
その一太刀で鉄格子をバラバラに斬り刻んでしまった。
カラカラと音を立て、分断された鉄格子が床に転がる。その様子をヴィレイナとクルーゼは唖然として見つめていた。
「さあ、休んでないで出て来なさい」
ファライヤに言われ、カインは緩慢な動作で牢屋から出てくる。
「お前はなんでわざわざ人目がある時に助けに来るんだよ」
「あら。助けに来てあげたというのに随分ね」
「それはまあ、迷惑を掛けた。ありがとよ」
「どうしたの? 鞭で打たれて過ぎておかしくなってしまったのかしら?」
「なってねぇよ! 俺はお前ほど捻くれちゃいない。礼ぐらい述べられるに決まってるだろう」
「であれば、もう少し可愛らしい態度をとって欲しいものね。助けられたお姫様は、助けた者を喜ばせる義務があるわ」
「誰がお姫様だ!」
二人がそんな会話をしていると、ヴィレイナがキツく唇を噛んだ後、震える声を発した。
「こんなことをしてただで済むと思っているの!」
その言葉に二人は会話を中断すると、チラリとヴィレイナへ視線を向ける。
「ただで済む? それは自分自身に言っているのかしら? 無実の人間を軟禁し、拷問を加え、汚い言葉で罵った。許される行いではないわね」
「無実? その男は共謀して妹を拐わかしたのよ!」
「どこにその証拠があるというのかしら?」
「妹の首飾りをその男が持っていたのよ!」
そうなの? とカインに視線を向けるファライヤに対して、カインは首を振って肩を竦めてみせた。
「その首飾りについては知らないけれど、そもそも教会側が人を捉えて裁く権利などないでしょう?」
「我々は街の衛兵と協力して、この街の治安を維持している。この街の犯罪者を裁くのは我々の義務だ!」
クルーゼが言い放つと、ファライヤはそれを鼻で笑った。
「つまり権力で黙らせたということね。良く分かったわ」
「貴様!」
クルーゼが剣を構えて怒りを露にした。
そんなクルーゼを再び無視して、ファライヤはヴィレイナに視線を向けた。
「そもそも、私たちが必要としているのは浄化の力であって、あなたの妹ではないわ。どうせ誘拐をするのなら、妹ではなく直接あなたを攫うと思うけれど?」
当たり前のように述べられた言葉には、それが出来ると思わせるだけの根拠があった。館の警備を掻い潜り、音も立てずに兵士を昏倒させる技術。その力を持ってすれば、ヴィレイナを攫うことなど容易なことであろう。
「けれど安心なさい。浄化については別口で紹介して貰えることになったから、もうアナタの力は必要としてないの。だから、私たちが去ったあと妹は帰ってくるのではないかしら? アナタはお家で大人しくしていれば事件解決。良かったわね」
「そんなわけないでしょう!」
「何故そう思うのかしら? アナタの妹など、アナタを脅迫する以外に使い道はないでしょう? 私たちが攫っていたのならちゃんと帰してあげるから安心なさい。まあ、私たちが攫っていたのならだけれどね」
そう言われ、ヴィレイナは眉間に寄せた皺を更に強くする。
この者はユミナの能力について知らない? いや、そもそもユミナはまだ浄化の術式は使えない。この者たちが求めているモノが浄化ならばユミナを攫う理由はない。
けれど、目の前の女が口にしている言葉が真実である保証もない。
そう考えながら、ヴィレイナは唸るように声を上げた。
「トーレス伯爵が欲しがっている。攫う理由はそれだけで十分でしょう」
「トーレス? 誰かしらそいつは? 犯人がわかっているならそいつを問い詰めたらいいのではなくて?」
「トーレス伯爵はエラー教徒よ! あなたたちが聖女を祭り上げる為に手を貸しているのでしょう!」
「アナタ。自分で言っていて苦しい言い掛かりだと思わないのかしら? あの子が。マリアンが、トーレスとか言う何処の馬の骨ともわからないやつの協力を、必要としているように見えたのかしら? 誰よりも人目を引くあの子が、汚点を残すようなことをすると思うのかしら? 黙っていても、居るだけで人心を把握できてしまうあの子に、必要な手助けがあると思うのかしら?」
「それは―――」
その通りだと、ヴィレイナも思った。
一目見たときには息を飲んだ。その有り得ないほど美しい容姿に、思わず見惚れてしまった。
神の使い。
そう言われたとしても、疑うことは難しかっただろう。それほどまでの神秘をヴィレイナは聖女の中に感じたのだ。その聖女付きの冒険者が、このような犯罪に手を貸すのだろうか?
