035 保護者代行
「クルーゼ、本当にダメなのですか?」
「……はい。申し訳ありません。本部より指示が出ている為、その日はヴィレイナ様の護衛しか動かせないのです」
クルーゼの答えにヴィレイナは溜息を吐いた。
その様子に傍らにいたユミナは不安そうな表情を向けている。
「それでは仕方がありませんね」
ヴィレイナがそう言うと、クルーゼは申し訳なさそうに頭を下げた。
「では、後ほどお迎えに上がります」
ユミナの手を引いてその場を後にしようとすると、ヴィレイナに対してお辞儀をしながらクルーゼが声を発する。
「お気を付け下さい。特にあの冒険者の男……」
ヴィレイナは鋭い視線を向けて、「わかっています」と答えると踵を返してその場を後にした。
「……お姉様。……その」
館からの帰路の途中、歯切れ悪くユミナが言った。
ヴィレイナもユミナが何を言わんとしているかがわかり、申し訳なさそうに眉を下げる。
「……ごめんさない。今年は、行かせてあげられないかもしれないわ」
「大丈夫ですよ。ユミナはもう大人です。騎士の方が居なくても一人で問題ありません」
「……ユミナ。わかっているでしょう?」
ヴィレイナにそう言われて、今度はユミナの眉が下がった。
二人が話しているのは、幻光巡りの審査会についてだった。
審査会の当日に聖騎士たちの都合が合わず、審査会を観に行くユミナの護衛に当てられないという内容のものであった。
毎年、審査会を楽しみにしているユミナ。
そんな妹に、ヴィレイナとしては審査会を観に行かせてやりたい気持ちが強いのだが、護衛が用意できなければそれも難しい。
祭りとはいえ、雑多な人々が集まる場所に、子供一人で向かわせるわけにはいかないのだ。
メイドとして、ある程度館の仕事を任されているユミナではあるが、まだ成人前の子供であることには変わりない。
その日、ヴィレイナが付き添うことが可能であれば良いのだが、祭りの日は人が多く集まる為、神子としての仕事が多く時間を作ることができない。
無理を言って、前夜祭は自由な時間を作れてはいるが、審査会の日にはどうしても抜けることができなかった。
手を繋ぎながらも、二人沈んだ表情のまま帰路についた。
孤児院の扉を開けると、騒がしい声と、香ばしい匂いが漂って来た。
見ると台所の周辺に子供たちが集まり、わいわいと騒いでいる姿が目に入る。
ヴィレイナが孤児院に足を踏み入れ、台所を覗き込むと、そこにはエプロンをしたカインが肉を焼いている姿があった。
この男は。
ヴィレイナは頭を押さえて、カインを睨み付ける。
そんなヴィレイナの視線に気が付いたカインであったが、強い視線を気に留める様子もなく、爽やかな笑顔を向けてくる。
「ああ。お帰り。ちょっと摘み食いをしようと思ってな」
悪びれる様子もなく、勝手気儘に台所を使用しているカインに眉を顰めるヴィレイナ。
しかし、ヴィレイナが声を発するよりも前に、ユミナが口を開いた。
「どうしたんですか? そのお肉」
「カインが森で狩って来たんだって!」
「いっぱいあるんだよ。いっぱい」
「あのね。ボームのお肉なの」
ユミナの問いに子供たちが一斉に答える。
ユミナがうんうんと興奮する子供たちの相手をしていると、カインは焼けた肉を皿に盛り付けて長机の上に置く。
「ショウガとショウユを少し使わせてもらったぞ」
「別にそれはいいですけど……」
「二人が遅いから、こいつらが腹が減ったってうるさかったんだ」
苦笑いを浮かべるカイン。
「なあ、もう食ってもいいか?」
「お肉お肉ー」
待ち切れないのか、子供たちに会話が遮られた。
「いいぞ。仲良く食べろよ」
わー、と皿に群がる子供たち。
その様子を楽しそうに見ていたカインにヴィレイナが低い声を発する。
「勝手なことをしないで貰えますか。あと、当然のように此処に居座らないでください」
「そう怒るなよ。どの道、長いこと此処に来られるわけじゃない。神に仕える身ならもう少し寛容になった方がいいぞ」
