039 悪意ある罠
幻光巡りを終えて、街には落ち着いた静けさが戻っていた。
祭りの一団は、昨晩の内に撤収作業を行い、本日の朝から次の街に向かって動き出すらしい。
追い掛けるように商隊などの一団も移動を行う為、街の出入り口付近は騒がしくなってはいるが、中央広場は寂しいくらいに人の気配がない。
昨晩遅くまで、飲み明かした者も多いのか、朝方のこの時間帯は普段よりも静かだった。
昨晩、女神に選ばれたマリアンを中心に盛大な宴会が執り行われ、審査会の出場者たちも交えて酒を酌み交わした。
飲み過ぎた所為もあってか、逆に早い時間帯に目を覚ましたカインは、気分転換にと街を散歩することにした。
涼しい風が心地良く、カインはグッと伸びをして体をほぐす。
ヴィレイナとの交渉は明日である。
本日は、交渉前に会える最後の機会だ。一度宿に戻り、朝食を摂ったらまた孤児院に行こう。
カインがそう考えていた時だった。
突然路地の裏手から「きゃー」と言う女性の悲鳴が響いて来た。
カインは一気に警戒心を高め、腰にはいたレイピアに手を添えて、声のした方へと駆け出した。
自身に身体強化の魔術を施しながら、狭い路地を足早に駆ける。
すると、奥まった二本目の通りで何者かが駆けて行く気配を感じた。
その気配を追おうとして、カインは視界の隅で光る何かに気が付き、思わず足を止める。
そして、落ちていた首飾りを拾い上げると、眉に皺を寄せて顔を顰めた。
逃げ去ったであろう気配は、既に察知することができない。
カインは手元の首飾りに再び目を向ける。
そこには、緑色の石が嵌め込まれた、簡素な作りの首飾りがあった。
カインは早足で路地を歩き思考を巡らせた。
聞き覚えのない女性の悲鳴。
しかし、現場とおもしき場所に声の主と思われる女性の姿はなかった。
残されていたのは緑色の石が取り付けられた首飾りが一つ。
昨日ユミナが付けていた物と同じだ。
一体なにがあった? ユミナの身になにかが起きたのか?
焦る気持ちを落ち着け、カインは孤児院に向かうことを決めて動き出した。
そして、路地を抜けた時だった。
まるで待ち構えていたかの様に、カインを騎士たちが取り囲んだ。
騎士たちの着込んだ銀色の鎧には見覚えがある。
ヴィレイナを取り巻く聖騎士の物で間違いない。
その騎士の中で、見覚えのある男が前へ出て声を発した。
端正な顔付きの金髪の騎士。孤児院にヴィレイナを迎えに来た男だ。
騎士はカインの手元を目ざとく見ると声を上げる。
「貴様、その首飾りはどうした」
「路地の裏手でたった今拾った」
「そうか、詳しい話が聴きたい。ご同行願おう」
有無を言わさぬ言動にカインは眉を顰めた。
「ユミナはどうした?」
「その質問を投げかけるのは我々の方だ!」
その答えでカインは状況を察した。
なるほど、やってくれたな。
苦い顔を見せるカイン。
だが、僅かに思案したのち、素直に騎士たちに従うことにした。
降参とばかりに両手を上げるカインを、両脇から騎士たちがガッチリと押さえ込み連行していく。
カインは思う。
さて、どうしたものかと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
薄暗い地下牢の中。
両手を鎖に繋がれたまま、牢屋に閉じ込められたカインは溜め息を吐いた。
聖騎士たちに拘束されたカインは、麻袋を上半身に被された状態で馬車に乗せられ、なんの説明もなくこの場所まで連れて来られ、牢にぶち込まれた。
まるで犯罪者を扱う様な態度である。
いや、事実犯罪者として扱われているのだろう。
腑に落ちない点はいくつもあるが、カインが無抵抗に拘束されたのは、状況の把握と拘束されることによる相手の動きを確認したかったからである。
先ずはこの場所へやって来るであろう人物と話をする。そう思いカインは暝目したまま時が過ぎるのを待った。
しばらくして、コツコツという高い足音が地下牢の中に響き渡った。
カインが薄目を開けて相手を確認すると、そこには予想通りの人物がやって来るのが見えた。
栗色の長い髪。翡翠の様な瞳を冷たく細めた人物。ミリアム教の神子、ヴィレイナ。
ヴィレイナは後ろに聖騎士を二人伴い、カインが捕らえられている牢屋の前で足を止めると、睨みつける様な視線を向けた。
「ヴィレイナ。なにがあった?」
カインの言葉にヴィレイナは眉間に皺を寄せて怒りを露わにする。
「白々しい! ユミナを何処へやったの!」
声を荒げるヴィレイナ。
だが、その一言だけでも十分である。
そうではないかと予測はできていたが、これでこの状況にも確信が持てる。
状況は何者かにユミナが攫われたということを示していた。
そして、その容疑者としてカインは捕らえられているであろう。
「まず一つ確認しておきたい。昨日、審査会が終わったあと、俺はユミナを迎えに来た聖騎士に引き渡している。それなら、ユミナが攫われたのはいつだ?」
「ユミナが聖騎士と一緒に居るところは目撃されています。ですが、孤児院には戻って来ていません。そして、目撃された聖騎士ですが、その者たちに私は覚えがありません。そうでしょう? クルーゼ」
