036 昼灯りの前夜祭
前夜祭当日。
本日の夜半から、幻光巡りの前夜祭が始まる。
カインは朝一番から孤児院へ赴き、飾り付けや晩餐の準備を手伝った。
そして夕方。
まもなくヴィレイナが騎士を伴って戻って来る。その足で子供たち一同は前夜祭を巡り、祭りを楽しんだあと孤児院で夕食を摂るそうだ。
祭りが楽しみなのか、例年よりも豪華となった晩餐が楽しみなのか、既に子供たちは、はしゃいでいる様子だった。
「ねー、カインもお祭り来る?」
ルルが小首を傾げながら言った。
「いいや。俺は聖女様のところに戻らないといけないんだ」
「ええー、一緒に行こ」
「晩餐には顔を出すから。一緒にご飯を食べよう」
そう言ってカインがルルの頭を撫でると、ルルは嬉しそうに目を細めた。
「なあ、カイン。今度狩りの仕方教えてくれよ」
「機会があったらな」
「えー。じゃあ今、教えてくれよ」
腕を引っ張り強請ってくるイットの頭もわしゃわしゃ撫でてやると、「何すんだよ」と反発するものの嫌がった様子もなくじゃれついてくる。
「人気者ですね。カインさん」
ユミナもひと段落ついたのか、カインの対面に腰掛けて声を掛けてきた。
「嬉しいことだが、肝心のヴィレイナには嫌われたままだけどな」
「お姉様は、大人が信用できないんですよ。その、色々とありましたから」
「そんな感じの瞳をしていたな」
ヴィレイナの緑色の瞳が目に浮かぶ。
人を寄せ付けない、警戒するような鋭い瞳。
カインの中で、遠い昔に同じような瞳を持つ少女と出会った記憶が呼び覚まされた。
紅く獰猛な瞳。
その奥底に眠る、寂しげな感情。
ヴィレイナを最初に見た時の懐かしい感情は、きっとその少女のことを重ねていたからだろう。
だからこそ、カインはヴィレイナのことをもっと知りたいと思ったのだった。
「わかってたんですね」
「別に。なんとなくそう感じただけだ」
「そうですか。でも、きっと。カインさんは気が付いたらお姉様とも仲良くなってると思いますよ」
そう言ってユミナは笑った。
「そう言えば、お姉様のことは何も喋らないんじゃなかったのか?」
「もうっ! 今更それをいいますか? カインさんは意地悪です」
膨れてみせるユミナの表情は、年相応の愛らしいものであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が落ち始め、街の至る所で明かりが灯された。
大通りや露店、民家や街路樹。様々な色合いで輝く灯が街中を鮮やかに飾り付ける。
日が落ち切ったあとも、まるで昼間の様に明るく照らされた街並みは、天使の加護を受けたかのように光り輝いていた。
幻光巡りの前夜祭。
ゲネードへと到着した祭りの一団が中央広場に陣取り、設置された舞台の上で祝福の舞を踊る。
酒を酌み交わし、響き合う笑い声。
幻想的な光景に浮かれ、はしゃぎ合う声。
楽し気なざわめきが街中を覆いつくし、街は一丸となって幸福な空間を創り出した。
「普段も素敵ですけど、お祭りとなると一層凄いですね」
カインの隣で、ミーアが感嘆の吐息を漏らして言った。
「確かに凄いが、目がチカチカするな」
「そうですか? お伽話に出てくる神国みたいで幻想的じゃないですか」
うっとりと目を細めるミーア。
素直な感情を女の子らしく表すその姿に、カインは安心感のようなものをおぼえた。
流石はマリアンズの良識とも言える少女である。
そんな癒しを与えてくれるミーアを見ていると、視界の隅に楽しそうにはしゃぐ美少女の姿が映る。
こちらも素直な感情を表しているのだが、その行動にはどうにも不安が付きまとう。
今も、フードを被り素顔を隠してはいるものの、ファライヤとアーマードと手を繋ぎ、通りの中央でぐるぐると旋回しながら衆目を集めまくっていた。
祭りということもあってか、奇異の目で見られることはないが、囃し立てられ徐々に集まる人々が一緒になってぐるぐる回り、踊っているようにも見える。
巻き込まれたくないカインはミーアと一緒に少し距離を取り、遠目にマリアンの様子を眺めることにした。
露店でココの実のジュースを買って、ミーアと二人低い石垣に腰を下ろす。
「ジェドはどうした?」
「あー。彼は、その。人混みが苦手ですから」
そう言われ、カインは「ああ」と声を上げて納得した。