「屁理屈ばかりこねますね。あなたは……」
「そうかもな。だが、子供がはしゃいでる姿を見るのは久し振りなんだ。ついつい何かしてやりたくなる」
そう言ってカインは子供たちが嬉しそうに肉にかぶり付く姿を、優しげな眼差しで眺めた。
その姿に、ヴィレイナは心の内に燻る苛立ちのようなものを覚える。
しかし、カインの言う通り、子供たちの嬉しそうな姿を目にすると、それ以上は何も言えなかった。
ユミナとヴィレイナが作った夕食を食べ終え、一同が一息ついた。
食後にイロ茶をいれて、ユミナがそっとカインに差し出す。
礼を言って受け取り、カインは一口啜ると大きく息を漏らした。
「飾り作りも手伝ってくれたんですね」
「大した作業じゃない。明日の準備も手伝いに来るからそのつもりでな」
「それは助かりますけど、カインさんの方は良いんですか?」
「審査会か? 俺は全く関与してないから、何もすることはないな。当日も外から眺めるだけだ」
「ホントですか!」
ユミナが食い気味に言った。
「それじゃあ、私を審査会に連れて行ってくれませんか!」
「こら! ユミナ!」
「保護者がいれば良いのでしょう? でしたら、カインさんは最適だと思います」
「その男は信用できません。実力の程もわかったものではありません」
「聖女様の護衛をされているんですよ? 大きな獲物も狩って来てくれたし、問題ないと思いますけど」
「その護衛をそこの男は果たしてないでしょう? いつまでも此処で油を売って」
ヴィレイナとユミナが突然言い合いを始めた。
言っている内容はわかるのだが、理由とか詳細な内容が分からず、何故そんな話になるのかがカインには理解できなかった。
「ちょっと二人とも落ち着け。なんの話をしている」
いがみ合う二人を仲裁して、カインが言った。
「実は、毎年審査会の当日は、騎士の方を護衛につけてもらって観に行ってるんですが、今年は騎士の方々の都合が合わなくて……」
「護衛? 祭りに行くのにか?」
「はい。此処ではみんなそうしています。前夜祭はお姉様が付き添ってくれますので、みんなで見て回れますけど、当日は各自が出店で雇われて空いた時間にお祭りを楽しむんです。私は、一応館の使用人ですから、当日も少しお仕事があって、それが終わってから審査会を観に行く予定だったんですけど」
騎士の都合が合わず、祭りに向かうことができない。
そう言われてカインは、なるほどと頷く。
少し過保護過ぎる気もするが、孤児院の方針がそうなのであれば、口を出すのも良くないだろう。
そして、カインは祭りの当日にやらなければいけないことがあるわけではない。
「まあ、事情はなんとなくわかった。俺で良ければ付き添いはしてやるが?」
「ダメです!」
「お姉様!」
「ヴィレイナ。何をそんなに向きになっているかは知らないが、たかだか祭りに同行するだけだろう? この街は治安も悪いわけではないんだ、少し過剰過ぎないか?」
「……あ、貴方には関係ないことです」
「心配だって言うなら、ウチの連中もあと二人、三人同行させることもできるし、ユミナも審査会を楽しみにしてるんだろう? 別に良いじゃないか」
「お姉様。お願いします。審査会が終わったら、寄り道しないで直ぐに帰りますから」
そうユミナに懇願されると、さすがのヴィレイナも強くは出られない。
この反応だけでも、ヴィレイナがユミナを審査会に行かせたくないわけではないことが伺える。
眉間に手をやり、苦しそうに思案するヴィレイナであったが、ユミナの熱意に負けたのか大きく溜め息を吐いて頷いた。
「わかりました。ただし、審査会の後は直ぐに戻って来ること。良いですね」
「はい! ありがとうございます、お姉様!」
「あなたも。ユミナに何かあったらただでは置きませんよ」
そう言われてカインは肩を竦めて了承するのであった。
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