クルーゼと呼ばれた騎士が恭しく頭を下げた。
「はい。我々がユミナ殿を迎えに会場へ向かった時には、既にユミナ殿はいらっしゃいませんでした。周囲の者に尋ねたら、我々と同じ聖騎士が連れて行ったというではありませんか。なので、一度孤児院に戻りユミナ殿が戻ってきていないことを確認しています」
「そうであるなら、俺が捕らえられている理由がわからないのだが?」
「真っ先にあなたを疑いましたが、確たる証拠はありませんでした。ですが、欲を出しましたね。私がユミナに渡した探知のアーティファクト。それをあなたが偶然持っている理由が説明できますか!」
そう言ってヴィレイナは、緑色の魔晶石が取り付けられた首飾りを掲げてみせた。
なるほど。そういうことか。
カインは納得した。
路地裏で聞こえた悲鳴はカインを誘き出す為のもの。
駆け付けたカインに首飾りを拾わせて、罪をなすり付けるのが目的だったのだ。
「その首飾りは路地裏で拾ったんだ」
「苦しい言い訳ですね」
「そうかな? 偶々拾った路地裏を抜け出したところで、俺は聖騎士たちに拘束されたんだぞ? 随分とタイミング良くその場に居合わせたものだな?」
カインはクルーゼに向けて睨む様な視線を向けた。
「昨晩から、街中を駆け回っていたのだ。そこへ、人気の無い朝方にフラフラと出歩く男がいるではないか。警戒して跡をつけるは当然だ」
そんな気配はまるでなかった。
そして、カインの聴いた女性の悲鳴。
跡をつけていたのなら、騎士たちにそれが聴こえなかった訳がない。
敢えて言葉にしなかった、騎士たちが偶然居合わせる為の唯一の理由。
それを真っ先に言葉にしない男に、カインは疑念を浮かべ押し黙る。
「言い訳は終わりですか? であるならば、そろそろ白状しなさい。聖騎士に扮したあなたの仲間は何処にいる? ユミナを何処へやったの!」
「ヴィレイナ。俺を信じろ! 犯人は俺じゃ無い。俺に拘っているとユミナを助けられなくなるぞ!」
「……あなたの。貴方のなにを信じろというの?」
低い声でそう告げたヴィレイナの瞳は、暗く深い憎しみの色が込められていた。
「クルーゼ。聖女一行を捕らえなさい! この男と共謀している可能性が高いわ!」
「はっ! 直ぐに」
クルーゼが傍にいた騎士に指示を出すと、騎士は急ぎ足で地下牢を立ち去って行った。
「ヴィレイナ止めるんだ。マリアンに手を出しても痛い目を見るだけだ。聖騎士の連中が束になっても返り討ち合うのは目に見えている」
「……貴様!」
クルーゼが忌々しげにカインを睨みつける。
「クルーゼ。牢を開けなさい」
ヴィレイナの感情のこもっていない言葉に、クルーゼは直ぐに従った。
そして、ヴィレイナがクルーゼに手を差し出すと、その意図を察したのか腰の皮袋から鞭を取り出し手渡した。
牢の中に足を踏み入れ、ヴィレイナは無表情のまま手にした鞭を振るった。
弾ける様な音が地下牢で木霊した。
カインに打ち付けられた鞭は、服を裂きその下の皮膚を削ぎ落とす。
苦痛に顔を歪め、それでも声を上げずに堪えるカインに、ヴィレイナは苛立ちを覚えた。
「早く喋りなさい。ユミナは何処に居るの?」
抑揚の無い言葉。
けれどカインは首を横に振る。
「知らないな。犯人に聞いた方が良いと思うがな」
再度打ち鳴らされる鞭の音。
カインの肌に赤い血が滲む。
「ユミナの居場所を吐きなさい」
「何度でも言おう。俺はユミナを拐って居ない」
繰り返し無慈悲に振るわれる鞭。
けれど、何度繰り返そうともカインは悲鳴を上げることも、ユミナの居場所を話すこともなかった。
ゼイゼイと肩で息をするヴィレイナは、額に滲んだ汗を拭った。
「……いい加減、白状なさい」
憎しみの込もったヴィレイナの瞳をカインは強い瞳で見つめた。
その眼光にヴィレイナは怯むように後ずさる。
そして、カインはヴィレイナから視線を外し、クルーゼへと向けた。
「クルーゼ。と言ったか? お前はおかしいと思わないのか?」
痛みを堪えるように発せられたカインの言葉を、鼻で笑ってクルーゼは無視を決め込む。
「主人であるヴィレイナがこんなにも怒っているのに対して、お前の表情は随分と落ち着き払っていることに」
予想外の切り口に、クルーゼは眉を顰めた。
「何故だろうな? お前にはどこか余裕の様なものが見えるな」
カインがそう言うと、クルーゼは突然カインの腹部を殴り付けた。
顔を僅かに顰めて、その拳を受けるカインをクルーゼは忌々しそうに睨み付けた。
そして、ヴィレイナは冷めた瞳のまま、クルーゼに鞭を手渡して言った。
「死なない程度にやりなさい」
「畏まりました」
ヴィレイナがカインを一瞥し、睨みつけるような視線を向ける。
「喋らなければ、終わることはないわ」
クルーゼの振るう鞭が薄暗い牢獄の中で、幾度も響き渡った。
だが、その中に悲鳴を上げる音は一度として混ざることはなかった。
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