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037 第六十回審査会

 空は晴れ渡り、幻光巡りの本祭は快晴の下で幕を上げた。


 三の鐘が鳴り響く頃には花火が上がり、中央広場で音楽が鳴り響く。


 昨夜の活気を取り戻す様に、街中は喧騒に包まれ、怒号の様に人々は声を張り上げた。


「中天には審査会が始まるから、ちゃんと観に来るのよ。でないとマリアンがヘソを曲げてしまうわ」


 孤児院に向かう準備をしていたカインに、ファライヤが声を掛けた。


「わかってる。ユミナを連れて行く約束をしているんだ。見逃すことはないから安心しろ」


「そう。期待して頂戴ね」


「目立つなとは言えない状況だが、あんまりおかしな真似はしてくれるなよ」


「大丈夫よ。マリアンはいつも通り平常運転よ」


「頼むから、本当にアホなことをするんじゃないぞ」


 ファライヤの言葉に、カインはいつも以上の不安が募った。

 そんなカインを愉快そうにニマニマ笑いながら、ファライヤは大丈夫だと再度告げる。


 不安だ。


 一応マリアンにも釘を刺しておこうと思ったカインであったが、今現在、マリアンは水場で水浴びをしているらしい。


 乱入して苦言を呈しても良いのだが、それではマリアンを喜ばすだけになってしまいそうでもある。


 なんだかあべこべではあるが、そんなに時間があるわけでもない。


 カインは諦めて、宿を発ち孤児院へと向かうのだった。



 孤児院では、既にユミナが身支度をしていた。


 純白のワンピースを着てちょこんと椅子に腰掛け、後ろからヴィレイナが髪をかしている。


 普段は小動物のような愛らしさを持つユミナだが、こうしておめかしをすると何処ぞの令嬢のようにお淑やかに見えるから不思議である。


「見違えたな。そのまま審査会に出ても良いんじゃないか?」


「ありがとうございます。でも流石にそんな勇気はないので遠慮しておきます」


 はにかむように笑ってユミナが言った。

 そんなユミナの頭を撫でて、ヴィレイナが優しい声音を発する。


「もう少し大人になったら、ユミナは人目を惹くほどの美人になりますよ。そうしたら、審査会で女神に選ばれることも夢ではありませんよ」


「お姉様も一緒に出てくれますか?」


「そうですね。その時には、ユミナの引き立て役として参加しても良いですよ」


「私がお姉様の引き立て役になるんですよ」


 笑い合う姉妹の姿はなんとも微笑ましい。

 ヴィレイナも、ユミナが相手だとこんな顔ができるのだなとカインは思った。


「さあ。お仕舞いです」


 そう言ってヴィレイナがユミナの髪を梳かし終わると、一つの首飾りを取り出しユミナの首に付ける。


「よく似合いますね」


 ユミナの瞳と同じ、緑色の石がはめ込まれた簡素な作りをした首飾り。


 その首飾りにそっと触れながら、ユミナが微笑んだ。


「ありがとうございます。お姉様」


 ユミナの頭をそっと撫でると、ヴィレイナはカインに向き直る。


 そして、ユミナに向けていた優しい眼差しを引っ込め、鋭い目付きでカインを睨みつけた。


「ユミナに何かあったら承知しませんよ」


「わかってるから、そんな怖い目で見るな」


「手を出したら殺しますからね」


「だすか! 神子の発言とは思えないな!」


 ヴィレイナはカインの反論を無視するように、再びユミナへと向き直ると優しい笑みを向ける。


「では、私は仕事に戻りますからね。気を付けるのですよ」


「はい、お姉様」


「審査会が終わる頃には、迎えを出せると思いますから」


「はい。それでは行って参ります」


 ヴィレイナに見送られながら、カインとユミナは孤児院を発って、審査会の行われる中央広場へと足を向けた。



 中央広場は既に人で溢れかえっていた。


 舞台を中心に人々がコの字型に取り巻き、期待に満ちた声を上げて色めき立つ。


 カインとユミナは人混みを掻き分け、審査員たちが座る席の直ぐ後ろに設けられた観覧席へと向かった。

 ここは出場者の身内の為に用意された場所であり、三名まで使用することができる。


 マリアンズからは、ファライヤとマリアンの二名が出場する為、六名まではこの席を利用することができた。


 観覧席に到着すると、既にミーアとジェドが腰掛けていた。