それは、見て見ぬフリをしていただけで、ヴィレイナの中に最初からある疑問であった。
「ヴィレイナ様。賊の戯言に耳を傾ける必要はありません」
困惑するヴィレイナの思考を妨げるようにクルーゼは声を上げた。
険しい表情で睨みつけるクルーゼに対し、ファライヤはやれやれと溜め息を吐いた。
「カインどうするの? あなたが決めなさい」
ファライヤの言った言葉。それは、目の前の連中をどうするのかという問い。カインが望むのであれば、武力を持って制圧することも辞さないという意味が含まれていた。
「ファライヤ。マリアンは無事か?」
「無事に決まっているでしょう」
「騎士たちが拘束しに向かったらしいが?」
「いえ。衛兵が何人かやって来たけれど、騎士は来ていないわ」
その言葉にヴィレイナが眉を顰めた。
僅かにうろたえる様な表情をみせるクルーゼ。
その様子をカインは見逃さない。
「だそうだぞ。クルーゼ。何か言い訳はあるか?」
何もかも見透かしたようなカインの表情に、クルーゼは苛立ちを隠さず眉間に皺を寄せた。
「何が言いたい? 他教の聖女を拘束するとなると、我々の独断ではできない。然るべき手続きを取り、その間衛兵に様子を伺わせた。それの何処に不自然な点があるというのだ!」
「いや、俺を問答無用で拘束しておいてその言い訳は苦しいだろう。まあ、わざわざ問い詰める気も失せるぐらいお前は怪しいがな。というかお前はユミナを攫った連中と間違いなく繋がっている」
「言わせて置けば!」
クルーゼは怒りに任せてカインに向かって突進した。そして、剣を振り上げカインを斬り付けようとした瞬間、剣先が宙を舞った。
ファライヤが欠伸をしながら振るった短刀が、クルーゼの剣を両断したのである。
ファライヤは続けて、クルーゼの顎を拳で打つと、クルーゼは剣の柄を手放し膝を折った。
「お前らは馬鹿だな。騎士が迎えに来ると分かっているのに、審査会の直後に騎士に扮してユミナを誘拐しに来る奴がいるか? 審査会は出場者の演目によって終了時間が変わる。つまり、奴等は審査会が終了してから到着したわけじゃない。騎士の恰好をして、審査会が終わるのを待っていたんだろうな。本物の騎士が何時迎えにくるともしれない危険の中で」
カインの言葉にクルーゼはギリッと歯ぎしりをした。
「そんな中で堂々とユミナを連れ去れるってことは、奴らは知っていたんだよ。迎えの騎士はまだ来ないってな。どうやって知ったか? 単純だ。お前らが教えたからだろう?」
それを聞いてヴィレイナは眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。
「クルーゼ! どういうことですか!」
「ヴィレイナ様! 犯罪者の戯言です。全てその男の想像に過ぎません!」
「この館の警備の数がおかしいわね」
不意にファライヤが言葉を発した。
「ミーアに聞いたのだけれど、聖騎士は全員で二十名らしいわね。私がここに辿り着くまでに昏倒させた騎士が十五名。あなたを抜いて残りが四名。誘拐事件が起きたというのに、何故外を出歩いている騎士が四名しかいないのかしら?」
「なんだ? 全員倒して来たのか?」
「騒がれるもの面倒でしょう。騎士ではない衛兵も含めて全員眠ってもらったわ」
しれっと言われた言葉に、カインは頬を引き攣らせた。マリアンとは別の意味で滅茶苦茶な奴である。
「その男が口を割ったのち、直ぐに動けるように待機していたに過ぎない!」
「人が攫われているのにか? と言うかわざわざ問答を繰り返すのも面倒だな」
カインがそう言うと、カインの意図を察したのかファライヤがクルーゼに近付いた。そして、膝をつくクルーゼの耳を掴んで立ち上がらせる。
「ぐあっ! 何を!」
ファライヤは無言のままニマニマと笑みを浮かべて、クルーゼの指を掴むと。
ボキリと音を立てて、容赦なくその指を折った。
「ぎゃああああ」
クルーゼの悲鳴が地下牢に響き渡った。
その様子をヴィレイナは青い顔をして眺めていた。目の前で容易く振るわれる暴力に足が竦み、ガタガタと体を揺らす震えが走った。
「知っていることを話しなさい」
ファライヤの悪意に満ちた笑みに、クルーゼは震えた。
ボキリ。
再びクルーゼの悲鳴が木霊した。
間を置くことも許されない仕打ち。
クルーゼは必死に声を上げる。
「待て! 貴族である俺にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」
ボキリ。
ファライヤはクルーゼの言葉に耳を傾けることなく、三本目の指を折った。
床に這い蹲り、涙を浮かべて呻くクルーゼ。
そのクルーゼの腕を再びファライヤが掴む。
そして、手にしていた短刀をまだ無事な指に添えた。
ファライヤの意図を察し、クルーゼがギョッと目を剥く。
「待て! それだけはやめてくれ!」
「十数える内に喋りなさい」
相手を痛めつけているというのに、楽しそうに数を数え始めるファライヤの姿を見て、すぐにクルーゼの心は折れた。
この女は求めている答えを口にしなければ、絶対にやる。そう思わせる恐怖心がクルーゼを支配した。
「俺は何も知らないんだ! ただ、『バン・ドルイド』の連中に唆されただけなんだ!」
その言葉にカインとファライヤは、顔を顰める。
『バン・ドルイド』。
エイプ王国領内で名を轟かせる。非正規のギルドである。多くの非正規クランを纏め上げる巨大な犯罪者組織。
Sクラスの冒険者たちを以ってしても、その実態が掴めていない闇のギルドの名前であった。
ファライヤは目を細め、クルーゼに続きを促す。
「奴らにそこの冒険者に罪を擦りつけるように言われただけなんだ。そして、神子の妹が居なくなれば、俺たちは王都へ帰れると」
「その妹ちゃんは今どこにいるのかしら?」
「し、知らない。俺たちは、そこの男を犯人に仕立て上げれば良いだけだったんだ。本当だ!」
「そう。ならこのくらいで勘弁してあげましょう」
そう言って、ファライヤはクルーゼの指に添えていた短刀を引き下げた。
ホッと胸を撫で下ろし、クルーゼは安堵の息を吐く。
だが、ファライヤはクルーゼの折れていない二本の指をそっと掴むと、ついでとばかりに容赦なくへし折った。
地下牢の中に再びクルーゼの叫び声が響き渡った。
満足気にニマニマ笑うファライヤの姿を見て、ヴィレイナはおろかカインでさえも青い顔をして頰を引きつらせたのであった。
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