「そう言えば、孤児院の方はどうだったんですか?」
「ヴィレイナ以外とは、それなりに仲良くなったな」
「あはは、私は直接会ってませんけど、人伝で聞く限り気難しそうですもんね」
「まあ、心根は優しいんだろうがな」
そう言ってカインは視線を遠くにやった。
普段は取っつきにくい態度ではあるが、ユミナや孤児院の子たちは彼女のことを慕っていた。
そこに見え隠れするヴィレイナの本心。
なんとなくではあったが、カインはヴィレイナの性格を理解しつつあった。
「ミーアたちは何かやってたのか?」
「あっちではしゃいでる三人は審査会の準備をしていたので、私とジェドは情報を集めてました」
「何か面白い情報はあったか?」
「そうですね。教会の力関係とか、周囲の動きは概ね把握できました」
そう言うと、珍しくミーアは得意げな表情をした。
「教会を取り仕切っているのは神官長のハルトーマという人物らしいですけど、発言力はヴィレイナさんが一番あるみたいです。神気を扱える神子ということもあって、教会本部からの後ろ盾も強いとか」
「そういえば、騎士が護衛に付いていたな。ヴィレイナは顎で使ってるらしいが」
「その騎士ですが、有力な貴族のご子息が多いらしくて、二十名ほどが王都からわざわざ派遣されてきたらしいです」
「わざわざと言っても、派遣されるぐらいだから、三男や四男とかの爵位を継げない連中だろう?」
「それでも、その騎士の方が神官長よりも位が高いんですよ。実際寝泊まりしてる館は、教会の敷地よりも広いですからね」
「なるほど、しかし二十というのは随分な数だな。それだけの騎士を従えていればヴィレイナはゲネードの教会を自分の意思一つで、ある程度動かせることになる」
「実際はほとんど口出しせずに、職務に励んでいるらしいですけどね」
「やはり彼女は、権力や金銭にはあまり興味がないんだな」
「そうですね。どちらかと言えば、自分の環境を守りたがってる感じでしょうか。実際貴族にも目を付けられてるみたいですし」
「それは初耳だな」
「クリュアゼル・トーレス伯爵という貴族がいます。その方がヴィレイナさんを妾にしようとゲネードの教会へとやって来たことがあったそうです」
「妾? その話はまだ続いているのか?」
「はい。ヴィレイナさんは、何度も断りを入れているようですが、定期的に使者がやってくるみたいですね」
「貴族の誘いをよく断り続けられるな」
「そこは神気を扱える神子として、権力を最大限に利用したみたいですよ。教会本部に取り次いで身を守る為に騎士を派遣させるに至ったそうです」
言葉を区切り、ミーアはココの実のジュースを一口啜った。
「トーレス伯爵はエラー教徒らしいです。貴族とは言え、他教の者に神気を扱える神子を囲わせたくないというのが、ミリアム教会としての本音なのでしょう」
「それでか。ヴィレイナの要請が通ったのはそういうことか」
「はい。聖騎士を派遣してヴィレイナさんの権威を示すことで、トーレス伯爵を牽制しているのでしょう。加えてトーレス伯爵は噂の絶えない人物のようで、教会側も警戒しているのだろうという見方もあります」
「その貴族の噂とは?」
「大臣の座を狙っているだとか、独自の騎士団を新設しようと動いているだとか。眉唾に近い噂が多いです。過剰なほど軍備に私財を投じている人物のようで、それを理由に様々な憶測が流れているようですね」
「妾の話も神気を扱える者を、手の内に入れたいという思惑が見えてくるな」
「はい。ですのでミリアム教会もあまりいい顔はしていないようです」
ミーアの話してくれた内容で、ミリアム教会におけるヴィレイナの立ち位置はわかった。
司祭のいないゲネードの教会で、ヴィレイナの権力はそれなりに高いのだろう。
どういうわけか、王都にある教会本部もそれなりに支援を施しているようである。
彼女を取り巻く権力者たち。その思惑も少なからず見え隠れする。
だが、それでも。
カインはヴィレイナが己の身を守る為に、頑なな意志を示したのだとは思えなかった。
見上げる空に星は見えない。
物思いに耽るカインを、昼のような明るい光が包み、幸福の宴は遅くまで続いた。
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