 アーマードは? とカインは思ったが、立ち見の最前列で仁王立ちしている姿を視界に捉えた。


 舞台は目線よりも高く設置されているが、あの巨漢が最前列に立っていては、後ろの人間の視界を妨げるだろう。


「あいつはなんであそこで立ってるんだ?」


「あちらの方が応援してるっぽいとかなんとか言ってましたよ」


「またよくわからんこだわりを」


 ミーアの返答にカインは呆れ顔をした。アーマードに関して気にしても仕方がない。カインはユミナを二人に紹介してミーアの隣に腰を下ろす。その隣に、ユミナはソワソワと落ち着かない様子で着席した。


「こんな近い場所で観れるなんて感激です」


「いつもはどこから観てるんだ?」


「広場の端っこの方です。仕事が終わってから来ると人が溢れかえってて、場所取りでもしない限り前の方は難しいんですよ」


「それじゃあ、よく見えないんじゃないか?」


「いえ、巨大なスクリーンにも映し出されるので、観るだけなら問題ないですよ」


「そんな大掛かりなモノまで使うのか!?」


「カインさん。聖女様が出られるというのに、下調べしてないんですか?」


「ああ。俺の興味はヴィレイナに向いていたからな」


「そ、その言葉。お、お姉様に直接言ってあげてください」


 ユミナが頰を赤らめて、俯きながら言った。


 なんでユミナはこんなに恥ずかしそうにしているのだろう。そう思い、カインがミーアに視線を向けると、ジト目をしたミーアの視線が突き刺さった。


 そんな目で見られる様なことは、何もやらかしていない。

 そう思い、カインは腑に落ちない様子で首を傾げた。



 間もなくして、女神を決める審査会が幕を上げた。


 舞台の後方で楽器を奏でる一団が動き出し、開幕を告げる曲を響かせた。


 それに伴い、会場からは歓声が巻き起こる。


 そして、魔道具によって水を張ったスクリーンが舞台の後方に作り出され、一人の女性が映し出された。


「さあ、皆さんお待ちかね。幻光巡り第六十回目、ゲネードの女神を決める審査会が今年も始まりましたー」


 音声拡張の魔道具、通称マイクを手に話す女性の声は、会場だけでなく街中に響き渡る。


「司会進行を務めさせて頂きますのは、リーンバネルにて第五十六代目の女神を務めさせて頂きましたわたくし! アネモネちゃんでーす!」


 わーっと歓声が巻き起こる。


 アネモネちゃんと名乗る司会進行役は、過去に女神として選ばれたことがあるらしく、整った顔立ちをしていた。

 審査会にというより、どちらかというとアネモネちゃんに熱い声援を送る男たちの姿もちらほらと伺える。


「アネモネちゃんは、三年前から審査会の進行役を任されてて、出場者よりも人気があったりするんですよ」


 あまり状況が理解出来ていないカインに、ユミナが捕捉を入れてくれた。


「迷惑な奴だな」


「あはは、出場者からしたらそうかもしれないですけど、観る側からすると盛り上がるんですよ。アネモネちゃん可愛いですし」


 確かにアネモネちゃんは美しい顔立ちをしており、愛嬌のある声音が男たちを虜にしている。

 今までのカインであれば、その容姿に目を見張っていたであろう。


 しかし、マリアンという見た目だけなら世界に通用する少女と共にいる為か、喝采を送る男たちのように気持ちが昂ぶることはなかった。


「見た目だけならヴィレイナの方が美人じゃないか?」


「ででで、ですからそう言うことはお姉様に直接言って下さい!」


 客観的な感想を述べているに過ぎないのだが、何故かユミナは恥ずかしそうに頬を染める。

 その様子を今一つ理解できないのか、カインは頭を捻った。

 そんな二人のやりとりなど構わず、審査会は進行していく。


「はーい。では。ご存知の方も多いと思いますが、審査会のルールについて説明させて頂きますね!」


 アネモネちゃんが声を張り上げると、騒めきが幾分落ち着きを取り戻した。


「女神の選定は審査員による評価で決定されます。評価の基準は『見た目』、『振る舞い』、『表現』の三つで行われます! 五名の審査員に得点を付けて貰い、その得点を競って貰うことになります。正し! 審査員の主観をなるべく減らす為、その得点は会場の皆さんの反応を基に決められますので、皆さんは大きな声援で出場者の皆さんを盛り立ててくださいね!」


