034 子供心は肉で釣れる
疲れた表情でヴィレイナがぐったりとしていた。
その様子を対面に腰掛けたカインは、先ほどユミナに入れてもらったイロ茶を啜りながら眺めていた。
ユミナや子供たちは仕事のため既に外出しており、この場ではカインとヴィレイナだけが残されている。
丁度いい機会ではあるが、未だ警戒されているカインでは、ヴィレイナの本心を引き出すのは難しいだろう。
そう考え、カインは当たり障りのない疑問を投げかけることにした。
「神子ってのはどんなことをしているんだ?」
疲れた表情のまま、ヴィレイナは視線だけ鋭く向けると、馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「そんなことも知らないで、私を勧誘に来たのですか?」
「無知なものでな。教会にやってきた者を治療するぐらいしか、知らないんだ」
挑発に乗らないカインに溜め息を吐いて、ヴィレイナは事務的に説明をする。
「朝と昼に礼拝を行います。神気を賜った我々は、神に対する祈りを怠ってはいけないのです。他の時間も、教会を訪れた者に治療や神の教えを説いています。空いた時間は教会の事務処理がいくつもあるので、暇な時間はないのです」
あなたと違って自分は忙しい。故に、協力などできない。そんな含みを持たせて言われた言葉。
ヴィレイナの翡翠のような瞳が薄っすらと細められた。
だが、変わらずカインは鈍感を装い、図々しい態度を崩さなかった。
「ユミナや子供たちはどうしてる? 教会から仕事を与えられると聞いたが?」
「給事の手伝いなど、必要に応じて雑務が与えられます。ですが、支給されるお給金は僅かですから、生活するには心許ない額です」
「それをヴィレイナが補っていると?」
そう言われて、ヴィレイナは窓の外へと視線を移した。
どこか憂いのある瞳が、カインには寂しげに映った。
「私だけではありません。ユミナも頑張っています」
であるならば、なおのこと利益となる話に乗れば良い。カインはそう思い、口にしようとするが、「そうか」と一言発して口を噤んだ。
頑なに理由を述べなかったヴィレイナが、その根本となる内容をあっさりと口にするわけもない。
孤児院や何やらとは別に、もっと根の深い理由があるのだろう。
その根本がなんなのか。
それを考えながらカインも窓の外へと視線を移した。
二人の間に暫しの間、無言の時間が過ぎるのであった。
突然、ノックもなく孤児院の扉が開かれた。
そこには、銀色の鎧を着込んだ騎士が三名立っていた。
その中の一人。
端正な顔立ちで金色の髪をした男が、孤児院に上がり声を発する。
「ヴィレイナ様。お迎えに上がりました」
仰々しく頭を垂れる男に対して、ヴィレイナは緩んでいた表情を引き締め、瞳を細める。
「わざわざ迎えに来なくても、教会は直ぐそこにありますよ」
「そう仰らないで下さい。主人をお迎えに上がらぬなどと知れたら、他の者に笑われてしまいます」
生真面目に返された言葉にヴィレイナは溜め息を吐いて、諦めたような表情を浮かべた。
そして、席を立ち上がるとカインに向かって述べる。
「あなたも居座っていないで、さっさと帰って下さい」
素っ気なく言われ、カインは肩をすくめて応じる。
その姿を金髪の騎士は、警戒するような瞳で眺めていたが、ヴィレイナが「行きますよ」と言うと直ぐに視線を外して付き従うように孤児院を出て行った。
他の子供たちは全員、仕事を与えられて出ており、孤児院の中にカインだけが取り残される。
昼過ぎまでは誰も戻らないらしく、ここに居ても意味はない。
さて、どうしたものかと考えてカインは孤児院を見渡した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
風を切る音が鳴り、一本の矢がボームの眉間に突き立った。
ドスンと横倒しになるボームにトドメを刺して、血抜きを施す。
そこでカインは、一息付いた。
手持ち無沙汰になったカインは森へ来ていた。
ゲネードの街の北側。それほど距離の離れていない位置に大森林が広がっている。
その森の浅いところまでやってきたカインは、孤児院の子供たちの食卓を彩る為に、狩りを行うことにした。
鳥や小動物などが狩れれば御の字かと考えていたカインであったが、本日はなんとも調子が良い。
ここ最近は極限まで疲弊させられる日々が続いた為か、この街へやってきてからは感覚が研ぎ澄まされているような気がする。
先ほども、森へと足を踏み入れて直ぐに生き物の気配を察知し、獲物に気付かれることもなく接近したあと、あっさりと仕留めることに成功したのだ。
夜狩りのお陰なのか、気配の殺し方や探知する能力が、僅かではあるが総合的に上がっているようにも感じる。
なんとも不可思議な感覚ではあるが、その実感を悠長に試している時間はない。
時間は中天を過ぎた頃である。
今から解体を行なって街に戻るのに鐘二つは掛かる。
カインは、直ぐに血抜きの終わった獲物の解体に取り掛かり街へ急ぐのだった。
「こんちゃー」
「こんちゃー」
カインが孤児院に戻ると、既に戻っていたルルがカインを真似て挨拶を返してくる。
ルルはトテトテと可愛らしい足音を響かせてカインに駆け寄ると、カインの腹へと飛び付いて来た。
カインはルルをしっかりと抱きとめると、そのまま体を持ち上げて抱き上げてやる。嬉しそうに目を細めて抱き付くルルの姿はなんとも可愛らしい。
「ルル。お仕事は終わったのか?」
「うん。今は飾りを作ってるの」
見ればテーブルの上に広げられた薄紙を、子供たちが輪っかを作ってつなぎ合わせている姿があった。