 アネモネちゃんの説明によると、審査会というのは、出場者が一人ひとり舞台に上がり、それぞれが自己表現を行い観客の反応を基に得点を付けていくものらしい。

 定められた三つの観点を基に、最大五百点満点を審査員の裁量によって点数が決められる。

 自己表現の時間は定まっておらず、基本的には長い演目を行ってもいいそうだが、観客の反応次第では途中で打ち切られてしまうこともあるとか。


 それ故に出場者たちは、大体十から十五分前後の時間で自己表現を終えるのが通例らしい。


「さあ、つまらない前置きはこのぐらいにして、ちゃっちゃと審査の方へ移らせて頂きます! 最初はこの方、見た目はお淑やかな深窓の令嬢。しかし、その実態は冒険者としてもCランクの武闘派であり弓の名手。ヒナミさんでーす!」


 大きな拍手と共に歓声が巻き起こる。


 一拍の間を置いて舞台に登場した女性は、黒い髪を後ろでまとめて、弓術の大会などで用いられる礼装を身に纏っていた。

 手には使い込まれた弓を携えている。


 おっとりとした大人びた表情。落ち着きのある動作も含め、中々の美人である。


 ヒナミと紹介された女性は、背筋を伸ばして一礼するとアネモネちゃんから手渡されたマイクで自己紹介を行なった。




「……と言うわけですので、本日は皆様に祝福を贈りたいと思います」


 自己紹介を終え、ヒナミはそう告げると、マイクをアネモネちゃんに戻して弓を構え始めた。


 腰に取り付けられた圧縮の魔術が施された皮袋から、魔晶石そのもので作られた一本の矢を取り出し、弓に番えて空へと向ける。


 力強く引き絞られた弓が天に向かって矢を放つと、ヒナミは続けて取り出した魔力によって矢を精製する魔道具を弓取り付け、二射三射と魔力の矢を放った。


 最初に放たれた矢が山なりに落下すると、丁度そこに続けざまに放たれた魔力の矢が当たり、一射目の矢を完全に破壊する。


 すると、弾けた魔晶石の矢からキラキラとした輝きが会場に降り注いだ。


 まるで天使の羽が降り注いだような幻想的な光景に、会場は息を飲んだ。


 そして、一拍の間を置いて歓声が湧いた。


 弓の技術もさることながら、女神を決める審査会において、天使の羽を降らせる演出に賞賛の声が混じる。


「ほう。なかなかの演出だな」


「綺麗ですね! 聖女様がいらっしゃらなければ、女神に選ばれてたかもしれませんね!」


「お前は、随分とマリアンのことを褒めるな」


「ええ! そんなの当たり前じゃないですか! あの見た目ですよ? 黙ってたって選ばれると私は思いますけど」


 見た目は確かにその通りだが、ギフトによってマリアンに魅了されないカインにとっては、ただの我儘娘でしかなく、今一つ実感が湧かない。


 ユミナの言葉に「そんなものか」と納得してみせると、舞台ではお辞儀をしてヒナミが退場するところだった。


 盛大な拍手と共に、会場からは『九十』だの『百』だのと札が掲げられる。


 別に審査員が掲げているわけではない。

 会場の観客がそれぞれ札を手に、自分の気持ちをアピールしているのだ。


 なるほど。


 マリアンやファライヤが商人から貰った札は、こうやって使うのか。


 一人で納得していると、隣に腰掛けていたミーアがカインに札の束を手渡して来た。


 なんでお前が持ってるんだと視線を向けると、ミーアは苦笑いを浮かべる。


「ファライヤさんとマリアンさんから渡せと言われていたのを思い出しました。もう一つあるのでユミナさんもどうぞ」


 そう言ってミーアはユミナにも札の束を渡す。


 やれやれと言う表情でカインは『九十』の札を選び掲げると、ユミナは何故か瞳をキラキラさせて嬉しそうに『百』の札を掲げていた。

お読み頂きありがとう御座います。

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