ユミナの姿はなく、子供たちを指揮しているのは、ユミナと同い年くらいの少年、イットのようだった。
イットはカインの方へと目を向けると、抱き上げられているルルに向かって言う。
「こらルル。サボってないでちゃんとやれよ」
注意をされて首を竦めたルルが、キュっとカインに抱き付いた。
カインが頭を撫でてやると、ルルは嬉しそうにグリグリとカインの胸元に顔を擦り付けてくる。
「カイン! あんまりルルを甘やかすなよな」
「良いじゃないか。甘えたい年頃なんだ。なんならイットも抱っこしてやろうか?」
「ざっけんな! 俺はそんなにガキじゃない」
プイっとそっぽを向くイット。
そんな姿に笑いを漏らしながら、カインはルルを椅子に座らせる。
「カイン。なんか変な匂いがした」
名残惜しそうにカインから離れたルルが、そんなことを言った。
変な匂い? と首を傾げカインは自分の服を嗅いでみる。
すると自分の服から、先ほど狩った獲物の血の匂いが僅かにした。
狩りの時に着ていた皮鎧は脱いでいたのだが、解体した時に付いてしまったのだろうか。
「狩りをしていたから、獲物の匂いが付いたみたいだな」
「狩りなんかしてたのかよ。つかカインはマジで暇なんだな」
イットが悪態を吐くと、カインはニヤリと笑ってみせた。
「そうだぞ。暇だからお前らの為に獲物狩って来たんだぞ。だが、イットはいらないようだな」
「どうせ大したモノも獲れてないだろ。偉そうなこと言うなよな」
ふむ。と顎に手を当てて考えたカインは、腰袋から厚手の布を取り出すと、作業で使っていない長机に布を広げた。
その上に、腰袋に収めていたボームの肉を部位ごとに並べていく。
ボームは一頭分でそれなりの量の肉が取れる。
孤児院の子供たちだけでは、食べ切るのに数日はかかるだろう。
長机に積み上げられた肉の量を見て、イットは驚きの表情をみせた。
「すごーい」
ルルが感嘆の声を上げると共に、興奮した子供たちが駆け寄って来た。
「すげえ。これなんの肉だ?」
「いっぱい食べても平気? ねえ平気?」
こらこらと子供たちを落ちつけて、カインが言った。
「これはボームの肉だ。好きなだけ食って良いが、食べるのは夕食になってからだぞ。ユミナやヴィレイナに調理してもらえ」
目が点になってるイットに向かってカインは声をかける。
「イット。みんなを指揮して保温室に運んでもらえるか? まあ、食べたくないってんなら他の子に頼むが?」
カインが意地悪く言うと、イットは少し頬を赤らめた。
「食べるに決まってんだろ! みんな、保温室に運ぶぞ」
イットの指示に子供たちは素直に従い、少しずつ肉を保温室へと運んで行った。
カインも子供たちと一緒に保温室へと肉を運んでいく。
腰袋に収めて一度に運ぶこともできたが、孤児院に居座る為に子供たちに好かれる必要もある。
一緒に作業を行うことで、子供たちとの距離も近付くだろうと思い、敢えて少量ずつ運ぶ事にした。
カインは保温室に『保存』の魔道具が設置されていることを確認し、魔力量を確認した上で少し魔力を足しておいた。
保温室には通常、食材を長く持たせる為の魔道具が設置されている。裕福な家庭になると、『保存』の魔道具以外にも、『冷凍』や『熟成』など食材に合わせたものを別々の部屋に設置していたりもする。
この孤児院では、『保存』の魔道具のみが設置されていた。
それだけでも、炎天下でなければ十日は痛まずに保つので、この量であれば問題はないだろう。
肉を運び終わった後、子供たちは各々の作業に戻っていった。
カインもそれを手伝い自然と輪の中に入って行くと、随分と早い時間で作業は終わってしまった。
「イット。他にすることはあるか?」
「飾り付けは、明日仕事がない奴がやる予定だし、ご馳走はユミナが居ないと出来ないから今は特にないな」
「そうか。子供じゃ手の回らない修繕とか、掃除とかがあればやってやるぞ」
「カイン、本当に暇なんだな。でも、そのあたりはヴィレイナが騎士を顎で使ってたまにやってるから、今は特にないかな」
あいつは何をやらせてるんだ。とカインは呆れ顔をするが、丁度良いので騎士について聞いておくことにした。
「今朝、ヴィレイナを迎えに来た騎士は何者だ?」
「あいつらは、ミリアム教の聖騎士だよ。ヴィレイナの警護の為に王都から来たんだってさ」
「わざわざ王都からか?」
「そうみたい。神気を扱える神子は希少だから、教会も本気出してる感じ?」
イットの言う通り、神気を扱える神官や神子は希少だ。
事実そのほとんどは、教会の本部や神殿に属することが多い。エラー教でもそうだが、そこはミリアム教も例に漏れず、そういった傾向が強いのだろう。
それ故に、コルネリア領では浄化の魔術を扱える者がおらず、カインたちはわざわざベンズマスト領までやってくる羽目になったのだから。
「聖騎士はヴィレイナの警護だけをしているのか?」
「そうみたい。けど、ヴィレイナの言うことはよく聞くから、それを利用して雑用をやらせてるんだ」
「今朝方まで、一度も見かけなかったが?」
「最初はここにも居座ったんだけど、ヴィレイナが追い返したんだ。諦めたあいつらは、送り迎えの時しか此処には近付かなくなったから、館にいるんじゃないかな?」
そうイットは告げたが、カインは今一つ腑に落ちない様子で「そうか」とだけ言って頷いてみせた。
わざわざ王都からやって来た騎士。
希少とは言え、神子一人を護衛する為にそこまでするだろうか?
カインは疑問を胸に抱きつつも、その答えに辿り着くことは出来なかった。
お読みいただきありがとう御座います。




